<   2013年 04月 ( 10 )   > この月の画像一覧

『荷車のペラジー』(アントニーヌ・マイエ著、大矢タカヤス訳、彩流社)


c0077412_950856.jpg『Pélagie-la-Charette』(Antonine Maillet)
カナダ東海岸のブクトゥッシュ(ニュー・ブランズウィック州)生まれの作者が1979年に発表した作品。その年にフランスのゴンクール賞を受賞している。
副題に「失われた故郷への旅」とある。失われた故郷とは17世紀初めからフランス人たちが入植していたカナダのアカディ(現在のノヴァスコシア州を中心とする一帯)のことで、17世紀初めからフランス人達が入植し、独自の社会を形成していた土地である。しかし1713年のユトレヒト条約でイギリス領となったアカディには、英仏両国の関係が悪化するにしたがってイギリス軍政の圧力がのしかかるようになった。そしてついに1755年、当地の植民地総督代行のローレンスがアカディアン(アカディのフランス人)達を強制的に船に乗せ、イギリス領植民地であるアメリカの各地に放り出すという事件が起こった。船に乗せられる段階で多くの家族がばらばらになり、多くの人命が失われた。この事件をアカディアン達はあの「大騒動」という言葉で語り継ぐ。
「大騒動」から15年経ったとき、一人の女性が立ち上がる。アカディの「フランス湾の華と呼ばれたグランプレ」からスクーナー船に押し込まれたときは20歳の若妻だったペラジー・ルブランである。「大騒動」で夫を失い、スクーナー船の中で生まれた末娘を入れてすでに5人の子持ちだったペラジーは、「あたしは負けない!あたしは、家族の一人だって異境の地に埋めたりしない!」と誓ったのだった。何ヶ月も波に揺られたあとジョージアに上陸し、「綿畠で強い日差しにさらされ、黒人奴隷も貧乏白人も一緒くたに軽蔑して鞭で殴る粗暴な農園主の長靴に耐えて」やっとあがなえた一台の荷車で、ペラジーは北の故郷に向かって旅立つ。同行するのは15歳になった末娘と4人の息子達、治療師のセリーナ、100歳近い語り部のベロニー。さらに3歳で孤児になったカトゥーンやら、各地に隠れ住んでいた人たちやらが次々一行に加わって、ペラジーの荷車は人と荷物でふくれあがり、ぎしぎしと喘ぎながら進む。そしてペラジーの荷車のあとからもう一台、ベロニーの目にしか見えない車がついてくる。それは死神の御する死者のための荷車だった。

物語には一族を率いる母なる女性、それを補佐する巫女的な女性、語り部の老人、海から颯爽と現れる英雄、巨人族の男などなど神話的人物がちりばめられており、アカディアンのディアスポラとエクソダスを綴った叙事詩といった趣の作品である。独特の癖のある語り口を駆使し、人名や家族名を際限なく羅列し、何世代も遡ったり下ったりしながら怒濤のように結末になだれ込む、なんとも迫力のある作品でもある。(2013.2.22読了)
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by nishinayuu | 2013-04-30 09:50 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

「蕪村春秋」


c0077412_1117015.jpg数年前に新聞に掲載されていたコラムを韓国語に訳してみました。原文は韓国語の下にある「蕪村春秋」をクリックしてお読み下さい。

부손 춘추

친정 나들이 나니와 떠나서 가는 나가라강변
춘풍속에서 강변길은 길디 길고 친정은 멀고

처음부터 터무니없는 말을 하는 것 같지만, 세상 사람은 두 가지밖에 없다. 부손(蕪村)에 미치는 사람과 평생 부손을 모르고 지내는 사람이다.
명치30년(1897), 마사오카 시키(正岡子規)는 부손(蕪村)론을 전개하면서 상당히 과격한 말을 했다. “부손은 실로 100년 동안 망각속에 있었지만, 그의 하이쿠(俳句)는 바쇼(芭蕉)의 작품 못지않게 때로는 바쇼를 능가하는 경우도 있다. 그런 부손이 각광을 받지 않았다는 데에는 그의 하이쿠가 저속한 방향으로 흐르지 않았다는 이유와 부손이후의 하이쿠 작가들이 무지했다는 이유가 있다.” 시키도 부손에 미친 한 명이었던 셈이다.
부손의 명작 [춘풍마제곡(春風馬堤曲)] 은 위에 제시한 시구 두개로 시작한다. 부손이 쓴 머리말에 의하면, 어느 날 고용주에게서 휴가를 얻어 친정으로 돌아가는 처녀와 길동무가 되어서 얼마 동안 동행했는데, 그 처녀의 심정을 18의 시구로 표현한 것이라고 한다.
그런데 부손이 누구에게로 보내려고 했는지 알지 못하는 편지에는 이 작품에 대하여 ‘오오사카에서 친정까지 가는 길을 [사랑하는 남녀의 여행] 형식으로 만들어낸 한 편의 연극이고, 흥행주는 야반정-부손(夜半亭-蕪村). 우스깡스러운 이야기처럼 들릴지도 모르지만, 옛날을 그리워하는 나의 신음 소리의 시다’ 고 쓰여 있다. 때로는 한시도 섞어가며 만든 이 작품은 시로서의 실험이자, 어미를 그리는 작품이었다.
춘추의 친정 나들이는, 옛날에 정초와 우란분 때 16일정도 고용인들이 어머니를 만나러 집에 돌아가는 귀한 휴가였다. 부손은 어린 시절에 어미와 사별했다. 그런데 그 어미가 어떤 사람이었는지는 잘 알려져 있지 않다. 여러 설 중에는 오오사카의 유력자 아이를 밴 고용인이었다는 아야기도 있다. 친정 나들이건 집에서 기다리는 어미건 모두가 화려하기 짝이 없는 부손의 시세계의 원점이었다는 것이다. 부손과 마찬가지로 사별한 어미를 그리워하는 작가로서 이즈미 교오카가 있다. 살았던 시대도 작품의 질도 다르지만, 화려하다는 점에서는 두 사람은 서로 조금도 뒤지지 않는다.

어미 그립다 벗꽃이 피는 저녁 봉우리엔 소나무 泉鏡花

(注)야반정(夜半亭)은 부손(蕪村)의 호.

「蕪村春秋」
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by nishinayuu | 2013-04-28 11:19 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『ティンカーズ』(ポール・ハーディング著、小竹由美子訳、白水社)


c0077412_16345839.jpg『Tinkers』(Paul Harding)
2009年に刊行され、2010年のピュリッツァー賞フィクション部門を受賞した作品。タイトルにあるティンカーとは金物類を修理したり行商して回ったりする、いわゆる「鋳掛け屋」のこと。
物語は「死ぬ八日前から、ジョージ・ワシントン・クロスビーは幻覚を起こすようになった」という印象的な書き出しで始まる。ジョージは地元高校の機械製図科主任、進路生活指導主事などを歴任して退職した後、アンティーク時計の売買修理を仕事としてきた。今ジョージは、自分で建てた家の居間の真ん中に据えられたベッドに横たわっている。レンタルのその病院用ベッドは、ペルシャ絨毯やコロニアル風の家具やたくさんのアンティーク時計に囲まれたなかではいかにも病院じみて場違いだった。カンザスやアトランタ、シアトルからやって来た孫たちやフロリダから来た妹が集まって家族とともに彼を優しく見守っており、彼の頭の中では家が崩れ落ちてくる幻覚や、さまざまな思い出が渦巻いている。
ジョージが死ぬほぼ70年前、父親のハワード・アーロン・クロスビーは木製の荷馬車を御して生計を立てていた。ハワードは鋳掛け屋であり、銅細工師であり、ブラシやモップの行商人だった。彼の商売がいちばん繁盛するのは春と秋だった。北の森の奥に住む人々は、秋には冬に備えて買いだめしたし、春は道が通れるようになってハワードが巡回していくよりずっと前に生活必需品を切らしてしまっていたからだ。巡回中、ハワードは他にもいろいろなことをした。狂犬病の犬を撃ち殺す、赤ん坊を取り上げる、火事を消す、散髪をする、密造酒屋のウイスキーを売りさばく、溺れた子を川から引き上げる、などなど。森の奥に住む隠者、ギルバートの腐った歯を抜いてやったこともある。そのときギルバートはお礼としてナサニエル・ホーソンからもらったという献辞入りの『緋文字』をハワードにくれた。そんなハワードには発作の起きる持病があって、彼の妻のキャスリーンはそのことを子どもたちに知られないように懸命に隠していたのだが、ある日子どもたちに隠す暇もなくひどい発作が起き、舌をかまないように手をかしたジョージが噛みつかれるという事故が起きた。そんなことがあったあとハワードは、一日の仕事を終えて家までもどったとき、家の前をそのまま通りすぎて姿をくらました。妻が自分を病院に入れようとしていることを知ってしまったからだ。当時、そういう発作を持つ人を収容する病院というのは精神病院だった。家には4人の兄妹――ジョージと二人の妹、一人では何もできない弟――と夫に出し抜かれて取り残される形になったことで生涯夫を恨むことになるキャスリーンが残される。
物語にはさらにハワードの父親も、ハワードの思い出として登場する。牧師だったハワードの父親は日曜毎に教区の信者達の前で説教を行ったが、それが不明瞭で退屈なものだったためしだいに人々の非難を浴びるようになった。それは父親が何らかの形でこの世界から外れてしまい、すでにゆっくり遠のきはじめていた徴候だったのであって、やがて父親は迎えに来た馬車に乗せられて木立の中に消えていき、それがハワードが父親を見た最後となった。

ジョージとその父親のハワードがかわりばんこに登場して語っていく一族の物語は、時代はさほど古くはないのに、遙か昔の伝承の世界の物語のような雰囲気に満ちている。語りの部分のほかに時計修理手引き書の抜粋やハワードが書いた鳥の巣の作り方などの数編の覚え書きも挟み込まれた、コラージュのような構成になっており、あちこち行ったり来たりしながらじっくり読むべき作品である。(2013.2.16読了)
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by nishinayuu | 2013-04-24 16:35 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『幕末銃姫伝』(藤本ひとみ著、中央公論新社)


c0077412_20192267.jpg読書会「かんあおい」2013年3月の課題図書。
NHKの大河ドラマで取り上げられてちょっとしたブームになっている新島八重(山本八重)の物語で、ドラマの原作(2012)より前(2010)に書かれた作品である。
1845年生まれの八重が12歳になった年から物語は始まる。藩校・日新館で学ぶ幼なじみの山川大蔵(おおくら)、江戸遊学から3年ぶりに戻ってきた兄の覚馬、弟の三郎などに勝るとも劣らぬ健康な身体と意欲を持ちながら、女としてのたしなみを押しつけられることに反発する八重。後の男勝りのハンサムウーマンの原型がここにある。
やがて会津は幕末の嵐に巻き込まれていく。佐久間象山のもとで学んだ兄の覚馬が早くから公武合体と開国を藩に進言していたこと、藩の優等生である大蔵は佐幕派で攘夷論者だったこと、などの政治的な話と並行して、人々の日常が綴られていく。そこから見えてくるのは、よく言えば生真面目な、はっきり言えば融通の利かない会津藩の上層部の、時代が読めない頭の固さであり、そんな連中の論理によって穏やかな日常を奪われていく人々の姿である。会津に吹き荒れた嵐の中で、大勢の人々が外の世界を知る機会もなく散っていったが、一方で自分なりに精いっぱい闘ったあと、自分の道を見つけて新しい世界に踏み出していった人々もいる。前者の中には玄武隊の隊員だった八重の父、朱雀隊の隊員だった弟の三郎、白虎隊の隊員だった隣家の少年・悌次郎、山川大蔵の妻・登勢などがおり、後者の中には兄の覚馬、夫の川崎尚之助、そして山本家の女たちがいる。
特に印象的なのは八重を取り巻く以下の4人の男たち。
兄の覚馬――藩の砲術指導者であると同時に、思想・学問の指導者でもあった。早くから八重の武術や学問の才能を認め、八重の生き方を支援した。
山川大蔵――器量よしではない八重をずっと女性として愛した人物。八重の方も秘かに思いを寄せていた。
梶原平馬――大蔵とは別のやりかたで、やはり八重を女性として見ていたが、八重は反発するばかりだった。八重の砲術の腕を買って、最後の闘いの際に八重を起用した。
川崎尚之助――事情があってある藩から会津に流れてきた男。覚馬に弟子入りした縁で八重と結婚。常に八重を立て、自分は引っ込んでいるので、八重は軟弱で頼りない男と見ていたが、真に八重を女性として大切にしていたのはこの人物だったのかもしれない。もとの藩を出たときに意地もこだわりも置いてきたのか、恬淡を絵に描いたような人物である。(2013.2.12読了)
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by nishinayuu | 2013-04-21 20:19 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『眠りをむさぼりすぎた男』(クレイグ・ライス著、森英俊訳、国書刊行会)


c0077412_2153789.jpg『The Man Who Slept All Day』(Craig Rice)
ある週末、豪邸・レイヴンズムーアでパーティーが催される。集まったメンバーは以下の通り。
フランク・フォークナー――豪邸の持ち主。いささかチャーミングすぎ、愉快すぎ、気まぐれすぎ。
ジョージ・フォークナー――フランクの弟。中傷と悪ふざけで客たちを不快にさせる。
マリリー・ディクソン――溌剌とした若い女性。物語は主としてこの人物の視点で展開する。
トム・ディクソン――マリリーの夫。新進気鋭の弁護士。
ヴァーナ・ローリンソン――30代の慎み深い女性。
クリフ・ローリンソン――ヴァーナの夫。物静かな英国紳士。
キッテン・ライリー――気さくで飾り気のない女性。元コーラスガール。
リーノ・ブラウン――キッテンの恋人。刑事弁護士。
メルヴィル・フェア――灰色ずくめのまったく目立たない小男。連れはいない。
ブレットソン――フォークナー家の執事。元役者で「飲んだくれの執事役」を楽しんでいる。
早朝、みんながまだ寝静まっている時間に目を覚ましたマリリーは、スリッパが見あたらないのに気がつく。向かいにあるジョージの部屋のドアが開いているのでふと覗くと、なんとジョージのベッドの脇にそのスリッパがあった。スリッパを取り戻そうとジョージのベッドにそっと近づいてみると、ジョージは首にナイフを突き立てられ、血まみれになって死んでいた。マリリーはとっさの判断で、ジョージの死体を発見したことを黙っていることにする。前の晩、夫のトムがジョージの言動に激高して「いつかきっと殺してやる」と言っていたからだ。マリリーはシーツを引き上げてジョージの顔を隠して部屋をでる。
このあと客たちは一人、また一人とジョージの部屋にやってくる。誰もが「人に知られてはまずい品物」をジョージに握られていたからだ。そして彼らはみな肝心なものは見つけられずにジョージの死体だけを発見し、彼がまだ寝ているかのように顔の上にシーツを引っ張り上げて部屋を出る。だれもが、「人に知られてはまずい品物」を確保しない限りジョージ殺しの疑いは確実に自分に降りかかってくる、と思いこんでいるので、ジョージは「眠りをむさぼっている」ということにされたまま、時が過ぎていく。

2011.11.20に読んだ『もうひとりのぼくの殺人』に次いで2冊目のクレイグ・ライス。『もう一人の』のほうはもっとスピード感があったように記憶しているが、こちらの作品は少々テンポが遅くてまどろっこしい。ただ、一人一人の人物が丁寧に描かれているので、決して退屈ではない。特に愉快なのは「灰色ずくめの小男」で、実はこの男、パジャマは青と黄色の縞の入った派手なものを持参していて、家にはそれよりもっとお気に入りの鮮やかな赤のパジャマや、オレンジの玉縁のついた紫のブロケードの部屋着をおいているという。それでも、見晴らし亭に取り残されたカップルの救出に向かったときに「メルヴィル・フェア氏の借りたレインコートは例によってグレーだった」という。(2013.2.6読了)
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by nishinayuu | 2013-04-18 21:55 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ショートカットの女たち』(パトリス・ルコント著、桑原隆行訳、春風社)


c0077412_9423310.jpg『Les Femmes aux Cheveux Courts』(Patrice Leconte)
『列車に乗った男』の映画監督が初めて発表した小説。日本語版に寄せた著者のことばに「とてもフランス的な物語、とてもセンチメンタルで晴れやかな恋愛物語」とある。
語り手のトマは27歳で、文房具店「ヴィーナス万年筆」の店員。もうすぐ死ぬと思いこんでいる(それでいて全然そんな気配はない)母親のために、3年以内に結婚して孫を見せてあげたいと考えているが、まだ相手はいない。注意深く観察した後で、ついにトマは、ショートカットの女たちは他の女たちより美しいと断定する。たとえば近所のカフェでウェイトレスをしている、多分ロシア生まれのオルガ。たとえばスペイン語講座でいっしょだったロランス(講座を受けていた頃はセミ・ロングで顔がよく見えなかったのだが、久しぶりに出会ったらショートカットにしていて見とれるほど美しかった)。たとえば親友のアンドレの誕生日パーティーで出会った女性。けれども彼女たちはすでに結婚しているかそうでなければ若すぎるので、結婚相手にはならない。
ところで「ヴィーナス万年筆」には4人の女性がいる。店長と三人の店員だ。店長のマダム・カプリエは容姿端麗で魅力的だが、トマよりずっと年上だし、夫と娘がいるらしい。イヴェットは優しくてきまじめな女性だが、ブロンドで半透明の肌をしている(トマの好みはブルネットで艶のない肌なのに)。ルイーズはよく笑い、生き生きしているが、婚約者がいる。サンドリーヌはまじめで信頼でき、分別があるが、分別がありすぎてユーモアに欠ける。そもそも4人ともショートカットではないから、他の条件はともかくとして初めから結婚の対象にはならない。
ある朝トマはメトロで驚くほど美しい女の子を見かける。人生で出会った最高にきれいなその子は、もちろんショートカットで、もちろんブルネット。文庫本のコレットの小説を夢中になって読んでいる。トマは「ヴィーナス万年筆」に体調不良だから休む、と電話して少女のあとをつける。午後の終わりにやっと少女に声をかけたが、自分の名を告げ、彼女の名がなんとコレットだということを聞き出しただけで別れる。その若すぎる娘とはおそらく二度と会うことはないと思いながら。
ここまでが「とてもセンチメンタル」な部分で、そのあと「とてもフランス的な」驚くべき愛の遍歴があり、やがてさらに驚くべき「晴れやかな」結末へと展開していく。(2013.2.4読了)
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by nishinayuu | 2013-04-15 09:42 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

「7つの時間を感じて」  ウラジオストク


c0077412_14101720.jpg☆新聞のコラム(2012.5.3朝日新聞「特派員メモ」)を韓国語にしてみました。原文は韓国語の下にある「7つの時間を感じて」のところをクリックしてお読み下さい。



일곱 가지의 시간을 느끼면서

4월에 블라디보스톡-지국이 개국됐다. 그것은 일본해를 사이에 두고 일본과 서로 이웃이 되는 지역이다. 북한이나 중국이 바로 눈앞에 있는데, 유럽식 건물이 줄지어 서 있는 신기한 도시다.
부임해와서 당황스러운 것은 7가지의 시간을 의식해야 한다는 점이다. 일본보다 서쪽에 있으면서도, 왜 그런지 시간은 일본보다 2시간이나 빠르며, 아사히신문 해외거점 중에서 맨 먼저 업무가 시작된다. 마감까지 시간적 여유가 있기는 하지만, 조간의 최종마감 직전인 일본의 오전 1시가, 여기에서는 오전3시. 때로는 날이 샐때까지 일해야 하는 경우도 있다.
이 새로운 지국이 담당하는 러시아 극동지역만해도 실로 세가지의 시간대가 존재한다. 시차를 염두에 두지 않으면, 취재처의 점심시간이거나 퇴근 후에 찾아가게 되기도 하다.
같은 러시아에 있는 모스크바지국과의 시차는 7시간. 이곳이 저녁이 되는 무렵 그것은 출근시간이다. 옆나라 중국에 있는 총지국과의 시차는 3시간이다. 또 이 새로운 지국이 소속되어 있는 런던 유럽총국과의 시차는 10시간으로, 낮과 밤이 역전되어 있다.
신지국에서 발신하는 뉴스는 유럽의 바람을 느끼게하는 화제도 있고, 중국이나 조선반도와 밀접한 관계가 있는 문제도 많을 것이다. 시간대가 여러가지 있는 것과 마찬가지로, 다루는 뉴스도 여러가지 있다. 그것이 재미있다.

「7つの時間を感じて」
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by nishinayuu | 2013-04-12 14:10 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『黒猫オルドウィンの探索』(A.J.エプスタイン&A.ジェイコブスン著、大谷真弓訳、早川書房)


c0077412_1329385.jpg『The Familiars, Secrets of the Crown』(A.J.Epstein & A.Jacobson)
原題のfamiliarsはloyalと対になって、本書では前者のファミリアが「使い魔」、後者のロイヤルが「誠実な者」と訳されている。またSecrets of the Crownのcrownは、この物語の中でファミリアたちがそれを求めて旅に出る「ユキヒョウの王冠」のことである。
本書はシリーズの第2巻目であるが、1巻目を読んでいなくても、巻頭の登場人物紹介や、文中に出てくるちょっとした説明をつなぎ合わせれば、大きな支障はなく読み進めることができる。大人も子どもも楽しめるファンタジーと謳ってある通り、舞台設定もストーリーも魅力的である。特に、時間の流れが逆行する川の場面はいい。ただし、物語に入り込めるのはせいぜい小学生までかな、という感じで、『指輪物語』のようなスケールと深みを期待するのはむり。
物語はこの巻で完結せずに、3巻目への期待を抱かせる終わり方になっているので、ここではストーリーを細かく記すことはせずに、登場人物の紹介程度に留めておくことにする。なお、3Dアニメ映画の製作が進行中で、2013年の秋頃には公開される予定だという。スクリビウス(scribius)という名の魔法の羽ペンが自分ですらすらと文字を書いていくところなどは見ものだろう。

オルドウィン:念力を持つ黒猫で、ジャックのファミリア。メイデンメアで生まれたが、父親のバクスリー、母親のコーリスとは幼くして別れたまま。旅の道標となる不思議な子守歌を記憶している。
スカイラー:幻を作り出すことができる、とても女の子っぽいアオカケスで、ドルトンのファミリア。ニアハースト鳥類飼育場で育った。死の世界から妹たちを呼び戻したくて死の魔法について勉強している。
ギルバート:水たまりの中に未来を見る能力があるアマガエル(アンのギルバートのイメージが壊れる!)。メアリアンのファミリア。以上の三匹が「動く要塞」の奪還に必要な「ユキヒョウの王冠」を手に入れるために北へと旅立つ。
パクサハラ:邪悪な灰色ウサギ。昔は七賢獣が統治していた国があとから加わった人間に奪われたことを怒り、再び動物の魔法使いたちが統治する国を作ろうと画策。「動く要塞」の呪いを使って人間の魔力を消し、次の満月の時に使者の軍団を送り込んでヴァスティア国を制圧する、と宣言している。
ジャック:11歳の少年で魔法使いの弟子。オルドウィンをファミリアとしている。すなわちジャックはオルドウィンのロイヤルである。
ドルトン:14歳の少年で魔法使いの弟子。ファミリアはスカイラー。
メアリアン:14歳の少女で魔法使いの弟子。ジャックの姉。ファミリアはギルバート。以上の3人はパクサハラによって魔法の力を奪われたため、3匹の足手まといになってはいけないので今回の北への旅には出かけない。
ロラネラ女王:ヴァスティア国の女王。長い間パクサハラをファミリアとしていた。
モールヴァーン:メイデンメアの念力ネコのリーダーで、オルドウィンのおじ。オルドウィンに父親バクスリーが裏切り者だったと教える。(2013.1.31読了)
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by nishinayuu | 2013-04-09 13:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『偶然の祝福』(小川洋子著、角川書店)


c0077412_1658567.jpg読書会「かんあおい」2013年2月の課題図書。
この作品は7つの章からなっており、それぞれ独立した短編として読めるが、いくつか各章に共通する事項がある。それは例えば「死んだ弟」であり、「幼い息子」であり、「飼い犬のアポロ」であり、そしてなによりも「語り手が小説家であること」である。時間は過去から現在へと流れているわけではないが、一人の小説家の子ども時代からシングルマザーになった経緯、子育て中のエピソード、最初の小説や受賞作にまつわるあれこれなどが綴られており、全体で一つの物語となっている。
冒頭の章「失踪者たちの王国」の時点で息子は離乳期を迎えている。ただし、息子とアポロは軽く触れられるにとどまり、「生まれて初めて失踪という言葉を知ったのは、九歳のときだった」と一気に失踪者の話に入っていく。(やはりその年頃にnishinaは「世捨て人」という言葉をロフティングの『ドリトル先生』で、また「異分子」という言葉をザッパーの『愛の一家』で知りました。) 語り手は次々に自分の知っている失踪者を挙げていく。
まずは絨毯屋の娘の叔父さん――タクラマカン砂漠へ子羊の毛皮を求めに行ったきり。このタクラマカン砂漠というややこしい名前は、九歳の語り手にロマンティックな想像さえ呼び起こした。(nishinaの長女はやはり同じ年頃のときに友だちのお母さんが気仙沼の出身だと聞いて、その耳慣れない音の繋がりに衝撃を受け、友人のお母さん=気仙沼という関係式が頭に焼き付いたそうです。)
2番目は6年生のときで、隣の席だった肥満児で左利きの少年のおじいさん――歯医者に入れ歯を残したまま。3番目は中学のときで、保健の先生の婚約者――ウィーンでシュテファン聖堂の墓地に手帳を取りに行って。
4番目は19歳のときで、嘔吐袋(エチケット袋)の収集が趣味だった父方の伯母――税理士と交換したスカンジナビア航空の袋を持って。
「不思議にも彼らは私を慰めてくれる。失踪者の王国は遠いはずなのに、彼らは洞穴に舞い降りてきて、いつまでも辛抱強くそばに寄り添ってくれる。その吐息を私は頬のあたりに感じることができる」という語り手は、続く各章でも様々な喪失と別れを綴っていく。「盗作」では弟の死の衝撃とそれを乗り越えたきっかけを、「キリコさんの失敗」では消えた万年筆とキリコさんとの別れを、「エーデルワイス」ではあなたの弟ですと言って語り手につきまとっていた不細工な男が、こんなに堂々として完全な弟は他にはいない、と思うようになっていたのに春になったら消えていたことを、「涙腺水晶結石症」ではアポロの病気を治して名も告げずに立ち去った‘涙腺水晶結石症の犬を探す旅人’のような獣医のことを、「時計工場」では息子の父親である指揮者が、語り手の妊娠を知って離れていったことを、「蘇生」では‘ことばの湧き出る泉’を失って声もことばも失った苦しい時期のことを。
夢か現かはっきりしない登場人物たち――盗作の元になる話を語ってくれた女性、弟だと称するストーカー男、行きずりの獣医師、時計工場に閉じこもる語り手のもとに現れた蝶の痣を持つ果物売りの老人、そしてもしかしたら、アナスタシアというのは蘇生という意味よ、と言って語り手を見つめたアナスタシアおばあさん――はみんな、失踪者の国から舞い降りてきて、語り手に寄り添ってくれた人々なのだろう。(2013.1.23読了)
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by nishinayuu | 2013-04-06 16:58 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『思い出はそれだけで愛おしい』(ダーチャ・マライーニ著、中山悦子訳、中央公論新社)


c0077412_1440028.jpg『Dolce per sé』(Dacia Maraini)
原題は19世紀イタリアの詩人ジャコモ・レオパルディの詩『追憶』にある「思い出は、ただそれだけで愛おしい。なのに、/現在の思い、過去へのはかない憧れに、/姿を変えて心をしめつける……」からとられている。
物語は劇作家の女性がずっと年の離れた少女に宛てて綴る手紙、という形で展開する。最初の手紙の日付は1988年10月3日。このとき女性は50歳で、20歳も年下のヴァイオリニスト・エドアルドの恋人だった。一方の少女フラヴィアはわずか6歳。エドアルドの兄でチェリストであるアルドゥイーノの娘で、サクランボのように真っ赤な帽子、タータンチェックのスカート、リボンのついたトマト色の靴を身につけた「お祭りの女の子」だった。こうして女性は「お祭り」の日々とそこに到るまでの日々、そして「お祭り」が遠い追憶になってしまった日々を1995年4月8日まで、全部で16通の手紙に綴っていく。
フラヴィアへの愛情、エドアルドの出会い、几帳面な兄と全然そうではない弟というエドアルド兄弟の子ども時代と今、「形式主義者」の彼らの一族、全然違っていた自分の家族、死の床にある妹、友人たちなどなど、さまざまな人びととさまざまなエピソードが順不同で、時には丁寧に、時には断片的に語られる。いくつか例をあげると――
パラグライダーにはまったエドアルドとカステッルッチョ村に宿をとったとき、残酷な飼い主に放置され、広場に繋がれたまま哀しげに鳴いていたロバの話。
内気なエドアルドが演奏後のアンコールに応じるかどうか決めなくてはならないときのぎこちなさから始まって、一般に演奏家と聴衆の間でアンコールをめぐって複雑な心理ゲームが繰り広げられるという話。
エドアルドが自分のヴァイオリンへの愛着が過ぎて、かえって何度もヴァイオリンをなくした話。
申年のエドアルドは猿のような好奇心を持っている。彼女自身はねずみ年なので、ねずみに親しみを覚えるが、自分も少し中国の暦でいう「闘争的だが慎重」なねずみのようだと感じているのかもしれないという話。
エドアルドが分かれてから2年沈黙したあと、連絡してくるようになったが、それは一度でも彼と関わりを持った人は必ず彼の軌道上に衛生のように残るから、という話。

女性とフラヴィアの交流はごく短い間で終わり、フラヴィア宛の手紙も途中からは投函されることはなかった。女性が手紙を書き続けた相手は、幼いままのフラヴィアであり、かつて自分がそうであった、そして今も自分の心の中にあり続ける一人の少女なのだ。しみじみとした味わいのある作品である。(2013.1.23読了)
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by nishinayuu | 2013-04-03 14:40 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)