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<   2012年 05月 ( 11 )   > この月の画像一覧

大山守の命 その1


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☆『古事記』応神天皇―大山守の命 の再話と韓国語訳です。
☆画像は宇治川の急流。



応神天皇が崩御したあと、大雀(おおさざき)の命は天皇の命令に従って宇遲のわき郎子(うぢのいらつこ)に天下を譲った。ところが大山守の命は天皇の命令に背いて自分が天下を治めたいと思っていたのだよ。彼は弟を殺そうと、秘かに武器を準備した。それを耳にした大雀の命は使者を送って宇遲のわき郎子に知らせた。
驚いた宇遲のわき郎子は大急ぎで川辺の丘に幕を張った仮屋を建てて、天皇の格好をさせた従者を外から見える場所に坐らせて、百官を行ったり来たりさせた。それと同時に自分は賤しい男に変装して、川に浮かべた舟に楫を持って立っていたのだよ。
川辺にやってきた兄の王子(大山守の命)は、丘の上に立っている立派に整えて飾った仮屋を見て、そこに弟がいると思った。彼は、舟の楫とりが弟だとは思いもしなかったから、楫とりに尋ねた。「聞くところによるとこの丘には猛々しい猪がいるそうだが、そいつを捕らえたいと思う。どうかね。捕らえることができるだろうか。」すると楫とりが応えて言う「だめだね」。王子がまた尋ねた。「なぜだい?」 それに応えて言うには「場所を変え、時を変えて捕まえようとしたけれどだめだった。だからだめだというのだ。」
楫を操って川の真ん中まで来ると、弟は舟を傾けて兄を水に落ち込ませた。兄の王子は流れのままに流れていきながら、次のように歌ったのだよ。

ちはやぶる(注) 宇治の渡に 棹執りに はやけん人し 我がもこに来む
(宇治川の渡し場で棹を操ることに敏捷で果敢な人が、わたしに立ち向かってくるだろう)
(注) 「ちはやぶる」は宇治の枕詞


『고사기』오오진-천황―오오야마모리-미코토
오오진-천황이 붕어한 후 오오사자키-미코토는 천황의 명에 따라 우지노와키이라츠코에게 천하를 내주었다. 그런데 오오야마모리-미코토는 천황의 명을 거역하여 스스로 천하를 다스리려는 마음을 품고 있었단다. 그는 아우를 죽이려고, 몰래 병기를 채비했어. 그 소문을 듣자마자 오오사자키-미코토는 사자를 보내어 우지노와키이라츠코에게 경고했다.
기겁을 한 우지노와키이라츠코는 서둘러 강변 언덕에 막사를 세워놓고, 천황처럼 꾸민 종자를 밖에서 잘 보이는 자리에 앉게 하고, 백관들은 왔다갔다 하도록 했다. 아울러 자기 자신은 천한 사람으로 변장해서 강물에 뜬 배위에서 노를 들고 서 있었단다.
강변에 당도한 형 왕자(오오야마모리-미코토)는 언덕위에 있는 엄숙하게 치장된 막사를 보면서, 그 안에 아우가 있을 거라고 생각했어. 그는 뱃사공이 아우라고는 생각도 못하고 그 뱃사공에게 물었다. “듣자하니 이 언덕에는 사나운 멧돼지가 산다고 하는데, 난 그 멧돼지를 잡고 싶다. 어떤가. 나는 그 멧돼지를 잡을 수 있을까?” 이에 뱃사공이 대답하기를, “못한다.” 왕자가 다시 물었다. “무슨 이유로?” 그에게 대답하기를, “여러 장소에서 몇 차례로 잡으려고 했으나 잡을 수 없었어. 그래서 못한다고 하는 거다.”
노를 저어 강 한가운데에 다다르자 아우는 배를 기울여 형을 물에 떨어지게 했다. 형 왕자는 강물에 흘러가면서 이렇게 노래했단다.

치하야부루(注) 우지-나루터에서 노 젓기에 빼어난 과감한 사람이야
정면으로 맞서서 나하고 싸우리라

(注) [우지]를 꺼내기 위해 쓰인 말.
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by nishinayuu | 2012-05-31 15:56 | 再話 | Trackback | Comments(0)

『マレンカ』(イリーナ・コルシュノフ著、酒寄進一訳、ベネッセ)

c0077412_1330611.jpg『Malenka』(Irina Korschunow)
生まれ故郷を失い、名前まで失って混乱の世を生き抜いた一人の女性の、波瀾万丈の20数年間を描きつつ、1942年から1950年代までのドイツ社会を浮き彫りにした作品である。冒頭から一気に物語の世界に引き込み、たたみかけるような文体で読者に息を継ぐ暇を与えずに感動の結末へと導いていく。作者のコルシュノフは『ゼバスチアンからの電話』などのヤングアダルト作品で知られているが、最近は大人向けの作品にシフトを移しているという。また、訳者の酒寄進一は『犯罪』(フェルディナント・シーラッハ、東京創元社)で、2012年度本屋大賞の翻訳小説賞を受賞している。

第2次世界大戦で町の9割が破壊されたピューリッツは、当時はドイツ領で、現在はポーランド領に属している。1926年の5月、そのピューリッツで女の子が生まれた。その子を祖母のアンナ・ヤーロシュはマレンカと呼び、母親のヘートヴィッヒはマルゴットと呼んだが、ヘートヴィッヒは産後1週間であの世にいってしまった。父親のクレーマーは仕事で数ヶ月だけピューリッツに滞在していたエンジニアで、仕事が終わると妻の待つハノーバーに帰ってしまった。しかしアンナ・ヤーロシュは娘の懐妊を知ったときにクレーマーと交渉して、子どもの養育費を受け取れるようにしておいた。家は毛織り職人小路の外れにあり、家主の食料雑貨屋ドッベルティン夫婦は優しくて親切だった。1933年、ソーセージ屋アンナの孫娘マルゴットは、聖フランシスコ修道会付属の女学校に入学、たちまち良家の娘たちを追い越して優等生になった。しかしマルゴットの楽園は同級生のドーリス・ホッペのことばでたちまち崩れた。「あんたの家、臭い。それにあんた、父さんがいないでしょ。私生児っていうのよ、それ」。マルゴットの胸に、後ろ指を指す者たちを見返してやりたいという気概がわき、特待生として女子高等学校に入学した。大学を出て女子高等学校の先生になりたいと思った、しかし祖母はマルゴットの夢を「身の程知らず」という一言であっさり片づけた。マルゴット自身も叶わぬ夢だとわかってはいたのだ。
このあとマルゴットの人生はめまぐるしい展開を見せる。1942年には卒業を待たずに郡立銀行の見習い行員となり、1943年にはミス・レルヒェが支店長のパチェクによってナチの手に引き渡されるのを見た。1944年の初夏、戦争援護隊員としてウゼドーム島のメレンティン海軍武器庫へ。そこでマルゴットはかつての同級生ローレ・メラーと親しくなり、姉御肌のリースベト・ドマラに大いに世話になり、彼女の人生を決定づけることになる海軍中尉ヴィーテに会ったのだった。夏にアンナ・ヤーロシュが亡くなり、1945年2月にはピューリッツがソ連軍の爆撃で崩壊してドッペルティン夫妻も命を落とした。
やがてマルゴットはメレンティンをあとにして難民の列に加わり、ノイストレリッツからハノーバーへ。ここの牧師館で働くことになって難民登録証が必要になったとき、マルゴットはノイストレリッツで命を落とした友ローレ・メラーに成り代わった。このときからマルゴットはローレ・メラー、通称マルグレートとして、生きていくことになる。親譲りの美貌と、祖母から教えられた人生訓に助けられながら。(2012.4.14読了)
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by nishinayuu | 2012-05-28 13:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『父さんが言いたかったこと』(ロナルド・アンソニー著、越前敏弥訳、新潮社)


c0077412_9484372.jpg『The Forever Year』(Ronald Anthony)
ロナルド・アンソニーはコネティカットに住む40代の新進作家。ニューヨークの出版社で編集者として働いたのち作家に転身。44歳のときに書いたこの作品が処女作だという。
二人の男性の視点によって話が展開していく。ひとりは83歳のミッキー・シエナ。50年以上連れ添った妻を数ヶ月前に亡くしたあと、広くて階段の多い頃にある様式の家でひとり暮らしをしている。もうひとりは32歳のジェシー・シエナ。ミッキーの四人の子どもの中で、一人だけ歳が離れた末っ子である。
ミッキーは、身体のあちこちにガタはきているが頭の働きは鈍っていない、と確信していた。ところがある日、目玉焼きを作ろうと思ってフライパンに卵を割り入れたままソファーでうとうとして、ボヤを起こしてしまう。前々から父親のひとり暮らしに不安を覚えていた子どもたちが急遽集まって相談する。といっても話を進めるのは上の3人で、末っ子は長年の習慣で蚊帳の外状態である。ところが、父親にホームに入ってもらうという方向で話が進んでいるとき、ジェシーが、父と同居する、と言い出す。ジェシーとしては、兄や姉たちと同じように自分も父と親しくなれるかもしれない、と考えたのだ。こうして、それまできちんと向き合ったことのないミッキーとジェシーの同居生活が始まる。ジェシーは妥協を知らない老人の気むずかしさにとまどいながら。ミッキーは将来への展望がはっきりしない息子の暮らしぶりをもどかしく思いながら。やがてミッキーは、ジェシーにつきあっている女性がいることを知る。ミッキーが会ってみると、その女性・マリーナは容貌も人柄も教養も文句なくすばらしい女性だった。ジェシーも彼女といると幸せだったが、将来の約束はするつもりはなかった。ジェシーは「愛はいずれ亡びるのはもちろん、優雅に衰えることもない。最後は必ず、しなびて節くれ立ち、救いがたい空しさを残すだろう」という信念を持っていたのだ。そんなジェシーに、ミッキーは妻にも上の三人の子どもたちにも話したことのなかった秘密を打ち明け始める。ミッキーは妻と出会う前に、ジーナというすばらしい女性にであっていたのだった。

作者はあるインタビューで、男性視点のロマンス小説を書きたかった、と述べているという。まさしくこの作品は「男性視点」の「ロマンス」小説であるが、おそらく男性に限らず女性にも共感できる小説であろうし、ロマンスと同時に老年の親と子ども世代という普遍的なテーマを扱った小説でもある。ミッキーはなかなかくせ者ではあるが、ジェシーは、誠実さと真摯さの塊のような人物である。スリル、奇抜さ、蘊蓄などとは無縁のこの作品の正しい読み方は、父と子の関係が深まっていく過程と、それぞれの恋の行方をじっくり見守り、素直に感動することであろう。(2012.4.4.11読了)
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by nishinayuu | 2012-05-25 09:48 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『金曜日のアンナ〈不思議なことばの世界へ〉』(ヘレーネ・ウーリ著、福井信子訳、大修館書店)


c0077412_1317616.jpg『Ann på fredag』(Helene Uri)
ノルウェーの言語学者による言語学入門書である。ノルウェー語についての話題が中心であり、当然のことながらノルウェー語をはじめとするヨーロッパ語のオンパレードである。したがって、これも当然のことながらカタカナがやたらに多い翻訳書である。注も多い。というより、注がなければ理解できない部分も多いと思われる。
ところでこの言語学入門書は物語の体裁になっていて、ビョルン・オスカルという少年とアンナという20歳くらいの女性のやりとりという形で展開していく。ビョルン・オスカルはママとまだ8ヶ月の妹のヘレ、そして猫のグスタフ・マーラー(偉そうな!)と暮らしている。金曜の晩に仕事で家を空けることになったママは、ヘレのためにベビー・シッターを頼む。打ち合わせにやってきたアンナは、うす茶色の長い髪で丸い眼鏡をかけ、大きな突き出た耳をしている。賢そうだが退屈そうな人だ、と「ぼく(ビョルン・オスカル)」は思った。そして金曜日。アンナの大きな耳が燃えるように輝いたと思うと、「ぼく」の目の前にバイキングの男が現れる。アンナはバイキングの男と古ノルウェー語で話し、古ノルウェー語の音やら「格」やら、他のヨーロッパ語との関係やらを「ぼく」に解説する。こうして「ぼく」は毎金曜日、アンナの言語学講義をはじめは嫌々ながら、そのうちぐんぐん引き込まれて聞いていくことになる。講義の内容は実に多彩で充実しており、まさに言語学入門にふさわしい。題目を列挙すると――文字について(発音通りに書かないのはなぜか)、印欧語について、ノルウェーの言語事情、外来語と借用語、言語の役割、言語の構造、言語の相対性(何語を話すかで世界も違って見える?_)、言語の生得性(習わなくても話せるようになる?)、左脳は学者で右脳は芸術家、など。
そして最後の章のタイトルは「アンナは誰?」となっており、赤いきいちごのドロップを口に放り込んでいたアンナ、耳が真っ赤になるとなにかが起こったアンナの正体が、ことば遊びの手法で明かされる。

訳者も言うように、体裁は児童書的で内容は専門的というのは『ソフィーの世界』と同じ手法である。ただ、テーマが言語であるため、翻訳書としては『ソフィーの世界』ほど一般に受け入れられるとは思えない。訳者は中・高校生に読まれることを期待しているようだが、いろいろな言語に馴染みの薄い中・高生には内容が難しすぎるし、いろいろな言語に関心のあるような中・高生の場合は物語の設定を幼稚に感じるのではないか、と思うからだ。(2012.4.9読了)
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by nishinayuu | 2012-05-22 13:17 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『列車に乗った男』(クロード・クロッツ著、藤丘樹実訳、アーティストハウス)


c0077412_105115.jpg『L’Homme du Train』(Claude Klotz)
この作品はパトリス・ルコントの監督で映画化されており、主役の二人はジョニー・アリディとジャン・ロシュフォールが演じている。というより、そもそもはじめからこの二人の姿が頭にあった監督が、ストーリーをクロード・クロッツに依頼したのだという。翻訳書のカヴァーイラストも二人にそっくりに描かれているので、この二人のイメージを重ねて物語を読み進めることになる。
初冬の夕暮れ時、フランスの田舎町に列車が入ってくる。寂れた小さな駅に降り立ったのは、カウボーイ風のブーツとコートに身を固めた流れ者のミラン。この町で仲間と一仕事することになっているが、ホテルに向かう前に薬局に立ち寄ることにする。頭痛を抑えるアスピリンを買うために。
この寂しい町に、贅沢な調度や装飾品がびっしり詰まった古い屋敷がある。住人は元フランス語教師のマネスキエ。町が次第に寂れていくのを見ながら歳を重ねてきた。夕刻、心臓のあたりに軽い疼きがきたので、薬局に向かう。切らしてしまったニトロを買うために。
薬局の親爺が店を閉める18時の直前だった。ミランがドアから入ってきた瞬間、マネスキエの頭には「この男、スクリーンから抜け出してきたな」ということばが浮かんだ。夕暮れをバックに、苦痛と混沌を表情に湛え、古い映画から抜け出してきた男……。それが、ミランを見たときの第一印象だった。店をあとにした二人は、一緒にマネスキエの家に向かう。ミランが薬局で渡されたアスピリンが水なしでは飲めないタイプだったとわかり、マネスキエが自分でも思いがけないことに家に誘ってしまったのだ。ミランはマネスキエの部屋に居心地のよさ、安らぎ、調和を感じ、「ここには過去がある。歴史がある」となんとか言葉にまとめた。そして「でも退屈ですよ」というマネスキエに「時には退屈もしてみたかった」と応える。マネスキエの方はカウボーイ姿の無口な男を見ながら、「私は無口な行きずりの男になりたかった」と言う。
ミランの泊まる予定だったホテルは休業中だった。それでミランはとって返してマネスキエの家の呼び鈴を押す。こうしてミランは「仕事」のある金曜日までの4日間、マネスキエの屋敷で寝泊まりすることになる。金曜日はマネスキエにも大事な予定があった。この日、正反対の人生を送ってきた二人は奇しくも同じ運命に出遭い、それから再び正反対の人生へと踏み出すことになる。
すかっとした後味の男の友情の物語。ちょっとうまく行きすぎの感はあるが。(2012.4.1読了)
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by nishinayuu | 2012-05-19 10:51 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『トンケは来ないかもしれない』(金衍洙、文学トンネ)

c0077412_175423.jpg『똥개는 안 올지도 모른다』(김연수著,문학동네)
☆画像はこの作品が収録されている『내가 아직 아이였을 때』(문학동네)のものです。
☆トンケというのは雑種犬、駄犬というような意味で、この作品ではある若者の通称として使われています。強いて日本語にすれば、バカ犬、ノラ公、とんま、厄介者、などでしょうか。

作品の舞台は地方の小都市で、時代は1980年頃と思われる。その頃はまだ、人びとの繋がりが密で、隣近所が仲良く肩を寄せ合って暮らしていた。その分けんかやごたごたも多かったし、噂話もぱっと広がった。ある日、トンケが「あのとき」のジャックナイフを手にして近くに姿を現した、という噂が入ってきて、「ぼく」と仲間の子どもたちはショックを受ける。「あのとき」というのは、トンケの父親の葬儀のときだった。そもそもトンケは愛情に飢えた少年時代を送った。粗暴な父親と、下宿の経営で忙しい継母、その連れ子の妹二人、という家族の中で、一人孤立し、鬱屈していた。早くに悪事を覚え、少年院にも送られた。家に戻ったあと、不満をくすぶらせて閉じこもっていたが、ふとしたことで父親とけんかになり、父親を角材で殴って大けがをさせた。界隈の大人や子どもも目撃して衝撃を受けたこの事件の後、トンケは父親にお金を持たされて家から出た。その後しばらく、トンケについてあれこれの噂が流れたが、やがてトンケは小さな女の子を連れて戻ってきた。自分の権利として財産を分けてくれ、ということだった。ところが父親はトンケに負わされた怪我から立ち直れずに死んでしまう。そして葬儀の日。むっつりとして座り込んでいるトンケに誰かがお酒を飲ませたのがあだとなった。幼い娘の名を狂ったように呼び始めたトンケに、継母が、奥の部屋で寝ている、と教えると、トンケはそちらに向かって突進していった。そして事件が起こった。その界隈を震撼とさせた陰惨な事件だった。

物語の最後は「トンケは来ないかもしれない。でもトンケが来ようと来まいと、やっぱりぼくは怖い。20年たった今でもまだ」ということばで締めくくられている。「ぼく」が20年経ってもトンケが怖いのは、「あのとき」「ぼく」たちが、トンケなんか死んでしまえばいい、と思ってしまったことを自覚しているから、そしてそれをトンケも知っていると確信しているからではないだろうか。
物語の中心はトンケであるが、当時の小都市の雰囲気や人びとの暮らしぶりも伝わってくる味わいのある読み物になっている。大人たちがトンケのうわさ話をしている傍らで、子どもたちが「뱀 주사위」――蛇の出てくる双六遊び――をしている場面などは、双方の話が入り乱れて進行していくので、読み解いていくおもしろさも味わえる。
作者は1970年生まれ。「2001~2010年の10年で最高の韓国文学」に、金薫、朴玟奎とともに選ばれている(ハンギョレ21による若い評論家たちへのアンケート調査)。特に文章力が高く評価されているという。
(2012.2.6読了)
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by nishinayuu | 2012-05-16 17:06 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

『わたしの中の遠い夏』(アニカ・トール著、菱木晃子訳、新宿書房)


c0077412_1512588.jpg『Motljus』(Annika Thor)。原題の意味は『逆光』。
著者は1950年スウェーデン生まれ。デビュー作の『海の島――ステフィとネッリの物語』でニルス・ホルゲション賞やポーランドのヤヌシュ・コルチャック賞、『ノーラ、12歳の秋』でアウグスト・ストリンドベリ賞などを受賞している(以上、巻末の紹介記事より抜粋)。
語り手の「わたし」が朝刊の死亡記事に載っている顔写真に大きな衝撃を受けるところから物語は始まる。「わたし」はとっさにその新聞を隠そうとする。顔写真が夫のスタファンの目に触れるのを恐れたのだ。けれどもスタファンは、いつものように朝食を食べながら新聞を読み進めていく。そしてついにその死亡記事に目を止める。「ロニーが死んだ」と言って「わたし」を見たスタファンの視線は容赦なかった。「記事を見たんだろ?それなのに何も言わなかったね?なぜだ?」と言うスタファンに、「わたし」は「ただ話したくなかっただけ」と応える。「ロニーはぼくたち共通の、友人だった」とスタファンは言ったが、「わたし」は友人という単語の前に、一瞬の間をはっきりと感じ取った。
30年前の夏、マリーエ(わたし)とスタファン、モニカとエーリック、ピーアとトールビョルンという三組のカップルとロニーはストックホルム郊外の湖畔にある白い家で共同生活を送った。それは古い価値観や権威に抵抗して「自由」と「連帯」をスローガンに掲げる若者たちの新しい共同体だった。
みんなより少し遅れてロニーがやってきたとき、マリーエはなぜか「ロニーはわたしのためにここに来てくれたのだ」と強く感じた。それからはロニーのことば、ロニーの視線、ロニーのしぐさがことごとくマリーエを虜にしていく。マリーエはやがて身も心も完全にロニーに捧げるようになるが……。
新聞に載った訃報をきっかけに、30年前に引き戻されたマリーエは、ロニーの葬儀に出かけ、そこでロニーの前妻からロニーが撮ったビデオの存在を知らされる。マリーエはあの夏の白い家に籠もってビデオを再生する。そこにはあの夏の記録と、そしてロニーの生い立ちを物語る未完成作品が収められていた。夏の白い家はもと少年教護院で、そこには少年ロニーの足跡が残っていた。

語り手をロニーに変えても、ロニーの弟に変えてもまた別の味わい深い物語ができそうな、中身の濃い物語である。(2012.3.26読了)
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by nishinayuu | 2012-05-13 15:01 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『雪男たちの国』(ノーマン・ロック著、柴田元幸訳、河出書房新社)


c0077412_9113881.jpg『Land of the Snow Men』(Norman Lock)
冒頭に掲げた「編者まえがき」の中でロックは、「この作品はジョージ・ベンデルという人物の残した原稿を筆者が編集したものである」として次のように記している。
ジョージ・ベンデルはスコット、ウィルソン、バワーズが南極の棚氷で絶命した際に居合わせたため、彼らの最後の日々を日誌に記して『雪男たちの国』というタイトルを付けたという。すなわち『雪男たちの国』は、ベンデルによるかの不幸な出来事の証言、ということになる。ところが、いくつかの資料をつき合わせてみるとベンデルが南極にいたのは1913年だったことが判明した。すなわち、かの不幸な出来事の翌年である。このことから『雪男たちの国』は純然たる想像の産物であると考えざるを得ない。ところでベンデルはフィラデルフィア在住の建築家だったが、若くして理性に異常をきたして施設に収容されており、記録に残った歴史にほとんど難の痕跡も残していない。筆者のロックがあるサナトリウムで神経衰弱の療養をしていたとき、回復期の最後に古い資料の箱に目を通す仕事を担当医から託されたのだが、箱の一つから『雪男たちの国』が出てきたのだった。
以上のような仕掛けのもとに『雪男たちの国』の物語は展開される。なぜか極寒の地に瞬間移動してしまった「私」を彼らはすんなり受け入れる。彼らとは、任務の合間にレコードを聞いたりチェスをしたりして気を紛らわせているバワーズ、オーツ、ウィルソン、エヴァンズたちと、ひとり離れて厳格な態度を崩さないスコットである。しかしスコットはアムンゼンのことをくよくよ考えている、と「私」は見抜く。雪と氷に閉ざされた世界の中で、隊員たちは次第に現実と幻想の境に引き込まれていき、雪原に女たちが現れるのを見たり、ヨハン・シュトラウスと交信して、ワルツ王が彼らのために作曲した「雪男たちのワルツ」にあわせて氷棚の上で踊ったりする。やがて隊員たちはひとり、またひとりと氷の世界に呑み込まれる。そして「私」は最後に残ったスコットを、迎えに来たトロリーバスに押し込む。
スコット隊の人びとの最後の日々を温かい共感を持って叙述することによって、彼ら一人一人に新しい命を与えた見事な作品である。(2012.3.24読了)
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by nishinayuu | 2012-05-10 09:11 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『The Selfish Giant』(Oscar Wilde著、Bodley Head)


c0077412_20472476.jpg1888年に発表された短編集『The Happy Prince』に収録された5編のうちの一つである。長くて重い作品を続けて読んだので、ちょっと気に入っているこの作品を息抜きに読んでみた。
「毎日午後になると、学校から帰ってきた子どもたちは大男の庭に行って遊ぶのだった。それは広くて美しい庭で、やわらかな緑の草に覆われていた。草の上にはそこここに、きれいな花が星のように咲いていて、12本の桃の木は、春になるとピンクや真珠色の可憐な花を咲かせ、秋にはおいしい実を付けた。それらの木には小鳥たちがやってきて、ほんとうにきれいな声で鳴いたので、子どもたちは遊びを中断してその歌声に耳を傾けるのだった。」
と始まる物語は、このあと急転する。友人であるコーンウォールの人食い鬼(!)のところに行っていた大男が、7年ぶりに帰宅して、庭に入り込んで勝手気ままに遊んでいた子どもたちを追い出してしまうのだ。庭に高い塀を巡らせ、勝手に入ったら告訴するぞ、という立て札まで立てて。すると大男の庭は一年中冬に閉ざされてしまうのだが、やがてある日、大男の庭にまた春が訪れる。子どもたちがいつのまにか塀を破って庭に侵入していたのだ。はたと気がついた大男は、子どもたちが庭で遊ぶのを黙って眺め、ひとりの小さな子が木に登れずに泣いているのを見れば木の枝に坐らせてやり、とすっかり優しいいい人に変身するのである。ちょっとお説教臭いところはあるが、なによりも四季の変化に富んだ色彩鮮やかな庭の様子が印象的で、この作品を素材にした絵本や動画作品がたくさんあるのも頷ける。ただし、最後にまた小さな男の子が登場する場面は、宗教臭が強すぎて感興がそがれる。キリスト教圏では違和感なく受け入れられるのかも知れないが。
ところで、自分の庭に侵入してくる者を閉め出すのはselfishなことだろうか。他人の庭に勝手に入り込む者のほうがよりselfishでは?この大男はselfishというよりill-naturedもしくはunkind, narrow-mindedと形容するほうがふさわしい。しかし、これらのことばを使うと大男がほんとうに根性の悪い人間になってしまう。それで、作者はユーモアを交えて、あえてselfishとしたのかもしれない。さて、Selfishの日本語訳としては「利己主義の、自分本位の、身勝手な、わがままな」などがあるが、翻訳書のタイトルはほとんどが「わがままな大男」となっている。まあ、前の三つはちょっと堅いので、「わがままな」がいちばんまし、ということかもしれないが、selfishということばの持つ迫力が感じられないのが惜しい。「わがままな」よりは「自分勝手な」のほうがいいのでは、などと思いながらあれこれの訳を調べていたら、大男のことばを「おねえことば」にしている「超訳」があって、そのタイトルが「自己中の大男」となっていた。格調の点では問題があるかもしれないが、ニュアンスとしてはこれがぴったりかもしれない。(2012.3.20読了)
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by nishinayuu | 2012-05-07 20:47 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『オリクスとクレイク』(マーガレット・アトウッド著、畔柳和代訳、早川書房)


c0077412_8392843.jpg『Oryx and Crake』( Margaret Atwood)
2001年3月に構想を得て書き始め、2003年に発表した作品。人類滅亡後の北米を舞台にした「マッドアダム」三部作の第一作目で、第2作目の『洪水の年』(The Year of the Flood)も2009年に刊行されているが、邦訳はまだ出ていない。
人類の生き残りであるスノーマンは海辺の木の上で目をさます。沖合には瓦礫となった高層ビル群がバラ色の光線の中に浮かんでいる。汚れたシーツを身体に巻き付け、レッドソックスの野球帽の複製をかぶり、片方のレンズがないサングラスをかける。木の下のやぶには、わずかな食料と淡水を保存するためのビールビンがビニール袋に入れてしまってある。頭に浮かんだ文章の断片を声に出してみるが、続きが思い出せない。地べたに腰を下ろして、最後の一個のマンゴーを食べはじめる。
海辺では子どものクレイカーたちが遊んでいる。紫外線に強い滑らかな肌をした裸の子どもたちだ。子どもたちはスノーマンにクレイクやオリクスのことを聞きたがる。クレイクやオリクスが今どこにいるのかを知っているのはスノーマンだけだからだ。
スノーマンはジミーという名前だった頃のことを回想する。父親は〈オーガン・インク・ファーム〉という企業に勤める遺伝学の精鋭で、〈ピグーン〉計画の主要設計者のひとりだった。〈ピグーン〉計画の目標は遺伝子を導入した豚を使ってヒト組織からなる各種の臓器を培養することで、やがて一頭のピグーンで5、6個の臓器を同時培養できるようになった。会社は〈ヘーミン地〉と呼ばれる〈都市〉とは離れたところにあった。ジミーの家は会社の構内にあり、常に〈コープセコー〉という警備隊によって管理・警護されていた。父親はそんな構内を中世の城のように安全だと言ったが、母親は「何もかも人工で、テーマパークで、決して昔には戻れない」と言った。微生物学者でかつては父親と同じ会社で働いていた母親は、会社を辞め、やがて家庭も捨てて去っていった。その頃一家は父親が転職した大企業〈ヘルスワイザー〉の構内に住み、ジミーは校内の高校に通っていた。そんなジミーの前にクレイクが現れたのは、母親が姿を消す数ヶ月前だった。「あの子は知的に高潔よ」と母親が評したクレイクは、ジミーにとって唯一の友人となり、クレイクにとってもジミーが唯一の友人となった。そして二人はあるとき、小さな妖精のようなオリクスを発見したのだった。
物語はスノーマンが語る現在と、スノーマンが回想するジミー時代という二つの時の流れと共に展開していく。先端科学にも歴史や文学にも明るい著者の縦横無尽な筆が描き出す世界は、もの悲しいと同時に幻想的美しさに満ちている。(2012.3.20読了)
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by nishinayuu | 2012-05-04 08:39 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)