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髪長ひめ

c0077412_1454851.jpg「髪長ひめ」

☆応神天皇(『古事記』)の再話と韓国語訳です。
画像は花橘。


(応神)天皇は日向(ひむか)の国の諸県(もろのあがた)君の娘、髪長ひめがとても美しいという話を聞いて、おそばに仕えるようにと呼び寄せた。彼女が難波津に船を着けると、太子の大雀命(おおさざきのみこと)がそれを見て、その端正な姿の虜になってしまったんだ。それで太子が建内宿祢(たけうちのすくね)大臣にこう言った。
「このたび日向から召し上げた髪長ひめをこの太子に下さるよう天皇にお願いしてくれ」
建内宿祢大臣がお伝えした太子の願いを聞くと、天皇は髪長ひめを太子に与えた。どういうふうに与えたかというと、天皇が豊明(とよのあかり-大きな酒宴)を催された日に、髪長ひめに杯を持たせて太子のもとに持って行かせたのだよ。そのときに天皇がこのようにお歌いになった。

いざ こども のびるつみに ひるつみに わがゆくみちの かぐはし はなたちばなは ほつえは とりゐからし しずえは ひととりからし みつぐりの なかつえの ほつもり あからをとめを いざささば よらしな
(さあ、ものども。野蒜を摘もうと私が行く道の芳しい花橘は、上の枝は鳥が寄ってたかってだめにし、下の枝は人が枯らしてしまった。損なわれていない中の枝のような美少女を、おまえが誘えばよろしい)

천황은 히무카-국 모로의아가타-키미의 딸인 카미나가-히메(긴머리 공주)가 매우 예쁘다는 소문을 들으시고 그녀를 궁녀로 불러들이셨다. 그녀가 나니와-나루터에 배를 매어 두었을 때, 황태자 오오사자키-미코또가 그녀를 보고, 그 단정한 모습에 완전히 심취되어 버렸단다. 그래서 황태자가 타케우치의수쿠네-대신에게 말하기를,
이번에 히무카에서 불러들인 카미나가-히메를 이 황태자에게 하사하시도록 천황께 청하시오.
타케우치의수쿠네-대신이 주상한 황태자의 소원을 듣자, 천황은 카미나가-히메를 황태자에게 하사하셨어. 하사하신 방식은 천황이 토요노아카리(큰 술잔치)를 베풀으신 날에 카미나가-히메로 하여금 술잔을 손에 들고 황태자에게 가져가게 하셨단다. 그때 천황께서 노래하시기를,

자 모두들/ 산달래를 뜯으러/ 달래 뜯으러/ 내가 가는 길에서
향기로운/ 타치바나-나무는/ 윗가지는/ 새가 망가뜨리고/ 아랫가지는/ 사람들이 죽였네
복판 가지의/ 붉은 기 띤 처녀를/ 이제 당신이/ 불러들이면 되다
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by nishinayuu | 2011-10-31 14:08 | 再話 | Trackback | Comments(2)

『緑の家』その2


c0077412_959545.jpg前の記事ではこの小説に盛り込まれている五つの物語を整理してみたので、今回は代表的な登場人物の軌跡をたどってみる。
ボニファシア――インディオの娘。修道院に連れてこられ、シスターたちによって「未開人の状態から救い出された」が、新しく連れてこられたインディオの娘を逃がしてやったため、修道院から追い出される。謎の多い女性ラリータの家に匿われているときに、治安警備隊の軍曹リトゥーマに見初められて結婚する。彼の故郷であるピウラのマンガテェリーナで暮らしていたが、彼が事件を起こして投獄されたため、再建後の「緑の家」でラ・セルバティカの名で働くようになる。美人ではないが、緑色の強い光を放つ魅力的な目を持っている。
ラリータ――白人の女性。故郷はイキートスで、その地で日本人フシーアと知りあう。フシーアが町の権力者に追われて隠れ住んでいるときに、子供を産む。このときフシーアの友人のアキリーノが子どもを取り上げてくれたので、子どもにアキリーノの名を付ける。フシーアが病気になり、結婚生活もうまくいかなくなって、フシーアの密輸を手伝っていたニエベスと一緒に逃げ、奥地に隠れ住む。このときボニファシアの世話をし、彼女をリトゥーマと結婚させる。ニエベスが捕まって刑に服している間に、治安警備隊員の通称デブと暮らすようになる。後に、サン・パブロに家を構えた息子のアキリーノに会いに行く。(このとき港で荷担ぎをしている男の顔をのぞき込んで話しかける場面がある。この男にフシーアのことを尋ねたのだろうか、あるいはこの男はフシーア本人だったのだろうか。)
アンセルモ――ある日突然ピウラに現れた放浪の歌手。町外れの砂漠地帯に緑色に塗装した売春宿「緑の家」を建てる。孤児のアントニアに恋をし、彼女を掠うようにして緑の家の塔屋に連れてくる。アントニアが出産直後に死に、緑の家も放火で焼け落ちたあとは、ギターのアレハンドロ、ドラムのボーラスとバンドを組んで酒場などで演奏して暮らす。晩年は目が不自由になり、アントニアの遺児であるラ・チュンガが再建した緑の家で、盲目のハープ弾きとして働く。最後は町中の人びとに惜しまれながら死に、その死は人びとに調和をもたらす。人びとに(そして作者に)愛された男である。
フシーア――日本人。ブラジルで事件を起こして投獄され、脱獄してきた男。アマゾンの奥地に身を潜め、盗賊や密輸をしている。このときに船頭として協力したのがアキリーノやニエベスである。若くて美しかったラリータと結婚していたが、隠れ住むうちにラリータの美貌も衰え、自身も感染症で足がやられて、結婚生活は破綻する。アキリーノに説得されて、ボートで奥地(サン・パブロの近く)の療養所へ向かう。
ニエベス――フシーアやインディオのフムたちの盗賊行為や密輸に、船頭として関わっていた男。ラリータと手に手を取ってフシーアのもとを逃げ出し、長い間隠れ住んでいたが、逃げ回る人生に終止符を打つために刑に服す。後にラリータは、ニエベスが刑期を終えたあとブラジルに渡ったという消息を聞く。もの言いも態度ももの柔らかな男で、この男も作者に愛されている!という印象が残る。

本の帯に、「小説の行き詰まり」「小説の困難」とはおよそ無縁の……これぞ小説!とある。これはモラヴィアのことば――「19世紀小説の墓掘り人」であるプルーストとジョイスによって、小説という石切場は最後に残された岩層まで掘り尽くされ、1930年代以降の小説はもはや小説ではない――を踏まえた惹句であろう。訳者によると、欧米の小説が退潮していく中にあって、逆に豊かな実りを見せているのがラテンアメリカの小説であるという。そのラテンアメリカ作家の一人であるガルバス・リョサは、旺盛な創作活動の傍ら1976年、40歳で国際ペンクラブの会長を務め、1989年には大統領選でフジモリ氏と対決している。(2011.8.8読了)
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by nishinayuu | 2011-10-27 09:59 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『緑の家』(バルガス・リョサ著、木村榮一訳、岩波書店)


c0077412_1002532.jpg1936年生まれのペルーの作家で2010年度のノーベル賞受賞者であるバルガス・リョサの代表作。発表は1965年。
上・下2巻からなるこの小説は、40年に及ぶ歳月の間に起こった出来事を綴った五つの物語が絡み合って進行していく。それぞれの物語は細かく裁断され、時系列を無視して並べられている。各断片の中で登場人物たちが交わすことばも、引用符でくくられもせず、改行もないままに続いていく。こうした特異な文体と、登場人物の数の多さのため、始めはいつ、だれが、どこで、何をしているときの話なのかが掴みにくい。それでいて各断片、各人物の印象が鮮烈なので、しだいに時や人物のつながりが見えてくる仕組みになっている。そして最後にすべての断片が一つにつながったとき、読者はひとつの長い旅を終えたような満足感を味わうことになる。
五つの物語を、舞台となる場所と登場人物とともに整理してみると次のようになる。
①アンデスの東側に位置するアマゾン源流の密林地方にあるサンタ・マリーア・デ・ニエバの町を舞台にした物語。登場するのは修道院のシスターたちと治安警備隊員、そしてインディオの娘ボニファシア。治安警備隊員のリトゥーマ軍曹は仲間のデブ、チビ、金髪、クロたちと一緒に、密林に住むインディオの集落を襲って少女たちを捕らえてくる。修道院のシスターたちは少女たちを未開状態から救うためにキリスト教教育を施す。そうした少女たちの先輩格であるボニファシアは、シスターたちに感謝しながらも、新しく連れてこられた子どもたちの怖れとおののきを見過ごすことができない。
②アンデス山脈の西側に位置し、細かい砂が降り注ぐピウラの町と、町外れの砂漠地帯を舞台とする物語。登場するのは放浪の歌手アンセルモ、孤児のアントニア、洗濯女のファナ・バウラ、ガルシーア神父など。町に落ち着いたアンセルモは、やがて町外れに売春宿「緑の家」を建てる。町にはアントニアという目も見えず口もきけない孤児の少女がいて、洗濯女のファナ・バウラが世話をしていたが、彼女に恋をしたアンセルモは、彼女をこっそりと「緑の家」の塔屋に連れてきて一緒に暮らす。しかしアントニアは出産直後に死んでしまい、緑の家はガルシーア神父に唆された町の人びとに放火されて消失してしまう。
③サン・パブロの療養所へ向かってマラニョン側を下るボートの中で、日本人のフシーアと友人の老船頭アキリーノが交わすことばから浮かび上がる物語。フシーアの盗賊、密輸商人としての経歴やラリータとの結婚生活などが明らかにされると同時に、他の物語を補足していく。
④ペルー・アマゾンにある大きな町イキートスを舞台とする物語。行政官フリオ・レアテギは、陰ではゴム商人ペドロ・エスカビーノを使ってゴム採取に携わるインディオを搾取している。密輸にも関わっていて、一時彼のもとで働いていたフシーアの命を狙っている。ゴム商人と直接取引をしようとしたインディオの部族長フムを痛めつけた黒幕でもある。
⑤ピウラのマンガチェリーア地区を舞台とする物語。登場するのはリトゥーマとレオン兄弟、ホセフィーノらの「番長」たち。ホセフィーノはリトゥーマが服役している間にラ・セルバティカ(ボニファシア)といい仲になっていた。ほかには「緑の家」のラ・チュンガと女たち、名料理人でレストランを経営するメルセデス、など。(2011.8.6読了)

☆降り続ける砂粒、蚊の襲撃、殺しと暴力、そして圧倒的な暑熱が全編を覆っています。これに比べれば日本の酷暑などはどうってことはないと思えてくるので、真夏の消夏法としてお勧めです(!?)。大学1年の夏休みにDoris LessingのThe Grass Is Singingを読んだときは、あまりの暑さに息が詰まりそうになりましたが、今回はそんなことはありませんでした。体力がついたのか感性が鈍ったのか、定かではありませんが。
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by nishinayuu | 2011-10-24 10:00 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ピアニストは指先で考える』(青柳いづみ子著、中央公論社)


c0077412_10202923.jpgピアニストにしてエッセイスト、青柳いづみ子が2007年に発表したエッセイ。7つの章からなり、はじめのⅠ~Ⅲは専門的な内容で、あとに行くにしたがってど素人でも楽しめる内容になる。
第Ⅰ章「ピアニストの身体」はピアノを弾くための身体作りに関する話。「5本の指は長さもつきかたも異なっているのだから、均等にタッチしようとする方が無理だと考えたショパンは、チェルニーなどの練習曲がいつもハ長調――すべての指が同一平面上に置かれる――で開始することを批判した。ショパンのピアノ曲にやたらとシャープやフラットが多いのも、同じ考え方から来ている」とあって、長年の疑問が解けた。長い指を黒鍵にのせ、短い指を白鍵に落として、全部の指を自然に伸ばした状態で弾く、というのがショパンの奏法だったのだ。著者はドビュッシー研究家でもあるが、そのドビュッシーも指を自然に伸ばした奏法だったという。
第Ⅱ章「レガートとスタッカート」は内容がさらに専門的になり、指奏法と重力奏法、ジュー・ペルレ(真珠のような奏法)、ポアニエ(手首の意味)のテクニックなど、素人には「猫に小判」の話が続く。因みに「猫に小判」は本書のなかで、子どもの頃からフランスでピアノを勉強した安川加寿子がなにもベースのない日本のピアノ練習生に発したことばを評して使われている。
第Ⅲ章「楽譜に忠実?」も演奏者向けの内容が並んでいるが、その中で印象的だったのは、ドビュッシーとラヴェルについての話。ドビュッシーは19世紀末のデカダンスにどっぷりつかっていた世代、ラヴェルは20世紀初頭に活躍し始めた世代に属し、二つの文化の違いは前者は自然、人間など有機的なものに興味があり、後者は人工、機械など無機的なものに興味がむく。だから、同じ水に取材した作品でもラヴェルの『水の戯れ』は人工の水で、ドビュッシーの『水の反映』は心象風景を映し出した水、という全く異なる発想で弾かねばならない、と言う。
第Ⅳ章「教えることと教わること」でいちばん愉快だったのは絶対音感の項。「相対音感族」は主音が全部ドに聴こえるわけだから、どんな曲でもハ長調かハ短調?と「絶対音感族」の著者は不思議がる。ここでまた長年の疑問が解けた。私はたいていの曲はすぐ階名で口ずさめるのだが、4歳からピアノに親しんできた娘たちは音名で口ずさむことは出来るが階名はすっと出てこない。なんのことはない。私は「相対音感族」で娘たちは「絶対音感族」だったのだ。
第Ⅴ章「コンサートとレコーディング」、第Ⅵ章「ピアニストと旅」の章は古今東西のピアニストや指揮者のエピソードがいっぱい詰まっていてとにかく面白い。一つ二つ書き留めても意味がないので省略(!)。
第Ⅶ章「演奏の未来」には主として著者の最近の活動が記されている。「ノーミスと人間性」の項の「不安を感じる能力、人間であることの不安を感じる能力がなければいかなる種類の情熱にも入っていくことは出来ない」というクラウディオ・アウラのことばに続く、「もし演奏がコマネチの体操演技のようだったら、やはり機械的でおもしろくないと感じるだろう。多少ミスがあっても、ホルキナのように芸術的で華麗な演技のほうに惹かれる」という著者のことばに共感を覚えた。(2011.8.1読了)
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by nishinayuu | 2011-10-21 10:20 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『King Henry the Eighth』(Shakespeare著、 Greenwich House)


c0077412_10285018.jpgこの作品はシェイクスピアがロンドンを去って故郷のストラットフォードに帰ったあと、1613年かそれより少し前に書かれたものと考えられている。語彙や文体などからジョン・フレッチャー(シェイクスピアのあとを継いで国王一座の座付き作家となった人物)との合作と考えられており、1590年代に発表された他の9編の史劇と同格には語れない作品であるとみなされている。
この史劇が取り上げているのは、ヘンリー8世が妻のキャサリンを王妃の座から追放しようと画策を始めるところから、キャサリンの侍女だったアン・ブーリンと結婚して女児(後のエリザベス1世)をもうけるまでの期間である。プロローグでこの劇は権力者が転落していく深刻な劇であることが予告されているが、はたしてまずバッキンガム公爵が大逆罪でロンドン塔に送られ、続いて彼を陥れたウルジー枢機卿もまた失脚していき、王妃キャサリンも失意のうちに世を去る。キャサリンを追い出す形で王妃となったアン・ブーリンも、歴史上はこのあとロンドン塔に送られて斬首刑になり、ヘンリー8世は次々に妻を替えていくことになるが、それらのエピソードはいっさい端折られている。そうした後日のエピソードは同じことの繰り返しでしかないからであろうが、この史劇に取り上げられている場面だけでヘンリー8世という人物の傲慢さも、快楽的で冷酷なところも充分伝わってくる。
さて、それではこの劇は陰惨で暗い雰囲気のためあまり歓迎されなかったのではないかと思えてくるが、実がそうではなく、むしろスペクタクル的な演出で観客を惹きつけたらしい。その証拠として、第1幕第4場、ヘンリー8世がアン・ブーリンを見初めるウルジー邸におけるパーティーの場面で派手に火を使ったため、1613年6月29日にグローブ座が火事になって全焼した、という記録が残っているという。
(2011.7.29読了)
☆画像はハンス・ホルバインによるヘンリー8世の肖像。
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by nishinayuu | 2011-10-18 10:26 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

催涙ガスの特効薬 (特派員メモ ディラズ村[バーレーン])


c0077412_10504919.jpg新聞のコラム(2011.4.8朝日新聞)を韓国語にしました。原文は韓国語の下にある「催涙ガスの特効薬」をクリックすると読めます。

최루가스의 특효약    특파원메모   디라즈-촌(바레인)


아프리카에서의 취재를 담당하고 있는 덕택으로 나는 최루탄에는 익숙해 있다. 그런데, 푸른 하늘이 펼쳐지는 아프리카에서 들이마신 최루가스와 달리, 마치 미로처럼 복잡한 중동의 주택가에서 들이마신 엷어지지 않는 가스에 순식간에 심하게 콜록거렸다.
삼월 하순, 바레인 연안부에 자리 잡은 디라즈-촌에서 시아파의 젊은이 200여 명이 벌인 반 정부시위를 취재했는데, 그때 만난 일이다.
대수롭지도 않은 시위인데, 기동대는 너무하다! 화가 치밀었을 때, 시위대속에서 어떤 소년이 나타나서 “이것을 써라” 며, 불룩해진 주먹을 내밀었다.
같이 돌 던지자고? 그러나 펴진 손바닥에는 양파 조각이 있었다. “냄새를 맡아 봐라” 고 했다. 반신반의로 킁킁거렸더니, 목이 상쾌해졌다.
왜 그러는가? 생각할 틈도 없이 최루탄은 연달아 쏟아진다. 이제는 눈까지 아파져서 뜰 수 없게 되었다.
같은 소년이 재촉하길래, 손에 받은 액체로 얼굴을 씻었다. 왜인지 눈이 크게 반짝 뜨였다. 알아보았더니, 종이팩의 우유였다.
왜 그러지? 답을 들을 틈도 없이, 기동대에게 쫒긴 시위대는 뛰기 시작했고, 나는 골목속에서 그들을 놓쳐 버렸다. 시위대를 깔보아서는 안 된다고 명심했다. (후루야 수케노부)

催涙ガスの特効薬 
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by nishinayuu | 2011-10-15 10:52 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『46年目の光』(ロバート・カーソン著、池村千秋訳、NTT出版)


c0077412_959579.jpg2006年の全米雑誌賞を受賞した「エスクァイア」誌の記事をもとに書かれたノンフィクションで、原題はCrashing Through :The extraordinary true story of the man who dared to see。
小説よりも奇なる半生をたどった男の伝記的物語であり、また最新の眼科治療や視力と脳の関係などの情報を満載した科学的読み物でもある。442ページを一気に読ませる、迫力のある読み物である。
1957年の春、3歳のマイク・メイは一つ上の姉ダイアンと庭で泥遊びをしていた。マイクが泥を固めるために納屋から持ち出しガラス瓶をたまり水にズボッと沈めたとき、瓶が爆発してマイクは大けがをした。どうにか一命は取りとめたが、視力は失われた。1年近くかかって怪我が回復すると、マイクは新しい世界に踏み出した。挑戦するのが当たり前の環境で育った母親のオリジーンは、マイクを普通の幼稚園に入れた。マイクもなんにでも挑戦する子どもだったから、怪我が絶えなかった。オリジーンがマイクのために選んだ小学校は、目の見えない子どもをふつうの子どもと一緒に教育するところだった。そこには目の見えないことを言い訳にしたり泣き言を言ったりすることは認めない、というオリジーンと同じ考えの教師がいた。マイクは自転車にも乗り、一人旅にも出かけ、成績もほとんどAかBだった。大人になっても挑戦は続き、ガーナに留学したり、CIAの職員として働いたりし、障害者アルペンスキー世界選手権では金メダルを三つも取った。長身で男前だったから女性にももてた。数々の女性遍歴のあとジェニファーと結婚して、二人の息子の父親になり、事業家としても成功しつつあった。つまり1999年の時点でマイクは、人生になんの不足も感じていなかった。
そんなマイクの前に「あなたの目を見えるようにできると思います」と言う医師が現れる。化学薬品事故による失明の場合、幹細胞移植+角膜移植によって視力が回復する可能性がある、というのだ。医学の進歩がもたらした新しい治療法だが、これにはたくさんのリスクもあった。成功率は50%、どの程度の視力が出るかはやってみないとわからない、失敗すれば今残っている光を認識する能力も失うかもしれない、移植の拒絶反応を抑えるためには副作用の大きい薬を飲まねばならない、その薬を飲み続けると癌を発症する危険性もある、などなど。視力がなくてもなんの不自由もないのに、敢えて危険な手術を受ける必要はあるのだろうか、と悩みに悩んだ末にマイクは決断する。これも一つの挑戦であり、尻込みするのは自分らしくない、と。
こうしてマイクは2000年3月、46歳で、つまり視力を失ってから43年ぶりに目が見えるようになったのだが、マイクの得た視力は実に思いがけないものだった。そしてこの日から、マイクの新たな挑戦の日々が始まるのである。(2011.7.25読了)
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by nishinayuu | 2011-10-12 10:00 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『もう一人のメンデルスゾーン』(山下 剛著、未知谷)


c0077412_10363572.jpgドイツ・ロマン派の作曲家フェーリクス・メンデルスゾーンの姉、ファニー・ヘンゼル(1805~1847)の伝記。フェーリクスと4歳上のファニーは、どちらも幼い頃から音楽に非凡な才能を示し、著名な文化人や音楽家が出入りする恵まれた家庭環境の中で、音楽教育も教養教育も同じように受けて育った。互いに才能を認め合い、信頼し合って成長したふたりだったが、成人後の人生は大きく違ってしまう。ひとりは広い世界に羽ばたく作曲家となり、ひとりは小さな世界に閉じこめられたまま、やがて世間から忘れ去られてしまうのだ。
本書は豊かな才能を持ちながらそれを充分に発揮する機会を与えられずに終わったファニーという女性の生涯に光を当てるとによって、彼女の歌曲作品にも光が当たることを願って書かれたものであるが、それだけではない。著者は、19世紀以降の反ユダヤ主義の潮流の中にあって、フェーリクス・メンデルスゾーンその人もユダヤ系であるが故にその価値が正当に評価されてこなかった、という。すなわち本書のねらいはフェミニズム的な視点からファニーを描くことではなく、当時の社会状況の中でファニーがどのような立場に置かれてどのように行動したかを振り返ることによって、ファニーが音楽史の中に正当に位置づけられること、なのだ。記述は極めて詳細ながら文章は平易でわかりやすく、すばらしい伝記作品である。
8つの章からなる本書の第1章では、姉弟の祖父モーゼスを祖とするメンデルスゾーン一族が紹介される。「創世記」よろしく次々に名前があげられる人びとの関係を理解するのがやや煩雑ではあるが、人物と同時に時代の雰囲気、ユダヤ人の置かれていた状況などがわかる仕組みになっている。章末に姉弟の父親が「かつて私は偉大な父親の息子だったが、今では偉大な息子の父親である」と日記に記したと有る。フェーリクスが音楽家として地歩を固めつつあった頃のことである。
第2章は姉弟の子ども時代で、ゲーテやハイネとの交流も描かれている。ファニーのハイネ評が面白い。
第3章に、ファニーの婚約者となった画家のヴィルヘルムが、メンデルスゾーン家になかなか受け入れてもらえなかった頃に描いた「車輪」という絵が載っている。中心の車軸の中にフェーリクス、その周りの輻としてファニーや一族の主な人びとが描かれ、ヴィルヘルム本人は車輪の縁にしがみついている。それぞれの位置関係とヴィルヘルムの人柄がよくわかる傑作である。
第4章では、父の死後そのあとを継いで一家の長となったフェーリクスが、音楽家として歩む望みを抱いていたファニーの前に立ち塞がるようになる。
第5章には「人生で最高の日々」というタイトルでファニーとヴィルヘルムの1年にわたるイタリア旅行のことが描かれている。このときファニーはグノーと知り合い、後々彼に大きな影響を与えることになる。
第6章でファニーは作品集を出版し、ヴィルヘルムは画家として成功する。この頃ファニーはベルリオーズと知りあい、シューマンやその妻クララと交流している。
第7章はファニーの作曲した歌曲の解説に当てられた、やや専門的な章となっている。
第8章にはファニーの死(1847年)と、そのあとを追ったかのようなフェーリクスの死、そしてヴィルヘルムのその後が語られている。(2011.7.24読了)
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by nishinayuu | 2011-10-09 10:36 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

『失われた時を求めて 8』(マルセル・プルースト著、鈴木道彦訳、集英社)


c0077412_1011749.jpg「ソドムトゴモラ」Ⅱの第2章の続きと、第3章、第4章が収められた巻である。
この巻の語り手は母親とバルベックに滞在しているが、物語の大半はラ・ラスプリエール荘とそこへ行く軽便鉄道が舞台になっている。軽便鉄道は、バルベック海岸駅→トゥータンヴィル→エプルヴィル→モンマルタン=シュール=メール→パルヴィユ=ラ=バンガール→アンカルヴィル→サン=フリシュー→ドンシェール→グランクール→アランブーヴィル→サン=ピエール=デ=ジフ→メーヌヴィル→レンヌヴィル→サン=マルス=ル=ヴィユーという経路でドゥーヴィル=フェテルヌに至る。そこからヴェルデュラン夫人の滞在するラ・ラスプリエール荘までは夫人の差し回した馬車で行くことになる。
語り手は途中のドンシェール駅にサン=ルーを呼び出して会うが、アルベルチーヌがサン=ルーに興味を持ったため嫉妬に苦しむ。またこの駅ではシャルリュス氏がたまたま見かけたモレル(語り手の大叔父に仕えていた人の息子で、新進のヴァイオリニスト)に夢中になり、モレルといっしょにヴェルデュラン家のサロンに通うことになる。さらに途中駅ではヴェルデュラン家の信者と「羊の群れ」が乗り込んで来る。彫刻家のスキー、今や高い地位に昇った医師のコタール、ソルボンヌの教授であるブリショ、世間から遠ざけられているシェルバトフ大公夫人、そしてその他大勢が一団となってヴェルデュラン家に吸い込まれていくのである。この頃ヴェルデュラン家は社交界に向かっておずおずとした動きを開始していたのだが、社交界のほうでもヴェルデュラン家に近づこうと用意万端を整えていたのだった。今やヴェルデュラン家は音楽の殿堂とみなされており、芸術家の溢れるサロンでもあった。そんな中に入り込んだシャルリュス氏は、性倒錯の化身でしかなかった。そこでは彼の社交界での高い地位や知性はまるで知られていなかったのだ。
この巻の主題はソドムの権化と化したシャルリュス氏の姿態と言動と、ゴモラの世界に入り込んでいる疑いのあるアルベルチーヌに対する語り手の複雑な思いと行動である。この主題を中心にして、田舎貴族のカンブルメール夫妻の教養がいかにお粗末か、従僕が外見を取り繕っても朋輩の召使いたちの目はごまかせないというエピソード、睡眠についての考察、シャルリュス氏の展開する「ユダヤ人の奇妙な冒涜趣味」説、などなどの興味深い話題が散りばめられている。中でも特に多くの紙幅が割かれているのがブリショによる地名や植物名の語源談義である。もしかしたらプルーストは自分の膨大な探求結果を披露するためにブリショという人物を登場させたのではないだろうか。(2011.7.14読了)
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by nishinayuu | 2011-10-06 10:11 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『マルコヴァルドさんの四季』(イタロ・カルヴィーノ著、関口英子訳、岩波書店)


c0077412_1001156.jpg作者自身が「現代版おとぎ話」と呼んでいる作品で、1963年に発表されたもの。ネオリアリリズモの小説や映画が描いた救いのない庶民の生活を、ネオリアリズモとは異なる手法で、すなわち滑稽味とペーソスで味付けして描いた傑作である。
20の章からなり、一つの章に一つの季節が当てはめられており、最初の春から最後の冬までに5年分の季節が巡る構成になっている。
主人公のマルコヴァルドさんは、イタリアのどこかの都会に住みながら都会生活に馴染んでいない「自然人」で、子どもが6人もいる父親でありながら分別のある大人とはほど遠い「夢見がちな人」でもある。SBAVという会社の倉庫で作業員をしているので、生活の苦労は絶えないが、毎日何かしら新しい発見をしたり、新しいことを思いついたりして、前向きに暮らしている。ただし、その発見や思いつきがうまくいくことはなく、たいてい惨めな、あるいは皮肉で滑稽な結果に終わる。それでもマルコヴァルドさんは決してくさったりへこたれたりすることなく、前を向いて生きていくのである。それだからだろうか、はじめはコンクリートの建物の半地階に住んでいたマルコヴァルドさん一家は、4年目の夏には屋根裏のアパートに住んでいる。前よりも風通しが良くて少し広いところに住めるようになったのだ。その間に長女のイゾリーナも女の子から立派な娘に成長している。
ここで、マルコヴァルドさん一家のメンバーを、あちこちに分散している記述をかき集めて整理してみると、マルコヴァルドさんがひょろりと痩せているのに対して丸ぽちゃの奥さん・ドミティッラ、長女・イゾリーナ、長男・ミケリーノ、次女・テレザ、次男・ピエトルッチョ、三男・フィリペット、四男・パオリーノ、となる。
次に、特に印象的なエピソードを種類別にあげると以下のようになる。
1.哀れでもの悲しいエピソード――毒入りウサギ、雨と葉っぱ
2.愉快でもの悲しいエピソード――高速道路沿いの森、おいしい空気、牛と過ごした夏休み、川のいちばん青いところ、月と《ニャック》、スーパーマーケットへ行ったマルコヴァルドさん
3.最高傑作――間違った停留所(リウマチ持ちのマルコヴァルドさんが、半地階の家にいるのが嫌で映画を見に行く。インドの森を舞台にした映画を見てから外に出ると、町は濃い霧に覆われていた。映画の余韻に浸りながら路面電車に乗り、空想に耽っているうちに下りる停留所がわからなくなってあわてて下りる。歩けば歩くほどいよいよ道はわからなくなり、やがて広いところに出る。誘導灯を持っている人に促されるままに路面電車に乗ったと思ったら、そこは飛行機の中で、「最初の着陸地はムンバイ、それからコルカタ……」と言われて見回すと、他の座席にはひげを生やし、ターバンを巻いたインド人たちが……。)(2011.7.10読了)
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by nishinayuu | 2011-10-03 10:00 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)