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『私の文化遺産踏査記 日本編1九州』(兪弘濬、2013)

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『나의 문화유산 답사기 일본편1규슈』(유홍준)

本書は踏査記シリーズの8冊目で、ついに「日本の文化遺産踏査記」の登場である。手始めとしてまず「九州」地方を取り上げた本書は、次の9章で構成されている。
1.吉野ヶ里  2.肥前名護屋城と玄海灘  3.唐津  4.有田  5.有田・伊万里  6.武雄・太宰府  7.鹿児島  8.美山村の薩摩焼  9.宮崎南郷村

著者はずいぶん前から日本の踏査を重ねてきたらしく、全編に思い入れや意気込みを感じさせる文言があふれている。たとえば「前書き」には次のような文言がある。

ついに本を刊行することになってみると、国内編とは違って心配と畏れが湧いてくる。最近の日韓関係と国民感情を考えれば私は両国の国民に歓迎されない話をたくさん書いた、とよくわかっている。特に日韓の国粋主義者たちからはいっぱい矢を浴びせられるかもしれない。それでも私がこの本を出すのは、今こそあるがままの事実を満天下にさらけ出して、日韓両国がそれを共有すべき時が来たと思うからだ。双方から飛んでくる毒矢を誰かが掌で打ち払って堂々と立ち向かわなければ、日韓古代史の紐帯を復元することはできないのだ。

「日韓古代史の紐帯」に関して著者は、韓国と日本が完全に別なものとして背を向け合うようになったのは668年に高句麗が滅亡し、新羅が三国を統一してからのことで、それまでは高句麗・百済・新羅・伽耶・倭の5国が複雑に絡み合った5国時代が300年以上続いていた、と指摘する。この時代、高句麗と百済は互いに王を殺し合って闘った不倶戴天の敵同士だったが、百済と倭はただの一度も闘ったことがなかったこと、百済は倭に文明を伝え、その代わりに随時軍事的支援を受けた盟邦だったと述べながら著者は、九州の太宰府に百済様式で造られた水城と大野城が残っているのを見たときの驚きを素直に表明している。

本書には上記のような学者としての論述だけでなく、一人の旅人としての記述も多く、日本の旅を純粋に楽しんでいる様子が伝わってきて好感が持てる。表紙がこれまでのモノクロ調から初めて鮮やかな朱色になっているのも、新鮮かつ豪華な感じでなかなかいい。
なお、この本に関連して著者が行った講演の動画がこちらで見られる。

(2014.4.23読了)
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by nishinayuu | 2014-07-30 17:29 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

公任の大納言、白川の家に和歌を読みし語 『今昔物語』巻二十四第三十四-その2


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『今昔物語』巻二十四第三十四の再話と韓国語訳-その2です。


킨토오大納言이 시라카와-별장에서 와카를 지은 이야기-2
이 大納言은 아버지 三條대신을 여의었는데, 구월 중순 무렵에 달빛이 매우 밝아서 밤이 깊어질 때까지 하늘을 쳐다보고 있었더니, 관청에서 누가 “아주 밝은 달이구나”라고 하는 소리가 들려와서 大納言이 노래하기를,
지난 날들이 그리워서 흘리는 이 눈물 때문에 가을 밤의 달빛이 아련하게 보이네

또 大納言이, 구월경에, 달이 구름 뒤로 숨은 것을 보면서 노래하기를,
살다보면은 맑은 날 흐린 날도 다 지나가리 이 가을밤 달빛은 쉬이 흐려지구나


公任の大納言、白川の家に和歌を読みし語 『今昔物語』巻二十四第三十四-その2
この大納言は父の三条の大臣を亡くしたが、9月の中旬の頃、月が大変明るいので夜が更けるまで空を眺めていたところ、侍所の方から「なんとも明るい月だなあ」と誰かが言うのが聞こえてきて、大納言が次のように詠んだ。

古を恋ふる涙にくらされておぼろに見ゆる秋の夜の月

またこの大納言が9月頃に月が雲に隠れたのを見て詠んだ歌は、

すむとてもいくよも過ぎじ世の中に曇りがちなる秋の夜の月
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by nishinayuu | 2014-07-26 11:49 | 再話 | Trackback | Comments(0)

『閘門の足跡』(ロナルド・A・ノックス著、門野集訳、新樹社)


c0077412_10121642.png『The Footsteps at the Lock』(Ronald.A.Knox,1928)
物語はテムズ川上流、オクスフォードに近い支流を舞台に繰り広げられる。25歳になったら祖父の遺産を相続することになっているデレック・バーテルは、相続金をかたに借金を重ね、借金の額の方が相続金を超えるほどになっていた。貸し主たちは、不摂生のために身体がぼろぼろになっているデレックが25歳まで生きられるかどうか危ぶんだが、デレックはそんな貸し主たちを安心させるために生命保険に入ることにした。どこも引き受けない彼の生命保険をあっさり引き受けたのは生命保険界の巨人・インディスクライバブル社だった。ただしデレックに「専門の医師の指示に従うこと」という条件を付けて。こうしてデレックは保険会社に紹介された医師の指示に従って、友人と二人で川下りの旅をすることになる。
デレックが川下りの連れとして選んだのはいとこのナイジェル・バーテルだった。二人はあいついでオクスフォード大学に受け入れられたが、一方は自堕落なまま卒業し、もう一方は反抗と過激さで学内をかき回していた。祖父の存命中も死後もほとんど顔を合わせることのなかった二人だが、互いに相手を軽蔑し、嫌っていた。そんな二人がそれぞれの思惑を胸にボートに乗る。

手がかりと伏線、トリックがふんだんにあって(というより、ありすぎて)、簡単には読者の推理を許さないミステリーであるが、全体としては強引さのない納得できる筋立てで、素直に楽しめる。ただし、二人がボートで乗り出した川の流れが、巻頭にある地図を見ていてもなかなか飲み込めなくて――というのも図の下方が上流、上方が下流になっているので――慣れるまでに随分時間がかかって大変だった。「フェアプレイの文学」と題する解説(真田啓介)も読み応えがあった。
上記の二人の他の主な登場人物は以下の通り。
マイルズ・ブリードン:保険会社インディスクライバブルの代理人・私立探偵
アンジェラ・ブリードン:マイルズの妻
リーランド:スコットランド・ヤードの警部
バージェス:シップコート閘門の門番
エラズマス・クアーク:アメリカ人の素人探偵
(2014.4.20読了)
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by nishinayuu | 2014-07-22 10:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『リトルターン』(ブルック・ニューマン著、五木寛之訳、集英社)


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『Little Tern』(Brooke Newman)



リトルターンとはコアジサシのこと。本書は、なぜか急に飛べなくなった一羽のコアジサシが、その難局をどう切り抜けたかを一人称で語る物語である。彼は降り立った海辺の砂丘の縁で、星たちと言葉を交わし、砂に咲く一輪の紫色の花を見守り、水際の小さなゴースト・クラブ(ゆうれいガニ)と友達になったりするのだが、砂の上に不時着したこと、砂に咲く一輪の花に出逢うこと、小さな生き物と親しくなることなど、『星の王子様』と共通するものがある。言葉や文章が平易なのでさらりと読むこともできるし、内容を深く味わって読むこともできる、という点も『星の王子様』と同じだ。

本書にはリサ・ダークス(Lisa Mann Dirkes)による美しい水彩画がたくさん入っていて、これらの絵が文章と同じくらいの比重を占めている。(絵の存在意義は別として、デッサンに限っては『星の王子様』よりこちらの方が数段上ですね。)絵を見ているだけでも心が安らぐ本である。(2014.4.16読了)
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by nishinayuu | 2014-07-18 11:59 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『누가 해변에서 함부로 불꽃놀이를 하는가』(김애란, 문학동네)


c0077412_16543880.jpg『誰が海辺で気ままに花火を上げるのか』(金愛爛著、2005)
男の子と父親の二人暮らしの家庭。ある日の午後、ふぐ屋でふぐ鍋を食べ終わると、父親が息子に言う。「ふぐには毒があるから、おまえは今晩寝ちゃだめだ、寝たら死んでしまう。おれは大人だから大丈夫だが」と。家に帰る途中で出会ったおばさんが、夜、台風が来るそうだから味噌瓶にふたをして、洗濯物を取り込むように、と二人に声をかける。男の子は自分になにかあっても父親がいつも通りに洗濯してある服が着られるように、そして味噌も食べられるように、と洗濯物を取り込んで味噌の瓶にふたをする。それでもやはり死ぬのは恐いので、寝ないでいるために父親にいろいろ話をしてもらおう、と思った男の子は、夜遅く帰宅した父親をつかまえて散髪してもらいながら、ずっと気になっていたことを父親に尋ねる。「父さん、ぼくはどうやって生まれたの?」

おもしろおかしい作り話で息子をからかう父親。そんな父親の話を半信半疑で聞きながら、やっぱり信じてしまう男の子。妻であり母であった女性を心に思いながら、二人で明るく生きていく父子の物語。

著者は1980年生まれ。2003年に『노크하지 않는 집(ノックしない家)』で文壇デビューして以来、李相文学賞など数多くの文学賞を受賞している。(2014.4.12読了)
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by nishinayuu | 2014-07-14 16:55 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『行く先は晴れやかに あるいは、うろ覚えの詩が世界を救う』


c0077412_13471883.jpg(ヴェンデラ・ヴィーダ著、秦隆司訳、河出書房新社)
『And Now You Can Go』(Vendela Vida)
物語の主人公はコロンビア大学大学院で美術史を勉強している女子学生のエリス。21歳で、9月にニューヨークに移ってきたばかりなので知り合いがいないため、午後はアパートの通りの向こうにあるリバーサイド・パークで過ごしていた。ところが12月2日の午後2時15分、ここの遊歩道を歩いているとき、後ろから声をかけられる。振り返ると男が立っていて、エリスに銃を突きつけ、一人で死ぬのはいやだ、誰かと一緒に死にたいんだ、と言う。エリスは死の恐怖におびえながらも男に人生は生きる価値があることを必死に伝えようとする。子供の頃母親から暗唱させられて頭に残っているうろ覚えの詩を手当たり次第に男に聞かせながら。すると男は「あのさ、もう逃げてもいいよ。どこにでも行って好きなようにしてくれ」と言って立ち去る。
この事件がその後のエリスの物語の始まりとなり、同時にこの事件に至るまでのエリスの物語も明かされていく。飛び級するほど勉強ができて、きれいだけれどもお腹のあたりが太めなのを気にしていて、いろいろなタイプ男性に惹かれ、妹のフレディと親友のサラにはなんでも話せるけれど、両親にはちょっと……そんなエリスの様々な感情と日々の出来事が描かれていて飽きさせない。例えばこんな場面がある。

銃を持ったあの男を連れて行こうとした本屋に入る。あの男がいるに違いない、と半分本気で思う。本棚が並ぶ通路をくまなく何度も往復して、男の姿がないことを確かめる。(中略)19世紀の英文学のクラスでは、課題図書として、ジョージ・エリオットの『ミドルマーチ』と、サッカレーの『虚栄の市』が出されていた。本棚から本をとる。次に自己啓発書のコーナーで、『愛しすぎる女たち』を何冊か取り出す。もとの本棚に戻り、19世紀の小説の間に『愛しすぎる女たち』を挟む。思わずひとりで笑ってしまう。
(2014.4.8読了)
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by nishinayuu | 2014-07-10 13:47 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「公任の大納言、白川の家に和歌を読みし語」-その1

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 『今昔物語』巻二十四第三十四の再話とその韓国語訳です。



今は昔、公任の大納言が白川の家にいらっしゃった春の頃、それなりの地位にある殿上人が4、5人訪ねて来て「花が見事なので見に来ましたよ」と言うので、酒を勧めて楽しんだのだよ。その折に大納言がこんなふうに歌を詠んだ。
春きてぞ人も訪ひける山里は花こそ宿のあるじなりけれ

殿上人たちはこれを聞いて、すばらしい歌ですね、と言いながら自分たちも歌を詠んだけれど、大納言の歌に比べられるような歌は現れなかったとか。


킨토오大納言(注)이 시라카와-별장에서 와카를 지은 이야기-1
옛날 옛날에, 킨토오大納言이 시라카와 별장에 머물던 어느 봄날, 고위급 당상관 너더댓 사람이 찾아와 “꽃이 멋있어서 구경하러 왔소” 라고 했길래, 술을 권하며 놀았단다. 그때 大納言이 와카로 노래하기를,
봄이 왔구나 사람들이 찾아온 산동네에는 예쁜 꽃이야 말로 그집 주인이로세

당상관들은 이 와카를 듣고 칭찬하면서 자기들도 와카를 지었지만, 이에 견줄 만한 와카는 나오지 않았단다.

(注)중앙최고관청의 차관
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by nishinayuu | 2014-07-06 11:49 | 再話 | Trackback | Comments(1)

『少女』(アンヌ・ヴィアゼムスキー著、國分俊宏訳、白水社)


c0077412_1135639.jpg『Jeune Fille』(Anne Wiazemsky)
本書は17歳のひとりの少女(原題では若い娘)の成長物語である。少女は1965年の春に映画監督のロベール・ブレッソンに出会う。そしてその年のその夏、少女はロベール・ブレッソンという強烈な個性による束縛と献身の綯い交ぜになった愛と薫陶によって、ひとりの少女から女優へと変身していく。
ロベール・ブレッソンをはじめとして著名な人物が実名で登場する。主人公アンヌは著者アンヌ・ヴィアゼムスキーその人であり、その祖父はノーベル賞作家のフランソワ・モーリヤック、伯父はやはり作家のクロード・モーヤック、撮影現場に現れてうろちょろする若手の監督ジャン=リュック・ゴダールは、後に著者が結婚した人物という具合。そしてこのときに撮影が行われ、女優アンヌ・ヴィアゼムスキーのデビュー作となった映画は『バルタザールどこへ行く』(1966年公開)である。
著者は映画俳優、舞台俳優として活躍したあと作家に転身し、「高校生が選ぶゴンクール賞」、「アカデミー・フランセーズ賞」など数々の賞を受賞した、フランスではよく知られた作家だという。
冒頭に述べたようにこれは少女の成長の物語でもあるが、映画の(特にブレッソンの)ファンに、また文学の(特にモーリヤックの)ファンに興味深いエピソードの数々を提供するユニークな作品でもある。(2014.4.4読了)
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by nishinayuu | 2014-07-02 11:04 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)