<   2014年 12月 ( 8 )   > この月の画像一覧

『チーターの草原』(ヴィクター・カニング著、中村妙子訳、新潮社)


c0077412_18232139.png『The Runaways』(Victor Canning, 1972)
本書はイギリスの推理小説作家ヴィクター・カニングによる三部作『スマイラー少年の旅』のⅠで、舞台はイングランド南西部、主人公は一人と一匹のrunaways(逃亡者たち)である。
「一人」はサムエル・マイルズ(通称スマイラー)という15歳と5ヶ月の少年。船乗りの父親が航海に出ている間、ブリストルに住む姉夫婦に預けられていたスマイラーは、たちの悪い少年から罪をなすりつけられて教護学校に入れられてしまった。気詰まりな生活に耐えられずにそこを逃げ出したスマイラーは、身を潜めていた納屋の持ち主に通報されて乗せられたパトカーからも逃げ出して、2月の嵐の中を裸足で一目散に走っていた。パトカーの目の前で起こった落雷事故のおかげで手にした自由をかみしめながら、そして二度と捕まるまい、と心を決めて。
「一匹」はヤラという名の雌のチーター。スマイラーのいる森から10マイルほどの私有公園にある動物園で飼われていたヤラは、豪雨と雷鳴と稲妻の中でわけのわからない焦燥に駆り立てられて金網沿いを行きつ戻りつしていたが、落雷で金網の一部が押しつぶされた瞬間に囲い地を飛び出した。
こうして2月の嵐の中で自由を手にしたスマイラーとヤラは、互いに相手の存在を意識しつつ、それぞれの逃亡生活を続けることになる。(2014.10.10読了)
[PR]
by nishinayuu | 2014-12-29 18:24 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

韓国の詩「12月の葉書」

c0077412_15544052.jpg
韓国の詩人・李海仁の詩を日本語にしてみました。原詩は自由律詩ですが、日本語訳は七五調にしました。表現の拙さが少しはごまかせるのではないかと思いまして。


また1年が過ぎてしまうと
嘆き落ち込むのではなく、
まだここにある残り時間を
嬉しく思う気持ちにさせてくださいな。

この1年に受け取った
友情と 愛のこもった贈り物
辛い思いをした悲しみも
心すなおに神にあずけて、
松ぼっくりが描かれた感謝のカード
好きな人たちみんなに出したい12月。

さあ今はまた生きていかないと。
やるべきことをついつい先に延ばしては
ちょっとした約束をおろそかにして
他人(ひと)に心を開かなかった
この1年の過ちを悔いながら、
慎ましく歩まなくてはなりません。

同じ過ち繰り返す、そんな自分が
今年もとてもいやだけれども
後悔せずにおきましょう。
今日という日が最後の日でもあるかのように
愛しみながら時間を使い、
誰も彼をも許せたら、
それだけで幸せになれるでしょうに……
そんな幸せさえもまた先に延ばして生きている
こんな私の愚かさを、どうか許してくださいな。

見聞きし話すことの多さに
うんざりもする世の中で、
いつもしっかり目を開けて生きていくのはしんどいけれど、
目が濁ったりせぬように、
心も澄んでいるように、
独りぼっちで辛くても、きちんと努力
していけるよう、力を貸してくださいな。

12月には古い暦を取り外し
新しいのに掛け替えて
静かに言ってみるつもりです。
「立ち去れ、古い日々たちよ。
来たれ、新たな日々たちよ。
自分をさらに育むために
私にとってなくてはならぬ
もったいなくもありがたい時間たちよ」と

12월의 엽서 이해인
또 한해가 가 버린다고
한탄하며 우울해하기보다는
아직 남아있는 시간들을
고마워하는 마음을 지니게 해주십시오.

한해동안 받은
우정과 사랑의 선물들
저를 힘들게 했던 슬픔까지도
선한 마음으로 봉헌하며
솔방울 그려진 감사카드 한 장
사랑하는 이들에게 뛰우고 싶은 12월

이제 또 살아야지요
해야 할 일 곧잘 미루고
작은 약속을 소흘히 하며
남에게 마음 닫아 걸었던
한 해의 잘못을 뉘우치며
겸손히 길을 가야합니다.

같은 잘못 되풀이하는 제가
올해도 밉지만
후회는 깊이 하지 않으렵니다
진정 어늘밖엔 없는 것처럼
시간을 아껴쓰고
모든 이를 용서하면
그것 자체로 행복할텐데……
이런 행복까지도 미루고 사는
저의 어리석음을 용서하십시오.

보고 듣고 말할 것
너무 많아 멀미나는 세상에서
항상 깨어 살기 쉽지 않지만
눈은 순결하게
마음은 맑게 지니도록
계속하게 해주십시오.

12월엔 묵은 달력을 떼어내고
새 달력을 준비하며
조용히 말하렵니다
‘가라, 옛날이여
오라, 새날이여
나를 키우는데
모두가 필요한
고마운 시간들이여.’
[PR]
by nishinayuu | 2014-12-25 15:56 | 翻訳 | Trackback | Comments(1)

『思い出のマーニー』(ジョーン・ロビンソン著、松野正子訳、岩波少年文庫)


c0077412_1131978.png『When Marnie Was There』(Joan Robinson, 1967)
舞台はイングランドの東部・ノーフォーク。小さな川や湿地の多い低地帯である。主人公は小学校低学年の女の子・アンナ。夏休みはまだずっと先なのに、アンナはロンドンの家を離れてノーフォークの田舎で暮らすことになる。ぜんそくがあるせいもあったが、アンナが「ひどくぼんやりしていて」「特に友達もいなくて」「したいこともないし」「やってみようともしない」のを心配した養い親のミッセス・プレストンが、古い友達のペグさんにアンナをしばらく預かってもらうことにしたのだ。こうしてアンナは一人で汽車に乗ってノーフォークへ旅立つ。
ペグさんとその夫のサムおじさんの家は、小さいけれども清潔で、あたたかくて、あまくて、古めかしい、なつかしい匂いがした。田舎に着いたその日から、アンナは一日中ショートパンツで歩き回る。人里離れた静かな、ボートと鳥と水と、そして広い広い空だけの別世界を。そしてある日、アンナは入り江に面した古い屋敷と、そこに住む女の子に出会う。マーニーという名の、いつもきれいな服を着ていて、どこからともなく現れて急にいなくなったりする、ちょっと気まぐれなその女の子は、アンナにとって大事な友達になった。

最近スタジオジブリでアニメ化されて話題になっているので、昔読んだ原作を読み直してみたところ、いかにもイギリスの児童文学らしい構成と内容の、すばらしい作品だとあらためて思った。映画は主人公が日本人になっているようなので、原作とは別物とみたほうがよさそうだ。(2014.9.26読了)
[PR]
by nishinayuu | 2014-12-21 11:03 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『Coriolanus』(Shakespeare, Greenwich House)


c0077412_10141437.png
『コリオレイナス』(シェイクスピア)
この作品はシェイクスピアの後期に書かれた5幕からなる悲劇で、テキストの初出は1623年。典拠はプルタルコスの『コリオラヌス』で、古代ローマの貴族ガイウス・マルキウス・コリオラヌスが、本作ではケイアス・マーシアス・コリオレイナスという英語読みの名で登場する。

コリオレイナスはローマと敵対するヴォルサイ軍との戦いに勝利を収めた英雄として、また名門貴族として、ローマの執政官選挙に出馬する。同じく貴族で彼の友人であるメニーニアスは、彼の傲岸不遜な性格を危ぶんで、執政官に選ばれるためにはローマ市民に迎合してみせなくてはならない、と説く。しかしコリオレイナスは貴族としての誇りから市民への反感と侮蔑を抑えることがでず、結局ローマ市民全体を敵に回してしまう。ローマ市民との対立は、ローマという都市国家との対立を意味した。ローマから追放されたコリオレイナスは、なんと宿敵ヴォルサイの将軍タラス・オーフィディアスのもとに走る。そして、ヴォルサイ軍の武力を借りてローマに復讐することを企てるのだが、ローマから遣わされた母親、妻、息子の訴えによってその企ては挫折する。

すなわちこの作品は護民官たちが代表するローマの民主制と、コリオレイナスが代表する貴族制の対立を描いたものであるが、民主制の代表たちが健全で意気軒昂なのに比べると、主人公コリオレイナスのアンバランスな人格や友人メニーニアスの頼りなさが目立つ。メニーニアスは貴族としては市民への理解もあり、穏健でとても「いい人」なのだが、次のようなやりとりでは完全に護民官に負けている。

護民官ブルータス: Caius Marcius was/A worthy officer i’the war; but insolent, /O’ercome with pride, ambitious past all thinking, /Self-loving, ……
メニーニアス: I think not so.

なおこの作品は2011年、舞台を現代に移して『英雄の証明』(監督・主演:レイフ・ファインズ)というタイトルで映画化されているという。(2014.9.14読了)
[PR]
by nishinayuu | 2014-12-17 10:14 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

『カステラ』(朴珉奎)

c0077412_1084830.jpg『카스테라』(박 민규著, 문학동네)
本書は表題作の『カステラ』ほか9編が収められた短編集。いずれの作品も朴珉奎独特の奇妙奇天烈な世界が展開されていて、なにこれ?という感じなのだが、その奇妙さに惹きつけられて途中で止められなくなる。そして読んでいる間はかなり笑えるのだが、そこはかとない悲しみが読後に残る。以下に掲載作品を順に挙げておく。

『카스테라』(문학동네,2003『カステラ』)――「冷蔵庫に象を入れる方法」は?
『고마워, 과연 너구리야』(세계의 문학, 2003『ありがとう、さすが狸だね』)
『그렇습니까? 기린입니다』(창작와 비평, 2004『そうですか?麒麟です』)
――以上二つは人間が動物に変身。
『몰라 몰라, 개복치라니』(문학동네, 2004『もう知らない、マンボウだなんて』)
――実は地球は丸くなかった。
『아 하세요, 펠리컨』(문학과사회, 2005『ああ、とおっしゃいよ、ペリカン』)
――遊園地の池に浮かぶアヒル型ボートが空を飛んで…。
『야쿠르트 아즘마』(한국문학, 2004『ヤクルトおばさん』)
――恐るべき便秘と、何事にも動じないヤクルトおばさんの話。
『코리언 스텐더즈』(문학수첩, 2005『コリアン・スタンダーズ」』
――宇宙人の書き残したマジックサークル(とは懐かしい。)
『대왕오징어의 기습』(문학-판, 2004『ダイオウイカの奇襲』)
――(日本にもダイオウイカの奇襲がありましたね。)
『헤드락』(실천문학, 2005『ヘッドロック』)
『갑을고시원 체류기』(현대문학,2004『甲乙考試院滞在記』)

以前韓国語講座で読んだ『갑을고시원』は集中いちばんの傑作と言える。これをテキストに選んだ講師の先生のセンスにあらためて敬意を表したい。(2014.9.11読了)
[PR]
by nishinayuu | 2014-12-13 10:09 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『私の文化遺産踏査記 日本編2』(兪弘濬著、創批)

c0077412_10284711.jpg
『나의 문화유산답사기 일본편2』(유홍준, 창비、2013)

『日本編1』で九州を取り上げた著者はこの巻で飛鳥と奈良を取り上げるにあたり、前書きで大略次のように述べている。

飛鳥に行けば我が国の扶余が思い浮かび、奈良の古い寺を見れば慶州が連想される。見るべきものも多く、物語も多く、文化遺産の一つ一つが宝石のように輝いている。第1部は「近つ飛鳥」から法隆寺まで踏査したものだ。5世紀に伽耶から渡っていった渡来人たちが日本に鉄と馬、そして伽耶土器文化を伝えたことは「近つ飛鳥」に確然と残っており、6世紀に百済から渡った渡来人の名残は飛鳥にありありと立ちこめている。百済王室との交流を通じて仏教と文字を取り込み、ついには律令国家への道を歩んだ過程を石舞台、橘寺、飛鳥寺に如実に見いだすことができる。
第2部は奈良の代表的寺刹を集中的に扱うとともに周辺の文化遺産も包括的に紹介した。710年の平城京遷都によって始まった奈良時代は日本古代文化の頂点だった。薬師寺の東塔、興福寺の仏像彫刻、東大寺の大仏、唐招提寺の肖像彫刻は日本古代国家の爛熟と栄光を誇っている。この時期になると日本は韓半島の影響から抜け出して唐の文化に直接接し、より国際的な文化へと乗り出す。8世紀、東アジアにはやっと平和の時代がやって来た。唐の玄宗時代の盛唐文化、統一新羅の景徳王時代の古典文化、渤海の文王時代に迎えた海東盛国、そして日本の奈良時代の天平文化がこの時期にできあがった。唐・新羅・渤海・日本のすべてが参与することによって、ヨーロッパが中世社会に向かう暗黒時代にあった時に東アジア文化は豊かな内容を備えた全盛期を迎えた。奈良の文化遺産はこのように東アジアの歴史全体の視点から見る時、その意義がいっそう深まる。

各章のタイトルは以下の通り。
「近つ飛鳥」―百済人、伽耶人の移民開拓史/「高松塚古墳と石舞台」―渡来人神社に捧げる一本の椿/「橘寺と飛鳥寺」―飛鳥の原に百済の花が咲きました/「斑鳩の法隆寺」―私はここに長く留まらずにはいられなかった/「奈良の名勝と博物館」―我々の昔の姿をここで見ているわけだ/「興福寺」―廃仏毀釈も侵すことのできない美しさ/「東大寺」―東大寺に行くなら三月堂まで上りなされ/「薬師寺と唐招提寺」―東塔は歌い、彫刻像は息づく。
バスや貸し自転車を利用して精力的に飛び回り、韓半島との同質性を見つければ無邪気に喜び、異質性を見つければ驚いたり感じ入ったりする、実に素直で楽しい旅の記録である。そしてもちろん、美術史学者としての専門的解説や問題提起もある。飛鳥や奈良も、こうして韓国人の視点から観察、解説されると、あらためて新鮮な魅力を持って迫ってくる。(2014.8.15読了)
[PR]
by nishinayuu | 2014-12-09 10:28 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

「韓国歴史ドラマによく出てくる表現」その2

c0077412_10163692.jpg
韓国の歴史ドラマに出てくる決まり文句を集めてみました。
その1はこちら


명심 또 명심 하겠습니다. よくよく肝に銘じます。

신명을 바치겠습니다. 身命を捧げます。

여부가 있겠사옵니까? かしこまりました。
(直訳すると、與否がありましょうか/いやも応もございません。)

천부당 만부당한 말씀입니다. とんでもないお言葉です。
(直訳すると、千も不当、万も不当なお言葉です。)

분부하신 대로 따르겠사옵니다. ご用命に従います。
분부를 받잡겠사옵니다. ご用命、しかとお受けいたします。

어떻소이까? いかがかな?

이리 오노라! 頼もう!
(直訳すると、ここに出てこい。山野で叫べば「オオカミよ、出てこい」となる?!)

소첩(婦女の謙称)、소신(臣下の謙称)、소자(父母に対する子の謙称、祖先・国民に対する王の謙称)
[PR]
by nishinayuu | 2014-12-05 10:17 | 覚え書き | Trackback | Comments(0)

『The Amateur Marriage』(Anne Tyler, Ballantine Books, 2004))

c0077412_10252251.jpgタイトルは素直に訳せば『アマチュアの結婚』。『技量不足の結婚』といったところか。作者が「最上の作品で、とても誇りに思っている」と言うだけあって、読みでのある傑作である。
物語は1941年12月のSt. Cassian Streetに始まり、それから60年後まで、ある家庭に起こった出来事が年代記風に綴られていく。

St. Cassian Streetはメリーランド州東バルチモアにあり、住民の大多数はポーランド系の人々である。1941年の12月、街は戦意高揚のためのパレードに沸き立っていた。Szapp兄弟が掲げたプラカードにはWatch out, Japs! Here come the Szappsという文字が躍っていた(みごとに脚韻を踏んでいますねえ)。若者達は先を争って軍に志願していく。彼らとペアになった娘達は、戦地に赴く若者を見送る娘、という役割に陶酔する。そんな雰囲気に押されてペアになったのがマイケルとポーリンだった。マイケルは黒髪、短髪、やせ形、ひげが濃い若者で、食糧雑貨店を営むミセス・アントンの一人息子。ポーリンは深い金色の髪、目は青紫、声は低いハスキーヴォイスで、すらりとしていて赤いコートがよく似合う娘だった。このとき二人は20歳。バスが志願兵達を迎えに来て、マイケルとポーリンはドラマチックな別れを演じる。そして、若者達の戦死の知らせが相次ぐ。Szapp兄弟も立て続けに死んだ。けれどもマイケルは死なずに帰ってくる。ただし脚に大きな障害を負って。戦争が終わり、恋の季節がやって来て、結婚するものも増える。だからミセス・アントンが店の客達にマイケルとポーリンが結婚すると言っても誰も驚かなかった。二人はパーフェクトなカップルだと人々は思ったのだった。
しかし二人の結婚は嵐の連続だった。マイケルは非社交的で、店の仕事が最優先でどこにも出かけようとしない。興奮したりはしゃいだりすることは全くなく、口べたで寡黙。ポーリンはマイケルとは逆に、楽しく元気に暮らしたいのにそれがうまくいかないと怒り狂う、という感情の起伏が激しい性格。これほど相反する性格の上、二人の結婚観も全く違っていた。マイケルは「結婚は別々の人間が並んで歩く道」と考えているのに対し、ポーリンは「結婚というのは魂が混じり合うことで、なにもかも一致すべきだ」と考えている。それでポーリンはことごとくマイケルに不満をぶつけ、マイケルはなぜ彼女がそんなに怒り狂うのか理解できない。三人の子どもに恵まれたが、幼い頃から反抗的だった長女のリンディーが17歳で家を出て行ってしまう。このリンディーの失踪はポーリンを生涯苦しめることになるのだが、ポーリンの苦難はそれだけでは終わらなかった。

ポーリンは一緒に暮らすには大変な人間だ、と作者自身が言っている。ということはつまり、彼らの結婚を「アマチュアの結婚」にした責任の大半はポーリンにあるということだろうか。それで作者はポーリンのほうにより過酷な運命を与えたのだろうか。それでも物語の最後の場面は、作者の愛情がポーリンとマイケルの二人に同じように注がれていることを感じさせる。(2014.8.23読了)
[PR]
by nishinayuu | 2014-12-01 10:27 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)