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<   2012年 09月 ( 10 )   > この月の画像一覧

ㅁで始まる植物の名前

c0077412_9575687.jpg植物の名前を韓国語を見出し語にして並べました。
韓国語名、和名、英語名の順になっています。
(英名なし)の表記があるものは英語名がないことが明らかなもので、英語名があるかないか確認できていないものは空欄にしてあります。


마 ながいも 長芋 Chinese yam 
마가목 ななかまど 七竈 mountain ash 
마거리트 マーガレット marguerite
마늘 にんにく 大蒜 garlic
마로니에 マロニエ horse chestnut 
마르멜로 マルメロ marmelo/quince 
마미조→모자빈
마삭줄 ていかかずら 定家葛 Japanese star jasmine/Asian jasmine 
마시룸 マッシュルーム white mushroom 
마취목 あせび/あしび 馬酔木 ashibi /andromeda 
마편초 ばべんそう 馬鞭草 vervain
만고스틴 マンゴスチン mangosteen 
만다라화 まんだらげ 曼荼羅華 mandrake 
말즘 えびも 蝦藻 
망고 マンゴー mango 
망초 ひめむかしよもぎ 姫昔蓬 horse weed
망태버섯 あみがさたけ 編笠茸 
매듭풀 やはずそう 矢筈草 common lespedza 
매리골드 マリーゴールド marigold
매발톱꽃 おだまき 苧環 columbine
매자기 うきやがら 浮矢幹 (英名なし) 
매화나무 うめ 梅 ume /Japanese apricot/plum mumeo
맨드라미 けいとう 鶏頭 cockscomb
맹종죽 もうそうちく 孟宗竹 madake/moso-bamboo 
머루 やまぶどう 山葡萄 crimson glory vine 
머스캣 マスカット muscat 
머위 ふき 蕗 butterbur  
먼나무 くろがねもち 黒鉄黐 winter berry 
멀구슬나무 せんだん 栴檀 beads tree/China berry 
메귀리 からすむぎ 烏麦 wild oat 
메밀 そば 蕎麦 buckwheat
멜론 メロン melon
며느리밑씻개 ままこのしりぬぐい 継子の尻拭い(英名なし)
며느리밥풀 ままこな 継子菜
며느리배꼽 いしみかわ 石見川/石美皮 mile-aminute weed 
멸가치 のぶき 野蕗(英名なし) 
명아주/는쟁이 あかざ 莱 akaza 
명자나무 ぼけ 木瓜 flowering quince 
모과 かりん 花梨 Chinese quince
모란 ぼたん 牡丹 peony
모란채 はぼたん 葉牡丹 ornamental kale
모자빈/마미조 ほんだわら 馬尾藻 gulfweed
목련 もくれん 木蓮 magnolia 
목련 こぶし 辛夷 magnolia kobus
목소 もくせい 木犀 sweet osmanthus/fragrant olive 
목화 わた 綿 cotton 
몬스테라 モンステラ monstera
무 だいこん 大根 
무궁화 むくげ 木槿 rose of Sharon/althea
무스카리 ムスカリ muscari
무화과 いちじく 無花果 fig tree
무환자나무 むくろじ 無患子 soapnut-tree/soap berry/ritha tree 
문주란 はまゆう 浜木綿 crinum lily
물레나물 ともえそう 巴草 Great St. John's wort 
물봉선화 つりふねそう 釣船草 patience plant/balsam/touch me not 
물옥잠 みずあおい 水葵 mizu-aoi 
물이끼 みずごけ 水苔 prairie sphagnum 
물푸레나무 とねりこ 梣 Japanese ash 
미국자리공/장녹 やまごぼう 山牛蒡(別名 アメリカ山牛蒡) ink berry 
미나리냉이 こんろんそう
미나리아재비 きんぽうげ 金鳳花 Japanese buttercup 
미루나무 ポプラ poplar 
미모사 ミモザ(おじぎそう) お辞儀草/含羞草 mimosa/shame plant 
미선나무 うちわのき 団扇の木 white forsythia 
미역 わかめ 若布 wakame
미역취 ミヤマアキノキリンソウ 深山秋の麒麟草(英名なし) 
민들레 たんぽぽ 蒲公英 dandelion 
밀 こむぎ 小麦 wheat 
밀나물 しおで 牛尾菜(英名なし)
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by nishinayuu | 2012-09-29 15:05 | 覚え書き | Trackback | Comments(1)

『ボルドーの義兄』(多和田葉子著、講談社)


c0077412_10155171.png久しぶりに手にした多和田葉子の本。これまで読んできたこの人の作品は、圧倒的魅力で迫ってくるものと、どうしても入り込めなくて違和感ばかり残るものにはっきり分かれる。前者は『容疑者の夜行列車』『ゴットハルト鉄道』などで、後者は『犬婿入り』『球形時間』など。だから、新しい作品が目に止まってもすぐに飛びつくのはためらわれるのだが、この作品は読み始めてすぐ前者だとわかった。「言語の不思議なチカラ」と「文学の美しいタクラミ」が全編に漲り、脈打っている作品である。
ストーリーはといえば――ハンブルグで学生生活を送る優奈にはレネという年上の友人がいる。そのレネの勧めで優奈は夏の間、レネの「義兄」モーリスの家を借りることになる。そこで優奈はハンブルグ駅で列車に乗り込み、モーリスが駅で出迎えてくれることになっているボルドーに向かう――とまとめることができるだろう。
ただ、この作品の眼目はストーリーそのものではなく、全体がたくさんの断章で構成されていて、その断章一つ一つが味わい深いことばや詩のような文章で綴られていることだろう。それまでの優奈の人生で起こった出来事やそのとき抱いた思い、現在進行中の出来事や思い、などを時間の流れに関係なく綴るこれらの断章には、その断章のテーマとなる一つの漢字が鏡文字で示されている。いくつか例を挙げておく。

「仏(の鏡文字)」――フランス人の書いた本を持たずには電車にさえ乗りたくないというほどなのに、フランス語を習いたくないのはなぜなのかについて、優奈はハンブルグでは考えたことがなかった。ブリュッセル駅で、これまで姿を見せたことのないこの問がふいに優奈の目の前に現れた。ブリュッセルは目的地ではなく、途中で出てくる疑問のようなものだった。ブリュッセルで人は列車を乗り換え、自分自身を問い直すのだ。
「妊(の鏡文字)」――(優奈の友だちの)ヒルデと哲学教授は一人の子どもを共同製作し、その子は女の子としてこの世に生まれ、オリヴィアという名前をもらった。父と母では、この名前を選んだ理由が全く違っていた。だから本当は混乱しないように、オリヴィア・オリヴィアという二重の名前にした方がよかったのだ。
「貌(の鏡文字)」――優奈はソファーに腰を下ろし、ちょうど本を読んでいてページをめくった直後のように、まなざしをあらためて、あたりをみまわした。ランプもソファーも壁の絵も、さっきとは違って見えた。新しい住人に気に入られようとして、家が少しずつ変貌していく。優奈は息をつめてその変貌を見ていた。
(2012.8.4読了)
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by nishinayuu | 2012-09-26 10:16 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ヴェネツィアふたり暮らし』(マリーナ・デ・ブラージ著、小梨直訳、河出書房新社)


c0077412_957376.jpg『A Thousand Days in Venice』(Marlena de Blasi)
ふたりのうちの一人は料理人として、また雑誌記者としてフランスやイタリアを旅してきた米国女性。女手一つで育てた二人の子どもはすでに独立している。もう一人はヴェネツイアで生まれ育った銀行員の男性。ある日、ふと見かけた彼女の横顔に一目惚れして、まるでストーカーのように彼女につきまとい、ついには彼女のあとを追って、生まれて初めての飛行機でアメリカまで飛んでしまう。「人生の大半を寝て過ごしてしまった。気づいたんだ、時間は限られているって。そういう意味で人生は(銀行の)口座と同じ」だと。女性の方も、ひたすら走り続けてきた人生を振り返り、もう一度全く新しい生活を始めてみよう、と思うようになる。こうして若くはないふたりがそれぞれ気持ちを新たにして、ヴェネツィアふたり暮らしに踏み出す。
ことばの問題、価値・判断基準の違い、生活テンポの違いなどなど、様々な困難にぶつかるが、愛情と大人の智恵と潤沢な生活資金があれば、乗り越えられないものはない。毎日がまるでお祭りのように華やかに過ぎていくのだ。結婚して2年経ったクリスマスには、ふたりは次のような境地に達している。

彼がいなかったときの生活を思い出そうとするが、まるで見たはずの映画を思い出そうとしているようで、本当に見たのか、そんなときがあったのか判然としない。もっと若いころに知り合えればよかったと思う?そう聞くと、若いときには、きっときみを見つけられなかったよ、と彼は答える。それに、若いときの方が自分は歳寄りだった、とも。「わたしもそんな気がするわ」いいながら、わたしもいまよりはるかに歳老いていた頃の自分を、思い出している。

ことばの問題は、男性は英語が怪しく、女性はイタリア語が怪しいことから生じる。本書でははじめのうち、女性が相手のことばや周囲の言葉が聞き取れない場面で、聞き取れない言葉がイタリア語のカタカナ表記で示されていることが多い。訳者が大いに工夫した点だとは思うが、読者としてはこのカタカナ表記が実に煩わしい。たとえばこんな具合。

1.彼はラ・ミーア・アドレセンツァ・エ・スタータ・ヴェラメンテ・トリステ・エ・デューラ、思春期の頃は本当に……と語りかけてくる。
2.「スィ、クエスタ・エ・ア・ミーア・ファッチァ」彼はささやく。「そう、この顔だ。」

いずれも後半の「思春期の頃は本当に……」や「そう、この顔だ」だけで充分ではないだろうか。イタリア語の勉強になっておもしろい、と言えなくもないが。途中からこうしたカタカナ表記はだいぶ減って読みやすくなり、ふたりがエスペラント風のことばでしゃべっていたという言及で処理されている。(2012.7.31読了)
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by nishinayuu | 2012-09-23 09:57 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『きみはポラリス』(三浦しをん著、新潮社)


c0077412_9553431.jpg2005年から2007年にかけて小説新潮などに掲載された「恋愛をテーマにした短編」11編を収めた一冊。巻末に初出・収録一覧があるが、そこに「お題」とか「自分お題」という表記がある。著者によると、「お題」はテーマが依頼者から予め提示されたもの、「自分お題」は自分で勝手にテーマを設定したものだそうだ。この「お題」や「自分お題」を知らずに読むのと知ってから読むのとでは、作品の印象が違うかも知れない。
内容はボーイズラブ、ガールズラブ、三角関係、だらだらとした関係、怪しい関係、ほのぼのとした関係など様々。禁忌や犯罪と言えるものもあって、長編で読むのはちょっとつらいかもしれないが、そこが短編のよさで、さらっと読めてしまう。そんな中で印象に残った作品は以下の4編。

『骨片』――「あの頃の宝物」という「お題」の作品。老舗の和菓子屋の娘を語り手にした、古風でしっとりした雰囲気の作品。大学文学部の先生との会話も、いつの時代?というくらい風雅というか背筋がむずむずするというか。語り手の祖母は、自分の健康を気遣うあまり、寝床に横たわったまま5人の子を産み、家事も育児もせずに歳を重ね、老齢になっても旺盛な食欲を見せ、寝床の中からあれこれ指図して一族に君臨している。この人物像は凄すぎる。
『ペーパークラフト』――「三角関係」という「自分お題」の作品。ママ友がいない子育て中の女性。その夫。夫の高校時代の後輩。ペーパークラフトを仕事にしているこの後輩の男がくせ者。
『森を歩く』――「結婚して私は貧乏になった」という「お題」の作品。11編の中で最も爽やかで好感の持てる作品。貧乏といっても「赤貧洗うが如し」ではなく、稼ぎのない同居人ができたというだけのこと。なんだか「森を歩きたくなる」お話である。
『冬の一等星』――「年齢差」という「自分お題」の作品。車の後部座席でまどろみながら夢を見るのが好きな8歳の少女・映子。急用で大阪に行かねばならなかった文蔵(こんな名前ですが20代半ばの青年だそうです)が、映子に気づかないまま車を出してしまったため、映子は文蔵に誘拐された形になって大阪まで行ってしまう。そして大阪に着いたときに見上げた冬の空には、無数の星が散らばっていた。(2012.7.28読了)
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by nishinayuu | 2012-09-20 09:55 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

『クラリモンド』その2(テオフィル・ゴーティエ著、岡本綺堂訳、青空文庫)

c0077412_956275.jpg『La Morte Amoureuse』(Théophile Gautier)
☆同じ青空文庫に別の訳者による『クラリモンド』があったので読んでみました。
☆今回の画像はエミール・ガレ作のランプで、ゴーティエがガレに捧げた詩「燕たちのひそひそ話」が描かれています。

芥川龍之介の訳は文字遣いも文体も独特で決して読みやすくはないが、陰鬱さと怪しいきらめきに満ちたこの作品の世界に引き込む力強さがある。一方、岡本綺堂の訳は非常に滑らかで美しく、ひっかかるところがほとんどないためすらすらと読めてしまい、物足りなさが残る。芥川は1892年の生まれで、岡本は1872年の生まれ。岡本のほうが20年も先に生まれているのに、文体は芥川よりずっと若かったということになるが、この作品の訳としては芥川訳に軍配を上げたい。因みにゴーティエは1811年の生まれである。
さて、善し悪しや好き嫌いは別にして、芥川訳と岡本訳の特に目につく違いを挙げてみる。左が芥川訳、右が岡本訳である。
○語り手の自称……「わし」/「わたし」
○聞き手の存在……若い相手に「君」と呼びかけて語っている/語り手の独白である
○文末の形……だ、である体/です、ます体
○僧院長の語り手に対する呼称……ロミュアルよ、など/ロミュオー君、ロミュオー卿など
○語り手を迎えに来る男……扈従/召仕(ページ)
○街で見かける若者……遊冶郎/姿のいい青年
○サルダナパルスへの言及……あり/なし
○赴任先と住まい……寺院の牧師館/教会の司祭館
○クラリモンドの饗宴の譬喩……ベルサガアルとクレオパトラの/バルタザールとクレオパトラの
○僧院長が語るクラリモンドの正体……何でも女性の夜叉だという噂ぢゃ。が、わしは確かにビイルゼバッブだと信じてゐるて/世間ではあの女のことを発塚鬼(ゲール)だとか、女の吸血鬼(ヴァンパイヤ)だとか言っているようですが、わたしはやはり悪魔であると思っています
○疾走する馬の譬喩……西風の神の胎をうけた牝馬が生んだと云ふ西班牙馬に相違ない。何故と云へば彼等は風のやうに疾いからである。/西風によって牝馬から生まれたスペインの麝香猫(じゃこうねこ)にちがいないとおもうくらいに、風のように疾く走りました。……(表紙に豹が描かれている版がある)
なお、芥川訳ではサルダナパルス、ビイルゼバッブ、ベルサガアルなどの名称についての説明はいっさいない。(2012.7.23読了)
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by nishinayuu | 2012-09-17 09:56 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

ㄹで始まる植物の名前

c0077412_9524790.jpg植物の名前を韓国語を見出し語にして並べました。
韓国語名、和名、英語名の順になっています。
(英名なし)の表記があるものは英語名がないことが明らかなもので、英語名があるかないか確認できていないものは空欄にしてあります。


라벤더 ラベンダー lavender
라일락  ライラック lilac
라피아야자 ラフィアやし ラフィア椰子 raffia palm
레몬 レモン lemon
레터스/양상치 レタス lettuce  
로벨리아 ロベリア edging lobelia 
로즈메리 ローズマリー rosemary 
루드베키아 ルドベキア corn flower 
루피너스 ルピナス lupine
리기다소나무 リギダマツ(アメリカミツバマツ) リギダ松 pich pine 
린덴바움 リンデンバウム(Lindenbaum) lime/linden
릴라 リラ → 라일락
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by nishinayuu | 2012-09-14 09:53 | 覚え書き | Trackback | Comments(1)

『クラリモンド』(テオフィル・ゴーチェ著、芥川龍之介訳、青空文庫)

c0077412_20254975.jpg『La Morte Amoureuse』(Théophile Gautier)
☆画像はダンス・ミュージカル公演のものです。
☆青空文庫の‘底本の親本’は『クレオパトラの一夜』(新潮社)だそうです。

24歳までひたすら神に仕えるために学んできた青年・ロミュアル。一人前の僧となる最後の関門である僧位授与式に臨もうとしたとき、ふと目を上げるとこの世のものとは思われない美しい女性が目に止まる。それまで女性というものを知る機会がなく、そんな機会を得ようと考えたこともなかったロミュアルだったが、一瞬にしてこの女性・クラリモンドの魅力(魔力)の虜になってしまう。激しい恋に身を任せるか、神に仕える僧侶として生きるか、ロミュアルは悩み苦しむ。ロミュアルに降りかかった苦難を見て取った師のセラピオンは、ロミュアルを救うために遠地の牧師館に彼を派遣するのだが、ある日クラリモンドの使いの者が彼を迎えに来る。こうしてロミュアルの、昼は神に仕える敬虔な僧侶、夜はヴェニスの宮殿に住む青年貴族、という二重生活が始まる。彼は、ある時は自分を貴族になった夢を見る僧侶だと思い、またあるときは自分を僧侶になった夢を見ている貴族だと思ったりする。そんなある日、クラリモンドのために果物を剥いていたロミュアルは、果物ナイフで指を傷つけてしまう。すると精気のなかったクラリモンドがいきなり、目を怪しく光らせてロミュアルに飛びつき、彼の指の血を吸ったのだ。

要するにクラリモンドは吸血鬼だったのだが、この訳本にはどこにも吸血鬼ということばはなく、「女性の夜叉」あるいは「ビイルゼバッブ」と表現されている。ビイルゼバッブ(Beelzebub)はヘブライ語で「ハエの王」の意。旧約聖書に出てくるペリシテ人の町エクロンの神バアル・ゼブルと同一とされるが、悪霊の君主の意もある。他にも「阿容々々」、「ベルサガアルとクレオパトラの饗宴」など、あまり見かけないことばや人名が頻出し、教養が試されているような気がしてくる。それはまあいいとして、語り手が自分のことを「わし」といい、この「わし」を必要以上に連発するので、笑うべきではないところで笑えてしまうのは困る。たとえばこんな具合。
「わしの話は、妙な怖しい話で、わしもとつて六十六になるが、今でさへ成る可く、其記憶の灰を掻き廻さないやうにしてゐるのだ。君には、わしは何一つ分隔てをしないが、話が話だけに、わしより経験の浅い人に話しをするのは、実はどうかとも思つてゐる。何しろわしの話の顛末は、余り不思議なので、わしが其事件に現在関係してゐたとは自分ながらわしにも殆ど信じる事が出来ぬ。」
全体としてはまあ読みやすい訳ではあるが、「橙色がかった真紅の天鵞絨」とか、つっこみどころ満載の訳でもある。(2012.7.22読了)
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by nishinayuu | 2012-09-11 20:26 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『金色の玄関に』(タチヤーナ・トルスタヤ著、沼野充義・沼野恭子訳、白水社)


c0077412_8551551.jpg翻訳者の名前で手にとった本。ロシア生まれで現在は米国に住む著者の第一著作集で、13編の短編が収められている。
いずれの作品も特異というか斬新というか、非常に代わった文体で、テーマも焦点もはっきりしない極彩色の細密画を前にしているような気分にさせられる。数編読み進んだところで、これはいったい何だ、と思って「訳者あとがき」を見たら、作品の特徴が次のように整理されていた。「直喩や隠喩が多用され、しかも異様に拡張される」「さまざまな声や異なったレベルの話法が渾然一体と解け合っている」「文学的引用がいたるところに仕掛けられている」。すなわち、この作品は「何」が書かれているかよりも「いかに」書かれているかが命となっている作品なので、「読みづらい箇所を読み飛ばさずに一語一語をパズルでも解くように読み進んでいくと、精巧なクリスタルグラスを組み合わせて作った宮殿のようなトルスタヤの世界が、その壮麗な姿をきっと見せてくれるはずだ」というのだ。こんな親切な「訳者あとがき」は滅多にない。
極彩色の細密画を前にしているような気分、というのは間違いではなかったようだが、流し読みしたのがまずかったとわかったので、訳者の教示にしたがってゆっくり読み進めていくと、しだいに作品世界に入り込めるようになった。ただし、これは後半の作品ほどストーリー性が強まっていっているせいかもしれない。読み終わって特に印象に残っている作品を上げておく。
『オッケルヴィル川』――大好きな歌手ワシーリエヴナのレコードを聞きながらシメオーノフは、想像のなかでオッケルヴィル川のほとりに高い灰色の家を建て、そこに彼女を住まわせ、石畳みの道を歩かせる。しかし、彼女がまだ生きているという情報を得たとき、「オッケルヴィル川は毒々しい緑に輝きだし、生きている老婆の呼吸に毒されてしまった」。翼の生えた女神をそのまま心に抱いていたほうがよい、という心の声に逆らってワシーリエヴナの家に行ってみると、そこには取り巻きたちに囲まれてげらげら笑っている巨体の彼女がいた。
『鳥に会ったとき』――シーリンは死の鳥で、それを追い払う力があるのはカエルのお守りの指輪だけ。アルコノストはスイレンの葉に卵を産む薔薇色の鳥。その卵を見つけた人は一生世を憂えることになる。ペーチャにそんな不思議な話をしてくれるタミーラ。そんな話に魅せられているペーチャのこともタミーラのことも小馬鹿にしているボーリャおじさん。シーリンがおじいちゃんを絞め殺したとき、ペーチャがタミーラのところに飛んでいくと、カエルのお守りの指輪が床に転がっていて、タミーラのベッドにはボーリンおじさんがいた。
『奇術師』――高層アパートの高級感の漂う部屋、心地よい音楽、魅力的な会話で人びとを魅了するフィーリン。そんな彼の家に招待されるのを無上の名誉と感じているガーリャと夫のユーラ。「フィーリンの宮殿の上に広がる夕べの空は、褐色と紫色の光と戯れる、本当のモスクワの、芝居かコンサートのような空だ。それに引きかえガーリャたちの住む、郊外の環状道路の辺りでは……」。ナディア・コマネチへの言及もある現代の話。
『ペテルです』――子どもの時「ペテルです」と自己紹介をしたら回りの大人たちが喜んだのがもとで、「ペテルです」というのが名前のようになった男の物語。なんの取り柄もなく、誰からもまともに相手にされないままに大きくなり、それでもなぜか結婚はした。しかしその女が家を出て行ったとき、ペテルですはそっと目を開けて起き上がる。「年老いたペテルですが窓枠を押すと何千という黄色い鳥たちがぱっと飛び立ち、(中略)望むものも惜しむものも何ひとつないペテルですは、人生に感謝をこめてほほえみかけるのだった。かたわらを走りすぎる人生、冷たく、恩知らずで、人をだましたりあざ笑ったりする人生、意味のない、他人の人生――それでいてすばらしい、すばらしい、すばらしい人生に。」(2012.7.19読了)
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by nishinayuu | 2012-09-08 08:56 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

『The Venetian Betrayal』(Steve Berry、Ballantine Books)

c0077412_18202336.jpgアレクサンダー大王にまつわる言い伝えをもとに展開する、野望を抱く者とそれを阻止しようとする側の攻防を描いたエンターテインメント。コペンハーゲン、アムステルダム、ハーグ、ハンブルク、ヴェネツィア、サマルカンド、と舞台はめまぐるしく移るが、各章の冒頭に場所が記されているので混乱することはない。時間に関しては、これも各章の冒頭に記してはあるが、話が前後したり同時進行したりする関係と、多分ヨーロッパとサマルカンドの時差の関係で、気をつけていてもわけがわからなくなってくる。ただ、同じ場所の場合はきちんと時間の流れにしたがって話が進んでいくので大きな混乱は起こらない。敵と味方、いい人と悪い人が比較的くっきり描き分けられているなかで、一人だけ白黒がめまぐるしく入れ替わる人物がいて、その経歴を考慮すると納得できなくもないが、話の展開のために無理やり作った人物像のようでもある。
主な登場人物は以下の通り。
コットン・マロン――もとアメリカ司法省のエージェント。ふだんは古書店をやっているが、ときどきかり出されて助っ人エージェントとなる。
カシオペア・ヴィット――マロンとともに闘うスペイン系ムスリムの若い女性。恋人の命を奪った者への復讐心に燃えている。
トルヴァルゼン――マロンの書店のオーナーで、マロンの強力な後援者。マロンのカシオペアへの気持ちも早くから察している。
イリーナ・ゾヴァスティーナ――カザフスタン共和国大統領、中央アジア連邦首相、ヴェネツィア同盟の評議員。第2のアレクサンダーを自負し、アレクサンダーの東征とは逆に、西征による世界制覇を目論む。強靱な肉体と精神を誇り、目的のためには手段を選ばない。
エンリコ・ヴィンセンティ――ヴィールス学者で製薬会社の大株主、ヴェネツィア同盟の評議員。生物兵器の開発などでゾヴァスティーナと協力関係にある。
ヴィクトル――旧東欧出身。ゾヴァスティーナの命を受け、グリーク・ファイアを自在に操ってエレファント・メダリオン探しに奔走する。
ステファニー――アメリカ司法省のエージェント。年齢のことを言われると不機嫌になる。

巻末に著者による解説がついていて、物語のキーとなる事項について、どれがフィクションでどれが事実かがきちんと記されている。読者サーヴィスなのか、読者教育なのか判然としないが、面白いので以下に記しておく。
フィクション――中央アジア連邦(ソ連崩壊後にゾヴァスティーナが6カ国をまとめて作ったもので、首都はサマルカンド)。エレファント・メダリオン(アレクサンダーの死後に作られたコインで、絵柄の騎士の衣の襞にギリシャ文字のZとHが刻まれている)。ヴェネツィア同盟。中央アジアにあるアレクサンダーの墓。AIDSを完全に直す治療薬。
事実――グリーク・ファイア(大火災を起こす仕掛け。主に船に対して使われた)。ブズカシのゲーム(ゾヴァスティーナが得意なゲーム。詰め物をした羊の皮で競う騎馬競技)。ZとHに該当するギリシャ文字(絵文字かマークのように見える)。(2012.7.14読了)


☆ブックオフで見つけて、作者も作品の傾向も知らないまま、とにかく安かったので買いました。マロン・シリーズの第3弾だということも、読み終わってから知りました。ダン・ブラウンのようなおどろおどろしくはなさそうなので、第1弾、第2弾も読んでもいいかな、と思っています。
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by nishinayuu | 2012-09-05 18:20 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『エルサレムの秋』(アブラハム・B・イェホシュア著、母袋夏生訳、河出書房新社)


c0077412_1083572.jpg『הסיפורים』(אברהם ב. יהושצ)
『HASIPURIM』(Abraham B. YEHOSHUA)
著者は1936年生まれで、イスラエル文学界を代表する作家。本書には2つの作品が収められているが、どちらも映画化・戯曲化されているという(訳者のあとがきによる)。
『詩人の絶え間なき沈黙』――舞台はテルアビブ。語り手は、かつては世間に知られた詩人だったが、筆を折って久しい。老境に入ってから予定外の息子が生まれ、その精神的・肉体的苦痛から妻は世を去る。二人の娘たちは慌てて結婚相手を見つけて家を出る。かくして語り手は男手一つで息子を育ててきたのだが、この息子がいわゆる「境界線上」の子どもだった。小学校では教室の片隅に押しやられ、体よく掃除係や用務員の助手をやらされ、17歳でやっと卒業させてもらった。卒業間際に授業で父親の詩が取り上げられたことから、息子は父が詩人だったことを知って心を動かされたらしく、父親に詩を書かせようとする。自分が詩の韻律を失ってしまったことを知っている父親は、そんな息子が煩わしい。「そんなに言うなら自分で書け」と父親は、文字が書けない息子に向かって暴言を吐く。それまで父親に逆らったことがなく、几帳面で整理整頓だけは得意だった息子が、家を空けたり、父親の古いノートのページを破って捨てたりし出す。そんな息子を父親はきつく叱るが、息子はことばを紡ぎ出そうともがいていたのだった。
『エルサレムの秋』――舞台はエルサレム。秋とはいっても灼熱の夏の名残が強く漂う町で繰り広げられる三日間の物語。語り手は高校教師をしながら大学の数学の卒論に取り組んでいる青年。かつてキブツにいた時に一人の美しい女性に報われない恋をした。その女性のパートナーからとつぜん、ふたりそろって大学の入試を受けたいので、3歳の男の子を三日間だけ預かってほしい、という連絡が入る。エルサレムには語り手しか知り合いがいないからと。断っても当然の話なのに、なぜか語り手は引き受けてしまう。キブツを出てから5年、最後に彼女に会ってから3年も経っているのに、語り手は「怠惰のせいで、未だに彼女に恋心を抱いている」のだった。そしてその子ども・ヤーリが父親の手で連れてこられる。「驚愕するほど、壮快なくらい、母親にそっくり」だった。語り手は酷暑の街にヤーリを連れ出し、欲しがるものは何でも与える。動物園→アイスクリーム→プール→またアイスクリーム、そして冷たいソーダ水→ブランコ。動物園では高い塀に上って下りられなくなってもしばらく放っておいた。プールでは身体が冷え切っても水から上げてやらなかった。ブランコを大きく揺らして泣くほど恐がらせた。語り手はヤーリを可愛がっているのか、虐めているのか、自分でもわけがわからなくなっている。そしてヤーリは39度4分の高熱を出す。「どうやってこの喜びを隠そう」と語り手は思う。ヤーリが病気で死に、彼女と夫と自分が泣き崩れて抱き合う場面を想像する。そうすれば語り手の、報われなかった愛への復讐が成就するのだ。やがてヤーリは解熱剤が効いて回復するが、今度は語り手が吐き気を覚え、食欲もなくなる。三日目にヤーリを迎えに来た親たちは、語り手がげっそりやつれているのを見て驚き、「この子、あなたになんてことをしたの?」と聞くのだった。(2012.7.10読了)
☆タイトルと著者名をいちおうヘブライ文字で表記してみましたが、間違っているかも知れません。
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by nishinayuu | 2012-09-02 10:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)