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ㅅで始まる植物の名前


c0077412_11233945.jpg植物の名前を韓国語を見出し語にして並べました。
韓国語名、和名、英語名の順になっています。
(英名なし)の表記があるものは英語名がないことが明らかなもので、英語名があるかないか確認できていないものは空欄にしてあります。


사과 りんご 林檎 apple 
사스레피나무 ひさかき 茶柃 eurya
사철나무 まさき 正木 spindle tree
사철채송화 まつばぎく 松葉菊 fig marigold 
산규 わさび 山葵 wasabi 
산나리 やまゆり 山百合 mountain lily/gold banded lily 
산단 ひめゆり 姫百合 star lily
산딸나무 やまぼうし 山法師 Japanese dogwood
산마늘 あいぬねぎ アイヌ葱 (英名なし) 
산수국 やまあじさい 山紫陽花 (hydrangea)
산철쭉 やまつつじ 山躑躅
산초나무 さんしょう 山椒 Japanese pepper 
살구 あんず 杏 apricot 
삼목 すぎ 杉 Japanese cedar
삼지닥나무 みつまた 三椏 mitsumata/paper bush
삽주 おけら 朮 Japanese atraclylodes 
삿갓나무 やぶれがさ 破れ傘 (英名なし) 
상수리나무 くぬぎ 櫟 saw-tooth oak 
샐비어 サルビア salvia/scarlet sage  
생강 しょうが 生姜 ginger
서양산딸나무 あめりかはなみずき アメリカ花水木 dogwood 
서향 じんちょうげ 沈丁花 fragrant daphne
석곡 せっこく 
석류 ざくろ 石榴 pomegranate
석산 ひがんばな 彼岸花 spider lily
소나무 まつ 松 pine tree
소엽맥문동 りゅうのひげ 竜の髭 dwaf mondo grass 
소철 そてつ 蘇鉄 Japanese sago palm 
속나무/소귀나무 やまもも 山桃 wax myrtle/bayberry 
솜양지꽃 つちぐり 
송이버섯 まつたけ 松茸 matsutake mushroom 
쇠비름 すべりひゆ purslane
수국 あじさい 紫陽花 hydrangea 
수레국화 やぐるまぎく 矢車菊 corn flower 
수련 すいれん 睡蓮 water lily
수리취 やまぼくち 山火口 yamabokuchi 
수박 すいか 西瓜 water melon
수선화 すいせん 水仙 narcissus
수세미외 へちま 糸瓜 dishcloch grourd 
스파티필룸 スパティフィラム spathiphyllum
시금치 ほうれんそう 菠薐草 spinach 
시클라멘 シクラメン cyclamen
싸리나무 はぎ 萩 bush clover
쑥 よもぎ 蓬 mugwort
쑥부쟁이 よめな 嫁菜 yomena  
쑥부쟁이(재배품종) みやこわすれ 都忘れ aster savatieri 
씀바귀 にがな 苦菜  korean lettuce
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by nishinayuu | 2012-10-29 11:24 | 覚え書き | Trackback | Comments(1)

『かたち』(フィリップ・ボール著、林大訳、早川書房)


c0077412_1141861.jpg『Nature’s Patterns』(Philip Ball)
自然界には複雑で精巧な模様が溢れている。蜂の巣を構成する六角形の集まり、シマウマの白黒の縞模様、ヒマワリの頭花に見られる二重らせん、チョウの羽の目玉模様のように、設計者がいるとしか思えないようなものも多い。これらの模様は創造主という設計者によって作られたものなのか、あるいは動物や植物が生き残るために自ら選んだものなのだろうか。本書はこの課題に取り組んだ大勢の科学者たちの研究過程、研究成果をこと細かに紹介する科学読み物である。結論をいえば、自然界に見られる模様やかたちは、設計されたものではもちろんなければ、ほとんどが自然選択されたものでもなく、数学や物理の法則にしたがってひとりでにできあがるのだという。

研究者の名(ダーウインはいいとして、ダーシー・トムソン、ベロウソフとジャボチンスキー、テューリングなどなど)や専門用語(モルフォゲン、フィボナッチ数列、ホメオティック遺伝子などなど)がたくさん出てくるので取っつきにくいが、文章そのものはわかりやすく、図版や写真が多用されているので、意外に読みやすい。
印象に残った文は、「自然は、模様を作り出したいという抑えようのない衝動を抱えており、必要などなくてもそうする」と、「すべての形態発生の根っこには自然の組織力があるというヘッケルとドイツの自然哲学者たちの考えは、全く現代の生物学に裏づけられていない。生きている自然はパターン形成を多くのやりかたで活用するということについて説得力のある主調ができる(中略)。しかし自然は、高いところにある力によって支配される子分としてではなく、本質的にご都合主義者としてそうするようだ」のふたつ。
印象に残った人物はウラジーミル・ナボコフ。『ロリータ』で有名になる前、ハーヴァード大学比較動物学博物館のキュレーターをしていて、1940年代にはチョウについてのちょっとした専門家となり、いくつかの新種がナボコフにちなんで名づけられたという。(2012.9.3読了)
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by nishinayuu | 2012-10-26 11:41 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『花のノートルダム』(ジャン・ジュネ著、堀口大学訳、新潮社)


c0077412_13313364.jpg『Notre-Dame des Fleurs』(Jean Genêt)
『花のノートルダム』は「乞食で、泥棒で、男娼で、裏切りを義務の如くに愛する囚人」ジャン・ジュネの処女小説である。物語の冒頭部分の、本題に入る前の段階で、作者はこの作品の性格を次のように語っている。
「わたしは、自分では見たこともない自分の恋人たちに援けられて、一つの物語を書こうと思い立ちました。私の物語の主人公は、つまり(独房の)壁に貼られているあの連中です。あの連中と、現に入獄中の私とです。みなさんが読んで行かれるに従って、これ等の人物は、ディヴィーヌも、キュラフロアも、落ち葉のように私のページに舞い落ちて、この物語を肥やしてくれる筈です。(中略)(看守が、自分では気づかずに、語ってくれた隣房の放火犯、贋金つくり、殺人犯たちの)姿も、壁の上の友人たちと調合して、私はこの童話の種にするつもりです。(中略)そして私の独房を嬉しがらせるために、自分としてはほんのわずかしか知らなかったディヴィーヌの身の上、花のノートルダムの身の上、さては私自身の身の上も、勝手気ままに作りかえてやるつもりです。」
上記の文に続いて花のノートルダムの人相書きが記されている。身長1メートル71、体重71キロ、面長、亜麻いろの髪、碧眼、顔色浅黒く、歯は完全、鼻筋方正。そして少し後に紹介されるミニョンの人相書きは、身長1メートル75,体重75キロ、面長、亜麻いろ髪、目のいろ青緑、艶のない顔いろ、端正な鼻すじ。ディヴィーヌと深い関わりのあるこの二人は、一人は女衒(ミニョン)で一人は男娼(花のノートルダム)であるが実は親子、ということになっている。ディヴィーヌも受け身の男娼であり、キュラフロアというのは彼女が「彼」だったときの名前である。
ミモザ1世、ミモザ2世、ガブリエル、アルベルト、晴れやかな黒人のセック・ゴルギ、マルケッティなどなど、素晴らしく美しい彼女や彼が作り出す怪しい華やかさと毒々しさに満ちた世界に圧倒される。(2012.8.29読了)
☆長い間ツンドク状態だったのをやっと読み終えました。今は昔、アンチロマン、アンチテアトルが一世を風靡した頃に買い集めた書物の一冊。ロブグリエの『迷路のなかで』の虜になり、ソレルス、サロート、ル・クレジオなど、片っ端から読みましたが、ジャン・ジュネのこの作品だけは数行で投げ出してしまいました。その後も何度か手にとりましたが、やっぱり無理、とあきらめました。このたび、最後の挑戦のつもりで読み始めたら、とても受け付けられない、と思っていた文体も内容も、ほとんど抵抗なくすんなり入ってきてびっくりしました。私もこの年になって(どの年?)やっと人間ができてきたということでしょうか。
☆画像は河出文庫のものです。
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by nishinayuu | 2012-10-23 13:31 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『数学的にありえない 上』(アダム・ファウアー著、矢口誠訳、文藝春秋)


c0077412_10552415.jpg『Improbable』(Adam Fawer)
物語はニューヨークのとある地下カジノにおけるポーカー・ゲームの場面から始まる。「テキサス・ホールデム」形式のポーカー・ゲームが行われており、手札に2枚のAを持っている主人公のケインは、テーブルに1枚ずつカードが開かれていく毎に、素早く勝率を計算しながら勝負している。テーブルに4枚目のカードが開かれ、テーブル上のAが2枚になったとき、手役がAのフォーカードとなったケインは勝利を確信する。最後まで残った対戦相手がロイヤル・ストレート・フラッシュを出す確率はゼロも同然だったからだ。ケインは店主から1萬5千ドルの借金をして勝負に出た。ところが5枚目のカードで相手はそのありえないはずのロイヤル・ストレート・フラッシュを手にしたのだった。ゲームの途中から強烈な悪臭と吐き気に襲われていたケインは、その場で昏倒してしまう。
このあと物語はめまぐるしい展開を見せるのだが、サスペンスのストーリーを明かすわけにはいかないので、登場人物の紹介に留めることにする。
デイヴィッド・ケイン――大学で統計学を講義していたとき、TLE(側頭葉テンカン)の発作に襲われて退職。ギャンブル漬けの生活をしていたが、今回の勝負で高額の借金を抱えることになった。
ジャスパー・ケイン――デイヴィッドの双子の兄。統合失調症で入院していたが、退院後デイヴィッドのところに転がり込む。話し終えるときに最後のことばで韻を踏むクセがある。たとえば「事情を話してくれる気は-あるか-猿か-割るか-丸か?」という具合(訳者の腕の見せ所ですね)。
ナヴァ・ヴァナー――もとの名はタンジャ・アレクサンドロフ。12歳のとき飛行機事故で母と姉を失い、そのせいで父エゴールとの精神的繋がりも失った。飛行機事故がテロリストの仕業だと知って復讐を誓い、KGBのディミトリ・ザイツェフ、党の「スパイ学校」による特訓を受ける。そのあと極秘任務のために米国に送られ、党がアメリカに送り込んだロシア人夫婦の養女となり、ナヴァ・ヴァナーと改名。CIAに願書を送って訓練生として採用され、2年後には「アメリカのために敵を殺す人間」となっていた。
ドクター・トヴァスキー――謎の研究を続ける科学者。
ジュリア・パールマン――トヴァスキーの被験者。自分では愛人だと思いこんでいる。
ジェイムズ・フォーサイス――国家安全保障局〈科学技術研究所〉所長。
トミー・ダソーザ――ロトで2億4700万ドルを当てた男。
ドクター・クマール――ケインの主治医。小柄なインド人。ケインはこの医師のもとで、新しく開発中で統合失調症を起こす可能性が否定できない抗テンカン薬を試すことになる。

1970年生まれの著者によるデビュー作。16カ国あまりで出版されるベストセラーだという。下巻の惹句は「確率的にありえない連鎖反応。超論理的なドミノ倒し。前代未聞の物語のアクロバットが読者の呼吸を奪い、知的興奮をレッドゾーンに叩き込む。超絶ノンストップ・サスペンス、壮絶なる後半戦へ!」
(2012.8.26読了)
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by nishinayuu | 2012-10-20 10:55 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

『僕とカミンスキー』(ダニエル・ケールマン著、瀬川裕司訳、三修社)


c0077412_965465.jpg『Ich und Kaminski』(Daniel Kehlmann)
「盲目の老画家との奇妙な旅」と副題にある。
語り手はゼバスティアン・ツエルナーという31歳の男。美術学校には通ったが画家にはなれず、美術評論を雑誌に寄稿したりしているが、自活するだけの稼ぎはない。そこで、盲目の老画家マヌエル・カミンスキーの伝記を書いて、一儲けすると同時に評論家としての地位を確立しよう、と思いつく。伝記を出版するタイミングは画家が死んだあと、ただし死んでから時間が経ちすぎると人びとの関心が薄れるので意味がない、という計算をした語り手は、資料を読んだり人びとにインタビューしたりしてあれこれ調べ上げた後、本人しか語れないエピソードを求めてカミンスキーを訪ねる。
物語は、語り手がカミンスキーを訪ねるために乗った列車で、朝、車掌に起こされる場面から始まる。それからの語り手の態度が凄まじい。まず電気カミソリが使えないというので車掌にあたり、それをののしりあいにまでエスカレートさせ、乗り換えた列車の中では乗客の男性が手にしていた本にいちゃもんを付け、語り手の嫌みな視線にいたたまれずに席を立った女性のことは「食堂車で僕を待っているかもしれないが、行ってやらない」と独りよがりの結論で片づけ、駅のレストランでは女主人を前にして土地の人を小馬鹿にした論を繰り広げる、という具合。とげとげしい振る舞いで周りを辟易させていながら、自分は他人にはひとかどの人間に見えているという思いこみが強い、あるいは無理やり思いこもうとしているような人物である。こんな語り手が盲目の老画家のところに無理やり押しかけ、画家のもとを去っていった妻テレーゼがまだ生きていることを告げて驚愕させ、会いに行く気にさせてしまう。画家の娘ミリアムの留守を狙って彼女の車――語り手がこの家にやってきたとき家の前に止めてあって語り手が無性に羨ましく思ったBMW――に乗り込み、テレーゼが住むという北ドイツに向かう。こんなひどい語り手につかまってしまって老画家は大丈夫だろうか、とハラハラさせられる展開である。ところがなんと老画家のカミンスキーは、若僧の語り手など足元にも及ばないような強かなくせ者だったのだ。

登場人物は上記の他にエルケ(ツエルナーに愛想を尽かしてアパートから追い出した女性)、ドミニク・シルヴァ(カミンスキーの後援者だった人物)、リヒャルト・リーミング(カミンスキーの養父だった詩人)、メーゲルバッハ(出版人)、ボゴヴィッチ(画商)、コメネウ教授、メーリング教授、ホーホガルト(ギャラリー経営者)、マンツ(美術誌編集者)など。BMWを乗り逃げしたヒッチハイカーのエピソード、クラレンスの塩鉱のエピソードなども興味深い。(2012.8.23読了)
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by nishinayuu | 2012-10-17 09:06 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

ㅂで始まる植物の名前


c0077412_10345476.jpg植物の名前を韓国語を見出し語にして並べました。
韓国語名、和名、英語名の順になっています。
(英名なし)の表記があるものは英語名がないことが明らかなもので、英語名があるかないか確認できていないものは空欄にしてあります。


바나나 バナナ banana
바디나물 のだけ 野竹 (英名なし) 
바랭이 めひしば 雌日芝 common crab grass 
바위취 ゆきのした 雪の下 saxifrage/mother-of-thousands/strawberry-stone-break
박주가리 ががいも がが芋 gaga-imo/Rough potato 
반짝이끼 ひかりごけ 光蘚 luminous moss/goblin gold 
배추 はくさい 白菜 Chinese cabbage
백목련 はくもくれん 白木蓮 white magnolia
백선 はくせん 白鮮 dittany of crete
박태기나무 はなずおう 花蘇芳 Chinese redbud
박하 はっか 薄荷 mint
반하 はんげ 半夏 crowdipper 
밤 くり 栗 chestnut tree
방가지똥 のげし 野芥子 saw thistle 
방풍 ぼうふう 防風 siler 
배나무 なし 梨 Chinese pear
백당 びゃくだん 白檀 sandalwood
백당나무 かんぼく 肝木 guelder rose 
백량금 まんりょう 万両 coralberry 
백양(나무) どろのき 泥の木(どろやなぎ 泥柳)
백일초 ひゃくにちそう 百日草 zinnia
백일홍 さるすべり 百日紅 crape myrtle
백지 よろいぐさ 鎧草 angelica 
백합 ゆり 百合 lily
뱀딸기 へびいちご 蛇苺 Indian strawberry
뱀무 だいこんそう 大根草 (英名なし) 
버들 やなぎ 柳 willow
벅 ゆうがお 夕顔 bottle gourd 
번행초 つるな 蔓菜 New Zealand spinach 
벌노랑이 みやこぐさ 都草 bird's foot trefoil 
벌레잡이제비꽃 むしとりすみれ 虫取り菫 butterwort 
범부채  ひおうぎ 檜扇 blackberry lily
범의 귀 ゆきのした 雪の下 saxifrage/mother-of-thousands/strawberry-stone-break
벚나무 さくら 桜  cherry tree
베고니아 ベゴニア begonia
베르가모트 ベルガモット bergamot 
벨라도나 ベラドンナ belladonna/deadly nightshade 
벼 いね 稲 rice plant
벼룩나무 のみのふすま 蚤の衾 (英名なし) 
벽오동 あおぎり 青桐/梧桐 chinese bottle tree 
별꽃 はこべ 繁縷 chickweed
보리 おおむぎ 大麦 barley
보리수 ぼだいじゅ 菩提樹 bo tree/linden tree 
보리수나무 あきぐみ 秋茱萸 autumn olive 
복분자딸기 とっくりいちご 徳利莓 raspberry 
복수초 ふくじゅそう 福寿草 amur adonis
복숭아  もも 桃 peach
봉선화/봉숭아 ほうせんか 鳳仙花 garden balsam/touch-me-not
부겐빌레아 ブーゲンビリア bougainvillea
부들 がま 蒲 bulrush /cat-tail 
부용 ふよう 芙蓉 cotton rose
부처꽃 みぞはぎ 溝萩/禊萩 purple loosestrife 
부추 にら 韮 garlic chives 
분꽃 おしろいばな 白粉花 four-o'clock/marvel-of-Peru
불두화 おおでまり 大手毬 japanese snowball 
불수감나무 ぶしゅかん 仏手柑 buddha's hand 
붉나무 ぬるで 白膠木 sumac
붉은토끼풀 あかつめくさ 赤つめくさ red clover 
붓순나무 しきみ 樒 Japanese star anise
브로콜리 ブロッコリー broccoli 
비름나물 ひゆ amaranth/pig weed 
비비추 いわぎぼうし 岩擬宝珠 (英名なし) 
비수리 めどはぎ 蓍萩 (英名なし) 
비자나무 かや 榧 Japanese torreya 
비쭈기나무 さかき 榊 sakaki tree/japanese cleyera
비파 びわ 枇杷 loquat
뽀리뱅이 こおにたびらこ 子鬼田平子 japanese nipplewort 
뽕나무 くわ 桑 mulbery tree
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by nishinayuu | 2012-10-14 10:36 | 覚え書き | Trackback | Comments(0)

『人間はどこまで動物か』(日高敏隆著、新潮社)


c0077412_10264486.jpg生物学者によるエッセイ集。新潮社の『波』に〈猫の目草〉と題して連載した40編の作品が収録されている。ほとんどが生物に関するエッセイなのは当然だが、中には「年賀状とY2K」、「十八歳」「大学って何?」「紅葉と言語と」などのように生物とは直接関係のない話も少し入っていて、「生物についてのエッセイ集」ではなく「生物学者によるエッセイ集」なのだ、と納得する。
生物の世界を楽しく勉強するにはうってつけの本で、特に忘れるともったいないと思った話を以下に書きとめておく。
○山のチョウのオナガアゲハは里のチョウのクロアゲハとよく似ているが、触ると頭の後ろからにゅっとでる臭角が、クロアゲハの幼虫では赤、オナガアゲハの幼虫では黄色である。
○カやユスリカといった双翅類の「群飛」(いわゆる蚊柱)は、さし出ている木の枝とか家の軒先とか、何か目立ったものを目印にして、まずオスが集まってきて形成される。そしてオスたちが仲間の姿を見ながら、仲間から離れないように飛んでいると、その羽音や集団の姿を目印にしてメスが飛びこんでくる。するとオスがいっせいに飛びかかり、うまくメスに接触できたオスは、メスといっしょに地面に落ちて交尾する。双翅類は水たまりとか草の根元とかのばらばらの場所で育つので、成虫になったオスとメスが出合うのは大変なことなのだが、彼らは群飛によって出合いの確率を高めているのだ。
○熱帯地方ではホタルが大量同時点滅をする。こういうホタルは特定の木に多数集まり、発光の周期を合わせて点滅する。日本のゲンジボタルもそれに近いことをするが、それはいわゆる蚊柱と同じ機能を持つ。
○世界中にホタルは2000種類ほど、そのうち日本には約50種類いるとされる。それらは幼虫が陸上に棲み、カタツムリなどの陸上の貝や虫を食べて育つ。ヨーロッパのホタルもそうだし、名古屋城のヒメボタルもそうである。そんな中で、日本のゲンジボタルとヘイケボタルだけは、幼虫が水の中に棲み、水中の貝を食べて育つ。だから、ホタルこい、ホタルこい、こっちの水は甘いぞ、という歌は、日本のゲンジボタルとヘイケボタルにしかあてはまらない。
○イヌとネコは同じ食肉類のけものであり、ウシのような草食性の有蹄類と比べたら、互いによく似ている。ただし、イヌはいろいろ人間の役に立つようなことをするので、知能の点ではイヌの方が進んでいるように見える。しかし人は「イヌはどこまでネコか?」という問を発することはない。それは人が無意識のうちに、イヌとネコは全く違う動物であることを知っているからだ。この違いは同じスケールの上での「どこまで」という違いではなくて、いうなればベクトルないしパターンの違いである。イヌはイヌなりの、ネコはネコなりのやりかたで生き、それぞれ子孫を残してきた。同じスケールの上で、どれがどこまで、という問題ではない。「ゾウはどこまでライオンか?」という問は存在しえないのである。そしてそのことはだれでも無意識のうちに知っている。
それなのに人はなぜ、「人間はどこまで動物か?」と問い続けるのだろう?そこには常に一本のスケールの上での到達度を問題にしようとする近代の発想の呪縛があるようにしか思えない。(2012.8.19読了)
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by nishinayuu | 2012-10-11 10:27 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『スターバト・マーテル』(ティツィアーノ・スカルパ著、中山エツコ訳、河出書房新社)


c0077412_9463680.jpg『Stabat Mater』(Tiziano Scarpa)
「お母様、真夜中です。わたしは床を抜け出し、ここへ来てお便りを書いています。」という文で始まるこの物語は、18世紀ヴェネツィアの養育院という特殊な環境に置かれた少女の苦悩と憧れを浮き彫りにする。語り手のチェチリアは16年前に自分を養育院に捨てたと思われる母に問いかける。どうして自分を捨てたのか、そもそもどういう事情で自分を生んだのか、今生きているのか、生きているとしたらどこにいるのか、いつか会いに来てくれるのか……。母に宛てた読みてのいない手紙に、彼女は養育院での日々を綴っていく。仲間の少女たちのこと、世話をしてくれるシスターたちのこと、選ばれて音楽教育を受けていること、指導するのは年老いた神父で、彼が作る楽曲は当人と同じように干からびていること。あるいはまた、礼拝のときは会衆から見えない柵の陰で演奏していること、ときたま外に出て演奏するときは出かけるときから帰ってくるまでずっと仮面をかぶっていることなども。世間から隔絶された養育院という柩、音楽という柩の中に横たわっているかのような日々の中で、彼女は「蛇頭」(死)と言葉を交わすことによって死の誘惑を退ける術を身につける。
やがて老神父が亡くなり、後釜として赤毛のアントニオ神父がやってくる。彼はたちまちチェチリアの才能を見抜き、その才能を愛し、彼女のためにヴァイオリンのためのソナタまで作る。しかし彼が彼女に望んだのは、彼女が囚われの身のままでいること、彼の曲の演奏にその身を捧げることであって、彼女が一人の人間として生きることではなかった。

『四季』の作曲や演奏に関するエピソードが盛り込まれていることから明らかなように、アントニオ神父のモデルはアントニオ・ヴィヴァルディである。したがって養育院のモデルはヴィヴァルディが関わりを持っていたピエタ養育院ということになる。この作品では「赤毛の司祭」アントニオが、チェチリアの成長に大きな影響を与える役割を与えられて大活躍するし、楽器の演奏法やら様々な楽曲についてのエピソードもちりばめられているが、それらはいずれも脇役もしくは背景であって、主役はあくまでもチェチリアである。
巻末に「著者ノート」というものがついている。それによるとこの作品を書くきっかけとなった事柄が二つあり、一つは子どもの頃初めてプレゼントされた33回転レコードがヴィヴァルディの「四季」だったこと、もう一つは著者が1960年代に生を受けたヴェネツィア市立病院の産科がかつてのピエタ養育院の中にあったことだという。また著者は、「この作品は年代上の錯誤に充ち満ちており、各所に重大な事実の捏造が散りばめられている。ヴィヴァルディの研究者、賛美者に寛大なお許しを乞う」とも述べている。本の内容を何でもかんでも信じてしまう「素直な人たち」への警告であろう。(2012.8.16読了)
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by nishinayuu | 2012-10-08 09:46 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『カレーソーセージをめぐるレーナの物語』(ウーヴェ・ティム著、浅井晶子訳、河出書房新社)


c0077412_16321498.jpg『Die Entdeckung der Currywurst』(Uwe Timm)
狂気と恐怖の支配した時代に、人生の輝きを求めてたくましく生きた一人の女性の物語であり、彼女と様々な形で関わりながら同じ時代を生きた大勢の人びとの物語である。
カレーソーセージとは「ベルリン、ハンブルクなど北ドイツ地方の庶民の味の代表で、普通は道端の立ち食い屋台で買う。200円くらいの安価な食べ物で、日本で言えばさしずめタコ焼きといったところ」なのだそうだ。カレーソーセージの発祥の地は50年代後半のベルリンで、肉団子やハンバーグと同様に同時多発的に大勢の人によって作られたもの、というのが「通」のあいだでは定説になっているという。しかし語り手は、この食べ物が誕生したのは40年代半ば頃のハンブルクで、しかもブリュッカー夫人というれっきとした考案者がいる、と主張する。
語り手にはそう主張する根拠があった。子どもの頃よく訪ねたハンブルクのブリューダー通りに住む伯母の家でカレーソーセージの効用を語っていたブリュッカー夫人、大人になってからハンブルクを訪れる度に立ち寄ったグロースノイマルクトでカレーソーセージの屋台をやっていたブリュッカー夫人を知っていたからだ。語り手は自説を検証し始める。
ブリュッカー夫人の屋台で最後にカレーソーセージを食べてから12年以上も経っていた。ブリューダー通りに行ってみるとアパートは改装されており、彼女の表札はもう無かったし、彼女のその後を知る人もいなかった。けれども語り手は彼女と再会することができた。住民局で彼女の居場所を突き止めたのだ。市立の老人ホームの243号室で、彼女は語り手を待っていた。豊かな金髪は貧弱な白髪になり、目も見えなくなっていた。けれども彼女は語り手のことをよく覚えていた。そして語り手に問われるままに、カレーソーセージ誕生に至る偶然や必然の出来事を語り始める。手探りで器用にセーターを編みながら。しかも色とりどりの毛糸で素晴らしい風景を編み込みながら。
始まりは1945年4月29日、日曜日。ヒトラーが政治的遺言を口述筆記させた日、イギリス軍がアルトレンブルクでエルベ川を渡った日である。ハンブルクは要塞として最後の一人になるまで守り抜かねばならないとされていて、ついに最後の最後の部隊が前線に投入されることになった。急遽その部隊に配置された海軍一等兵層のブレーマーはその日、ハンブルクにやってきた。しかし彼は部隊に出頭しなかった。空襲警報が鳴ったとき、たまたま近くにいたレーナ・ブリュッカーに導かれるままに防空室に逃げ込み、警報が解除されたあと彼女をアパートに送っていって、そのまま彼女の部屋に止まったのだ。24歳の脱走兵ブレーマーと、40をとうに過ぎた食料品庁の従業員レーナの同棲生活が始まる。 (2012.8.10読了)
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by nishinayuu | 2012-10-05 16:32 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『ビールの最初の一口とその他のささやかな楽しみ』(フィリップ・ドレルム著、高橋啓訳、早川書房)


c0077412_10192862.jpg『La Première Gorgée de Bière』(Philippe Delerm)
本書は日常生活の中で見言い出される至福の時を描いた34の小品から成っている。フランスの香と色彩にあふれる随筆集で、「清少納言とマルセル・プルーストの中間に位置し……」(オブセルヴァトワール)という評があるのもうなずける。各作品に添えられたカット(真鍋博)も洒落ている。
『日曜の朝のケーキの箱』『エンドウの莢むきを手伝う』『歩道のクロワッサン』『朝食の新聞』などからは、よき家庭人である男性の姿が浮かびあがる。
『ポケットの中のナイフ』『ダイナモの音』『桑の実を摘む』『夜の高速道路』『ツール・ド・フランス』『車の中でニュースを知る』『初心者のペタンク』などからは一人の時間、一人の思いを楽しんでいるときの男性の姿が浮かび上がる。
『ビールの最初の一口』『浜辺の読書』『日曜の夜』『秋のセーター』『モンパルナス駅の動く歩道』『映画』『ガラス玉』『アガサクリスティーの小説』『万華鏡をのぞき込む』などからは理屈をこねるのが好きそうな男性の顔が見えてくる。
さらに『ポルトにする』『エスパドリーユを濡らす』『アーケードの下のひらひら』『二つの自転車』などのように、フランス色が強すぎてあまりピンと来ない作品もある。ただ、たとえば『二つの自転車』の次のような文章を読むと、なんとなくわかったような気にさせられて、充分に楽しめるのだ。

「意味は同じ自転車でも、ヴェロとビシクレットは正反対だ。薄紫の蛍光色で流れるようなシルエットを描いて時速60キロで飛ばすのがヴェロ。二人の女子学生がブリュージュあたりの橋の上を並んで渡っていくのがビシクレット。(中略)ビシクレット派として生まれるか、ヴェロ派として生まれるか、それはほとんど政治問題だ。だが、こと愛することに関しては、ヴェロ派は断念せざるをえないだろう――なぜなら、人はビシクレットにしか惚れることができないから。」
(2012.8.8読了)
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by nishinayuu | 2012-10-02 10:19 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)