<   2014年 10月 ( 8 )   > この月の画像一覧

『愛執』(アメリー・ノートン著、傳田温訳、中央公論新社)

c0077412_10293083.jpg『Attentat』(Amlie Nothomb, 1997)
物語は「初めて自分の顔を鏡で見たとき、ぼくは笑った。これが自分の顔だとは思わなかったからだ。今鏡で自分の顔を見ると、やはり笑ってしまう。これが自分の顔だとわかっているからだ。醜さもここまで来ると何かしら滑稽ですらある」という文で始まる。主人公は、誰もがたじろぐほどの醜悪な外貌を持ち、6歳の頃からカジモドと呼ばれてきた男、エピファーヌ・オトス。醜悪な人間以外、美について語る資格などない、という信念を持つエピファーヌは、自分を観察し、自分に対する人々の態度を観察しながら「美」と「醜」について分析し、独自の理論を展開していく。例えば「ノートルダム・ド・パリ」の主人公カジモドは、目に見える美しさより内面の美しさの優位性を示していることになっているにもかかわらず、絶世の美女であるエスメラルダに惚れ込んでいる、つまりカジモドは外見が醜いばかりでなく、その精神も下劣でゆがんでいる、と指摘する。そしてエピファーヌは自分自身がカジモドであることを認めている。というのも、エピファーヌは彼の前に現れた絶世の美女、エテルに惚れ込んでしまったからだ。
エテルはエスメラルダと同じく心優しい娘で、しかも醜さにたじろぐこともない。それでエピファーヌのエテルへの恋心はいっそう高まる。二人はモデルと「引き立て役」としてモデル業界に入り込むことに成功し、国際的に活躍するまでになる。ぴったりと息が合っているように見えた二人だが、それはエピファーヌの一方的な思い込みでしかなかったことが、徐々に明らかになっていく。さて、この二人の行き着く先は――。(2014.7.22読了)

☆暖房がきつすぎるホテルで、精神的に涼しくなるためにエピファーヌが思い浮かべた冷たいものというのが、「シャーベットや北極、万年雪、ブリザード、ロベール・ブレッソンの映画などなど」となっています。
☆作者名は原語に近い表記にすれば「ノトン」なのだそうですが、日本では「ノートン」が定着しているようですし、今までこのブログでもそう表記してきたので「ノートン」にしました。
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by nishinayuu | 2014-10-30 10:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

「万葉集」の歌

c0077412_16201032.jpg万葉集の歌3首の韓訳と英訳が見つかりましたので紹介します。
韓国語の訳は崔光準(新羅大学教授)、英語の訳は①が関徳美、②がHideo Levyの各氏です。


陸奥の真野の草原(かやはら)遠けども面影にして見ゆといふものを (396)

미치노쿠의 마노초원은 멀다고 하지마는
마음만 먹으면 눈앞에 아련히 보인다네.

①The grassland of Mano in Michinoku is far away,
but still the image seems to appears, they say.
②Distant are the grassy plains of Mano
in Michinoku;
men say you can conjure them
in your heart, and yet――


夕闇は路たづたづし月待ちていませわが背子その間にも見む (709)

땅거미 어두워 길이 밝지 못해요.
달뜨기를 기다려서 돌아가세요, 내님이시여.
그 동안 함께 있을 수 있잖아요.

①The road in the twilight darkness is difficult to follow.
Please wait until the moon appears,
and I could be with you, my dearest.
②Dim lies the road
in the evening darkness.
Wait for the moon, my man,
before you go,
that I may look upon you until then.


梅の花今盛りなり百鳥の声の恋しき春来るらし (834)

매화는 지금이 한창이로다.
여러 새들의 소리에도
그리운 봄이 찾아온 듯 하네.

①The plum blossoms are now in full bloom.
Spring seems to have come, and a hundred birds are singing merrily.
②The plum
is now in full flower;
it seems that spring is here,
sweet with the cries
of a hundred bires.
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by nishinayuu | 2014-10-26 16:20 | 覚え書き | Trackback | Comments(1)

『ラム氏のたくらみ』(キャリー・ブラウン著、堀内静子訳、早川書房)


c0077412_1118171.png『Lamb in Love』(Carrie Brown, 1999)
物語はイギリスのある小さな村、ハーズリーを舞台に繰り広げられる。主人公のラム氏は村の郵便局を一人で切り盛りする55歳の独り者。教会のオルガン奏者でもある。人類が初めて月に降り立った日の夜、ラム氏は初めて恋に陥る。相手は同じ村に住む41歳のヴィーダ。彼女は22歳のときからサウスエンド・ハウスという広大な屋敷に住み込んでいる。屋敷の主で建築家のトマス・ペリーに、生後すぐに母親を亡くした息子マンフォードのナニーとして雇われたのだ。知的障害があり、ことばを発することもできないマンフォードを、ヴィーダは20年の間つきっきりで世話をしてきた。そして人類が月に降り立った日、この歴史的瞬間を伝えるテレビ番組を何時間も見たあとヴィーダは、夜更けに庭に出て月光を浴びながら踊った。自分が生き生きしていることを感じ、月と自分を隔てるものがなにもない外に出て、「自分の肌にじかに世界を感じたかったし、自分の理想と、いずれそれを現実とすべく秘められた可能性との間を、何かで隔てたくなかった」のだ。ノリスもまたこの夜、それはたまたま彼の55歳の誕生日だったが、「人類の月面着陸が可能になった時代に自分が生きていることに――じっさい誕生日を祝っていることに――畏怖の念を覚え」本物の月が見たくて外に出た。ときどき空を見上げながら歩いているうちにいつの間にかサウスエンド・ハウスにやってきたノリスは、その荒れ果てた庭で、月光を浴びて踊る半裸の女性――ヴィーダを見たのだ。
それまで女性とは縁がなかったノリス氏の、不器用で、滑稽で、いじらしい「たくらみ」と、それによって新しい世界に踏み出すことになったヴィーダとマンフォードの姿が、味わいのある名作映画風に丁寧に、緻密に描かれていて、読後感もさわやかな作品である。(2014.7.12読了)
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by nishinayuu | 2014-10-22 11:19 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『マルコーニ大通りにおけるイスラム式離婚協奏曲』(A・ラクース著、栗原俊秀訳、未知谷)

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『Divorzio all’islamica a viale Marconi』(Amara Lakhous, 2010)
物語はローマに実在するマルコーニ通りで繰り広げられるスパイ大作戦劇である。様々な国からやって来たイスラムたちが暮らすローマの中のイスラム世界であるマルコーニ大通りに、ある任務を帯びてシシリア島出身の一人の男が入り込む。チュニジアからの不法移民に化けたこの男は、この地区を拠点とするテロ集団の組織を突き止め、彼らが実行しようとしている作戦を阻止する、という使命を帯びていた。一方ここにエジプトからやってきた一人の女がいる。移民としてここのイタリア料理店でピッツァ職人をしている同郷の男と結婚したのだ。それぞれ育ちも生活習慣も考え方も違うこの二人が、コール・センターの「リトル・カイロ」で出会う。男は任務遂行のために与えられた偽の家族ととりとめのない話をしていた。女はカイロにいる家族から妹が結婚するという話を聞いていた。ふと隣のボックスに目をやった男は、ヴェールをかぶったその女をすごいべっぴんだと思う。それから男は、涙が止まらない女にそっとハンカチを差し出した。それだけのことだった。が、そのあとも何回か偶然の出会いがあり、しだいに相手への関心が高まっていき、ついに二人は決定的な運命のときへと突き進むことになる。主要登場人物は以下の通り。
クリスティアン・マッツァーリ(またの名はイーサー):主人公。イタリア人ながら完璧なチュニジア語を話す。優秀でハンサム、しかも人情味もある人物として描かれている。
ソフィア(本名はサフィーア):男性絶対の思想に疑問を持ちながらも、穏やかな方法で自分の世界を広げていこうとしている理性的な女性。ローマでヘアー・サロンを開くことを目指している。ソフィアの名はソフィア・ローレンから取ったもの。
タッサロッティ大尉もしくはジゥーダ:テロ対策のための組織「シスミ」に所属し、「リトル・カイロ作戦」のためにイーサーをリクルートした人物。
アクラム(またの名はジョン・ベルーシ):コール・センター「リトル・カイロ」の所有者で、エジプト人。ジゥーダによるとローマへのテロを計画しているテロ集団二つのうちの一つがこの店を拠点としている。
サイード(またの名はフェリーチェ):ソフィアの夫。大学で建築を学んだがイタリアに移民してピッツァ職人をしている。妻の思いが理解できず、3度目の離婚宣言をしてしまう。3度離婚宣言をした場合は、妻をいったん他の男と結婚させたあとで再婚する形を取らねばならない、という教えを忠実に守ろうとする律儀なイスラム教徒。
サーベル(エジプト人)、イブラヒマ(セネガル人)ムハンマド(モロッコ人)、オマル(ベンガル人):イーサーがチュニジア人になりすまして入居したアパートの住人たち。全員ムスリム。

☆ところで、はじめジゥーダの名で登場した人物が、「イーサー16」の途中からジューダに変わっている!未知谷は個性的ないい本を出す出版社だと思ってきたのに。校正、しっかりお願いします。それと、この作品はローマのアラブ社会を知るのに大いに役に立ちますし、テンポのよいストーリー展開でおもしろく読めますが、結末がイマイチです。スパイ活劇としてはいいとして、ソフィアはどこにおいて来ちゃったのでしょう。(出版社に言っても仕方がないことですが。)(2014.7.7読了)
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by nishinayuu | 2014-10-18 18:49 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『二度生きたランベルト』(ジャンニ・ロダーリ著、白﨑容子訳、平凡社)

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『C’era due volte il Barone Lamberto――ovvero I misteri dell’isola San Giulio』(Gianni Rodari, 1994)
原題は「昔むかしランベルト男爵は一度生きてまた生きた――サン・ジュリオ島の不思議」

著者によると、古代エジプトの宗教について書かれた書物にあった「名前を呼んでもらっていれば命は不滅」(死者は、その名前と思い出が親しかった人たちに語り継がれている限り、生き続けている)という一文を、文字どおりの意味に解釈した結果生まれたのがこの物語だという。
主人公のランベルト男爵は第1章の時点で93歳の老人。北イタリアの山中にあるオルタ湖のサン・ジュリオ島の屋敷で、忠実な召使いアンセルモにかしずかれて暮らしている。世界の各地に24の銀行、24の別荘を所有するランベルト男爵は、24種類の病気持ちでもある。毎年冬はエジプトの別荘で老化した骨に日光浴をさせるランベルト男爵は、その年もエジプトに行ったのだが、ほんの数日滞在しただけで戻ってきた。ナイル川沿いの散歩の途中でアラブの隠者と出会い、二言三言ことばを交わしたのがその原因らしい。屋敷の戻るとすぐ、ランベルト男爵は6人の男女を雇った。その日から6人は屋根裏部屋に住み込み、交代で昼となく夜となく男爵の名を呼び続け手いる。「ランベルト、ランベルト、ランベルト……」
ある朝、目を覚ましたランベルト男爵は、すべすべのはげ頭の真ん中に髪の毛が一本ゆらゆら揺れているのを発見する。頭に髪の毛が見えるのは45年ぶりのことだった。アンセルモがルーペで調べてみると、2本目の髪の毛が生えかけていて、なんと顔のしわも伸びていきつつあり、肌がみるみるうちにすべすべになっていく。翌朝になると頭の至る所に髪の毛の房ができ、以前は垂れ下がったまぶたに隠れていた両の目が若い活力に満たされて光を受けとめている。アンセルモと一緒に体のあちこちを点検してみると、男爵は明らかに若返っていた。
「名前を呼べば……」の効果が覿面に現れてどんどん若返っていく男爵を中心に、屋根裏の6人、押し入ってきた24人組の男たち、24人の銀行頭取とその24人の秘書たちが絡まって奇想天外な物語が進行していく。筋立ては荒唐無稽であるが、舞台は実在の土地であり、登場人物の言動などにはリアリティがある。押し入ってきた犯人たちが要求したのは総額240億リラの現金で、期限は48時間、などを含めて、ほとんどの数字が6の倍数に統一されている、遊び心いっぱいの楽しい物語である。(2014.76.29読了)
☆頭取たちはダークグレーのスーツ、やや若い秘書たちは紺のスーツ、というのはなにかの参考になるでしょうか。
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by nishinayuu | 2014-10-14 11:15 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ザ・シンギング』(シーロン・レインズ著、古屋美登里訳、講談社)


c0077412_10522768.jpg『The Singing』(Theron Raines, 1988)
物語の冒頭はコピーライターのメアリ・アリスがスピノザの言葉をもじってキャッチコピーをひねり出そうと四苦八苦している場面。時は五月、所はマンハッタンの五番街。25歳で、赤毛で、鼻の周り一面に散ったそばかすが魅力的な、はつらつとしたニューヨーカーのメアリ・アリスにこの日、待ちに待った恋が始まろうとしていた――と恋愛小説ふうの書き出しである。
スカートの腰のあたりの膨らみがちょっと気になるメアリ・アリスは、昼食を抜いて五番街を北に向かって颯爽と歩くことに決める。グッゲンハイム美術館まで歩いたところでふと中に入る気になり、ふくらはぎが伸びるように大股で歩いて最上階へ。その時天窓が割れてガラスがぱらぱらと雨のように降りかかる。メアリ・アリスが指の間からおそるおそる覗くと、銀色の円盤が美術館の屋根に乗っていて、そこから見たこともないような見事な赤毛の若い男が下りてきた。――と、なんとまあ古典的な宇宙人の登場である。そういえばメアリ・アリスはタイプライターで仕事をしていたことを思いだし、先に進む気力が萎える。それでも、「メアリ・アリスに、おまえはこの赤毛の男が好きになる、となにかが告げていた」とあるので、二人がどうなるのか、もう少し見てみたくもなる。
赤毛の男はフォレストといって、火星から地球に派遣された4人のうちの一人だった。地球人のメアリ・アリスと火星人のフォレストの恋愛は興味深い展開を見せるが、物語は次第に、人類とはなにか、人類はどんな歴史を辿ってきたか、という壮大な話になっていく。だからといって理屈っぽかったり退屈だったりということはなく、なんとも愉快なお話になっている。結論を言ってしまえば、人類の歴史のなかで大きな役割を果たしてきた人々は、火星に住む人々が地球人のために送ってきた赤毛の人たちとその遺伝子を受け継いだ人たちなのだという。言及されているのは例えば以下の面々であるが、当然のことながら髪の黒い人種は全くお呼びがない世界である。それがこの物語を、着想も展開もおもしろいけれど感動的とまではいかないものにしている。
赤毛の人たち――オデッセウス、メネラーオス、アキレス、ダビデ(聖書に「赤かった」と書かれている)、航海者エリック、コロンブス、エリザベス1世、ヴィヴァルディ(「赤い司祭」と呼ばれた)、ダ・ヴィンチ(自画像を赤チョークで書いている)、ユダ(キリストの過ちから文明を救おうとした彼は、絵画で見ると赤毛だった)、ワシントン、ジェファーソン、ゴッホなどなど。
(2014.6.25読了)

☆画像はグッゲンハイム美術館の天窓です。
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by nishinayuu | 2014-10-10 10:54 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

韓国の詩 「送人」  鄭知常

c0077412_1529785.png☆12世紀、高麗時代の詩人・鄭知常による「韓国で最も美しい叙情詩」といわれる詩を紹介します。はじめに原文の漢詩とその読み、次にそれを韓国語で読んだ文を記し、最後に日本語の拙訳をつけました。なお作者・鄭知常については、右欄の「韓国の著名人」に簡単な説明があります。「韓国の著名人」→→の順にクリックしてご覧ください。

「送人」
雨歇長堤草色多     우헐 장제 초색다
送君南浦動悲歌     송군 남포 동비가
大同江水何時尽     대동강수 하시진
別涙年年添緑波     별루 년년 첨록파

「벗을 보내며」 (역: 유홍준)
비 개인 긴 강둑에는 풀빛 더욱 푸르른데
남포로 님 보내는 노랫가락 구슬퍼라
대동강물은 어느 때나 마를 것인가
해마다 이별의 눈물만 푸른 물결에 더하내


「友を送る歌」
雨晴れし長堤 草の色 深まれど
南浦へ君送る 歌の節 もの悲し
大同江の流れ 絶える日の あらざれば
離別の涙ゆえ 年ごとに 川波の高まらむ
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by nishinayuu | 2014-10-06 15:17 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『いわずにおれない』(まど・みちお著、集英社be文庫、2005)


c0077412_1092980.png読書会「かんあおい」2014年7月の課題図書。
本書は2014年に105歳で亡くなった詩人の語ったことをまとめたもので、片隅に小さく「インタビューと文――細貝さやか」とある。まど・みちおの詩と名言、絵からなり、国際アンデルセン賞作家である詩人の人柄と生涯を知る手引きとして恰好の一冊である。
まず目を引くのはユニークな絵の数々。中でも「ぞう」(水彩絵の具とボールペン)、はる(水彩、ボールペン、フェルトペン)がいい。
名言では「詩はツクルっちゅうよりウマレルという感じがする」、「天というのは宇宙の意志みたいなもの。私の詩は天への日記、今日はこのようにいきました、っちゅう自然や宇宙に当てた報告のような気がします」、「命の尊さをずっと詩にしていながら、第二次大戦中に2編も戦争協力詩を買い取るんです。しかも、ある方に指摘されるまで、そのことを戦後はすっかり忘れておった」などなど。
詩では「みみず」、「つけもののおもし」「おならはえらい」、「きょうも天気」などがおもしろい。特に気に入った詩を一編だけ記しておく。タイトルは「ワタシの一しょう」

ハジメ よかった/がっこうに かよった/かよった かよった/ワタシの 一ねんせいは/かっこう よかった
オワリ よかった/かわやに かよった/かよった かよった/ワタシの 九十六ねんせいは/かわい…らしかった

(2014.6.23読了)
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by nishinayuu | 2014-10-02 10:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)