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ㄷで始まる植物の名前


c0077412_100458.jpg植物の名前を韓国語を見出し語にして並べました。
韓国語名、和名、英語名の順になっています。
(英名なし)の表記があるものは英語名がないことが明らかなもので、英語名があるかないか確認できていないものは空欄にしてあります。


다래 さるなし 猿梨 tara vine 
다시마 こんぶ 昆布 kombu /kelp 
닥풀 とろろあおい 黄蜀葵 aibika/sunset hibiscus 
단풍나무 かえで 楓 maple tree acero
단풍취 もみじはぐま 紅葉白熊 (英名なし) 
달개비 つゆくさ 露草 dayflower
달걀버섯 たまごだけ 卵茸
달래 ひめにら 姫韮
달리아 ダリア dahlia
달맞이꽃 つきみそう 月見草 evening primrose 
담배 たばこ 煙草 tabaco
담쟁이덩굴 つた 蔦 Japanese ivy/Boston ivy 
당귀 とうき 当帰 Chinese angelica 
당근 にんじん 人参 carrot
당아욱 ぜにあおい 銭葵 mallow 
대극 たかとうだい 高灯台 da ji/taka-todai 
대나무 たけ 竹 bamboo
대추 なつめ 棗 jujube/Chinese date
댑까리 ほうきぐさ 箒草 belvedere/summer sypress 
더덕 つるにんじん 蔓人参 Asian bonnet bellflower 
덧나무 にわとこ 接骨木 Japanese red elder 
데이지 ひなぎく 雛菊 daisy
도꼬로마 ところ 野老 
도꼬마리 おなもみ 雄菜揉 common cocklebur 
도라지꽃 ききょう 桔梗 Chinese bellflower/balloon flower 
독활 うど 独活 udo 
돈나무 トベラ Japanese cheesewood 
돌미나리 せり 芹 Japanese parsley
돌피 いぬびえ 犬稗 bamyard grass /Cock's-foot 
동백나무 つばき 椿 camellia
동부 ささげ cowpea/cuba bean 
돼지풀/호그위드 ぶたくさ 豚草 ragweed/hogweed
둥굴레 あまどころ 甘野老 Solomon's seal 
두릅나무 たらのき 楤木 angelica/devil's walking stick/Hercule's club 
드라세나 ドラセナ dracaena
들깨 えごま 荏胡麻 perilla 
등 ふじ 藤 wisteria
등골나물 ふじばかま 藤袴 thoroughwort
등심붓꽃 にわぜきしょう 庭石菖 blue-eyed grass
딸기 いちご 苺/莓 strawberry 
때죽나무 えごのき Japanese snowbell 
떡갈나무 かしわ 柏 kashiwa oak/daimyo oak 
땅콩 らっかせい 落花生 peanut 
떡쑥 ははこぐさ 母子草 cottonweed
뚱딴지 きくいも 菊芋 Jerusalem artichoke 
띠 ちがや 茅萱 Japanese blood grass 
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by nishinayuu | 2012-08-30 15:14 | 覚え書き | Trackback | Comments(1)

『無伴奏組曲』(アラン・ジョミ著、松本百合子訳、アーティスト・ハウス)


c0077412_9455054.jpg『Heureux Comme à Monterey』(Alain Jomy)
1997年の夏、モントレイにあるホテルの前でタクシーを降りた語り手は、ホテルのエントランスで一人の老人を見かける。老人は階段の一番上に、ほとんどうずくまるように座り、じっと語り手を見つめている。語り手は男の青い目に捕らわれ、ふと、このまなざしと出会ったことがある、と思う。そしてすぐにこの老人が誰なのか、思い当たる。オフィスの机の上に置いてある写真に写っている30歳くらいの男、当時6歳だった語り手を肩車して笑っている男―カール・シュヴァルツだと。
カールは1ヶ月前にこのホテルの前で、長い間探し続けてきた妻のカミーラを見かけた。カミーラにしては若すぎるとは思ったが、とにかくカミーラそっくりのその女性にまた会うために、カールはホテルの階段に座っていたのだった。語り手はカールにドイツ語で呼びかけ、驚いているカールに自分のことを説明し、またカールからこれまでのことを聞き出す。二人が写っている写真は50年前、パリ郊外のモンモランシーで撮られたものだった。そのときカールは、チェロの恩師である語り手の祖父を訪ねてきたのだが、祖父はすでに他界していた。カールは恩師の形見のチェロでバッハの無伴奏組曲第4番の「サラバンド」を弾いた。チェロを手にしたのは3年ぶりだというカールに語り手の母(カールの恩師の娘)は形見のチェロを譲った。その後カールはプラハに移り、語り手たちは米国に渡り、互いの消息は途絶えた。それが思いがけず、遠いカリフォルニアで再会することになったのだ。
カールは、かつて芸術と自由の都市、ユダヤ人の都市だったプラハで、チェロ奏者としてキャリアを積み始めていた。そのときチェコ・フィルハーモニーのステージ・ディレクターだったベルマンの娘・カミーラと出会って愛し合った。ナチスの収容所・テレジンでも仲間の協力で愛を育み、子どもが生まれたが、そのせいでカミーラは生後3日の子どもとともにアウシュヴィッツに強制移送されてしまった。収容所から生還を果たしたカールはカミーラを探し続けた。パリからプラハへ、そしてアメリカへ。その間かつての仲間と演奏活動もしたが、今はその活動もやめて静かに暮らしていた。ところが、1ヶ月前についにカミーラを見つけたのだ。ホテルの従業員からその女性の名前と住所を聞き出して手紙を書いた。「テレジン時代の夫のカールだ。なぜルイス夫人になったのか、非難も質問もするつもりはない。ただ会いたい。そしてカミーラが愛していたバッハの無伴奏組曲第4番を弾きたい」と。それ以来カールは毎日、あの日カミーラをみかけた午後4時にホテルの階段に座り、迎えが来るのを待っているのだ。

カールとカミーラの数奇な運命と、カールと語り手の数奇な再会、という2つがほぼ同じ重みで進行していくので、感動が分散してしまうのがちょっと残念であるが、それでもなお深く心に響く物語である。バッハの無伴奏組曲第4番を改めて聴かずにいられなくなることも確実。(2012.7.7読了)
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by nishinayuu | 2012-08-27 09:46 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『たった一つの父の宝物』(アンドレイ・マキーヌ著、白井成雄訳、作品社)

c0077412_9384112.jpg『La Fille D’un Héros de L’union Soviétigue』(Andrei MAKINE)
副題に「あるロシア父娘の物語」とある。父親の名はイヴァン・ドミトリエヴィチ。17歳になったばかりの1941年の夏、ドイツ兵に襲われて燃え上がる村を抜け出し、パルチザンに加わった。赤ん坊だった弟のコルカを串刺しにして殺したドイツ兵の顔が、まだしっかりと目に焼き付いていた。その後軍隊に入って、11月には凍った塹壕から敵の戦車隊に目を据えていた。同志スターリンのためなら、手榴弾を持って戦車に飛び込むことにも意味がある、という信念があった。1942年のスターリングラード攻防戦のあと、イヴァンは「ソ連邦英雄 金の星勲章」を受賞する。「戦略上最重要方面への敵の進攻を食い止めた」という表彰のことばは、目の前で仲間が血まみれになって死んでいくという体験の前では虚しく響いた。しかし、イヴァンはその後の人生のさまざまな場面でこの勲章の恩恵を受けることになる。戦場で瀕死の状態で倒れていた彼が看護婦の目に止まったのも彼がソ連邦英雄だったからであり、戦後の社会で優先的に食料を手に入れることができたのも、彼がソ連邦英雄だったからだ。命を救ってくれた看護婦のタチャーナと結婚したイヴァンは、やがてモスクワ郊外の水力発電所建設現場で運転手の職を得た。そしてガガーリンが宇宙に飛び立った1961年の終わりには娘が生まれた。
オーリャと名づけられた娘は、戦争を知らない子どもたちとして育ったが、ソ連邦の英雄の娘であることが有利に働いてすんなり外国語学院に入学できた。1980年、モスクワオリンピックの時、外国語学院の3年次を終了したばかりのオーリャは、通訳として採用され、担当したフランス選手団の一人に誘われるままに彼のホテルの部屋で3晩過ごした。西欧のきらびやかな世界への憧れがそうさせたのだった。しかしこの事が組織委員会から中央委員会へと伝わると、オーリャは「西欧経済人を相手にする通訳」として働くよう命じられる。名目上は通訳であるが、実は西欧経済人のために夜の接待をしながら彼らの握っている秘密を探るのが任務だった。ソ連邦英雄である父親の名誉を傷つけないために、という理屈で命じられた任務だったが、オーリャはなんの抵抗もなく、むしろ喜々としてこの新しい仕事をこなした。
世の中はどんどん変わり、ソ連邦英雄の金の星勲章も意味のないものになっていった。そしてある日ついにイヴァンは、オーリャの本当の仕事がなんなのかを知ってしまう。しかもそのときオーリャが接待していた相手はドイツ人だった。

社会の激変の故にお互いに理解し合うことが困難な状況に追い込まれながら、それでも肉親として相手を想い合う父と娘を描いたこの作品は、1987年にフランスに亡命したマキーヌの処女作で、1990年に「ロシア文学の翻訳」と偽ってやっと出版にこぎつけたという(訳者あとがきより)。第3作でやっと本名で出版できるようになり、第4作の『フランスの遺言書』でゴンクール賞とメディシス賞を受賞してフランスの文壇で括弧とした地位を築いたマキーヌは、それからさらに3つの作品を発表している。nishinaの一押しは7作目の『ある人生の音楽』である。(2012.7.4読了)
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by nishinayuu | 2012-08-24 09:46 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『サスキア』(ブライアン・ホール著、浅岡政子訳、角川書店)

c0077412_9183716.jpg『The Saskiad』(Brian Hall)
ニューヨーク州ノヴァマンダスの農場で暮らす少女サスキアの物語。12歳から13歳という微妙な年齢、特殊な家庭環境、人一倍強い感受性と空想力といった主人公の持つ特性と、自然保護運動、瞑想コミュニティー、喫煙や大麻といった社会現象を、めいっぱい盛り込んで構築した作品である。2段組で400ページ余りあり、力作であることは確かではあるが、あまりに多くのことが語られていて、焦点が定まらないことは否めない。また、デンマーク人のトマスをパイエケス人、ラップ人を初めとする自然派の人びとをヒュペルボレオス人と表現するなど、サスキアのこだわりに忠実すぎる記述がちょっとうるさく感じられる。

母親のローレンは栽培の達人で、「魔法の呪文を静かに唱え、見事な作物を育てる」。サスキアは飼育係で、牛のマリリンの乳を搾り、鶏に卵を産ませる。この農場をローレンはただ「ザ・プレース」と呼び、雄弁な気分なら「ザ・オールド・プレース」と呼ぶが、サスキアはストラトフォード・アポン・エイボンなどの名前に惹かれて「ホワイト・オン・ザ・ウォーター」と呼んでいる。
サスキア自身もいろいろな名前を持っている。海軍の艦長の前では「大尉」、ハーンの帝国をマルコと旅するときはアイヤルク、オデュッセウスのそばではサスキオン・モノゲネイアとなり、ティコ・ブラーエのところではアルベサスであるが、徹底的に想像力が欠如している「ノヴァマンダス人」からはサスキア・ホワイトと呼ばれている。サスキアは空想の世界を日常生活にも持ち込んで、農場でいっしょに暮らしている血のつながらない弟妹たちを、「大尉」である自分のクルーとみなしている。ミムは美しくて「ホンワカな女の子」なのだが甲板長、双子のオースティンとシャノンは雑用担当、ということにしている。ただし、7歳になってもオネショが直らないクウィニーは役立たずの厄介者でしかない。
農場には他にトレーラー族が二人いる。一人は弟妹たちの母親であるジョーで、煙草が手放せない陰気な女性。もう一人は自称作家のブラファルーで、ときどきローレンと大麻を回しのみしたりする。かつて農場は瞑想のためのコミュニティーだった。「ゴッドヘッド」と呼ばれていた農場には、大勢の人が集まって賑やかに暮らしていたが、やがて人びとは去っていった。ついには瞑想の師であるグルも出て行き、そのときにサスキアの父親であるトマスも去っていった。それからほぼ8年の歳月が流れた。
夏休みを控えたある日、トマスから「会いに来ないか」という葉書が舞い込んだ。ローレンは、トマスが会いたがっているのはサスキアだから自分は行かない、と言う。そこでサスキアは親友のジェーン・シングを誘う。褐色の肌と、艶やかな長い髪をもつ美しいジェーンは、サスキアより一つ年上の「大人」である。スキポール空港でトマスに迎えられた二人は、たちまちトマスの魅力に惹きつけられる。世界のあちこちを旅して回り、「グリーンピースとは折にふれて情報を交換して」いて、「ライストリュゴネス人」の捕鯨船を攻撃したこともあり、今は「ヒュペルボレオス人」の川を守るためにダムの建設を阻止しようと、二人を伴って建設予定地に向かう「パイエケス人」のトマス。サスキアは三人で過ごしたこの時期を「第1トマス時代」と名づける。夏が終わり、ノヴァマンダスに帰るときになって二人がいっしょに行こうと誘うと、トマスは「数日ならいいかもしれない」と言う。こうしてノヴァマンダスで、「第2トマス時代」が始まる。(2012.6.30読了)
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by nishinayuu | 2012-08-21 09:19 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『はやぶさの大冒険』(山根一眞著、マガジンハウス)


c0077412_1626538.jpg読書会「かんあおい」2012年9月の課題図書。
2003年5月に地球を飛び立ち、約60億キロの旅を終えて2010年6月に地球に帰還した「はやぶさ」の物語。「はやぶさ」の開発チームに密着取材し続けた著者によるドキュメンタリーで、科学者たちとのインタビューやら図版・写真などによって堅苦しい内容がわかりやすく解説されており、科学音痴にも充分楽しめる読み物になっている。また、科学者たちが「はやぶさ」の不調や回復に一喜一憂するようすと、まるでそれに応えるかのような「はやぶさ」の動きが、親が子どもを見守るかのように、また子どもが親に応えて奮闘しているかのように描写されていて、大冒険を終えて帰還した「はやぶさ」を迎えるシーンでは科学者たちといっしょに感動の涙を流してしまいそうになる。
特に興味深かった事柄を以下に記しておく。
1.MUSES-C――「はやぶさ」の打ち上げ前の名前。前の部分はMu Space Engineering Satellite(ミューロケットによる宇宙工学実験衛星)。
2.「はやぶさ」という名前の由来――①糸川博士は戦時中に6000機近くも生産された戦闘機「隼」の開発に携わっていた。②小惑星に舞い降りて岩石のサンプルをぱっとつかんで持ち帰る姿が、猛禽類のハヤブサのようだ。③糸川教授や的川教授(当時の内之浦宇宙センター所長)らが内之浦へ行く時は、東京から鹿児島行きの長距離寝台特急「はやぶさ」を利用していた。
3.小惑星「Itokawa」の由来――日本のロケットの父であり、宇宙研の産みの親である糸川英夫の名から。この小惑星の発見者は1998年9月26日にマサチューセッツ工科大リンカーン研究所の地球近傍小惑星探査チーム。小惑星の命名権は発見者にあるが、はやぶさチームが上記のチームにイトカワと命名してくれるよう頼んだところ、快諾してくれたという。正式名は「25143Itokawa」、略称「イトカワ」、愛称「ラッコ」。
4.イトカワ上の地名――太陽系天体の表面地形に名称をつける場合、「100mより大きな地形には神の名、国際的に著名な地名をつけるべきである」という国際天文学連盟(IAU)のガイドラインがある。それでたとえば「Muses Sea」(ミューゼスの海)はギリシア神話に登場する詩や音楽の女神9姉妹のミューズと、はやぶさの元来の名称がMUSES-Cからとり、最後のCはSeaにひっかけた。
(2012.6.23読了)
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by nishinayuu | 2012-08-18 16:26 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

ㄴで始まる植物の名前

c0077412_102132.jpg植物の名前を韓国語を見出し語にして並べました。
韓国語名、和名、英語名の順になっています。
(英名なし)の表記があるものは英語名がないことが明らかなもので、英語名があるかないか確認できていないものは空欄にしてあります。

나팔꽃 あさがお 朝顔 morning glory 
나팔수선화 ラッパスイセン ラッパ水仙 daffodil 
남오미자 さねかずら 実葛 (別名:美男葛) scarlet kadsura 
남천 なんてん 南天 nandina/sacred bamboo 
냉이 なずな 薺 shepherd's purse 
너도밤나무 ぶな 山毛欅 beech 
네오레겔리아 ネオゲリア brushing bromerliad 
노간주나무 ねず needle juniper 
노랑코스모스 きばなコスモス 黄花コスモス
노루귀 ゆきわりそう 雪割草 glory of the snow 
노린재나무 さわふたぎ 沢蓋木 (英名なし) 
노송나무/편백 ひのき 檜 Japanese cypress
노회/알로에 りゅうぜつらん 竜舌蘭 aloe 
녹나무 くすのき 楠 camphor 
누리장나무 くさぎ 臭木 glory bower 
느타리버섯 ひらたけ 平茸 oyster mushroom 
느티나무 けやき 欅 zelkova tree
느릅나무 にれ 楡 elm tree
능소화 のうぜんかずら 凌霄花 Chinese trumpet vine/trumpet creeper
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by nishinayuu | 2012-08-15 13:43 | 覚え書き | Trackback | Comments(1)

『そうはいかない』(佐野洋子著、小学館)

c0077412_1862665.jpg読書会「かんあおい」2012年7月の課題図書。読書会で佐野洋子を取り上げるのは『シズコさん』に次いで2冊目。
エッセイのようでもあり、短編作品のようでもある33の話が収録されている。老いた母親と娘たち、夫と妻、夫婦と息子あるいは娘、飼い猫あるいは飼い犬、友人たちなど、それぞれの話の主役は話ごとに異なるが、いずれも著者の身近にいる人たちが原型になっていると思われる。だから著者の家族やら友人やら芸術家仲間に近しい人が読んだら、これは○○さんだ、こっちは△△さんだ、とすぐわかるに違いない。中には『ポリバケツの男』のサワノヒトシや「私の落ち度」の映画監督・赤沢宏のように名前から類推できてしまう人物もいる。『しずこさん』を読んだ時も思ったが、こんな風にあっけらかんと内輪のことをばらしてしまう人が自分の身内にいなくてよかった、とつくづく思う。それはそれとして、ある日ある時の場面をとらえて、時にはユーモラスに、時には辛辣に描写してみせる著者の滑らかな筆さばきは見事なもので、恐れ入りました、と言うしかない。
笑える台詞が出てくる話を以下に挙げる。
『あの人』――語り手のことば。「私、恋愛ってきれいな人だけがするもんだと思っていた。きれいでない人が恋愛するとインランな人に見えた。」
『愛は勝つ』――ガールフレンドの家に初めてやってきた青年が、娘の母親の悪ふざけにのせられて「愛は勝つ」を懸命に歌った。彼が帰ったあと、母親は大笑いし、父親は「あほとちゃうか」と一言。
『私の落ち度』――お調子者の新聞記者が、仕事が来るのはあなたが美人だから、と言ったのに対して着物デザイナーの円まりえが言う。「私の作品が私の美貌に劣るわけ?え、そうなの。きれいに生まれてきた私に何か落ち度があるの」。
『ニューヨーク・ニューヨーク』――レストランで、アメリカの若者たちに比べて自分の見てくれがみすぼらしいのに気づいた夫が落ち込んでいると、異様な風体の日本人夫婦が現れる。夫は着物に袴、ステッキを持ってトンビを着た老人、妻は銀鼠の着物にグレーの和装コート。老人がきれいな英国風発音で注文するとウエイターが深々と頭を下げる。すると夫が言う。「過激なじいさんだなあ」。
『クチビル』――75歳のごてごて化粧をしたアメリカのばあさんのようになった母とバスに乗った。バスが目白通りの学習院にさしかかっとたき母親が言う。「ここよ、母さんが初めて父さんにクチビルヲユルシタノハ」。バスの乗客はいっせいに母を見た。
『五人目の女』――「まず腹が立ったのは、その女がたいした美人じゃなかったことよ。」「あの女にどんなブラウスを着せても、そのへんの自然食運動のオバサンみたいになるか……」。(あるいは草木染めオバサン?)
他に印象的だったのは以下の作品。
『犬のゴロー』――犬嫌いの父親が、娘がもらってきた犬の世話をするはめになる。気に入らなくていつも腹を立てていたその犬が事故で死んでしまうと、家族の思惑に反してお金のかかる個別葬にするは、庭にお墓を作って欠かさずお参りするは、と意外な展開に。
『倉の中のご隠居さま』――隠居の雷造-息子の良道-孫の一助、と代々親子の間柄が険悪な中できちんと家を継いできた一族。それで一助の妹が次兄の二助に言う。「一助あんちゃん心配だなあ。あそこんちはばかに親子仲がいいだに」。
『こっちは段々畑、ずーっとね』――語り手が絵を描きながら田舎のお墓の場所を説明する。「こういう風に家があって、ここのところにお倉があって、その横に松の木があって、こっちは段々畑、ずーっとね」。
(2012.6.19読了)
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by nishinayuu | 2012-08-12 18:08 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『シェフとギャルソン、リストランテの夜』(ジョゼフ・トロピアーノ著、中村三千恵訳、二見書房)

c0077412_215473.jpg『Big Night』(Joseph Tropiano)
米国東部の小さな町で、プリモとセコンドの兄弟はトラットリア(家族経営の小規模レストラン)を営んでいる。2年前の1955年にイタリアからやって来た二人は、中古の店を買って修理したり磨いたり消毒したりしてきれいにした。店の名は「パラダイス」。テーブルが12卓に長椅子が2つ。テーブルには白いテーブルクロス、ナイフやフォークはステンレス、皿は厚手の白で、派手なものは何もないが、料理は本格的イタリア料理だ。それなのに、というかそれだからか、店はいつも閑散としている。スパゲッティ・ミートボールこそイタリア料理だと思っているアメリカ人の客には、この店のリゾットやらガルガネッリ・コン・ブロード(パスタ入りチキンスープ)やらは喜ばれないのだ。それなのに料理担当(シェフ)で職人気質のプリモは、頑としてミートボールを作ろうとしない。プリモは弟がアメリカで成功することばかり考えている、と苦々しく思っているのだ。一方、給仕担当(ギャルソン)のセコンドは客の好みに合わせた料理をプリモに作らせようとする。今のままでは早晩店がやっていけなくなることがわかっているからだ。
ところでパラダイスの近所にはもう一つのイタリアレストランがあって、客に受ける料理と派手な演出で大いに賑わっている。経営者はパスカルというコルシカ出身の男(つまりイタリア人ではない)。セコンドはプリモには内緒でこのパスカルに相談する。するとパスカルは、ジャズ界の大物ルイ・プリマが来週町に来るから、彼のためにパーティをやれ、そうすれば有名人が来る店として知られるようになる、とけしかける。ルイ・プリマにはパスカルが連絡しておく、と。セコンドはこの話に乗って、一夜のパーティに店の運命をかけることにする。こうして彼の奮闘が始まった――プリモを説得し、お金をかき集め、食材を大量に買い入れ、ワインも大量に仕入れて。セコンドの熱気は、プリモはもちろん恋人のフィリスやらプリモの行きつけの花屋のアンやら、周りの人びとを巻き込んでいく。
プリモ(一番目、つまり長男)とセコンド(二番目、つまり次男)の独白という形で進んでいくこの作品は、サンダンス映画祭で脚本賞を射止めた映画の原作だという。対照的な雰囲気の兄弟と彼らを囲む人びとの織りなす人間模様を眺めながら、数々のイタリア料理がその製作過程を含めて楽しめる作品である。(2012.6.15読了)
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by nishinayuu | 2012-08-09 21:56 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『嵐をつかまえて』(ティム・ボウラー著、小竹由美子訳、白水社)


c0077412_9185364.jpg『Storm Catchers』(Tim Bowler)
夜の闇を切り裂いて、鋭い金属的なカチャッという音が家の中に響く。小さな弟のサムと二人だけで2階の部屋にいた13歳の少女エラはこの音の正体を確かめに階下に降りていき、そこでクマのような大男と遭遇する。エラは身をかわして秘密の通路に飛び込んでサムのところに行くと、サムを押し入れに隠して「絶対に出てこないように」と言い聞かせてから外に逃げる。しかし、追ってきた男に捕まり、舟に乗せられて洞窟に連れて行かれる。
暗闇恐怖症の少女エラが誘拐される場面から始まるこの物語は、ひたすらエラと家族の恐怖の三日間を描き続けていく。そもそもエラとサムがたった二人で家に残っていたのは、兄のフィルが両親との約束を破って友だちのところに遊びに行ったからだった。フィルはエラの行方を捜すのに必死で、その後も何度か両親の制止を無視して勝手な行動をするし、サムはサムでエラとの約束を破ってすぐに外に出てしまったし、そのあとも何度も行方不明になる(サムは他の人には見えないだれかの姿を見て会話を交わす異能の持ち主ということになっている)。なぜこの家には秘密の通路やら秘密の扉やらがあるのか、なぜエラは暗闇恐怖症なのか、といったことには何の説明も示されないまま、エラと家族のパニック状態だけが語られていき、サムの超能力のおかげでエラの居場所が見つかる、という納得できない筋立てである。納得できないのはそれだけではない。そもそも誘拐事件の元を作ったのが父親の若き日の過ちだった事がわかるのだが、そもそも両親の人柄や関係が語られていないので、この父親ならさもありなんという思いも、こんないい父親がまさかという思いも抱くことができず、へえそうなんだ、と思うしかない。
事件をきっかけにして子どもたちがどう成長したか、家族がどう再生していくか、ということは語られていない。これはあえて読者に託したのだと受け取ればいいのかもしれないが、誘拐犯の扱い方は後味が悪すぎる。読後の爽やかさ、カタルシス、しみじみした感動とはほど遠い作品である。

訳者あとがきによると、作者の三作目の作品『川の少年(River Boy)』は、1997年にイギリス最高の児童文学賞であるカーネギー賞を、『ハリー・ポッターと賢者の石』をおさえて受賞し、5作目であるこの作品も2002年度サウス・ラナークシア文学賞を受賞しているという。受賞作がすべて傑作とは限らない、ということを改めて確認できたのが収穫かもしれない。(2012.6.9読了)
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by nishinayuu | 2012-08-06 09:19 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『花いくさ』(鬼塚忠著、角川書店)


c0077412_10404667.jpg読書会「かんあおい」2012年6月の課題図書。2011年4月の課題図書だった『利休にたずねよ』は秀吉と利休の「茶のいくさ」の物語だったが、こちらは秀吉と池坊専好のあいだに繰り広げられた「花のいくさ」の物語である。
「京のへそ」のような位置にあって町衆に「六角さん」と親しみをこめて呼ばれる六角堂は、正式名を紫雲山頂法寺という由緒ある寺である。本堂にはいつも見事な花が供えてあるが、この花を立てるのは寺の住職である専好で、大勢の見物人が花を生ける僧を、そして生けられた花を見に集まる。池坊の花は戦乱の世に人びとの癒しとなり、人びとの思いを背負って進化したもので、専好はその精神と技術の継承者だった。
永禄3年(1560年)、専好は信長の依頼で尾張・清洲城の大広間に花を立てる。これを見た利休は「いつもの六角さんの花とは別人の花のようだ。花が怖い」という印象を受けたが、これをきっかけにふたりの交流が始まる。そして二人は花の道・茶の道について語り合う仲になっていく。切磋琢磨しつつ精進を重ねる二人は、「北野大茶湯」で人びとの賞賛の的となる。これを耳にした秀吉が怒りを爆発させたため、10日の予定だった茶会は1日で幕引きとなる。
秀吉と利休の確執が利休の死で幕を閉じるに至ったとき、専好は利休の闘いを引き継いで秀吉に立ち向かう。「花いくさ」の始まりである。そしてこの「花いくさ」は文禄3年(1594年)9月の末に大団円を迎える。前田利家の依頼により、専好が利家邸の座敷に太閤秀吉に見せるための花を立てることになったのだ。

池坊専好の伝記といった趣の作品であり、専好が好意的に描かれているのはもちろんであるが、利休も、前田利家も、最終的には秀吉さえも好意的に描かれているので、後味はよい。『利休にたずねよ』のような格調の高さはないが、その分わかりやすい作品である。なお、清洲城の大広間の立花を再現したものは下記のサイトで見ることができる。(2012.6.7読了)
http://www.ikenobo.jp/event/2011/newsandtopics/20111101_maedatei.html
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by nishinayuu | 2012-08-03 10:42 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)