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『개밥 바라기 별』(황석영,문학동네)


c0077412_1181875.jpg『宵の明星』(黄晢暎、文学トンネ)
タイトルは正確に訳せば「犬が夕ご飯を待つ(頃に現れる)星」となる。1960年代、作者が南道地方を放浪していた時にいっしょに流れ歩いた30代の労働者がこのことばを教えてくれたという。明かりの灯った家々を遠くに見ながら一人で空を見上げる流れ者と、家族が食卓を囲む音を聞きながら自分のご飯を待っている犬。彼らが見上げる空には美しい金星が瞬いているのだが、それは雅な「宵の明星」ではないのだ。この労働者も明け方東の空に現れる金星はふつうに샛별(明けの明星)と呼んでいるが。
巻頭に「若い頃、いつも息子が家に帰ってくるのを待っていた母にこの本を捧げる」という献辞がある。ということは、本書は作者が自分の長かった不在を母親に理解してもらうことを一つの目的として著した半自伝的な作品ではないかと思われる。一般読者にとっても、波瀾万丈の人生を送ってきた作者の、その人生の始まりの部分である青春時代を知ることができる興味深い内容の作品である。ただし、あくまでもフィクションとして、すなわち一人の若者の成長物語として読めば、それはそれで有意義な読書が楽しめるだろう。

前半はジュニ(実質的主人公)を中心とする明日を模索する高校生群像が複数の語り手によって描かれる。ジュニより一年上のイノ(後にジュニといっしょに高校を退学。空軍へ)、同じくサンジン(劇団で活動)、同期のヨンギル(演劇に夢中)、ジョンス(絵描き。後に結核で死亡)、ドンジェ(迷いのない学生)、ジュンギル(警察隊の銃に撃たれて死亡)。やがてジュニの彷徨が始まり、イノと何日も山にこもったり、汽車に無賃乗車して(この無賃乗車のやりかたが詳細に説明されていて参考になる)韓半島の南まで行ったりする(このへんの描写はロードムーヴィーか観光案内のよう)。やがてジュニの書いたものが雑誌に載る。ソニという女性に好意を示されたときはまだ女性とつき合う気持ちにはなれなかったが、やがてミアとつきあうようになる。いっしょにいてもどこか上の空のジュニをミアはそっと見守る。日韓会談の折の戒厳令下でジュニは一時警察に拘留され、そこで出稼ぎ労働者のチャン氏と知りあう。そしてしばらくの間チャン氏と漁船に乗ったり飯場を流れ歩いたりする。そのあともジュニの彷徨は続き、ついにベトナムへ旅立つところで本書は終わっている。(2013.1.14読了)
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by nishinayuu | 2013-03-31 11:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「燕たちのひそひそ話」テオフィル・ゴーティエ

 

c0077412_14344024.jpg2012年9月17日の記事『クラリモンド』にエミール・ガレ作のランプの画像を添えましたが、そのランプに描かれているゴーティエがガレに捧げた詩「燕たちのひそひそ話」を韓国語に訳してみました。原詩、日本語訳(訳者不明)、韓国語訳(nishina)の順になっています。


La Pluie au bassin fait des bulles
Les Hirondelles sur le toit
Tiennent des conciliabules
Voici l'hiver, voici le froid!

水たまりに雨、水面は泡立ち、
屋根のつばめたちは
ひそひそ話にかかりきり、
冬が始まる、寒さがくるよ!

비가 웅덩이에 거품을 일으키고
제비들은 지붕위에서
비밀 이야기에 몰두하네
이봐, 겨울이 올 거야, 이봐, 추위가 올 거야!
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by nishinayuu | 2013-03-28 14:37 | 翻訳 | Trackback | Comments(1)

『ひつじ探偵団』(レオニー・スヴァン著、小津薫訳、早川書房)


c0077412_1557615.jpg『GLENKILL』(Leonie Swann)
アイルランドのグレンキルという牧草地を舞台に、羊たちが彼らを愛し、守ってくれていた老羊飼い・ジョージの死の真相を探る物語。事件そのものはごく単純で、まず死体が発見され、怪しい人物(と羊)が浮かび上がり、羊たちがそれを一件一件探っていって最後に「犯人」を突き止める。だから「ひつじ探偵団」なのだが、人間の代わりに羊が事件を解決するファンタジックなミステリー、というわけではない。
巻頭にはミス・メイプル(ミス・マープルのもじり)やらオテロ(もちろん全身が黒い)やらゾラ、ラムセス、コーデリアやら、サー(羊のくせに!)・リッチフィールドといった名前からして個性的で、性格・知性もヴァラエティーに富んだ羊が18匹もあげられている。彼らの名前と身体の特徴、性格を頭に入れるだけでも大変なのに、さらに登場人物として13人もの人間があげられているので、ややこしいことこの上ない。まあ、全部頭に入れなくても、と思って見切り発車で読み始めると、今度は人間のことばや行動がよく理解できない羊たちの、勝手な想像を交えた冗長なやりとりに延々とつき合わされる。それに彼らは一致団結して事件解決に邁進するわけでもなく、すぐに気が散ったり、無関心になったり、いいかげんになったりする。彼らのそのいかにも羊的な(と人間には思える)言動が、丁寧に、というかのんびり悠長に語られていくので、ミステリーのつもりで読んでいたらとてもつき合いきれない。それなのに途中で投げ出すのは惜しいと思えてくるのは、いつの間にか羊たちの発想や言動に違和感を覚えなくなり、羊たちの魅力の虜になってしまうからだろう。つまりこの作品は、ミステリーの形を借りて羊の生態を語り、羊がいかに魅力的な動物かを語る物語なのだ。
個性的な名前の羊たちに混じって、ただの「子羊」と「冬子羊」が出てくる。ただの「子羊」のほうは母親の庇護の下にあるれっきとした群の一員で、最初の冬を乗り越えたあとで名前をもらうことになっている。しかし母親がいない「冬子羊」のほうは、群の一員とは認められていない。騒ぎを巻き起こす厄介もののこの「冬子羊」は、みんなからのけものにされながらもしぶとく群のまわりをうろついて、少しずつ群に入り込んでくる。なかなか強かで健気な子羊なのだ。この作品は作者の綿密な羊観察研究の成果だということだが、むくむくふんわりした羊たちの中にみすぼらしい「冬子羊」が混ざっているところにリアリティが感じられる。(2013.1.22読了)
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by nishinayuu | 2013-03-25 15:57 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『The quince Tree』(Saki, Doubleday)


c0077412_2042058.jpg『マルメロの木』(サキ)
あるブログにこの作品が取り上げられていたので読んでみた。昔、高校の教科書に出ていた『The Open Window』が気に入ってサキの全集を買ったけれども、いくつか読んだだけでこの作品は未読だった。
さて、読んでみると、才気煥発でいたずら好きな少女がおばさんをからかう、という点では『The Open Window』と共通するが、サキ独特の毒気はあまり感じられず、むしろほのぼのとした雰囲気の作品である。長さもごく短いので、サキが初めての人にも楽しめそうだ。
実はこの作品を読んでみようと思ったのには、もう一つ理由がある。数ヶ月前に、わけもなくマルメロの実というものが気になりだし、形や色を映像で確認したりして、それがカリンとよく似ているけれどもカリンとは別種のものだ、というところまでは理解していた。カリンと同じくそのままでは食べられない、というマルメロを、昨年の末にあるレストランで口にする機会があって、ついにマルメロの味もわかった。長い間未知のものだったマルメロが、短期間に親しい果物となったのだ。植物としてのマルメロと近しくなったと思ったらタイミングよく、文学作品に取り上げられたマルメロにであったわけである。
マルメロというのはポルトガル語のmarmeloからきている。マルメロの名はずいぶん前から耳にしていたのにこの作品に気がつかなかったのは、マルメロを英語ではquinceということを知らなかったからだ(調べればわかるのにね)。マルメロということばにはフランスの香りがある、と長年漠然と思っていたが、マルメロのフランス語はcoingだった。遅まきながらマルメロについていろいろ知ることができたのが、この作品とであったことのいちばんの収穫かもしれない。(2013.1.17読了)
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by nishinayuu | 2013-03-22 20:42 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

『リメンバー』(バーバラ・T・ブラッドフォード著、尾島恵子訳、小学館)


c0077412_13205154.jpg『Remember』(Barbara Taylor Bradford)
主人公のニッキーは28歳のジャーナリスト。美貌と行動力を兼ね備えた才媛で、不思議な魅力の持ち主、ということになっている(無敵ですね)。相手の男性は二人。物語の時間の中で古い方がチャールズ・ドブローというイギリス貴族の血を引く魅力的な男性で、ニッキーと恋に落ちて婚約したのに、結婚の直前に謎の自殺をしてしまう。それが3年前のことで、その1年後にレバノンでの取材中に出会ったのが、パリを拠点に活動する戦争写真家のクレー・ドノバン。すでにフォトジャーナリズムの主だった賞を総なめにしている青年だった。
このときニッキーは「なんて普通の人なんでしょう」と嬉しくなって彼に好感を持ったが、「いわゆるハンサムではないことも好感を持った理由だった」とある。ところがアテネに滞在していたときニッキーは、雑誌の表紙になっているケビン・コスナーをクレーと見間違えている。「写真で見る限り、クレーとコスナーは瓜ふたつといっていいくらい似ていた」という(これはまあ、コスナーはいわゆるハンサムではない、ということなのかと納得しておく)。しかし、さらに後にパリで出会ったときには「久しぶりに会った彼がほれぼれするほどハンサムなので」とあり、なんていいかげんな、という感じの人物描写なのである。あるいは、ニッキーがしだいに恋に目がくらんできたことを示す文学的技巧なのだ、と好意的に解釈すべきなのだろうか。
それはさておき、ニッキーとクレーがいよいよ結婚を考え始めたとき、テレビのニュースを見ていたニッキーが画面の中にちらっとチャールズが映っているのを見つける。自殺したといっても、死体は見つかっていないのだ。チャールズは生きているのか、もしそうならなぜ突然姿を隠したのか。
冒頭に天安門事件が配され、ソ連崩壊やヨーロッパ統合を控えた世界情勢やら、イスラエルのモサドとパレスチナのテロ組織の影やらもちらつかせているが、それらはあくまでも背景の一つで、主要なテーマは、華やかなキャリアウーマンの贅沢なラブストーリーである。
冒頭にChristina Rossettiの詩Rememberの訳(超訳?)が掲げられている。原詩は以下の通り。
Remember me when I am gone away, / Gone far away into the silent land; / When you can no more hold me by the hand, / Nor I half turn to go, yet turning stay. / Remember me when no more day by day / You tell me of our future that you plann’d: / Only remember me ; you understand / It will be late to counsel then or pray. / Yet if you should forget me for a while / And afterwards remember, do not grieve: / For if the darkness and corruption leave / A vestige of the thoughts that once I had, / Better by far you should forget and smile / Than that you should remember and be sad.

(2013.1.16読了)
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by nishinayuu | 2013-03-20 13:22 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『인간에 대한 예의』(공지영著)


c0077412_20224543.jpg『人間に対する礼儀』(孔枝泳)
1963年に生まれ、1988年にデビューした著者が1994年に発表した作品。
民主化運動・労働争議の最盛期に学生だった語り手は、貧しい仲間たちに部屋を提供したり、物資の調達をしたり、という形で運動に関わっていた。しかし彼女は、他の学生たちのようには運動に一途な情熱を傾けることができず、ある日、用足しに出かけたまま仲間のところには戻らなかった。つまり、戦線を離脱して逃亡したわけである。誰からも責められはしなかったが、彼女にはずっとそれが心の重荷になっていた。だから雑誌社で働く彼女のところに、学内で指導的立場にあって彼女が秘かに憧れていた先輩がカンパを求めてきたときは、受け取ったばかりの給料袋をそのまま差しだしたのだった。
数年後、彼女は女性誌の特集記事を担当していた。来月号には、かつての民主化運動の精神的指導者であったコン・オギュを取り上げるつもりで、取材も済ませていた。コン・オギュは20年もの間獄に繋がれていて最近、50歳近くになってやっと釈放された人物だ。彼の思想を奉じて闘った若者たちは、銃撃で死んだり、事故死したり、拷問の果てに獄死したり、死刑になったり、精神に異常を来したりしたが、コン・オギュはその間ずっと獄中にいたのだった。長期間閉じこめられていたため、部屋の扉が中から開けられることにも思い至らず、外に連れ出せば数歩先に立ちはだかる壁を感じて進めなくなるこの人物を、やはり長い間世間の片隅でひっそり暮らしてきたような弟夫婦が世話をしている。
ところがデスクが来月号にはイ・ミンジャを取り上げるように、と言ってくる。若くして絵の才能を花開かせ、さらに世界のあちこちを放浪してインドで瞑想の師に巡り会い、瞑想を体得してきた女性であり、都会の喧噪を離れた自然の中で瞑想し絵を描く、という生き方が多くの人々の心を捉えている時の人である。デスクの強引さに反発を覚えながらも、語り手はカメラマンといっしょに彼女を取材しに行く。会ってみると、確かにイ・ミンジャは神秘的な雰囲気と揺るぎない信念を持った存在感のある人物だった。来月号の特集はコン・オギュと決めていた語り手は迷い始める――来月はデスクの言う通りイ・ミンジャにして、コン・オギュはその次の号に延ばそうか。コン・オギュは、かつては若者の間で英雄的な存在だったかもしれないが、今の若者、特に彼女の担当している女性誌の読者たちが果たして興味や関心を持つような人物だろうか。そうして彼女がコン・オギュを再来月号に延ばそうとほぼ心を決めたとき、例の先輩から「近くに来てるんだけど、ちょっと会えないか」と連絡が入る。(2012.2.13読了)
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by nishinayuu | 2013-03-16 20:23 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

韓国ドラマノート-その8(2013.3.12作成)

c0077412_18517.jpg2012年3月から2013年2月末までに見終わったドラマを視聴順に並べました。
1行目:日本語タイトル、韓国語タイトル、放送局
2行目:キャスト 3、4行目:一言メモ


家門の栄光 가문의 영광 SBS
    ユン・ジョンヒ、パク・シフ、イ・ヒョンジン、チョン・ノミン
    宗家のしきたりなど韓国文化の理解に役立つ場面がいっぱい。宗家と
    新興成金一族の悩みと葛藤など見どころも多く、OSTも素晴らしい。
がんばれクムスン 굳세어라 금순아 MBC
    ハン・ヘジン,カン・ジファン,キム・ユソク,ヤン・ヒギョン
    夫を交通事故でなくしたクムスンが、夫の家族に責められ虐げられな
    がらも家族の一員として生きようとする姿が健気でいじらしい。
逆転の女王 역전의 여왕 MBC
    キム・ナムジュ,チョン・ジュノ,パク・シフ,チェ・ジョアン,ハ・ユミ
    登場するのは極端な性格の人物ばかりで、言動の壊れぶりが笑える。
    ナムジュのファッションが魅力的。なによりもタイトル映像がいい。
鉄の王キムスロ 김수로 MBC
    チ・ソン、ペ・ジョンオク、イ・ピルモ。ユ・オソン、ソ・ジヘ
    チ・ソンは線が細くてちょっと痛い。「ソル薬局」のとぼけた男ピル
    モが野心家ソクタレ(クソタレではない)に見事に変身。
製パン王キム・タック 김탁구 KBS
    ユン・シユン、チュ・ウォン、チョン・ミソン、ユジン、イ・ヨンア
    不幸な星の下に生まれた少年が不屈の精神力で人生を切り開く物語。
    爽やかな中にもどろどろ感が詰まっているところはさすが韓国ドラマ。
王女の男 공주의 남자 KBS
    パク・シフ、ムン・チェウォン、ホン・スヒョン、ソン・ジョンホ
    韓明澮の策謀によって王になった首陽大君の長女と、韓明澮に殺害さ
    れた金宗瑞の次男の物語。チェウォンの可憐さが光る。音楽もいい。
ヘパラギ(ひまわり)해바라기
    アン・ジェウク、キム・ヒソン、チュ・サンミ、チャ・テヒョン
    古い作品なので出演者たちがみんな若くて初々しい。病院ものなので
    深刻な場面も多いが、好感の持てる作品。これもまた主題歌がいい。
ドリーム・ハイ 드림하이
    ペ・スジ,ハム・ウンジョン,オク・テギュン,キム・スヒョン,アイユ
    Kポップの人気歌手たちが大勢出演している音楽ドラマ。Kポップに
    興味がなくても、十分楽しめる。ただし、結末はちょっと男尊女卑?
私の期限は49日 사십구일 SBS
    イ・ヨウォン,チョ・ヒョンジェ,ペ・スビン,ソ・ジヘ,ナム・ギュリ
    瀕死の女性の魂が49日の猶予期間を与えられ、別の女性の身体を借
    りて人々の愛を確かめる。二人の女性の過去と現在が交錯して…。
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by nishinayuu | 2013-03-13 18:05 | 映画・ドラマ | Trackback | Comments(1)

『ビューティフル・ファミリー』(トニー・パーソンズ著、小田島恒志・小田島則子訳、河出書房新社)

c0077412_13292051.jpg『Man and Wife』(Tony Parsons)
この作品は一言で言えば、何も考えずに楽しめばよいエンターテインメントである。主人公のハリーは仕事も家庭も大切にする男性。なによりもその父性愛の強さが印象的である。彼を取り囲む女性たち――別れた妻のジーナ、新しい妻のシド、シドの連れ子のペギー、日本人写真家のカズミ、そして年取った母親――は誰も彼もとびきりの美人である。そしてハリーが愛して止まない一人息子のパッドは、だれもが目を見張るほど抜群に美しい子どもである。まさに邦題通りの家族なのだ。
ただしハリーとしては毎日が苦労の連続で、気が休まることがない。なぜならハリーは自分の愛する息子と週末にしか会えないので、溢れる愛情を息子に注いでも息子から愛されているという確信が持てない。一方、新しい家庭では父親として認めてもらえず、ペギーは気まぐれにやってくる本当のパパに夢中だ。だからハリーは本当の父親という立場でもあり義理の父親という立場でもあるのだが、だからといって同じような立場の男たちに共感するというわけにはいかず、パットの義理の父親にもペギーの本当の父親にも猛烈な嫉妬を感じている。男たちには共感できないハリーだが、本当の親と引き離され、義理の親を押しつけられる子どもたちのほうがもっと辛い目に合っている、ということはよく承知している(こういうことをハリーに言わせているところがニクイ)。しかもハリーは今、世界一美しい女性であるシドともしっくりいかなくなっており、日本女性のカズミに惹かれ始めている。
なぜなのか。麻薬中毒患者の友人がハリーに言う。「あんたは酒飲みじゃない。それにドラッグだってやらない。でも、あんたも同じじゃないか。あんたは女だ。」 そう、ハリーは一人の女性と始まったときに味わう感覚――生きているという実感、求められているという実感――そういう感覚の中毒になっているのだ。そんなハリーがどうやって危機を脱するかというと……
結末はありきたりというか、安易というか、あまり納得できないのだが、大ベストセラーになったということは、これでよし、と考える人が多いということなのだろう。(1月10日読了)
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by nishinayuu | 2013-03-10 13:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『青い壺』(有吉佐和子著、文藝春秋)


c0077412_160596.jpg読書会「かんあおい」2013年1月の課題図書。
有吉佐和子が40代の時に書いた作品で、最近復刻されて手に入りやすくなったとか。いつも本の冊数不足に悩まされる我が読書会にとってはありがたい本であった。
全部で13の章に分かれていて、どの章にも同じ一点の青い壺が登場して全体を繋ぐ役割を果たしているが、1章ごとに完結する短編としても読めるようになっている。有吉佐和子という作家のすばらしさを再認識させられる作品である。
第一話の主人公は磁器制作者の牧田省造。デパートから依頼された一点物の焼き物が、会心の青に仕上がった。道具屋の安原は、この青い壺が唐物に見えるように古色をつけろ、と言う。決断がつかず悩んでいる夫を見かねて、妻の治子は青い壺をデパートに渡してしまう。
第二話で青い壺はある会社の副社長に贈られる。定年退職した男の妻がデパートで2万円で買い求めて贈ったのだ。退職した夫をもてあます妻も哀れだが、壺を持って出向いた会社で異常な行動を見せる夫は格段に哀れ。
青い壺は第三、第四話で副社長の家で花器として使われたあと、第五話では副社長夫人の稽古仲間、千代子の手に渡っている。千代子は目が見えなくなった母親を都立病院に連れていき、手術を受けさせる。手術は成功し、母親は目が見えるようになったが、65歳以上なので手術も入院も無料だった(そういう時代もあったのですよね)。母親が病院の石田先生にお礼がしたいというので、青い壺を渡す。
そのあと青い壺は、第六話で石田の勘違いからバーのマダムに渡され、第七話でまた石田家に戻され、第八話でさらにそこから盗み出され、第九話で京都は東寺の縁日に現れる。それを東京から70歳記念の同期会にやって来た弓香が3000円で手に入れる。
第十,十一話に登場するのは弓香の孫の悠子。ミッションスクールで栄養士として働く悠子は優しいシスター・マグダレーナがスペインに一時帰国することになったとき、手みやげとして青い壺を渡す。青い壺はスペインに渡ってしまったのだ。その壺は第十二話で病院の掃除婦をしている森シメが501号室で目にする。シメが掃除のときに触ろうとするとその患者に怒鳴られる。
そして第十三話。501号室の患者だった園田先生は香合を届けに来た省造にスペインで見つけた青い壺を見せ、800年前の南宋浙江省の竜泉窯だ、と言う。それは10年前、省造が40代半ばの時に焼いたあの青い壺だった。そのことを省造が告げると、自分の眼を信じる園田は頑として省造のことばを退けるが、心の内では動揺する。もちろん省造も譲らない。しかし帰りの列車が名古屋を過ぎたころ、省造は思うのだった。あの壺にいつの間にあんなにいい古色がついたのか。その壺に10余年ぶりに巡り合えたことを喜ぶべきだと。(1月6日読了)
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by nishinayuu | 2013-03-07 16:01 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『The Star Child』(Oscar Wilde, Illustration by Charles Mozley, Bodley Head)


c0077412_15364373.jpgA House of Pomgranates(1891出版の童話集)の中の1編。
物語は「昔々、貧しい樵夫がふたり、松林の中を家に向かっていました」と始まる。季節は冬、時間は夜。深い雪に閉ざされた森の中で、動物たちや小鳥たちさえなすすべもなく、異常な寒さの意味を説明しようと試みたり、政府の無策を罵ったりするばかり。ただひとりフクロウたちだけは、黄色い目玉をぐるぐるさせながら飛び回り、この寒さを楽しんでいる。――ここまでが導入部。
さて、樵夫たちは雪と氷に足を取られてこけつまろびつ、やっとのことで森の外れにたどり着く。遠く谷間の村の灯りを目にしてふたりは声を上げて笑う。が、そのとたんに自分たちの貧しさを思い出して、いっそのことここで凍え死ぬか獣に食われてしまったほうがましかもしれない、とみじめな境遇を嘆き合っていると、空から非常に明るい星がすごい勢いでふってきて、すぐ先の柳の向こうに落ちる。大変な宝物に違いない。二人が駆け寄ってみると、何枚もの金の布地にくるまれた赤ん坊だった。ひとりの樵夫は、自分たちは貧しくて自分の子どもを養うのがやっとなのだから、このまま捨てておこうと言うが、もうひとりは子どもを抱きあげる。そして家に着くと、あきれて拒絶する妻に言う。「だけど、これは星の子なんだよ」と。こうして樵夫の子どものひとりとして大きくなった星の子は、だれよりも美しい子どもに育った。しかし美しいのは容貌だけで、邪悪な心を持った手に負えない子どもだった。

その後、星の子の運命はキリスト教圏の子どもの読み物らしく、やや教訓的な展開を見せるが、それなりに感動的でもある。文体は古めかしく、樵夫たちでさえthou artとかnayなどのことばを使ってやりとりしている。なんとなく教養を感じさせる樵夫たちなのである。(1月1日読了)
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by nishinayuu | 2013-03-04 15:37 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)