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『列のなかの男』(ジョセフィン・テイ著、中島なすか訳、論創社)

c0077412_21391926.jpg『A Man in the Queue』(Josephine Tey)
「論創海外ミステリー」シリーズの1冊で、副題は「グラント警部最初の事件」。
3月のある晩、ロンドンのとある劇場の外には、立ち見席を求める人々の長い行列ができていた。評判のミュージカルの最終公演に詰めかけた人々だった。主演女優の、輝くばかりに愛らしいレイ・マーカブルが、この晩を最後にアメリカに渡ることになっていた。もう一度彼女を見るためなら長い行列に並ぶくらい、当然のことではないか?やっとドアが開いて人々はチケット売り場に向かってなだれ込む。押し合いへし合いの混乱のなかで、財布を出すのに手間取っている女性が後ろの男性に語気荒く言った。「旦那さん、押すのをよしてくれるとありがたいんですけどね。」しかし言われた方の男はそのままゆっくりと膝からくずおれた。男のグレーのツイードのコートには銀色のナイフが突き立てられていた。
スコットランド・ヤードの警部グラントは、男の近くにいた7人の男女から聞き込みを始める。すると、列から立ち去った男がいたこと、その男と死んだ男はなにか言い争いをしていたことがわかる。この男のあとを追ってグラントはスコットランドのハイランドまで足を伸ばすことになる。

主な登場人物はグラント、レイ・マーカブルの他にソレル(死んだ男)、ラモント(ソレルの友人)、エヴェレット夫人(ソレルとラモントの下宿の女将)、ラロクリフ夫妻、ウォリス夫人(列のなかにいたひとり)、ダンディー・ディンモント(エヴェレット夫人の姪)、ドリスデール(グラスゴーの株式仲買人)。
愉快なのはスコットランドへの「おちょくり」が全編にさりげなくちりばめられていること。たとえば、「釣をするにはハイランド地方が一番だけれど、地元の住民が退屈だ」とか、「仲間内でつまらないいさかいがあっても、よそ者がそれに口を挟もうものなら、タータンチェックは一致団結して対抗するのさ」とか、「グラントの下宿のおかみは、スコットランドに4日いただけでグラントの輝きが失せたのは、スコットランドの食べ物、やり方、気候、風土のせいだと決めつけた」とか。著者がスコットランドはインヴァネスの生まれだとわかると気持ちよく笑える。
びっくり仰天したのは、終わり近くになっていきなり「語り手」が現れることだ。物語はずっと三人称で展開してきたので、一瞬混乱させられる。(2014.8.18読了)
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by nishinayuu | 2014-11-27 21:38 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『夢のボート』(リチャード・プレストン著、富永和子訳、小学館)


c0077412_1659770.jpg『The Boat of Dreams』(Richard Preston)
前書きに「病気で余命いくばくもない友人と悲しみにくれている家族のために書いた」とある。闘病ものは苦手なので読もうか読むまいか迷ったが、読み始めてみたら闘病ものではないことがわかってほっとした。けれども、トレーラーハウスで暮らす家族の話なので、幸せいっぱいの話というわけではない。しかも途中でなんと幽霊が登場してきて、何となくおかしな展開になってくる。この幽霊というのが実は衝突事故で聖霊になってしまったサンタクロースなのだという。このサンタクロース、不機嫌で体臭がきつくてかさばる、というところは実にリアリティーがあるのだが、同じく聖霊になったトナカイにそりを引かせて空に舞い上がる、という具合に一気にファンタジーの世界に突入する。しかも子供だましのような。
しかし、である。読み進めるうちにわかってくる。これは語り手の「ぼく」の成長物語なのだ。「ぼく」は13歳なので、家族の状況がよくわかる。頼もしくて優しいパパがベトナムの戦場で死んでしまったために、懸命に働いてとても疲れているママのこと、幼くてあどけなくて、だからときどきものすごく手がかかる妹のこと、いつまで住めるかわからないトレーラーハウスこと、もうすぐやってくるクリスマスのこと――13歳の「ぼく」には考えるべき事、対処すべき事がいろいろあって、泣きたくても泣いてなんかいられないのだ。妹のめんどうを見、ママを支え、やっかいなサンタクロースと駆け引きをしながら「ぼく」はなんとかがんばっている。でも、サンタクロースに欲しいものの「夢」を思い浮かべて見ろといわれたとき、サンタクロースなど信じていないのに「ぼく」は答えてしまう。「パパが戻ってくることだ」と。(2014.8.9読了)
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by nishinayuu | 2014-11-23 16:59 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『運命の石』(ナイジェル・トランター著、杉本優訳、大修館書店)


c0077412_10454636.png『The Stone 』(Nigel Tranter, 1958)
「運命の石」とはスコットランド王国の戴冠の玉座のこと。1296年にイングランド王・エドワード1世がスコットランドを征服してこの石をスクーン修道院から持ち去り、イングランド国王の戴冠式に使われる玉座に据えた。それ以来、イングランド王は戴冠の際にこのスコットランドの石に座ることによって、イングランドの王位とともにスコットランドの王位も継承するイギリス連合国の王であることを世に示した。長い間スコットランドにとっては屈辱のシンボルであったこの石は、1996年に当時の英首相・メイジャーによってスコットランドに返還され、現在はエディンバラ城に展示されている。ところがスコットランドには、「エドワード1世が奪っていった石は贋物で、本物の石はずっとスコットランド内にあった」という「運命の石贋物説」があって、それにまつわる伝説もあれば、発見もある――以上、訳者のあとがきより。
作者のトランターはこの「運命の石贋物説」の支持者としてよく知られている歴史小説家なのだそうだ。ただし本書は歴史小説というより、運命の石探索に乗り出した青年ドラモンドと、彼に共感したスコットランド魂を持つにわか作りの仲間による冒険物語、という色合いが強い。「仲間」とはマグレガー(山賊という別名を持つ荒くれ男)、マクフェール兄弟(俗にディンカーと呼ばれる流浪の民)、ジェームズ・グレーアム(キンケイド農場の主)、ジーン(ジェームズの娘。才知と行動力がある上に鄙にはまれな美人)である。そして、中心人物のドラモンドが実はパトリック・キンケイドという名の准男爵で、昔キンケイド農場一帯を所有していた貴族の後継者、という設定であれば、当然ロマンス小説の色合いも帯びてくる。
「運命の石」はあっさり見つかるが、さてそれをイングランドから乗り込んできたオクスフォード大学歴史研究会の連中からどう安全に隠すか、というのが本書の核心部分。イングランドの頭脳を象徴するオクスフォード対、郷土愛に燃えるスコットランドという構図であるが、オクスフォード側は間抜けな学生カップルが登場するだけ。上記の人物群とスコットランドの深遠な自然が主役である。(2014.8.8読了)
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by nishinayuu | 2014-11-19 10:46 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

童謡「赤とんぼ」

c0077412_1145507.jpg童謡『赤とんぼ』の韓国語訳です。韓国語講座の中で講師の指導のもと、数人で共訳したものにnishinaが少し手を加えました。各行の最後が5音で終わるようにし、さらに偶数行の行末が同じ母音になるようにしてあります。原詩とメロディーはこちらにあります。


저녁놀에 붉게 빛나는 고추잠자리
업혀서 본 적은 언제였던가.
산속에서 우리 함께 오디를 따며
소쿠리에 담은 추억은 꿈이었던가.
열다섯에 그 누이는 시집을 가고
고향집의 소식도 다 끊어졌네.
저녁놀에 붉게 빛나는 고추잠자리
아, 앉아 있구나 저 장대 끝에.
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by nishinayuu | 2014-11-15 11:46 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『ぼくが妻を亡くしてから』(ジョナサン・トロッパー著、上条ひろみ訳、ソフトバンク・クリエイティブ)


c0077412_10353414.jpg『How to Talk to a Widower』(Jonathan Tropper, 2007)
原題は「やもめに話しかけるには」。愛する妻の乗った飛行機が墜落し、突然やもめになってしまった男が、引きこもりと酒浸りの日々から脱け出していく過程を描いた物語である。語り手は当のやもめである29歳のダグ。
亡くなった妻ヘイリーはダグより11歳年上で、ものすごい美人だった。妻を失った悲しみを紛らすためにある雑誌に書いた「やもめに話しかけるには」という連載コラムが好評で、編集者から単行本にしてはどうかと勧められるが断る。ヘイリーが死んだおかげで作家として売れるようになったかのようで、耐えられないのだ。親友のマイクと妹デビーの結婚も祝う気になれない。ふたりが親密になったのがこともあろうにヘイリーの葬儀の最中だったからだ。ダグはふたりがヘイリーの死を踏み台にして幸せになろうとしている、という思いから抜け出せないのだ。そんなダグを気遣う友人、知人の働きかけもことごとく蹴散らして、ダグはひたすら悲しみの殻に閉じこもる。それなのに、色っぽい人妻の「親切な」働きかけにはつい応えてしまい、ヘイリーを裏切っているという思いにさいなまれたりもする。そんなダグを悲しみの殻から引っ張り出したのは、ダグとは双子の妹クレアと、ヘイリーの連れ子で16歳のラスだった。

語り手のダグは悲しみの殻に閉じこもっているにしてはものすごく饒舌で、しかもけっこうあちこち動き回るので、騒動に巻き込まれたり自分から騒動を引き起こしたりする。若気の至りをいっぱい見せてくれる「人生はこれから」の若者なのだ。本のカバーに描かれた、うちしおれた猫背気味の男の姿にだまされてはいけない。(2014.8.5読了)

☆重箱の隅ですが――p.269の後ろから3行目のクレアはデビーの間違いですよね。
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by nishinayuu | 2014-11-11 10:38 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『エディスト物語』(パジェット・パウエル著、宮脇孝雄訳、早川書房)


c0077412_10292522.png『Edisto』(Padgett Powell, 1983)
アメリカ南部13州の一つであるサウス・カロライナは、北軍の南部焦土作戦による甚大な被害のせいで、人々の間には今でも北部に対する複雑な感情が残っているという。この物語はそんなサウス・カロライナ州の大西洋岸にあるたくさんの島の一つ、エディスト島を舞台に繰り広げられる。語り手は12歳のシモンズ。綴りはSimmonsではなくmが一つしかないSimonsであり、サイモンズではなくシモンズと読んで欲しい、と語り手は言う。赤毛のアンと同じく自分の名前に特別な思い入れのある語り手は、他の人の名前に関してもいろいろこだわりを見せる。
例えば母親をたいていは「博士」と表現するが、父親との関係を語るときは「ペネロペイア」であり、その母親が黒人たちからは「侯爵夫人」と呼ばれていることも知っている。母親は非常に頭のいい大学教師であり、父親とは別居中で何人もの求婚者を侍らせている、というわけで「博士」であり「ペネロペイア」なのだ。そして黒人たちは、自分たちにはよくわからない突飛な白人女性を「侯爵夫人」ということにして受け入れているのだ。
両親が別居しているのはシモンズの教育について意見が対立しているからだ。弁護士の父親はシモンズをリトル・リーグの名ショートにするのが夢だが、私立の進学校に通わせて将来は実務系のエリートにしたいとも考えている。母親はシモンズを作家にしたいと考えていて、取材のため、ということでシモンズは公立校に通うことになった。さらに母親はシモンズに、かつて偉大な作家がそうしたように、朝の3時に起きて課題作文を書くように、と言い付ける。その課題作文がすなわち本書なのだ。
この物語にはもう一人、重要な人物が登場する。シモンズが12歳の誕生日を迎えた日、黒人のメイド、シーニーの前に現れた「令状送達吏」である。シーニーへの令状を持ってきたのだが、シーニーは異常におびえて逃げ出し、行方をくらましてしまう。シーニーの後釜として居着くことになったこの「令状送達吏」は、この日からシモンズの毎日になくてはならない人物となる。素姓も名前も語らないこの男にシモンズはトーラス(牡牛)という名前を付ける。

語り口になれるまで、土地の雰囲気や人物の関係がわかるまでに時間がかかり、決して読みやすい作品ではないが、語り手が周りの世界を徐々に理解して行く過程が克明に描かれており、納得のいく成長物語である。(2014.7.27読了)
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by nishinayuu | 2014-11-07 10:29 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『真夜中のパン屋さん』(大沼紀子著、ポプラ社)

c0077412_20591863.png物語は次のように始まる。

首都高と国道246が重なり合う、その街の夜はいつもほの明るい。首都高を照らす街灯の光が、街全体にぱらぱらこぼれるように広がって、本来あるべき夜の闇の濃度を薄めているせいかもしれない。世田谷通りと246に面する駅前には、深夜営業のファストフード店、居酒屋、カフェ、本屋、スーパーなどが建ち並んでいて、店からは淡い明かりがもれている。(中略)そのパン屋は、そんな駅前から少し離れた、住宅街の手前あたりにポツンとある。

「そのパン屋さん」を覗いてみたくなる、なかなか魅力的な書き出しだ。因みに「駅」は世田谷線の三軒茶屋であるが、この名前はなぜか明記されていない(ただし目次のページにはこの名を明記した地図がある)。パン屋さんの看板には「Boulangerie Kurebayashi」とあり、営業時間は、午後23時から午前29時だという。「パン屋クレバヤシ」とすれば誰にでもわかるものをわざわざフランス語で表記してあるのは、「おしゃれなパン屋さん」らしい雰囲気を出すためだろう、といちおう納得。けれども「午前29時」というのはいくらなんでも…。
各章のタイトルがパン作りの工程を表すフランス語になっているのも含めて、おしゃれなパン屋さんにかんするちょっと気取ったお話らしい、と思って読み進めると、意外な方向に話が進んでいく。おしゃれですてきなパン屋さんであることは間違いないが、そこに集まるのはいろいろな問題を抱えた人たちで、気取ったお話とはほど遠い世界が展開していくのだ。
主要人物は――暮林陽介(パン屋のオーナー。飄々とした人柄だが、自分では人の気持ちがようわからん、と思っている。)暮林美和子(陽介の妻。不慮の事故で死亡し、あとにパン屋を残す。)柳弘基(パン職人。思慕していた美和子のあとを追ってパリに行き、本格的にパン作りを学んできた。)篠崎希美(高校生。郭公のように他人に子どもを預ける癖のある母親についに捨てられ、パン屋に居候することになる。店の手伝いをするうちに店にはなくてはならない存在になっていく。)水野こだま(パン屋に入り浸りの小3の少年。家を出たまま戻らない母親を待ち続けている。)水野織絵(こだまの母親。精神的に問題を抱えている。)斑目裕也(オタクっぽい脚本家。弘基と意気投合してパン屋の常連客となる。空気の読める変態男。)ソフィア(ニューハーフ。もとオカマ・バーのホステス。賑やかで世話好き。)

極上の香りで人々を惹きつけ、極上の味で人々のお腹と心を温める、夜の街に現れたオアシスのようなパン屋さんを描いたこの作品は、ドラマ化されて、2013年4月にNHKのBSプレミアムで放送されたという。(2014.7.26読了)
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by nishinayuu | 2014-11-03 21:01 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)