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『チボー家の人々9-1914年夏Ⅱ』


c0077412_1154358.jpg(マルタン・デュ・ガール、訳=山内義雄、白水Uブックス)
『Les Thibault9-L’Été 1914Ⅱ』(Martin du Gard)
この巻も前巻と同じく1914年の夏というサブタイトルのもとに、7月20日で終わっている前巻に続いて7月21日から7月27日まで、わずか一週間の出来事が詳細に綴られている。緊迫する政治情勢の中で信念を貫くために奮闘するジャックは、一方でジェンニーへの深い思いにも目覚める。
今回も、内容説明的な目次をそのまま記しておく。なお、目次の番号は前巻からの続きになっている。

二十六 7月21日・火曜日――ジャック、ジュネーヴに帰る
二十七 7月22日・水曜日――ジャック、任務をもってアントワープに行く
二十八 7月23日・木曜日、二十四日・金曜日――ジャック、パリに帰り、しばらく滞在
二十九 7月24日・金曜日――夫の棺前にあってのフォンタナン夫人の黙想
三十 同日――天文台通りの家に一人帰ったジェンニーの午後
三十一 同日――ジャック、ダニエルを訪れ、とものそのアトリエにおもむく
三十二 同日――夕刻、ジャック『ユマニテ』社におもむく。悲観的形勢
三十三 7月25日・土曜日――病院におけるフォンタナン夫人とダニエルの最後の朝
三十四 同日――ジャック、ジェローム・ドゥ・フォンタナンの埋葬式に列す
三十五 同日――ジャック、兄の家に昼食におもむく。アントワーヌとその助手たち
三十六 同日――ジャック、東部停車場にダニエルを見送る
三十七 同日――ジャック、ジェンニーの後をつける
三十八 同日――サン・ヴァンサン・ドゥ・ポール公園でのジャックとジェンニーの一夜
三十九 7月26日・日曜日――朝のジャック。オーストリア、セルビアの国交断絶
四十 同日――アントワーヌ家での日曜の集まり。フィリップ博士、外交官リュメル
四十一 同日――アントワーヌと二人きりになって、リュメルが心中の不安を打ち明ける
四十二 同日――ジャック、ジェンニーの家への第一回の訪問
四十三 7月27日・月曜日――ジャック、ベルリンへの秘密任務の指令を受く
四十四 同日――ジャック、ジェンニーの家への二回目の訪問
四十五 同日――午後の政治情勢
四十六 同日――ジャックとジェンニー、取引所付近で晩餐を共にす
四十七 同日――ジャック、ブールヴァールでのデモに参加す

次のような暗示的な文が四十二の最後にある。
彼女(ジェンニー)は、ずっと後になってから、ジャックのすがたが――立ったまま、彼女のほうへ身をかがめていたときの彼の姿が――いかにそのとき、自分の記憶にはっきり刻みつけられたかを知ったのだった。彼のひたいなり、黒い髪の毛なり、鋭い不敵な、大胆な眼差しなり、彼女のために期するところのあるらしい自信たっぷりな微笑なりが、いかに驚くべき強烈さで自分の一生かけて思い出されることになるだろうかを知ったのだった……
(2015.6.17読了)
☆ちょっと気になった文-その1――ヴァンネードは、本でいっぱいのナイト・テーブルの上に、コーヒーを入れたうがいコップをおきながら……
(時代ですかね、それとも彼らの貧しい生活を象徴している?)
☆ちょっと気になった文-その2――(フォンタナン夫人とジェンニーが)食事をしかけていたまるテーブルの上には、途中ではしをおいたその日の夕食の残りが、まだそのままになっていた。
(まさか和食じゃないですよね?)
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by nishinayuu | 2015-09-28 11:06 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『チボー家の人々8-1914年夏』


c0077412_22362115.jpg(マルタン・デュ・ガール、訳=山内義雄、白水Uブックス)
『Les Thibault8- L’Été 1914』(Martin du Gard)
この巻では1914年の夏という限定された期間の、しかも夏いっぱいではなく、6月28日(日曜)から7月20日(月曜)という1ヶ月にも満たない短期間の出来事が詳細に綴られている。舞台は前半がジュネーヴ、後半がパリとなっている。ジャックはジュネーヴで、革命を目指す若者たちからなる大きな集団の一員として使命感に燃えた日々を送っている。この巻で特筆すべきは、登場人物のうちかなりの数の人物の容姿が、必要以上に(つまり出来事や彼らの言動とは無関係に)微に入り細にわたり描写されていることである。もしかしたらこれらの人物は作者が実際によく知っている人々をモデルにしたもので、作者は彼らの言動だけでなく容姿もそっくり取り入れないと気が済まなかったのではないだろうか。例によって、内容説明のような目次をそのまま記しておく。

一 1914年6月28日・日曜日――ジュネーヴにて。ジャック、パタースンのアトリエでモデルとなる(パタースンはイギリス人の同志で画家)
二 同日――グローブ・ホテルでのジャックとヴァンネード(ヴァンネードは同志の一人で、色素欠乏症)
三 同日――ジャックのメネストレル訪問(またの名をパイロットというメネストレルは仲間たちのリーダー的存在)
四 ジャックの賊する国際革命か集団
五 同日――本部での集会
六 (つづき)
七 (つづき)
八 同日――ジャック、メネストレルおよびミトエルクと散歩する――暴力論議(ミトエルクは「技術家型」に属する暴力主義の理論家)
九 (続き)――サラエヴォにおける暗殺事件の報
十 7月12日・日曜日――メネストレルのもとでの集まり。ベームと最近ウィーンから帰来したジャックによるヨーロッパ情勢に関する説明
十一 (つづき)
十二 同日――戦争の脅威に対するメネストレルおよびアルフレダ間の反発(アルフレダはメネストレルの恋人)
十三 7月19日・日曜日――アンヌ・ドゥ・バタンクールの午後(アンヌはアントワーヌの情婦)
十四 同日――ジャック、兄を訪問。アントワーヌ、その新居を弟に見せる
十五 同日――兄弟、対外政策に関して語り合う
十六 同日――ジャック、兄の家にて晩餐をともにす。家庭的な話
十七 同日――社会問題に対するジャックとアントワーヌの態度の相違――思いがけないジェンニーの来訪
十八 同日――アントワーヌとジャック、ジェローム・ドゥ・フォンタナンがピストル自殺を企てたホテルに出かける
十九 同日――ジャックにとっての一日の終わり――新しい政局
二十 同日――アントワーヌ、フォンタナン夫人と病院に宿泊
二十一 同日――ジェロームの枕元でのフォンタナン夫人
二十二 同日――弟の来訪についてのアントワーヌの反省
二十三 同日アントワーヌ、フォンタナン夫人の依頼によりグレゴリー牧師の来訪を求む
二十四 7月20日・月曜日――パリにおけるジャックの一日――病院にダニエルを訪ねる
二十五 同日――アントワーヌとアンヌ、パリ郊外へ晩餐におもむく
(2015.6.13読了)
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by nishinayuu | 2015-09-24 22:36 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『チボー家の人々7-父の死』

c0077412_11475866.jpg(マルタン・デュ・ガール、訳=山内義雄、白水Uブックス)
『Les Thibault7-La Mort du Pére』(Martin du Gard)
この巻で扱われているのはひとえに「父の死」である。死に行く一人の男とそれを見守る人々の、いつ終わるとも知れない凄まじい闘いの一刻一刻と、ついに訪れた死、残された遺書、葬儀などが克明に記された巻である。例によって目次が内容の要約のようになっているのでそのまま記し、[ ]内に覚え書きを添えておく。

一 死に直面したチボー氏
二 ヴェカール神父、チボー氏をなだめて、天命を納得させる
三 兄弟の帰宅[死んだと思われていたジャックがアントワーヌに連れられて帰宅]
四 入浴
五 ジゼールの帰宅[ロンドンから駆けつけたジゼールとジャックの衝撃の再会]
六 終焉[医者であるアントワーヌによる決断と秘かに実行された処置]
七 遺骸
八 死の翌日。弔問。エッケ博士、ロベール少年、シャール氏、アンヌ・ドゥ・バタンクール[いずれもアントワーヌが応対した人物]
九 かつての日のジゼールの部屋で[子どもの頃の思い出で二人が一つになったと思われたとたん、ジャックの心はあらぬ方にさまよっていき、ジゼールは取り残される]
十 チボー氏の遺書など
十一 ジゼール、ジャックの部屋を訪れる[二人の気持ちは決定的に行き違う]
十二 葬儀[クルーイの少年園の御堂にて。在園の少年たちは雪まみれの庭で待つ]
十三 ジャック、クルーイをおとずれる[父の墓に真の涙を注いだあと、ダニエルの手紙を読む]
十四 埋葬からの帰り、アントワーヌとヴェカール神父との対話。絶対隔絶
(2015.6.8読了)
☆訳は滑らかで読みやすい。ただ一つ引っかかったのは病人の看護をしている女性たちを「童貞セリーヌ」とか「童貞さん」と呼んでいること。原文はおそらくsœur。修道女ではなさそうなので、シスターと訳すわけにもいかないだろうが、「童貞」は違和感ありすぎ。
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by nishinayuu | 2015-09-20 11:48 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

映画鑑賞ノート21 (2015.9.16作成)

c0077412_11501489.jpg2015年7月~8月に見た映画の覚え書きです。
1行目:タイトル(原題)制作年・制作国 監督(鑑賞日)2行目:キャスト 3行目:一言メモ
画像は「Safe Haven」

Safe Haven 2013米 ラッセル・ハルストレム(7.1)
    ジュリアン・ハフ、ジョシュ・デュアメル、コビー・スマルダーズ
    原作=ニコラス・スパーク。
    森から現れた女友達はヒロインの守護天使だった!
野郎どもと女たち(Guys and Dolls)1955米 J・マンキーウィッツ(7.3)
    マーロン・ブランド、ジーン・シモンズ・スタッビー・ケイ
    セクシーなブランドとキュートなシモンズで見せる懐かしい作品。
もしも昨日が選べたら 2006米 フランク・コラチ(7.4)
    A・サンドラー、K・ベッキンセイル、C・ウォーケン
    万能リモコンのおかげで大成功を収めたと思いきや……。
    『ディア・ハンター』のウォーケンが不気味。
ママが泣いた日(The Upside Anger)2005米 マイク・バインダー(7.6)
    ジョアン・アレン、ケビン・コスナー、ケリー・ラッセル
    夫の失踪に怒り狂う母親と、母親に振り回される4人の娘たち。
    彼らみんなが温かい隣人(これがなんとコスナー)に支えられる。
R・デ・ニーロ・エグザイル(Being Flynn) 2012米 P・ワッツ(7.7)
    ロバート・デ・ニーロ、ポール・ダノ、ジュリアン・ムーア
    原作はニック・フリンの
    『路上の文豪、酔いどれジョナサンの「幻の傑作」』。
The Long Kiss Goodnight 1996米 レニー・ハーリン(7.8)
    ジーナ・ディヴィス、サムエル・ジャクソン、クレイグ・ビアーコ
    きりりとしたヒロインに比べ、男は悪玉も善玉も甘っちょろい。
天使のくれた時間 2000米 ブレット・ラトナー(7.9)
    ニコラス・ケイジ、ティア・レオーニ、ドン・チードル
    13年前と現在との間にあったかもしれないもう一つの人生。
About a Boy 2002英 クリス・ワイツ/ポール・ワイツ (7.11)
    ヒュー・グラント、ニコラス・オルト、トニ・コレット
    キリングミー・ソフトリーが心にしみる。原作とは違うらしいが。
Sent of a Woman 1992米 マーティン・ブレスト(7.12)
    アル・パチーノ、クリス・オドネル、ガブリエル・アンウォー
    パチーノの演技が好評だったそうだが、そうかなあ。
    アンウォーが信じられないほどかわいい。
いつか眠りにつく前に(Evening)2007米・独 ラホス・コルタイ(7.14)
    クレア・デインズ、V・レッドグレイヴ、M・ストリープ
    現在のライラ(ストリープ)と24歳のときのライラ(ガマー)も、
    アン(レッドグイヴ)と長女も実の母娘が演じているとか。
毎日かあさん 2011日本 小林聖太郎(7.14)
    小泉今日子、永瀬正敏、正司照枝、田畑智子、古田新太
    子役も大人の俳優も本当の家族のように自然ですご~くいい。
スマイル・アゲイン(Playing for keeps)2012米 G・ムッチーノ(7.16)
    ジェラルド・バトラー、ジェシカ・ビール、ユマ・サーマン
    ルイス(ノア・ロマックス)のそばかすは本物?とてもかわいい。
建築学概論(건축학 개론)2011韓 イ・ヨンジュ(7.20)
    ハン・ガイン、オム・テウン、コ・ジュニ、ペ・スジ、イジェフン
    せつなくて甘い、けれども甘すぎない上質の恋愛映画。
少年と自転車(Le Gamin au vélo)2011白仏伊 ダルデンヌ兄弟(7.21)
    トマ・ドレ、セシル・ドゥ・フランス、ジェレミー・レニエ
    捨てる親あれば広う親あり。ベートーヴェンのPコンチェルト5。
恋愛上手になるために(The Good Night)2007米英独 J・バルトロウ(7.23)
    マーティン・フリーマン、G・バルトロウ、ペネロペ・クルス
    監督はG・バルトロウの実弟。彼女がクルスより上品で知的に
    見えるのはそのせい?
わが母の記 2012日本 原田真人(7.25)
    役所広司、樹木希林、宮崎あおい、南果歩、ミムラ
    母に捨てられたのでは、と疑いながら生きてきた主人公の作家が、
    母が老いて初めて知った真実。井上靖の作品を下敷きにしたもの。
息子のまなざし(Le Fils)2003白仏 ダルデンヌ(7.26)
    オリヴィエ・グルメ、モルガン・マリンヌ
    激しく動くカメラとアップの多用(意図的?)、大きく響く音が
    神経に障る。内容がいいだけに惜しい。
風にそよぐ草 2009仏 アラン・レネ(7.31)
    アンドレ・デュソリエ、サビーヌ・アゼマ、アンヌ・コンシニ
    初老の男の妄想恋愛物語。フランスだなあ~。
世界で一番パパが好き(Jersey Girl)2004米 ケヴィン・スミス(7.30)
    ベン・アフレック、リヴ・タイラー、ラクエル・カストロ
    主演男優、助演女優がゴールデン・ラズベリー賞(最低賞)受賞。
    そこまでひどくはないと思うけれど。
シモーヌ(Simone)2002米 アンドリュー・ニコル(8.2)
    アル・パチーノ、レイチェル・ロバーツ、キャサリン・キーナー
    CG俳優を作る話。パチーノは常軌を逸した人物役にぴったり。
The Body Guard 1992米 ミック・ジャクソン(8.4)
    ケビン・コスナー、ホイットニー・ヒューストン
    やはり主題歌が抜群にいい。コスナーのよさが初めてわかった。
父と暮らせば 2004日本 黒木和雄(8.5)
    宮沢りえ、原田芳雄、浅野忠信
    もとは井上ひさしの舞台劇。この作品に出会えた役者は幸せですね。
Enemy of the State 1998米 T・スコット(8.29)
    ウィル・スミス、ジーン・ハックマン、ジョン・ヴォイト
    弁護士と元NSA技官がNSAの高官(これが悪役)と対決。
The Interpreter 2005米 シドニー・ポラック(8.31)
    ニコール・キッドマン、ジョーン・ペン、キャサリン・キーナー
    ショーン・ペンは渋さと貫禄が出て、やっといい感じになった。
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by nishinayuu | 2015-09-16 11:52 | 映画・ドラマ | Trackback | Comments(1)

『Titus Andronicus』(Shakespeare, Greenwich House)

c0077412_1557674.jpg『タイタス・アンドロニカス』(シェイクスピア)
1594年の上演記録が残るこの戯曲は、残虐なシーンのオンパレードでシェイクスピアの他の作品を圧倒している。さらに学者並みの古典の知識がちりばめられていることや、文体が他の作品とは異なることなどもあって、古くからシェイクスピアの作品ではないのでは?という疑問がつきまとっている作品でもある。
これについての議論は専門家たちにお任せすることにして、主な登場人物とその行動を記録しておく。

* サターナイナス=ローマ市民に人望のあるタイタスから譲られる形で皇帝におさまる。弟の恋人を妃にしようとして逃げられると、タイタスが捕らえてきたゴート族の女王タモーラを妃にする。
* バシエーナス=サターナイナスの弟。恋人ラヴィニアとともに宮廷を去るが、タモーラの息子たちによって惨殺される。
* タイタス・アンドロニカス=ゴート族との戦いに勝利を収め、女王タモーラと息子たちを捕虜にして凱旋する。ところがタモーラの息子たちによって娘は陵辱され、自分も陥穽にはまって片腕を失い、息子たちも惨殺されたため、復讐の鬼と化す。
* ルーシアス=タイタスの4人の息子のうち唯一死を免れた息子。タイタスによってゴート族のもとに送り込まれ、彼らとともにローマに攻め入る。
* クインタスとマーシャス=タイタスの息子たち。バシエーナス殺しの罪を着せられて惨殺される。(この場面、残虐な殺され方をする二人が哀れで胸が痛くなる。)
* アラーバス=タモーラの長男。タイタスによって生け贄として殺される。(タイタスは戦死した息子のために仕返しをするわけ。)
ディミートリアスとカイロン=タモーラのケダモノのような息子たち。ラヴィニアを犯し、バシエーナスを殺して穴に投げ込む。けれども最後はタイタスによって切り刻まれ、タモーラの食卓に供される。(タイタスもタモーラ一派に負けず劣らず残虐なのだ。)
* エアロン=タモーラの情夫のムーア人。タモーラに協力して暴虐を尽くす。
* 黒い子ども=タモーラとエアロンの子ども。エアロンとの関係が知られるのを怖れたタモーラによって殺されそうになるが、父性愛に目覚めたエアロンによってゴート族のもとに送られる。
* タモーラ=ゴート族の女王。アンドロニカス一族への復讐に燃える。ローマ皇帝の妃になったため、ゴート族からは裏切り者と見なされる。
* ラヴィニア=タイタスの娘。タモーラの息子たちに犯されたうえ、口封じのために両腕と舌を切り取られる。

最後はタイタスがまず恥辱にまみれたラヴィニアを殺したあとタモーラの息子たちを殺し、タモーラも刺し殺す。するとサターナイナスがタイタスを殺し、それを見たルーシアスがサターナイナスを殺し、エアロンを餓死の刑に処す。始めから終わりまで、これでもか、という惨劇が続く、なんとも凄まじい内容だが、こんな残酷劇を受け入れて楽しむ雰囲気が当時のロンドンにはあったということだろう。(2015.5.17読了)
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by nishinayuu | 2015-09-12 15:44 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『マクベス』(シェイクスピア、訳=野上豊一郎、岩波書店)

c0077412_17202549.jpg『Macbeth』(Shakespeare, Greenwich House)
この戯曲は1606年頃に完成したもので、1603年に王位に就いたジェームズ一世のための「天覧劇」として書かれたと推定されている。ジェームズ一世は元来スコットランドの王だが、母方の血がイギリス王室に繋がっていたことから、後継者のなかったエリザベス女王のあとを継いでイングランド王を兼ねることになったのである。それで、新しい王を称えるために、かつてスコットランド王家への反逆者だったマクベスの転落劇が描かれたものと考えられる。
戯曲的構成の緊密さと事件の急速な進展という点で『ジュリアス・シーザー』と並ぶ傑作とされるこの作品には、強烈な印象を与える場面と台詞があふれている。その一部を原文(日本語訳、話者、幕-場)の順に記しておく。
*Fair is foul, and foul is fair(きれいはきたない。きたないはきれい。妖女、1-1)
*Lesser than Macbeth, and greater./Not so happy, yet much happier./Thou shalt get kings, though thou be none: (マクベスよりは小さくて大きい。マクベスほどに運はよくないが、ずっと運がよい。王にはなれないが、代々の王を生む。妖女たちがバンクォーに、1-3)
*The prince of Cumberland! ---that is a step/ On which I must fall down, or else over-leap, /For in my way it lies. Stars, hide your fires!/ Let not light see my black and deep desires: (カンバランド公。――踏み段が一つできた。そこで倒れるか、飛び越えるかだ。何しろおれの行く手にできたのだから。星よ、お前たちの火を隠せ。おれの黒い深い望みを光に見せないでくれ。マクベスの傍白、1-4)
*Thou wouldst be great;/ Art not without ambition;---thou wouldst have, great Glamis,/ That which cries, Thus thou must do, if thou have it; (あなたはえらくなりたがる。野心がなくはない。---あなたの欲しがっているもの、それは斯ういって叫んでいます。「欲しくば断行しなけりゃいけない」と。マクベス夫人、1-5)
*Methought, I heard a voice cry, Sleep no more!/ Macbeth does murder sleep! (なんだかこんな声が聞こえたような気がした。「もう眠れないぞ。マクベスはねむりを殺した。」マクベス、2-2)
*Macbeth shall never vanquished be, until/ Great Birnam wood to high Dunsinane hill/ Shall come against him. (マクベスは決して敗れるということはないぞ。大きなバーナムの森が高いダンシネインの山の方へマクベス目がけて攻めかからない限りは。妖女の集会に現れた幻影、4-1)

第2幕に、ダンカン王を倒したマクベスが「すでに指名もすんで、着衣のためにスクーンへ行かれた」とマクダフが言うところがある。スクーン(Scone)はスコットランドの旧都で、そこの修道院に「スクーンの石」があり、代々のスコットランド王の戴冠式はこの石を玉座にして行われた。以前upした『運命の石』(こちら→)はこの玉座をめぐるミステリータッチの作品である。
今回あらためて読んでみて感じたことは、悪の首魁はあくまでもマクベスその人だということだ。血まみれの手の故に残忍冷酷な女という印象を与えてきたマクベス夫人は、夫の栄達(それに付随するであろうわが身の栄達)を願うあまり、内助の功が行き過ぎてしまっただけなのではないか。それというのも、自らは手を下さずにダンカン王殺害に成功して王位を簒奪したマクベスは、バンクォーの亡霊におびえながらも邪悪さをエスカレートさせているのに対して、夫人の方は精神的に立ち直れないほどの打撃を受けているからだ。(2015.5.9読了)
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by nishinayuu | 2015-09-08 17:24 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『Antony and Cleopatra』(Shakespeare, Greenwich House)

c0077412_2145041.jpg
『アントニーとクレオパトラ』(シェイクスピア)
本作は『Julius Caesar』から8年後の1606年に書かれた作品で、プルタルコスの『英雄伝』が下敷きとなっている。
舞台はBC40~30のローマとエジプト。『Julius Caesar』における名演説でブルータスを退けて権力を握ったアントニーの後半生が描かれる。すなわちこの戯曲の主題は、エジプト女王クレオパトラとの恋の駆け引きと、英雄の転落である。登場人物は以下の通り。
*アントニー ローマの三執政官の一人
*オクティヴィアス・シーザー ローマの三執政官の一人
*ポンペイ 執政官への反逆者
*イノバーバス アントニーの忠実な従者だったが、後にオクタヴィアス側に寝返る
*クレオパトラ エジプトの女王
*チャーミアン クレオパトラの侍女
*オクティヴィア オクティヴィアスの姉、アントニーの2番目の妻(最初の妻ファルヴィアがオクティヴィアスに戦いを挑んで戦死した後、アントニーがオクティヴィアスとの和解のために結婚)

この戯曲の特徴のひとつは他の戯曲に比べて場面の変化がめまぐるしいことだ。エジプトのアレキサンドリア→ローマ→エジプト→シチリアのメシーナ→ローマへと舞台が移る物語が、5幕42場で展開される。
もう一つの特徴は女性の活躍がめざましいことだ。主役の一人がクレオパトラなのだから当然といえば当然だが、クレオパトラだけでなく侍女のチャーミアンもかなり出番が多く、台詞も多い。当時のロンドンに演技力のある「少年俳優」が複数存在したと推察できる。
気になったのはクレオパトラの描かれ方。アントニーが結婚したオクタヴィアに対する嫉妬心を露わにし、結婚を伝えた使者を脅迫する姿は、プトレマイオス家を継承する高貴な女性とはとても思えない。舞台の上でまるで庶民の女房のようにはしたなく振る舞うクレオパトラの姿は、当時の人々をさぞ喜ばせたことだろう。しかし、アントニーの死後、オクティヴィアスからローマへ招かれたときにオクティヴィアスの思惑を見抜いて死を選ぶクレオパトラは、エジプトの女王にふさわしい毅然とした姿に描かれている。(2015.4.23読了)
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by nishinayuu | 2015-09-04 21:05 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)