<   2015年 10月 ( 8 )   > この月の画像一覧

『終わりの感覚』(ジュリアン・バーンズ、訳=土屋政雄、新潮クレストブックス)

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『The Sense of an Ending』(Julian Barnes, 2011)
今は引退して穏やかに暮らしている語り手が「学校時代のことにはあまり関心がない」と言いながら学校時代の出来事が残した印象を語り始める。すべては学校で始まったことだから、と。
語り手のトニーと友人のコリン、アレックスは三人組を形成していたが、実人生へ逃げ出す算段をする時期になって転校してきたエイドリアン・フィンが加わり、四人組になった。生徒より教師の興味を引いた秀才のエイドリアンは、たちまち四人組の中心人物となり、他の三人はそれぞれエイドリアンの一番の友になるべく互いに牽制し合った。ただし、エイドリアンは四人組への仲間入りをとくに望む風でもなかった。
やがて四人は高校を終え、生涯の友情を誓い合ってそれぞれの道に進んだ。エイドリアンは大方の予想通り奨学金を得てケンブリッジに入学し、私はブリストル大、コリンはサセックス大に進んで、アレックスは家業を継いだ。そしてもとの三人の間では手紙のやりとりが減っていき、相対的にエイドリアンとの文通が増えた。三人とも自分こそがいちばんエイドリアンと親しいと思っていたし、それぞれ新しい友達ができても、エイドリアンだけは昔のままで、自分たち三人に頼っていると思い込んでいた。それは自分たちのほうが彼に頼っていることの裏返しだったろうか。
その後私にはベロニカという恋人ができ、家に招かれるところまで入ったが、その先には進展せずに別れてしまった。やがて最終学年の半ばにさしかかった頃、エイドリアンから「ベロニカとのつきあいを許してほしい」という手紙が来た。四人組が集まったときにベロニカを紹介したことはあったが、そしてベロニカは兄と同じケンブリッジに通うエイドリアンに興味を持ったようだったが、エイドリアンは別に関心を抱かなかったようなのに。私は一晩かけてエイドリアンに手紙を書き、エイドリアンとはもう会うまい、と心を決めた。それでエイドリアンとの縁もベロニカとの縁もなくなったはずだった。
c0077412_1144468.jpgそんな私の許に、弁護士から手紙が届く。あなた宛にある女性が500ポンドと一冊の日記帳を遺している、と。日記帳はエイドリアンの遺品で、ある女性というのはベロニカの母親だった。ベロニカとつきあっていたとき一度家に招かれたことがあったが、そのとき私のためにベーコンエッグを作ろうとして卵の黄身を破裂させてしまい、あらためてぽんと卵を割って焼き直してくれた人。「ベロニカに好き放題させてはだめよ」と諭してくれた人。その人がどうしてエイドリアンの日記を持っていたのだろうか。どうしてそれを私に遺したのだろうか。私はあらためて記憶を辿り始める。(2015.6.28読了)
☆画像は語り手が40年ぶりにベロニカと会うことになったMillenium Bridgeで、通称「ぐらぐら橋」。2000年に開通したが大勢の人が押しかけてひどく揺れたため2日で閉鎖されたという。すぐに改修されたが通称だけは残ってしまったらしい。
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by nishinayuu | 2015-10-30 14:32 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

「公任の大納言、屏風の和歌を読みし語」

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『今昔物語』第二十四第三十三の再話とその韓国語訳です。



엣날 옛날에, 이치죠인천황(一条院天皇)때, 궁권에 입궁할 죠토문인(上等門院、中宮・彰子)을 위하여 병풍을 새로 만든 일이 있었단다. 천황이 와카시인들에게 말하길,
모두들 병풍의 그림에 어울리는 와카를 지어 바치도록 하라.
그 때 다이나곤 킨토(大納言公任)에게 할당된 부분은 등꽃이 아름답게 피어 있는 저택의 그림이었어. 와카를 제출하기로 정해진 날이 되어, 시인들은 제각기 만들어온 와카를 제출했다. 그런데 킨토는 제출하기를 주저했어. “소문이 자자한 와카시인이 뭘 꾸물거리고 있는가. 어서 제출하시게” 라며 재축하는 사람들에게 킨토가 말하길,
세상에 소문이 자자한 시인들이 이렇게 많은 가운데 훌륭하지 못한 와카가 섞여 있으면 킨토라는 이름이 오래 오래 치욕으로 전해지리라.
그러나 사람들이 몹시 재촉해서 킨토는 드디어 품에서 종이를 꺼내어 앞으로 내밀었어. 그 종이에는 다음과 같은 와카가 적혀 있었단다.

보랏빛 물든 구른처럼 보이는 연보라 등꽃
어떤 이의 거처를 나타내고 있는가

이에 모두가 감탄하고, 흘륭하다는 찬사를 아끼지 않았다고 전해진다.

今は昔、一条院の天皇の時、入内する上東門院のために新しく屏風を作るということがあってね。その時天皇が和歌を読む歌詠みたちにこう言った。
「皆々、屏風の絵に添える和歌を詠んで差し出すように」
この時大納言公任に割り当てられたのは、藤の花が麗しく咲いている屋敷の絵だった。和歌を提出する日になって、歌詠みたちはそれぞれ読んできた歌を差し出した。けれども公任は出し渋っていた。「その名も高い歌詠みが何をぐずぐずしているのだね。さっさと出したまえ」と責める人たちに、公任はこう言った。
世に知られた優れた歌詠みたちが大勢いる中に、はかばかしくない和歌が混じっていたら、公任という名が末永く汚名として残るでしょう。
けれども人々がやいのやいのと催促するので、とうとう公任は懐から紙を取り出して差し出した。その紙には次のような和歌が書いてあったのだよ。

紫のくもとぞみゆる藤の花いかなる宿のしるしなるらむ

すると人々はみな感嘆して、「実に素晴らしい」と大いに褒め称えたそうだ。
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by nishinayuu | 2015-10-26 20:46 | 再話 | Trackback | Comments(0)

『ありふれた祈り』(ウィリアム・ケント・クルーガー、訳=宇佐川晶子、早川書房)


c0077412_10123547.jpg『Ordinary Grace』(William Kent Kruger, 2013)
物語の舞台はミネソタ州南部に位置するスー郡のニューブレーメンという架空の町。牧歌的雰囲気の町だが、先住民族への差別意識が根強く残る保守的な町でもある。町は富裕層の居住する高台のザ・ハイツと、非富裕層の居住するミネソタ川沿いの低地ザ・フラッツというふたつの地区に分かれている。語り手のフランク・ドラム(13歳)の家はザ・フラッツにあるが、一家の暮らし向きは裕福ではないにしても、貧しさとは無縁である。家族は牧師の父ネイサン、教会の聖歌隊を率いる母ルース、ジュリアード音楽院への進学を考えている姉アリエル、そして吃音に悩む2歳下の弟ジェイクの5人。

プロローグは「あの夏のすべての死は、ひとりの子どもの死で始まった」という暗い展開を予想させる文言で始まるが、そのあとしばらくは、この一家の特に変わりのない日常が語られていく。したがって前半はミステリーというよりも「児童文学」もしくは「家族小説」といった雰囲気で進んでいく。その雰囲気を一変させるのが、両親の、特に母親の秘蔵っ子であり、弟たちにとっては太陽のような存在であったアリエルの失踪である。この部分は「1961年7月4日独立記念日の夜、アリエルは家に戻らなかった」という印象的な文で提示される。家出か、事故か、事件に巻き込まれたか。その真相と原因・理由、関わった人物などをめぐって、一家とそれを取り巻く人々の苦悩の時間が流れだす。

本書の帯の惹句に「全米4代ミステリー賞で最優秀長編賞を独占!」「大人の世界の入り口に立った少年たちを描く、傑作ミステリー」とある。これに加えてさらに、「強い絆で結ばれ、互いを認め合い、許し合い、共に前進する勇気を勝ち得た大人たちをも描ききった傑作」といいたい。特に牧師のネイサンという、幾度となく過酷な試練に曝されながら、そのたびに強靱な精神力で立ちあがり続ける人間離れした人物の像は忘れ難い。(2015.6.21読了)
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by nishinayuu | 2015-10-22 10:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『チボー家の人々13』(マルタン・デュ・ガール、訳=山内義雄、白水Uブックス)


c0077412_1050473.jpg『Les Thibault13-ÉpilogueⅡ』(Martin du Gard)

エピローグの後半が収められたこの巻は、十三「フィリップ博士の診察」、十四「警報発令の夜」、十五「手紙」、十六「アントワーヌの日記」という四つの章で構成されている。

フィリップ博士の診察を受けた後、アントワーヌがウイルソン(当時のアメリカ大統領)への期待を口にすると、博士は「あれは月世界の人間なんだ」と応じる。アントワーヌが惹かれている「世界連邦」という考え方も、博士に言わせれば「それも夢に過ぎない」となる。(理想主義的なアントワーヌに対して、世界平和への懐疑を語るこのフィリップ博士の冷めた目は、物語の世界からほぼ20年後の世界を知っているマルタン・デュ・ガールの目と重なる。)そして博士のもとを辞そうとして振り返ったアントワーヌは、恩師の顔の上に「博士自身さえそれと気づかぬ告白と、深い憐憫のかげ」を見てしまう。
博士の目から読み取った宣告に茫然自失するアントワーヌの胸に、なにかほっとさせるような考えが浮かぶ。「そうだ、われわれ医者にとって、いつも一つの方法が残されている……手をこまねいて待たないですむ方法……苦しまないですむ方法……」があるのだ。
十五章の最初の手紙はダニエルからのもので、その中で彼は「股を砕いた砲弾の破片によって性を持たぬ人間になった」ことを告白している。そして、母が死ぬまではやらないが、と言いながら自殺の覚悟を述べている。ダニエルがジャン・ポールの子守役に甘んじて、周りの女性たちが眉をしかめるような怠惰な日々を送っているのはそういうわけだったのだ。またこの章でアントワーヌは、ジャン・ポールの将来を思いながら自分の資産状況をジェンニーに知らせる。
最後の章は1918年の7月2日から11月18日までのアントワーヌの日記。その内容は、今やチボーの血を継ぐ唯一の人間になろうとしているジャン・ポールにあてた言葉、一進一退を繰り返しつつも確実に悪化していく病状とそのときどきの心境、戦況と関係各国の動き、そして人類の将来についての思い、という四つに分けられる。たとえば7月7日には国際連盟への期待が記され、7月8日には「三十七歳。これが最後の誕生日!」と記したあとにまた、軍備撤廃を提唱したウイルソンへの共感が綴られ、7月9日には「息切れして眠れない」ままに、ジャン・ポールに「おそらく後になって、去って行くひとりの人間の足跡をこの日記の中に見いだそうとしてくれるだろうか?そしてそのとき、アントワーヌおじさんは、おまえにとって、一つの名前、アルバムに貼られた一枚の写真に比べて、いくらかましになれるだろうか」という悲痛な呼びかけが記される。
そしてこの日記は「1918年11月18日、月曜/三十七歳、四ヶ月と九日/思ったよりもわけなくやれる。ジャン・ポール」という記述で終わっている。

この大河小説が発表されてから70年あまりになるが、チボー家の人々はもちろん、彼らを取り巻く老若男女の言動や思いは少しも古びていない。世界の状況も当時と今では大きく違っているはずなのに、共通点、類似点が多いことに驚かされる。精神が柔らかいうちに読んでおくべき作品であり、そのあとも折々に読み返すべき作品である。(2015.7.15読了)
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by nishinayuu | 2015-10-18 10:51 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『チボー家の人々12』((マルタン・デュ・ガール、訳=山内義雄、白水Uブックス)


c0077412_9574787.jpg『Les Thibault12-ÉpilogueⅠ』(Martin du Gard)
副題に「エピローグⅠ」とあるこの巻は、『1914年夏』から4年後の1918年5月から始まる。1614年でチボー家の物語は終わったかに見えたが、そうではなかった。主人公のジャックがいなくなったのになぜ、と思うが、この巻を読んでみるとわかる。この大河小説の真の主人公は実はアントワーヌだったのだ。
1917年の11月末、医師として活動していたシャンパーニュ戦線で毒ガスのイペリットにやられたアントワーヌは今、南フランスはグラッスス近郊のル・ムースキエにあるガス中毒患者療養所で入院治療を受ける身となっている。彼は発熱と呼吸困難、不眠、咳、発声障害などに悩まされながらも、医師として自分の症状を綿密に記録し続けている。目次に従って内容を要約すると――

一、ル・ムースキエ療養所でのアントワーヌ――ジゼールから「おばさん」の訃報を受け取ったアントワーヌは思いきってパリへ行く。「おばさん」の葬儀に参列すること、フィリップ博士の診察を受けること、ユニヴェルシテの家に遺してある研究ノートを持ってくることなどが目的だった。
二、パリにおけるヴェーズ嬢の埋葬
三、アントワーヌ、旧居に帰る――父の死後、思うままに改装した家なのに、「我が家にいるという気持ちにはなれず、おやじの家といった気持ち」になった。1915年3月の消印のある小包からラシェルの首飾りが出てくる。
四、アントワーヌ、ジゼールと家で昼食を共にする――ジゼールがフォンタナン家の人々について語る。
五、リュメル、マクシム亭にアントワーヌを招待――外務省に勤務していてジャックの死の真相を調べてくれ、ジェンニーのスイス行きにも便宜を図ってくれたリュメルであるが、アントワーヌは戦場にある者と銃後にある者の意識の差を思い知った。
六、アントワーヌの夢――戦前の自身のブルジョワ的意識への嫌悪の表れ
七、アントワーヌ、メーゾン・ラフィットを訪ねる―ダニエル、ジャン・ポールとの朝のひととき――チボー家の別荘は傷病兵のための病院に改造され、フォンタナン夫人が采配を振るっている。ジゼールは看護婦として働き、ジェンニーやジャン・ポールと一緒に寝起きしている。その部屋にはパタースンが描いたジャックの肖像画が飾られている。
八、ジェンニーとの最初の語らい――ジャックの忘れ形見を立派に育てなくては、とけなげに語るジェンニー。その一方で彼女はジャン・ポールがジゼールになつくのは「ジゼールさんの中にある奴隷の血」のせいだと言う。
九、ジェンニーとの二度目の語らい――アントワーヌはジェンニーの不自然で皮相な「思想発展」を、ダニエル伯父の遊惰な手本、ないし祖母の示す近視眼的愛国主義以上にジャン・ポールには危険なものだと感じる。
十、フォンタナン夫人をその病院に訪ねる――かつて父の座っていた安楽椅子にどっかりと座るフォンタナン夫人に、複雑な思いのアントワーヌ。ニコルとも再会。ダニエルの変わりようについて、ジェンニー、フォンタナン夫人、ニコルがそれぞれの解釈を披瀝する。
十一、ジャン・ポールとおじアントワーヌ
十二、メーゾン・ラフィットでの夕―ジェンニーとの最後の語らい
(2015.7.11読了)
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by nishinayuu | 2015-10-14 09:58 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『チボー家の人々 11』(マルタン・デュ・ガール、訳=山内義雄、白水Uブックス)

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『Les Thibault11- L’Été 1914 Ⅳ』(Martin du Gard)
この巻には1914年8月1日(土曜日)から8月10日(月曜日)までの出来事が綴られている。


8が月1日の4時半、ガール・デュ・ノールに歩いて行こうとしていたジャックとジェンニーがマドレーヌ広場でに出た時、「突然耳を聾するようなざわめきがあたりを圧した。聖堂の大きな鐘の音が、同じ調子の、はっきりした、うなりのある、大きなおごそかな単音で鳴りわたっていた。」総動員令が発令されたのだ。ジャックはアントワーヌのもとへ、議会へ、ユマニテ社へとジェンニーの手を引いて駆け回る。その間にジャックが見たのは、動員を前にした社会主義者たちの態度の豹変だった。戦争反対をいちばん猛烈に叫んでいた連中が、いまやもっとも熱心にそれをやるために出かけて行こうとしていた。ただ一人ジャックに共感を示した同志ステファニーがジャックに告げる。ジョーレスが他国のある同志に「もし戦争が勃発したら、あくまでインターナショナルを守って欲しい」と言っていたと。そしてその夜、世界の均衡が破れてしまいでもしたようなその夜、同じ動揺と深い、そして純粋な同じ喜びに締め上げられて、ジャックとジェンニーは一夜をともにした。
8月2日、混乱のまっただ中にウイーンを発ち、三日三晩一睡もせずにやっと家にたどり着いたフォンタナン夫人は、抱き合って眠っているジャックとジェンニーを見て衝撃を受ける。しかし、外で気を静めるうちに、夫人の憤激と反発には運命を、また他人の責任を尊敬するところの感情が混じり始める。後刻、ジャックは動員令を受けて出発するアントワーヌを駅まで見送るために出かける。別れ際、「また会えるだろうか」という同じ思いに駆られて二人は思わず抱き合う。ジャックもまたジェンニーと一緒にジュネーヴに発つつもりだった。フランスから逃れて、インターナショナルのために自分の命をかける覚悟だった。母親の帰宅を知ったジェンニーから、今すぐの同行は無理だと告げられたとき、ジャックはこれで思いきり働ける、と思うのだった。
8月3日、ジャックはジュネーヴに行き、そこで抜け殻のようになっているメネストレルに会い、計画を打ち明ける。4日にはバーゼルに移動、アジビラの準備。そして10日、ジャックはメネストレルの操縦する飛行機でアルザスの空へ飛び立つ。

心を一つにして闘っているはずだった同志たちの豹変と裏切りに呆然としながらも、新たな使命感に燃えてアルザスの空に飛び立ったジャックだったが、その計画は実行に移す前に粉々に砕け散る。そんな過酷な精神的打撃を受けたジャックに、作者はさらに過酷な運命を与えている。利己的な動機でジャックと同道したメネストレルには速やかな死を与えておきながら、作者はなぜ、純真な(哀れなほどに純真な)ジャックに対しては瀕死の状態のままその死を長引かせたのだろうか。ジャックに戦場の悲惨さを目撃させ、それを語らせるために、作者はジャックを担架に乗せて強引に戦場を引き回したのだろうか。人間らしい感情を持った一人の兵士を担架に付き添わせたのが、作者のジャックへの最後の思いやりだったのかも知れない。(2015.8.17読了)
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by nishinayuu | 2015-10-10 10:39 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

韓国ドラマノート-その10(2015.10.1作成)


c0077412_22555186.png2014年3月から2015年10月末までに見終わったドラマを視聴順に並べました。
1行目:日本語タイトル、韓国語タイトル、放送局
2行目:キャスト 3、4行目:一言メモ
画像は「馬医」です。

アラン使道伝 아랑사또 MBC
    イ・ジュンギ、シン・ミナ、ユ・スンホ・ヨン・ウジン
    話はいまいちで、使道の母親もコワスギだが、主題歌(韓国語の方)は
    素晴らしい。
階伯 계백 MBC
    イ・ソジン、オ・ヨンス、チョ・ジヒョン、ソン・ジヒョ
    階伯は百済最後の王・義慈王に仕えた将軍。
    朱蒙の清純なイェ・ソヤがすごい迫力と貫禄の女性に成長している!
パダムパダム 빠담빠담
    チョン・ウソン、ハン・ジミン、キム・ボム、チェ・テジュン
    チョン・ウソンの演技と表情はちょっと引いてしまう。
    シベリウスの悲しきワルツが効果的に使われている。
馬医 마의 MBC
    チョ・スンウ、イ・ヨウォン、ユソン、ハン・ソン・チャンミン
    主人公の人生もヒロインの人生もドラマチックで見ごたえがある。
    チョン・ノミンがまた「いい人」をやっている。出番は少ないが。
武人時代 무인시대 KBS
    ソ・インソク、イ・ドクファ、イム・ヒョク、キム・ガプス
    12世紀初めから約150年間を描いた歴史ドラマ。イ・ウィバン時代
    が頂点で、あとは間延びした。特にチョン・デスンの時代は退屈。
商道 상도 MBC
    イ・ジェリョン、キム・ヒョンジュ、チョン・ボソク、パク・イナン、
    李王朝時代に商人の道を究めて人望を集めた男の物語。ヒョンジュが
    出てくるといつも『ガラスの靴』のけなげな姿が浮かんで泣ける。
奇皇后 기황우 MBC
    ハ・ジオン、チュ・ジンモ、チ・チャンウク、チン・イハン
    貢女から皇后に上り詰めた高麗出身の女性の物語。時代は14世紀、
    元朝の終末期。チャンウクが頼りない皇帝を好演。
赤道の男 적도의 남자 KBS
    オム・テウン、イ・ジュニョク、キム・ヨンチョル、イ・ボヨン
    かつて親友に裏切られた男が、周到な準備の末に仕掛ける復讐劇。
    どぎついストーリーに負けず劣らず出演者の演技も濃い。
王家の家族たち 왕가네 식구들 KBS
    イ・テラン、イ・ユンジ、チョ・ソンハ、オ・マンソク
    家族問題を描いた現代劇。姉妹がスバク、ホバク、グァンバク、ヘバク
    とはふざけ過ぎ。ホバク(テラン)の夫(マンソク)は許せない。
キム・マンドク 김만덕 KBS
    イ・ミヨン、ハン・ジェソク、パク・ソルミ、ハ・ソクジン
    実在の女商人をモデルにした女性版「商道」。若々しい男女の中で
    イ・ミヨンだけちょっとイタイ。ドラマそのものは上出来だけれども。
光と影 빚과 그림자 MBC
    アン・ジェウク、イ・ピルモ、ナム・サンミ、ソン・ダムビ
    ショー・ビジネスの世界を描いた現代劇。ジェウクが光でピルモが影。
    演技の方もジェウクは光っているのにピルモは冴えない。どうしたの?
笑ってトンヘ 웃어라 동해야 KBS
    チ・チャンウク、ト・ジウォン、パク・ジョンワ、オ・ジウン
    「女人天下」で怪演を見せたト・ジウォンが清楚な女性に見事に変身。
    親探し、差別、裏切りなどなど韓ドラらしさ満開で楽しめる。
ホジュン 허준 MBC
    チョン・グァンニョル、ファン・スジョン、ホン・チュンミン
    韓国史上の偉大な人物を描いて60%を超える視聴率を得たドラマ。
    「光と影」で大悪党だったグァンニョルがすごくいい人になっている。
スタンバイ 스탠바이 
    リュ・ジン、イ・ギウ、ハ・ソクジン、イム・シワン、キム・スヒョン
    放送局とレストランを舞台にした痛快・爆笑ラブコメディ。リュ・ジン
    のダメンズぶりが愉快。キム・スヒョンは女性です。念のため。
キムチ 김치 
    パク・ソニョン、イム・イェジン、コ・ドクシム、ハン・ジェソク
    伝統の味を守る女3代の料理人の物語。これは本当に泣けます。
    サブタイトルはなんと「不朽の名作」。そう言いたい気持ちもわかる。
ファッション王 패션왕 SBS
    シン・セギョン、ユ・アイン、イ・ジェフン、クォン・ユリ
    ヨンゴル(ユ・アイン)は最初も事業に成功してからもチンピラ風。
    最後は「グレート・ギャツビー」のつもり? あまりに唐突で笑った。
ゴールデン・タイム 골든 타임 MBC
    イ・ソンギュン、ファン・ジョンウム、イ・ソンミン、ソン・ソンミ
    釜山の病院を舞台に、ワンタの医者とインターンたちの絆が描かれる。
    イ・ソンギュンの美声とファン・ジョンウムの鼻声が印象的(?!)
堂々とせよ 도도하라 SBSプラス(ってなに?)
    ユラ、シン・ソユル、ユ・ミンギュ、キョン・ミリ(一瞬だけ登場)
    市場で服を売りながらファッション界での成功を夢見るドドとハラ。
    二人とも同じダメ男に惚れたため、微妙な共同生活が始まる。
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by nishinayuu | 2015-10-06 23:09 | 映画・ドラマ | Trackback | Comments(0)

『チボー家の人々 10』(マルタン・デュ・ガール、訳=山内義雄、白水Uブックス)

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『Les Thibault10- L’Été 1914 Ⅲ』(Martin du Gard)

シリーズの10巻目である本書には1914年7月28日(火曜日)から8月1日(土曜日)までの出来事が綴られている。

28日、ジャックは秘密の任務を帯びてベルリンに赴き、ポツダム広場のある店で同志のトラウテンバッハと落ち合う。オーストリアのシュトルバッハ大佐がオーストリアとドイツ両国の参謀本部の共同動作をはっきりさせる秘密命令を持って訪独したことをかぎつけたトラウテンバッハは、その秘密命令の書類をくすねるという大胆な計画を立てていた。その書類をジャックがメネストレルに届け、メネストレルはその書類の重要性いかんによって、29日にブリュッセルに集まっているインターナショナルの指導者たちに知らせる、という手はずになっていた。盗んだ書類と偽の身分証を携行してドイツ領内を通り抜けるという危険をおかしてジャックが届けたその書類を、メネストレルはなぜか他の人と一緒に点検することをせず、自室に持ち込んでしまう。そしてその夜、パタースンはフレダ(メネストレルの愛人)と駆け落ちし、翌朝メネストレルのもとを訪れたジャックはシュトルバッハの書類が焼かれた痕跡を発見する。フレダを失ったメネストレルは壊れてしまい、スイス革命家集団は指導者を失ってしまったのだ。戦争の脅威と情報の混乱の中で、戦争反対と民衆運動の揺るぎない指導者であったジョーレスが、ジャックとジェンニーの目の前で凶弾に倒れる。

当時のヨーロッパの情勢が登場人物たちの言動を通してまるでドキュメンタリーのように綴られていくと同時に、ジャックとジェンニーの愛がそんな中にありながら、というかそんな中だからこそ確固たるものになっていく過程が編み込み模様のように織り込まれていく。国防の義務についてのアントワーヌとジャックの議論も、二人の持って生まれたものの根本的な違いを明らかにしていて興味深い。
なお、実在の人物であるジョーレスについて、簡単にメモしておく。
Jean Jaurès(1859~1914.7.31)フランスの社会主義者、政治家。穏健共和主義から1890年代に社会主義に転じたが、急進的マルクス主義派とは対立。1904年にHumanitè(ユマニテ)誌を創刊。大衆的人気を誇る雄弁家でもあった。第一次大戦直前、ナショナリズムが高揚する中で帝国主義戦争に断固反対を唱えて和平を呼びかけたが、狂信的な国家主義者によって放たれた銃弾に倒れた。その死の翌日、第一次大戦が勃発し、フランスは総動員体制に入った。
(2015.8.14読了)
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by nishinayuu | 2015-10-02 17:53 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)