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「よこやまの道」その3

산책길로서의 [요코야마의 길]
이제 산책길로 정비된 [요코야마의 길]을 걸어가기로 하자.
京王相模原線(게이오 사가미하라선) 若葉台駅(와카바다이역) 북출구로 나와 선로를 끼고 가는 큰길을 왼쪽으로 잠시 걸어가면, 왼쪽에 [요코야마의 길]로 이어지는 좁은 길이 나타난다. 그 길 입구에는 낡고 작은 나무표밖에 없고, 손으로 쓴 것 같은 글씨도 흐려져서 읽기가 힘들다. 아무튼 어떻게든 이 입구를 찾아서 들어가야 한다. 점점 넓어지는 길을 길이 난 대로 걸어가면, 이윽고 稲城台病院(이나기다이 병원)앞에 다다른다. 병원앞을 지나, 완만한 비탈길이 오른쪽으로 돌아가기 시작하는 지점에서 길을 건너서 왼쪽으로 난 산길로 들어간다. 그 길을 따라 가면, 조금 높은 언덕이 나타난다. 한가운데에 석축이 있는 여기가 丘の上広場(언덕위 광장)이다. 와카바다이역에서 15분 정도인 이 광장이 [요코야마의 길]의 시작지점이다.

c0077412_9551828.jpg[언덕위 광장]
[언덕위 광장]은 광장이라고 하기에는 아주 좁은 공간이다. 그런데 오른쪽이 확 트여 있어서 이나기시 와카바다이에서 다마시 세이세키사쿠라가오카에 걸쳐 펼쳐지는 주택지대를 멀리까지 널리 바라볼 수 있다.
석축을 둘러싸는 산책길에는 해묵은 벚꽃나무들이 줄지어 서 있고, 석축 한가운데에는 신기하게도 돌배나무 한 그루가 서 있다. 일본말로 야마나시라고 하는 돌배나무는 미야자와켄지가 쓴 [야마나시]라는 작품으로 잘 알려진 나무인데, 실제로 그 나무나 열매를 본 적이 있는 사람은 많지 않을 것이다. [언덕위 광장]은 그런 보기 드드문 돌배나무를 만날 수도 있고 봄에는 벚꽃구경도 할 수 있는 정겨운 광장이다.
그런데, [요쿄야마의 길]의 시작지점인 [언덕위 광장] 어디에도 안내판 같은 것이 보이지 않는다. 와카바다이역에서부터 길을 물어 가며 겨우 여기까지 당도한 사람들에게는 정말 부당한 대접이 아닌가 싶다.
돌계단을 내려 조금 더 가면, 길이 두 갈래로 갈라진다. 거기에 비로소 [요코야마의 길] 안내판이 나온다. 안내판에는 기점인 와카바다이역에서부터 종점인 가라키다역까지의 경로를 가리키는 지도와 이 산책길의 내력이 적혀 있다.
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by nishinayuu | 2015-12-29 09:56 | 随想 | Trackback | Comments(1)

『かげろう』(ジル・ペロー、訳=菊地よしみ、早川書房)

c0077412_13391938.jpg『Le garçon aux Yeux Gris』(Gilles Perrault)

原題は「灰色の目の少年」。2001年のジョルジュ・シムノン賞を受賞したこの作品は「迷い人たち」というタイトルで映画化されているという。ジョルジュ・シムノン賞はシムノンの没後10年を記念して1999年に創設されたということだが、シムノン賞を受けたということから、この作品の傾向がある程度は予測できる。

「パイロットの薄笑いに彼女はショックを受けた」という文で始まるこの作品の舞台は1940年夏のフランス。ナチスドイツが北フランスに侵攻してきて、人々はいっせいに南に向かって避難を始める。その「大脱出」の列にドイツの攻撃機が襲いかかり、車や人々をズタズタにして行ったのだ。幼い娘に覆い被さり、道ばたの側溝に身を伏せていた「彼女」は、息子のフィリップが側溝から飛び出して麦畑の方にかけだしていくのを見てぎょっとする。そのとき一人の少年が飛び出していってフィリップをつかまえると、側溝に引き戻していっしょに身を伏せた。次の攻撃が始まる。今度は機銃掃射ではなく、砲弾による攻撃だった。
爆撃のもたらした凄まじい光景をあとに、フィリップの手を引いた15、6歳の少年は麦畑に向かって走って行く。空いている方の手で、「彼女」についてくるように素っ気ない合図を送ってきた少年に腹を立てながら、「彼女」はフィリップを取り戻すという思いに駆られて二人のあとを追う。街道沿いの無人の集落を抜け、森を抜けて、四人は見捨てられた大きな田舎屋にたどり着く。そしてこの家で、「彼女」と子どもたちは少年に助けられながら避難生活を始める。子どもたちは少年になつき、はじめは警戒していた「彼女」もしだいに少年を頼りにするようになっていく。やがてある事件をきっかけに少年は男となり、「彼女」は女となる。

「彼女」は夫を戦地に送り出したあと、10歳の息子、6歳の娘といっしょにパリで暮らしていた女性である。その「彼女」の目を通して物語は進行する。風体も奇妙で得体の知れない警戒すべき存在だった少年が、いつのまにかみんなのために食糧をはじめとする必需品を調達してくる頼もしい存在となっていき、子どもたちには頼もしい兄となり、「彼女」には誠実な愛人となる。若く美しい人妻が戦争の混乱のなかで出会った美しい愛の世界は、しかし、意外な結末を迎えることになる。それでも、幻想から覚めた彼女の前に立っている少年は、あくまでも誠実できまじめな少年だった。(2015.9.12読了)
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by nishinayuu | 2015-12-25 13:41 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『音楽と文学の対位法』(青柳いづみこ、みすず書房)

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本書はピアニストであり文筆家でもある著者によるエッセイ集で、以下の六つの章からなる。


第1章モーツアルト――カメレオンの音楽
第2章シューマンとホフマンの「クライスレリアーナ」
第3章ショパンとハイネ
第4章ワーグナーと倒錯のエロス
第5章ラヴェルとレーモン・ルーセル
第6章ランボーの手、ドビュッシーの手
この著者の『ピアニストは指先で考える』は、専門的すぎて理解の届かない部分も多かったが、それでも非常に興味深く、楽しい読書体験ができた。それで、図書館でこの本を見つけた時、「♫あの-すばらしい感動を-もう一度♫」と思って手に取った。ところが本書はさらに専門性が高く、音楽と文学に関する膨大な情報に圧倒されるばかりで、とても歯が立たなかった。ヴァイオリニストのクライスラーなら知っているが、ホフマンのクライスラー楽長は読んだこともないし、シュールレアリストたちが高く評価したというレーモン・ルーセルも知らない、というレベルでは理解できるはずもない。そういうわけで「読了」したとは言えない状態だが、おもしろいと思える箇所は数え切れないほどたくさんあった。多すぎて書き切れないので、ほんの少しだけ抜き書きしておく。

*ショパンはまわりの文人たちにこよなく愛された。シューマンもリストもメンデルスゾーンも、同世代の作曲家たちはことごとくショパンの作品や演奏を賛美した。しかし、ショパンは極端に気むずかしく、彼らについての評価は留保するか故意の言い落としで巧みにカモフラージュした。
*貴族性と大衆性の奇妙なまざりあい、民衆という者へのアンビヴァレントな感情がハイネとショパンを近づけたのではないかと思うことがある。
*『ワーグナーとはなにか』の著者ブライアン・マギーによれば、ワーグナーの作品は、とりわけ「感情的に孤立ないし抑圧された人」の想像力を強く刺激する。ニーチェ、コルク張りの部屋で一人で暮らしたプルースト、西欧世界に背を向けてアフリカで生きたシュヴァイツァー、性欲が乏しく、概念を通してしか人と関わることのできなかったバーナード・ショー。このリストに、実姉と近親相関関係にあったといわれるビアズリー、冷感症崇拝のボードレール、同性愛的傾向を隠したトーマス・マン、ロリコンのバーン・ジョーンズやマザコンのファンタン=ラトゥール、マゾヒストのスウィンバーン、他ならぬルードヴィヒ二世などを加えると、ある種の傾向が見えてくるだろうか。
*ドビュッシーの書簡にはたった1通を除いてはランボーのラの字も出てこない。ヴェルレーヌの詩には多くの歌曲を作曲したものの、(中略)ランボーの詩に音楽をつけたこともない。このないないづくしが、かえって意識している証拠ではないかと、うがった見方もしてみたくなる。
*「音楽は、どんなに恐ろしい場面でも、決して耳を汚さず、やはり楽しませてくれるもの、つまり、いつでも音楽であり続けなければなりません」というモーツァルトの言葉は、「音楽は謙虚に人を楽しませることに努めるべきです」と書いたドビュッシーの言葉と恐ろしいほど似ていて、思わず身体がふるえるほどである。(そして、ドビュッシーの不協和音にあふれる即興演奏に憤慨した同級生に対してドビュッシーは次のように答える。)「今日の不協和音は、明日の協和音ですよ!」つまり、当時の耳が不協和音と感じたものが、ドビュッシーにとっては「喜び」だったということになる。
*(ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」を絶賛したドビュッシーは、「春の祭典」にはきわめて獰猛だという感想を述べ)のちにアンセルメに本音をもらしている。「ストラヴィンスキーは音楽的ではない方法で音楽を作ろうとしているように思われる。それは、ドイツ人たちが今やおがくずでビフテキを作ることができると表明したのと同じようなものだ」――ロックスパイザー『ドビュッシーの生涯と思想』より。
(2015.8.31読了)
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by nishinayuu | 2015-12-21 10:04 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『猫は留守番をする』(リリアン・ブラウン、訳=羽田詩津子、早川書房)

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『The Cat Who Wasn’t There』(Lilian Braun, 1992)
本作はシャム猫ココ・シリーズの14冊目、すなわち『猫は山をも動かす』の次の作品で、話はクィラランと猫たちが遠い山での滞在から戻ってきたところから始まる。

クィラランたちのいない間に町では、ドクター・ハリファックスの自殺、娘のメリンダ・ハリファックスの帰郷、演劇クラブが9月に『マクベス』をやることになったこと、ガール・フレンドのポリーが無灯火の車で後を付けてきた男に襲われそうになったこと、などなどいろいろな事件が起きていた。クィラランが予定より早く山から帰ってきたのはポリーのことが心配だったからなのだが、ポリーには特に危機感はなく、それより最近親しくしているアーマ・ハーセルリッチが企画・引率するツアーのことをうきうきと話し、クィラランも一緒にどうか、と誘ってくる。それでクィラランは8月末、ヘブリディーズ諸島とハイランドをめぐるスコットランド・ツアーに旅立つ。ところが、出発時点では16人だった一行のうち、無事に帰国したのは15人だけだった。欠けた一人は旅先のホテルで、それもポリーと同じベッドの上で死んでいたのだった。その人が死んだと思われる時刻に、留守宅ではココが「猫発作」をおこしていたことがあとでわかる。

クィラランとポリーがシェイクスピアの愛読者であることに加えて、町の劇団による『マクベス』上演もあるため、本書にもあちこちにシェイクスピアからの引用がでてくる。しかし今回はそれらよりも、ちょっと目を惹いたおもしろい言葉二つについてメモしておく。
*スカンク・ウォーター(skunk water)――地元の村スカンク・コーナーズの泉から汲んでくる水。クィラランは洒落た食堂で「いつもレモン・ツイストを浮かべ、ロックで飲んだ」とある。湧き水なのでおいしいのだろうが、それでもやっぱり口を付けたくないような……。
*バットウィング・ケープ(batwing cape)――おしゃれなケープなのに、吸血鬼ファッションのようなネーミングで笑える。クィラランはスコットランド・ツアーのお土産としてポリーにこのケープと孔雀の羽のブローチをプレゼントする。ところが、町の「傑出した女性10人」の一人に選ばれたポリーが、表彰会のあとでクィラランに笑いながら報告したところでは、ステージに並んだ女性たちが全員、色違いのバットウィング・ケープと孔雀の羽のブローチを付けていたという。これに対するクィラランの応えが振るっている。「すなわち、わたしが傑出した女性をたくさん知っていることが証明されたわけだ。」(2015.8.27読了)
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by nishinayuu | 2015-12-17 08:33 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『猫は糊をなめる』(リリアン・ブラウン、訳=羽田詩津子、早川書房)

c0077412_10364848.jpg『The Cat Who Sniffed Glue』(Lilian Braun, 1988)
本作はシャム猫ココ・シリーズの第8巻目。主人公はもと新聞記者のクィラランとその飼い猫のココとヤムヤムである。今回注目の登場人物は銀行家ナイジェル一家(妻のマーガレット、双子の息子のハーレーとデイヴィッド)とチンピラのチャド、古本屋のエド、剥製師のウィリー、壁張り職人のピートなど。もちろんアーチ・ライカ(「ムース郡なんとか」新聞の発行人)、ミルドレッド(フード・ライター)、アイリス・コブ(博物館長)、ポリー・ダンカン(図書館司書)、フランセスカ(インテリア・デザイナー)、ブロディ(警察署長)などのレギュラー・メンバーも活躍する。
事件は銀行家一家のハーレーと妻のベルの殺害から始まり、糊をなめるのが好きなココが、犯人の口ひげが糊で付けたものであることを見破ったことから解決される。
この巻の目玉は全体が戯曲仕立てになっていることで、各章は第一幕、第二幕となっており、幕はさらに第一場、第二場…という具合に細分されて、それぞれの「場」のはじめに「場所」「時」「登場人物」が掲げられている。また、登場人物の一人が古本屋で、学はないけれども大変な読書家で、ことあるごとに著名人の文や名言を引用することになっている。すなわち、文学臭と衒学臭いっぱいの巻なのだ。おもしろいので引用されている名言を以下に記しておく(残念ながら典拠を確認したり原文にあたったりする気力がないので、作者と訳者を信じて訳文のまま記しておくことにする)。
*我々が建物を作り、その後は建物が我々を作る(チャーチル)
*仕事は娯楽よりもはるかに楽しい!(ノエル・カワード)
*宣伝は…知的誠実さと道徳的高潔さを破壊する活動である(トインビー)
*理性が命令を下し、食欲はそれに従うべし(キケロ)
*愛はわたしたちすべてを愚かにする(サッカレー)
*熱意は理性の熱病である(ヴィクトル・ユーゴー)
*もっとも高い文明においても、本はやはりもっとも大きな喜びをもたらす(エマースン)
*小部屋には無尽蔵の富がある(マーロウ)
*生きるために食べ、食べるために生きなくてはならない(フィールディング)
*教育のない人間にとって、引用句の本を読むのはためになる(チャーチル)
(2015.8.19読了)
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by nishinayuu | 2015-12-13 10:37 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「よこやまの道」その2

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[요코야마의 길]의 내력
이 언덕길은 옛날(7세기 후반에서 8세기 중엽)에 防人(사키모리)들이 지나간 길로 알려져 있다. 사키모리는 동국에서 징발되어 규슈 大宰府(다자이후)의 요지를 경비하던 병사들이다. 그들은 대개 지금의 관동지방에 살던 사람들이었기 때문에, 규슈는 멀디 멀은 곳이었다. 그들은 부모, 아내, 아이들을 집에 놓고, 다시 돌아올 수 없을지도 모르는 기나 긴 여로에 올랐다. 8세기말에 완성된 것으로 추측되는 일본 최고의 시집 [만엽집]에는 그들과 가족들이 노래한 애처로운 노래가 여러가지 실려 있다. 그 중에 바로 요코야마라는 말이 나오는 다음 같은 와카가 있다.

산야에 보낸
구렁말을 못 잡아          
우리 남편은
다마의 요코야마를
걸어가야하리라
赤駒を山野に放し捕りかにて多摩の横山徒歩ゆか遣らむ
발음: 아카고마오 야마노니하가지 도리카니테 다마노요코야마 가시유카야람
뜻: 방목한 구렁말을 잡지 못해서, 다마의 요코야마를 넘어가야하는 남편을 걸어가게 만들겠구나.

만엽집 와카번호 4417인 이 와카는 武藏國豊島郡(도쿄 북쪽)에 살던 여자가 노래한 것으로 전해진다.
사키모리들뿐만 아니라 임무로 동국으로 가는 기인이나 벼슬아치들, 동서 교역을 하는 상인들, 각지의 영장(신불을 모신 신성한 곳)을 돌아다니는 순례자들, 싸움터를 오가는 무인들 등 여러 사람들이 이 언덕길을 오가며, 에도시대 말기에는 도쿠가와막부를 지키는 데에 목숨을 건 新撰組(신센구미)의 사람들도 이 길을 다녔단다.
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by nishinayuu | 2015-12-09 13:13 | 随想 | Trackback | Comments(0)

『八月の六日間』(北村薫、角川書店、2014)

c0077412_21164585.jpg本書は2014年5月に初版が発行された短編集である。五つの章からなり、各章は2011年から2014年にかけて『小説 野生時代』と『小説 sari-sari』に掲載されている。
第1章「九月の五日間」ではまず、30代も終わりに近づいた女性編集者が山女子になったきっかけが語られる。3年前、仕事のストレスと私生活のどんよりした不調が重なっていた語り手を、活力いっぱいの部下「藤原ちゃん」が山行きに誘ってくれたのだった。行き先は大菩薩に近い滝子山。語り手は、山から手を差し伸べられてしっかりその手を握ったそのときの感動を、次のように述べている。
細い涸れ沢の上を紅葉のアーチが先まで続いていた。木漏れ日が優しく落ち、葉のひとつひとつが頭上できらめいていた。(中略)空から降ってくるのは、素朴なのに荘厳さを感じさせる光。色がそのまま音楽だった。(中略)この世のものとは思えない眺め。わたしが足を向けずにいた間も、ここには、この自然があり、わたしが帰った後もある。それがとても有り難いことに思えた。

かくして語り手は忙しい仕事の合間に山歩きをするようになり、少しずつ腕(脚?)をあげていく。そして3年後には標高3800mの槍ヶ岳に挑戦するまでになっている。これが第1章の「九月の五日間」である。その2年後、40代に突入してから裏磐梯の雪山(第2章「二月の三日間」)。編集長に昇格した年、山と出会った5年後には蝶が岳、常念岳、燕岳を縦走(第3章「十月の五日間」)。次のゴールデンウィークには「8時ちょうどのあずさ」で春の雪山を体験(第4章「五月の三日間」)。続いてパラオ出張などをこなした後、裏側から北アルプスに入り、薬師平、雲ノ平、高天原温泉、双六岳、鏡平へと尾根歩き(第5章「八月の六日間」)。
語り手は編集者という設定なので、山行きには必ず本を携行する。たとえば戸板康二の『あの人この人 昭和人物師』、内田百閒の文庫本、『向田邦子 映画の手帳』、南方熊楠の『十二支考』、川端康成の『掌の小説』、吉田健一の『私の食物誌』、ヴァージニア・ウルフの『オーランドー』、西村美佐子の歌集『風の風船』、中島敦の『南洋通信』という具合。新旧取り混ぜて、といいたいところだが、ちょっと旧が勝っている感じの選択だ。本の選択より興味深いのは山に携行する食べ物の選択。たとえば「二月の三日間」ではおにぎりとメロンパン、板チョコ、フィナンシェ、月餅、レーズンサンドに甘いものの詰め合わせ袋(中身はアーモンドチョコ、ミニビスケットサンド、干しマンゴー、オランジェット)と甘いもののオンパレード。一応しょっぱいものの袋(品川巻とじゃがりこチーズ味)も用意されるが、断然甘いものに偏っている。語り手が山で出会ったバルトークが好きな「麝香鹿さん」などは山小屋を出る時に1本の羊羹を手にして、それをかじりながら歩くということになっている!
編集者として関わる作家たち、同じ業界にいながら6年も出逢わなかったもと同居人、山で行き合った人々など登場人物と彼らにまつわるエピソードも多彩で、「一人山歩きの話」と「自立したアラフォー女子の話」がうまく絡み合った楽しい読み物である。(2015.8.8読了)
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by nishinayuu | 2015-12-05 20:23 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『風の丘』(カルミネ・アバーテ,訳=関口英子、新潮クレストブックス)


c0077412_962241.jpg『La Collina del Vento』(Carmine Abate, 2012)
物語は6月のある日、アルクーリ家の三兄弟が数発の銃声を聞くところから始まる。兄弟は銃声のしたロッサルコの丘に急ぐ。丘のてっぺんで母親が一人で野良仕事をしていたからだ。兄弟が駆けつけた時、母親はラバの端綱を握って斜面を降りてくるところだった。何があったのかと問う子どもたちに母親は、何もありゃしない、と笑顔を取り繕い、家に帰ろう、とせき立てる。上の二人は安堵してラバに跨がったが、好奇心旺盛な8歳のアルトゥーロは,丘の頂上まで駆け上がり、そこで真っ赤な血だまりの中で二人の若者が死んでいるのを見てしまう。生涯忘れられない光景だったが、両親は、誰にも口外しないこと、そして忘れてしまうこと、とアルトゥーロに約束させる。こうしてこの出来事は真相不明のまま、アルクーリ家の「家族の秘密」として秘かに父から子へと引き継がれていく。
舞台はイタリアの南端カラブリア州にあるスピッラーチェという架空の村。その村の外れにあるロッサルコの丘を唯一のよりどころとして慈しみ,その丘に慈しまれて暮らすアルクーリ家の四代にわたる人々の営みが綴られていく。一代目は硫黄鉱山に出稼ぎに出ていたが例の事件の日からは家族の許を離れなかったアルベルトとその妻ソフィア、二代目は兄二人が戦死したために家を継ぐことになったアルトゥーロとその妻リーナ、三代目は大学まで進んで村で教師になったミケランジェロと、その妻で考古学者のマリーザ、そしてミケランジェロの妹で「絵描き屋さん」のニーナベッラ、四代目はトリノ育ちのリーノとその妻シモーナである。第1次世界大戦前夜から現代にいたる彼らの暮らしは、時には横暴な地主に,時には暴虐なファシズム政権に、時には悪質な開発業者に脅かされるが、彼らは誇り高く、そして頑固に自分たちの大切な丘を守り続ける。そんな彼らの丘にはもう一つ、古代遺跡という大きな秘密が埋もれていたのだった。

個性あふれる登場人物、美しい光景、おいしそうな食べ物にあふれた,本当に魅力的な物語である。
たとえばロッサルコの丘は次のように描写される。
丘は,海の手前で逆さにひっくり返された船を連想させる湾曲した細長い形をしていて、スッラ(豆科の多年草)の緋色で一面彩られていた。そのまわりを、果樹、乳香樹の茂み、月桂樹、金雀枝(エニシダ)、ローズマリー、庭常(ニワトコ),ぶどう畑、オリーブの巨木、ところどころに群生するフィーキ・ディンディア(ヒラウチワサボテン)などがぐるりと取り囲み、陰になった斜面は常磐樫の森に覆われ、たわんだ半円の冠のようだった。
(2015.8.8読了)
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by nishinayuu | 2015-12-01 09:07 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)