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『リュヴェルスの少女時代』(ヴォーリス・パステルナーク著、工藤正廣訳、未知谷)


c0077412_954064.jpg『ДЕТСТВО ЛЮВЕРС』(Борис Пастернак, 1918)
この作品は詩人パステルナークによる散文小説である。訳者によると、生涯にわたって詩を書き続けたパステルナークが究極の到達点として書き上げたのが『リュヴェルス』、『ポーヴェスチ』、『ドクトル・ジバゴ』という3編の散文小説であり、前の2編は『ドクトル・ジバゴ』への里程標ともなる作品だという。
ところでこの作品は、確かに散文で書かれた小説ではあるが、この小説の散文は単語や文章の意味がすっと頭に入って来ないことが多く、非常に読みづらい。しかし、しばらく辛抱して読み進んでいくと、見た目は散文であるけれども、実体は詩なのだ、ということがわかってくる。普通の散文のようなすぐ意味の取れる言葉や文章を期待することなく、一つ一つの言葉や文章が醸し出すものをそのまま受け取り、感じ取り、味わいながら読むべき小説なのである。
ただ、非常に残念なのは、読者が感じ取るものは訳者の感じ取ったもののおこぼれのようなものであって、作者の伝えようとしているものとはずいぶん遠いものになっているかもしれない、ということである。これは翻訳小説全般にいえることかもしれないが、この作品のように原文が「詩」である場合は翻訳というフィルターの影響は格段に大きいのではないだろうか。だから読んでも意味がない、ということではもちろんない。小説の内容も、言葉や文章の醸し出すイメージも、実に感動的で素晴らしいのである。だからこそなおさら、それを原文で味わえないのが残念でならないのだ。原文を存分に味わえる訳者が羨ましい。それはそれとして、巻末には訳者による実に丁寧な「評註」が付いており、この部分も作品そのものに劣らず読みでがある。

物語は主人公である通称ジェーニャの、幼年期から思春期にかけての心身の成長を描いたものである。両親や兄のセリョージャと暮らしていた家には、初めミス・ホーソンというイギリス女性の家庭教師がいたが、後釜のフランス女性は性格の悪い女性だったこと。夜行の汽車に乗り、ウラルを越えてアジア地域にあるエカテリンブルクに引っ越したこと。中学に入る予定だったけれど、なぜか取りやめになって家庭教師の下で勉強していたこと。「ベルギー人たち」がよく家に来たこと。そのなかにネガラトという人がいてロシア語の勉強に熱中していたこと。薪の山の影でレールモントフの『デーモン』を読もうとしていて、ふと三人の女たちがまどろんでいる姿を見たこと。彼女たちは起き上がって振り返りながら立ち去っていったが、彼女たちの見ていたのはびっこを引いている男だったこと。あとになってわかったのだが、その男はツヴェトコフという名前だったこと。母親がどことなく門番のおかみさんのアクシーニャと似通った点が出てきたこと。などなどが主としてジェーニャの視点を通して綴られていく。

これは何度でも読み返したい作品である。また本書は装丁も美しく、作者の父である画家、レオニード・パステルナークの画が数葉差し込まれており、まさしく愛蔵本にふさわしい作りになっている。(2013.9.17読了)
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by nishinayuu | 2013-11-30 09:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『ケイティの夏』(エリザベス・バーグ著、島田絵海訳、ベネッセ)


c0077412_15231244.jpg『Durable Goods』(Elizabeth Gerg, 1993)
本作品はこの作家のデビュー作で、表紙裏の紹介文には「人生に多くのものをもたらす10代のきらめくような一日一日。成長の悲しみ、変わっていくことの傷み、人と人を結ぶ繊細な震えを瑞々しい筆致で捉えた、明るく心温まるグローイングアップ・ストーリー」とある。
12歳のケイティはテキサスの陸軍駐屯地に、陸軍大佐の父、18歳の姉ダイアンと暮らしている。母はテキサスに引っ越してくる前に病死してもういない。だから父がダイアンやケイティに暴力をふるっても、止めてくれる人はいない。生きていた頃の母が父の暴力を止めてくれたわけではないが、母が手をさしのべ、やさしく抱き寄せてくれるという感触は、ケイティの心に届いていた。母は父を愛していたが、恐れてもいたのではないか、とケイティは思う。父は母にだけは細やかな愛情を注いでいて、母をぶったことなど一度もなかったのだが。
家は煉瓦造りの建物で、長屋のようにつながって6世帯が住んでいる。右隣に住む14歳のシェリレーヌはケイティの親友であり、思春期にさしかかったケイティにいろいろアドヴァイスをしてくれる先輩でもある。体がどう変化するか、男の子にもてるにはどうしたらいいか、などをケイティはシェリレーヌから教えてもらっている。ダイアンはダイアンで、地下室でボーイフレンドのディッキーと遊んだり、ときどき夜中に家を抜け出したりしている。二人とも父の前では極力おとなしくし、互いにそれとなくかばい合っている。父はちょっとしたことですぐに爆発するからだ。
ある日父が、また転勤だ、3ヶ月したらミズーリに引っ越す、と告げる。高校卒業まではあと8ヶ月なのでひとりでここに残りたい、というダイアンに、父は耳を貸そうとしない。ついにダイアンは家を出る決心をする。ディッキーと一緒にメキシコに行って働く、という計画を打ち明けたあとダイアンは、一緒に行く?とケイティに尋ねる。そこでケイティは何も知らずに眠っている父を残して、迎えに来たディッキーのトラックにダイアンと一緒に乗り込んでメキシコに向かうのだった。

本書は、娘たちを暴力で抑えようとする父親、軌道を外れていきそうな娘たち、というありきたりのアメリカ版思春期小説のように見えて、実は登場人物たちの微妙な心の動きをみごとに捉えた、決してありきたりではない作品である。ケイティの父親は、愛する妻を亡くして途方に暮れている寂しい男、自分の思いを言葉や態度で表現することができない不器用な男なのだ。12歳のケイティがそんな父親を理解できるまでに成長していき、父親もまた自分が変わらなければならないことに気づいていく過程は感動的である。(2013.9.15読了)
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by nishinayuu | 2013-11-27 15:23 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

賛美歌「もろびとこぞりて」

c0077412_1435192.jpg「もろびとこぞりて」の韓国語歌詞を紹介します。韓国語歌詞、英語の原詩、日本語歌詞の順に並べました。
「賛美歌の第112番」「カトリック聖歌の654」
曲:ヘンデル「メサイア」より
詞:アイザック・ワッツ「ダビデの詩」より

기쁘다 구주 오셨네
대지는 왕을 맞으라
모든 마음이 그 분에게 방을 마련하고
하늘과 자연은 노래하네
하늘과 자연은 노래하네
하늘과 하늘과 자연은 노래하네

Joy to the world, the Lord has come!
Let earth receive her King;
Let every heart prepare Him room,
And heaven and nature sing,
And heaven and nature sing,
And heaven and heaven and nature sing.

もろびとこぞりて
迎えまつれ
久しく待ちにし
主は来ませり
主は来ませり
主は、主は来ませり
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by nishinayuu | 2013-11-24 14:18 | 覚え書き | Trackback | Comments(0)

『モンド氏の失踪』(ジョルジュ・シムノン著、長島良三訳、河出書房新社)


c0077412_13165537.jpg『La Fuite de Monsieur Monde』(Georges Simenon)
はたから見れば仕事にも家庭にも恵まれているように思われる男が、地位も名もないただの人になろうと思い立って家出する話。物語はパリのバリュ通りに始まり、3ヶ月あまりのニース滞在を経て、バリュ通りで終わる。
主人公は48歳のノルベール・モンド氏。モントグイユ通りにあるパリでも指折りの安定した会社《モンド商会》の社長である。その彼が誕生日である1月13日にふいにいなくなった、とラ・ロシュフーコー通りの警察に届け出たのはモンド夫人で、夫の失踪には全く心当たりがない、という。しかしモンド氏としては、最初は18歳のときに、二度目は32歳のときに機会をやり過ごしてしまったことを、48になってやり遂げたに過ぎない。18歳のときは遊び人の父が愛人の許に立ち去り、蒼白い顔をした母と二人だけで夕食を取った冬の夜だった。32歳のときは病気にかかっている5歳の娘と飲んだ物を吐き出す時期の1歳の息子を置いて母親が外出してしまった、やはり冬の夜だった。けれどもその2回ともモンド氏は踏みとどまった。彼は努力と献身によって、父親がほとんどつぶしかけた会社を立て直して大きくし、新しい妻を迎えて子どもたちを育て上げたのだ。そして迎えた48歳の誕生日の日、モンド氏はついにこれまでの人生からの逃亡を決行する。過去をすべて振り切るはずだったが、ちょっと不安になって現金34万数千フランをポケットに入れて。

☆興味深い内容なので最後まで楽しめたが、文章はかなり読みにくかった。それはまあいいとして、次のような部分は日本語としてどうなのだろう。校閲が甘かったのではないだろうか。今まで読んだこの出版社の本はわりあい気に入っていたのだが、今回はちょっとがっかりした。
*「そうすればすっかり見違えるわ……ときどき、あたし、いぶかるんだけど」
*「あんた、像のようになってしまったの?」
*男たちが外国人に売りつける類の写真で、それらの写真に採点をつけたり、(後略)
(2013.9.12読了)
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by nishinayuu | 2013-11-21 13:16 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『東学農民戦争と日本―もう一つの日清戦争』(中塚明・井上勝生・朴孟洙著、高文研)


c0077412_9145017.jpg本書は1995年7月に北海道大学文学部の研究室で髑髏が見つかったことをきっかけに、日韓共同の歴史事実の調査・研究が進められ、さらには歴史を学ぶ市民運動が生まれることになった過程を綴ったものである。190ページという小さな本であるが、盛り込まれた内容は深くて重い。できれば参考書として手許に置いておきたい本である。

北海道大学で見つかった髑髏の一つには「韓国東学党首魁ノ首級ナリト云フ 佐藤政次郎氏ヨリ」と墨書され、次のような書き付けが添えられていたという。
髑髏(明治三十九年九月二十日 珍島に於いて)/右は明治二十七年韓国東学党蜂起するあり、全羅南道珍島は彼れが最も猖獗を極めたる所なりしが、これが平定に帰するに際し、その首唱者数百名を殺し、死屍道に横たはるに至り、首魁者はこれを梟(さらし首)にせるが、右はそのひとつなりしが、該島視察に際し採集せるものなり。

本書はまず、日清戦争が東学信徒をはじめとする朝鮮民衆と日本軍との戦いだったことを明らかにする。日本軍ははじめ、「除暴救民 輔国安民 斥和洋」のスローガンを掲げて蜂起した東学農民軍を鎮圧するという名目で朝鮮に出兵した。ところがこれを日本による侵略の危機と見た東学農民軍が朝鮮政府と和議を結んだため、出兵の根拠を失った日本軍は急遽、王宮を占領して王を虜にする。前に朝鮮政府が「朝鮮は自主の国だ」と言ったのを言質にして朝鮮政府を脅し、朝鮮政府が清国軍の撃退を日本に依頼した、という口実で清国軍の撃退、すなわち清国との開戦に踏み出したのだ。
次に本書は東学とはなにか、東学農民戦争とはなんだったのかを解き明かしていく。日本には東学農民について「低俗な民間の迷信的な信仰に、さらに排外主義も加わった得体の知れないもの」という見方が根強くある。それは明治以後、「征韓論」とともに広められた「朝鮮落伍論、・朝鮮他律論」という偏見がもたらしたものであり、新渡戸稲造も司馬遼太郎もこうした偏見に荷担している、と著者はいう。実際の東学は「朝鮮王朝の末期、社会のさまざまな困難を民衆のレベルから改革し、迫り来る外国の圧迫から民族的な利益を守ろうという願い」を反映した思想であり、「万民平等」と「やむを得ずして戦うとしても、命を傷つけぬことを尊しとする」と謳う思想なのだ。この東学農民軍が日本軍の王宮占領を機に再び蜂起したとき、日本軍は宣戦布告もしないまま「討伐」に乗りだして殺戮した。その数3万~5万。さらに、地の利を得て潜伏・攻撃を繰り返す東学農民軍を、南の珍島まで追い詰めて殲滅した。「生け捕りは大いに拷問して焼殺、民家ことごとく焼き討ち」という、東学の思想とは対極にある残忍さだった。
日本は内外からの非難を恐れて朝鮮出兵の経緯を事実とは異なる形に書き換え、東学農民軍の闘いを愚昧な農民の反乱として矮小化した。三人の著者は研究者として、そうした「歴史の偽造」を正し、東学に対する評価を正すために互いに学び合うとともに、東学の故知をたどるツアーを組織するなど、市民レベルの連帯を深める努力を続けている。(2013.9.9読了)
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by nishinayuu | 2013-11-18 09:15 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『イギリスのある女中の生涯』(シルヴィア・マーロウ著、徳岡孝夫訳、草思社)

c0077412_18342338.jpg『Winifred :A Wiltshire Working Girl』(Sylvia Marlow,1991)
本書は20世紀初頭に南イングランドのソールズベリー平原で羊飼いの娘として生まれた女性の生涯を、本人からの聞き書きを基にして綴った物語である。作者によると主人公のウイニフレッドは、14歳ではじめて女中に出たときのことも年月日まで覚えていたほどの記憶力の持ち主だったが、いつ誰が何をしたか、あるいはされたかという話ばかりで、そのときどう思ったか、何を感じたかという話はほとんどなかったという。ウイニフレッドはしばしば「そうだったのだから仕方がない」と言ったという。黙って耐えるのが当たり前の、情緒的装飾のきわめて少ない人生だった。それでもウイニフレッドは、母親から「仕事には向かない娘」と評されたことからも推察できるように、お屋敷の養女になり損なったことを悔しがり、ピアノを弾くことに憧れ、世の中の仕組みを知りたい、歴史を勉強したいと思うような少女だった。そうした前進への意欲と闘志が生涯を通じて彼女を支えたのだった。
第1章ではお屋敷に雇われていた一家の暮らしが語られる。牛飼いのチーフだった父親の収入は週給わずか10シリング。母親は大勢の子どもを産み育てながら、牛の乳搾りをはじめありとあらゆる仕事をこなした。ウイニフレッドはこの両親の12番目の子どもで、上の姉たちは13、4歳で家を出て女中をしていた。激しい労働を厭わず、鉄の意志を持った正しい人である母親は、ウイニフレッドと弟のテッドのことも厳しく育てた。やがて厳しい世の荒波をかぶる子どもたちに正しい生き方、ひたすら働くことの大切さを教え、職をくれるお金持ちを敬うこと、他人を羨まないこと、よくお祈りすること、と説いた。
第2章は農場の仕事と学校の話。ウイニフレッドは好奇心旺盛で、馬の皮剥も観察したし、郵便屋さんが公開絞首刑の話を母にしたときはそばで聞いていた。学校の成績は取り立てて言うほどではなかったが、読書は大好きだった(聞き書きの当時も読書を続けていた)。1冊読むとレポートを書くことになっていて、1910年のテーマはジョージ5世の即位式、1912年のテーマは南極探検のスコットだった。学校では特別待遇される子どもたちがいて、特別の授業を受けていた。ウイニフレッドが社会の不公平に目覚めた最初の経験だった。
第3章でウイニフレッドが恐れていた女中の生活がいよいよ始まる。1913年、14歳のときだった。女中の制服ひとそろい(6ポンド)を持参。給金は週1シリングだった。きつい生活だったが、家事全般、家の運営などについていろいろ学べた。女中仲間のミリーという友人もできたし、馬番の甥でハンサムなフレッドから好意を寄せられる、というできごともあった。第1次大戦が始まり、彼は志願して戦地へ。
第4章でウイニフレッドはミリーに誘われて新しい奉公先に行く。前のお屋敷とは万事流儀が違っていて家庭的だったが、厳しいのは同じで、身分の違いもはっきりしていた。子どもたちがフランス語のレッスンを受ける時に同席していたので、「ベルギー女が英国の兵隊さんを侮辱すれば、フランス語でやり返すくらいの会話力はつきましたね」とウイニフレッドは言う。女中ではない友達もでき、彼女の知り合いでオーストラリア人のロンと惹かれ合うようになる。しかしウイニフレッドの母親は兵隊嫌いであり、ウイニフレッドもまだ21歳という若さのために躊躇っているうちにロンは戦死してしまう。やがて戦争も終わり、ウイニフレッドは1923年に結婚して女中の帽子とエプロンを火にくべたのだった。(2013.9.4読了)
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by nishinayuu | 2013-11-15 18:34 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『証人たち』(ジョルジュ・シムノン著、野口雄司訳、河出書房新社)


c0077412_13531599.jpg『Les Témoins』(Georges Simenon,1955)
本書は重罪裁判所の判事グザヴィエ・ローモンを主人公とし、彼が裁判長として担当する殺人事件公判の一部始終を描いたものである。
ローモンは重罪裁判の前日には一件記録に必ずもう一度目を通す。一日中体調が悪かったその晩も、彼はその「仕事」に取りかかったのだが、妻のローランスが苦しそうなため息をついたため、集中できなくなる。妻は5年前のある出来事がきっかけでベッドから起きられなくなり、ときどき「発作」を興してローモンの反応を見るのだ。案の定ため息に続いて発作が起きた。いつもの薬は切れている。夕方ちょっとした諍いがあったときに彼が薬の入った瓶を落として割ってしまったのだ。そのときに薬局に行っておけばよかったのに、仕事のことが気になっていた彼はそれをしなかった。今ローランスはその償いを彼にさせようとしているのだ。こうして夜中の12時40分、彼はフォンターヌ薬局へ走った。薬局は閉まっており、夜間呼び出し用の呼び鈴にも反応がなかった。そこで近くにあるバーに行って、そこから薬局に電話した。そのバーを出たところでカップルとぶつかりそうになった。フリッサール判事夫妻だったが、二人は挨拶もせずに行ってしまった。薬を調合してもらい、ローランスに薬を飲ませてから就寝。寝る前にアスピリンとグロッグを飲もうと思っていたのだが、忘れてしまった。翌朝、体調はますます悪く、インフルエンザに罹っていることを確信した。胸のモヤモヤをすっきりさせるようと、昨夜飲み損なったグロッグの代わりにコニャックをグラスに一杯飲んだ。
いよいよ裁判が始まる。2~300人の傍聴人が待ち受ける法廷に判事、検察官、弁護人が入廷する。陪審員が任命され、被告人の身元確認が行われたあと、被告への尋問が始まる。妻殺しの容疑で起訴された被告のデュードネ・ランベールは逮捕されたときから一貫して無罪を主張しており、審議中もその主張は揺るがない。公判関係者はほぼ全員、被告が犯人であると考えていた。弁護人さえ、情状酌量による罪の軽減を狙って、被告に罪を認めることを勧めていた。一方ローモンは審議を進めながら熱っぽい頭の中で、被告と自分を重ね合わせてみる。そうすると人びとの目に自分はいかに疑わしく見えることか。ローモンが妻殺しの疑いで被告席に坐ることになった場合、検事のアルムミューは彼が長い間妻にひどい生活を強いられていたと、判事のフリッサールは彼が夜中にいかがわしいバーから出てきたところを目撃したと、書記のランディスは彼が朝もまだ匂いが抜けないほど酒を飲んでいたと、フォンターヌは先週調剤したばかりの薬を彼がまた取りに来たと、しかも彼はその薬が量を誤れば死に至ることを知っていたと、それぞれ証言するだろう。法廷に次々に呼び込まれる証人たちの証言を聞きながら、ローモンの疑問はいよいよ深まっていく。被告については書面を通じてしか知らない公判関係者たち、そして法廷ではじめて被告についての証言を聞かされる陪審員たち。はたしてこれらの人びとに被告が有罪か否かの正しい判断ができるものだろうか。

重罪裁判に関わった大勢の登場人物たちをそこに到るまでの人生を含めて克明に描き出しつつ、人が人を理解することがいかに難しいかを示した説得力のある作品である。(2013.8.29読了)
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by nishinayuu | 2013-11-12 13:53 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

「モハメド君が5人いる」  特派員メモ ロンドン

     
c0077412_10442420.jpg☆新聞のコラム(朝日新聞、日付は忘れました)を韓国語にしてみました。原文は韓国語の下にある「モハメド君が5人いる」をクリックしてご覧ください。


모하메드-군이 다섯 명 있다 특파원메모 런던
15년 전 내가 부임해온 시절, 런던 교외에 자리잡은 내 집 부근은 주민의 대부분이 백인계 영국인이었는데, 지금은 중동이나 동유럽의 식품재료 상점들이 늘어선 완전히 에스닉한 분의기가 감도는 거리가 되었다. 공립중학교에 다니는 맏아들의 반에는 모하메드-군이 다섯 명 있다고 한다.
아들한테 그들에 어떤 차이가 있는지 물었더니, “불량한 척하면서도 유쾌한 모하메드, 우등생이지만 성가신 모하메드, 공부는 조금 뭇하지만 마음씨가 고운 모하메드……”. 파키스탄이나 알제리 같은 부모의 출신지가 아니라 [인물본위] 평가의 대답이었다.
한편으로 로버트, 앨릭스 같은 영국식 이름을 가진 친구들이 실제로는 폴란드계, 아니면 루마니아계인 경우도 있다.
최근 정부가 발표한 국세조사결과에 의하면, 런던 주민의 37%가 외국출신자다. 이른바 [백인 영국인]은 2001년에는 58%였지만, 작년에는 45%로, 드디어 반수를 밑돌았다.
때로는 마찰이나 차별이 뉴스가 되기도 하지만, 그것은 그만큼 [공존]이 일상화 된 것을 말하는 증거일 것이다. 이슬람 희생제의 날, 학교가 [이슬람교도인 학생들은 학교를 쉬어도 괜찮다] 라는 통지를 배부했는데, 그 때 “우리 집안도 이슬람교도가 되자” 라며 조르는 아들에는 좀 질렸지만.

「モハメド君が5人いる」
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by nishinayuu | 2013-11-09 10:56 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『女が嘘をつくとき』(リュドミラ・ウリツカヤ著、沼野恭子訳、新潮クレストブックス)


c0077412_13372168.jpg『Сквозная линия』(Людмила Улицкая,2004)
6編からなる連作短編集。冒頭に、次のようなことばがある。
女のたわいない嘘と男の大がかりな虚言とを同列に並べて考えることは、果たしてできるだろうか。男たちは太古の昔からはかりごとめいた建設的な嘘をついてきた。(中略)ところが女たちのつく嘘ときたら、何の意味もないどころか、何の得にさえならない。
1~5章は、人も羨む充実した人生を送る女・ジェーニャが人生のときどきに出会った「嘘をつく才知に恵まれた女たち」のおどろくべき物語で、ひとりに1章が当てられている。最後の章は、それまで断片的にしか語られてこなかったジェーニャを主人公とする、これまたおどろくべき物語が展開する。

(第1章)ジェーニャを相手にアンナ・カレーニナも色あせて見える波瀾万丈の人生を語って聞かせ、その中で素晴らしく上手に四人の子どもをでっち上げた末に無慈悲に殺した赤毛のイギリス女性アイリーン/(第2章)おしゃべりと行動力で遊び仲間を仕切り、話の中に素敵なユーラ兄さんを登場させて楽しんでいたのに、そんなお兄さんはいないんでしょ、とジェーニャに指摘されて憎しみの目を光らせたナージャ/(第3章)1980年代の半ばの話で、ジェーニャは35歳、長男のサーシャは13歳。ジェーニャの従兄弟である画家と恋愛関係にある、という作り話をジェーニャにとくとくと語る画家の姪で13歳のリャーリャ/(第4章)単純で素朴な若い娘マーシャに有名詩人の詩を朗読して聞かせ、マーシャに誰の詩かと聞かれて「若気の至りよ」と自作の詩であるように思いこませたのをきっかけに、死ぬまでマーシャを騙し続けた元大学教授のアンナ・ヴェニアミーノヴナ/(第5章)1990年代の初め。ジェーニャは学問に見切りをつけてテレビの世界に移っている。シナリオを書くためにスイスに出かけて取材すると、「船乗りだった父親が死んだあと義父にレイプされ、結婚した相手は式の当日に殺され、スイスに流れてきて苦労したけれど間もなく銀行経営者と結婚する」云々、と同じパターンの話を繰り広げる娼婦たち。
そして(第6章)。1~4にはジェーニャが二人の女性に悩まされながらも、できる女の実力と余裕であれこれと世話を焼く話が語られ、5~8のジェーニャの人生が一変してしまう話に続いていく。この後半の部分は、それだけで充分に一つの物語として成立する、衝撃と感動の物語となっている。(2013.8.26読了)
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by nishinayuu | 2013-11-06 13:38 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

『チューブな形而上学』(アメリー・ノートン著、横田るみ子訳、作品社)


c0077412_10444120.jpg『Métaphysique des Tubes』(Amélie Nothomb、2000)
本書は駐日ベルギー領事の娘として1967年に神戸に生まれた作者が2000年に発表したもので、幼児の視点と幼児の感覚が捉えた人生最初の日々の記録、というユニークな物語。
物語は「はじめに言葉があった」というヨハネによる福音書の冒頭をもじった「はじめに無があった」という文で始まる。それから、言語を持たず、ゆえに思考も持たず、ただ充足だけがあって、食物摂取、消化、そしてその当然の結果としての排泄だけが大切な仕事である段階の生物を「チューブ」と呼ぶ、という前置きがあって、いよいよ「チューブ」の登場となる。
既に男の子と女の子の親だった両親のもとに三番目にもたらされたのがチューブだった。不活発の権化で、動くこともしなければ泣きもしなかった。二歳までにチューブは一度も這い這いをしようとしなかったし、泣きわめくことさえなかった。チューブはひたすら円筒形であり続けた。そしてある日、突然家じゅうに、ものすごい叫び声が響きわたった。しばらくするとその激怒の発作はおさまったが、幼児は周りに集まってきた人間たちを、憎悪で煮えたぎった瞳で見つめているようだった。
人生に目覚めた幼児に会おうとベルギーからやって来た祖母は、暴れて拒絶する幼児にベルギーから持ってきたおみやげを差し出して言った。「ホワイトチョコレートよ。これは食べ物ですよ」。幼児は「ホワイト」と「食べる」を理解した。壁はホワイト、牛乳もホワイトだったし、「食べる」はいつもやっていることだったから。勇気を出してそれを口に入れたとたん、ホワイトチョコレートの甘さが口中に広がり、脳細胞にかぶりついた。すると奇跡が起こった。「これは私よ、もう自分のことをソレだなんて思わない。はじめまして言葉さん」という声が引き出された。こうして「わたし」は1970年二月に二歳半で、祖母の勇気とホワイトチョコレートの恵みを受けて、夙川で誕生したのだった。
「わたし」はこのあと恐るべき思考力と感覚を発揮していく。慎重に選んで最初に発した言葉はママとパパ。次の言葉はついこの前までの自分を彷彿とさせる物体である「掃除機」。この時、ラファエロの絵をはじめて発見したときコレッジョが「私も画家である!」と叫んだように、危うく「私も掃除機である!」と叫びそうになったが、すんでのところで思いとどまった。人びとはまだ、わたしが「文」を操れることを知らないからだ。こうして「わたし」は大好きな家政婦のニシオさんのこと、もう一人の家政婦で白人を憎んでいるカシマさんのこと、おぼれかけたときに助けてくれたヒューゴに文でお礼を言ったため、しゃべれることがみんなにばれたこと、『タンタン』で読み方を独習したこと、鯉の太って醜い姿に不快感を覚えたこと、父親が能の公演で謡をうたったときのこと、父親が排水溝に落ちて何時間も助けを待っていた日のこと、もうすぐ三歳というときにお話を作り始めたこと、いつかは日本から出て行くことになると知って衝撃を受けたこと、三歳の誕生日のプレゼントが望んでいた象のぬいぐるみではなくておぞましい鯉だったこと、鯉の体はチューブで、自分もやはりチューブなのだと悟って、池の水の中で人生の糸が切れるのを待っていたこと、などなどを語っていく。
人生の傷みを軽妙な語りとセンスあふれる言葉遣いで軟らかく包んだこの作品は、フランスをはじめとする各国で絶賛されているという。また、フランスでは戯曲化されて数年にわたって上演されているそうだ。(2013.8.21読了)
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by nishinayuu | 2013-11-03 10:44 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)