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『ここがホームシック・レストラン』(アン・タイラー著、中野恵津子訳、文藝春秋社)


c0077412_1037956.jpg1944年のある日、パールの夫・ベックが家を出て行った。ベックの転勤のたびにあちこちに住んできた一家は、その時はボルティモアのテラスハウスに住んでいた。パールは子どもたち(14歳のコーディ、11歳のエズラ、9歳のジェニー)に、父親の帰りが遅れる、と話す。こうして夫に捨てられたパールと、父親のいない子どもたちのその後の人生が、それぞれの視点で綴られて物語が展開していく。
パールの目から見ると「コーディは弟に意地悪ばかりするし、エズラは自分の才能を生かしていないし、ジェニーは軽率で、しかも三人とも母親をしめ出している」。レジの仕事をしながら女手一つで奮闘するパールは、しょっちゅう癇癪を起こし、ときには暴力的になることもあって、子どもたちから見れば理不尽な母親であった。それでも母親の関心を引こうとあれこれ試みたコーディはいつも裏切られ、結局エズラの婚約者を奪って結婚するに及んで、自ら母親や弟妹との距離を大きくしてしまう。コーディとエズラの確執に巻き込まれることもなく、母親との距離もいちばんうまくとってきた末っ子のジェニーは、小児科医として、また母親として充実した日々を手にすることになる。善良でおっとりしたエズラは、子どものときもそうだったように、大人になっても常に母親の傍らにいて母親を癒し続ける存在である。そしてエズラは、婚約者を奪われても兄を恨むことなく、ことあるごとに家族みんなで食卓を囲む機会を持とうと心を砕く。大学に進学して偉い人になって……、というパールの期待を裏切ってエズラが人生をかけた場所――それが、彼が経営者兼料理人として働く「ホームシック・レストラン」なのだ。(2011.1.19読了)

☆ジェニーのいちばん好きな映画として『蜜の味』、ジェニーの2番目の夫がよく歌っていた歌として『グリーンフィールズ』が出てきて、物語のリアリティーがグンと増した感じがします。
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by nishinayuu | 2011-04-29 10:37 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

宇遲(うぢ)のわき郎子(いらつこ)-その2


c0077412_14253329.jpg☆『古事記』の再話と韓国語訳「宇遲(うぢ)のわき郎子(いらつこ)」の後半部です。前半部はこちら
画像は応神天皇陵。

여기 있는 게 어디에서 왔니 저 멀디먼 곳 츠누가에서 온 게
옆으로 기며 어디에 다다르니 이치지-섬의 미시마에 이르고
논병아리가 숨쉬는 듯 숨쉬고 오오츠 가는 사사나미의 길을
성큼성큼 과인이 걸어갈 때 코하타에서 과인이 만난 처녀
그 뒷 모습은 방패처럼 날씬해 그 잇바디는 마름씨처럼 희네
이치이-마을 와니-비탈의 흙을 바깥 표토는 흙 맨살갗이 붉고
바닥의 흙은 살갗이 검붉어서 겹겹이 지는 층의 중간의 흙을
세차게 타는 화염에 대지 않고 찌어서 만든 미대(注)로 화장했네
여기 나타난 아가씨 이렇다면 좋을 것인가 저렇다면 좋을가
꿈꾼 처녀와 어쩼든 잠시라도 이렇게 함께 지낼 수 있구나

이렇게 해서 그들이 낳은 아들이 우지의와키이라츠코이다.
(注)미대(眉黛) 눈썹을 그리는 먹


この蟹や 何処の蟹 百傳(ももづた)ふ 角鹿(つぬが)の蟹 横去らふ 何処に致る 伊知遲(いちぢ)島 美島に著き 鳰鳥(みほどり)の 潜(かづ)き息づき しなだゆふ ささなみぢを すくすくと 我が行(い)ませば 
木幡の道に 遭はしし 嬢子(をとめ) 後姿(うしろで)は 小楯(をだて)ろかも 歯並(はなみ)は 椎菱なす
櫟井(いちひゐ)の 丸迩坂の土(に)を 初土は 肌赤らけみ 底土(しはに)は 丹黒(にぐろ)きゆゑ 三栗の その中土(なかつに)を かぶつく 真火(まひ)には当てず 眉書(まよがき) 濃(こ)に書き垂れ 遇(あ)はしし女人(をみな)
かもがと 我が見し子ら かくもがと 我が見し子に うたたけだに 対(むか)ひ居(を)るかも 添(いそひ)居(を)るかも
(この蟹はどこの蟹かな。遠い敦賀の蟹。横歩きしてどこに行く。伊知遲島、美島に着いて、鳰鳥が水に潜っては息継ぎをするように 一息ついて ささなみ道をずんずん歩いて行った私が、木幡の道で出逢ったお嬢さん。後ろ姿は楯のようにすんなりしていて、歯並びは椎の実・菱の実のように真っ白だね。櫟井の丸迩坂の土を、表土は赤くて底土は赤黒いので、真ん中の土をかっかと燃える火には当てずに蒸し焼きにして作った眉墨で、眉をくっきりと描いて現れたお嬢さん。こうならいいな、ああならいいな、と思っていた娘とともかくしばらくはこうしていっしょに過ごせるのだ)

このようにして生まれた御子が宇遲のわき郎子なのだ。
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by nishinayuu | 2011-04-26 14:29 | 再話 | Trackback | Comments(0)

『スモールボーン氏は不在』(マイケル・ギルバート著、浅羽莢子訳、小学館)


c0077412_10313170.jpgロンドンにある法律事務所を舞台にしたミステリー。訳者の解説によると、作者は1912年生まれで、英国ミステリー文壇きっての大家。初期の作品であるこの作品は、英米でも評判がよかった代表作の一つだという。
第1章は月曜の夜。ここで法律事務所の面々、すなわち事件の当事者たちが紹介される。
第2章は火曜日。新米弁護士のヘンリー・ブーンが事務所内のことを知るために動き回るという形で、この法律事務所独自の綿密な事務処理方法、書類の保管方法、現在扱っている案件、事務所内の人間関係や力関係が明らかにされていく。
第3章は水曜日。前所長と共同で信託管財人をしていた顧客のスモールボーン氏が、書類保管箱から死体で発見される。(保管箱に身体が入ってしまうくらいスモールボーンだったということですね。)
こうして第3章で「事件」が起こり、第15章で殺人犯が判明するまで、ほぼ一章に一日が当てられて話が進んでいく。(途中で少しずれたために第13章が金曜日になっているが、この13と金曜の組み合わせには特に意味はないようである。)スコットランド・ヤードのヘイズリグ主席警部という沈着で頼もしい人物が事件を解決していくが、ブーンも警部に遜色のない推理力を発揮して活躍する。(2011.1.16読了)

☆話の流れはごく自然でわかりやすく、随所にさりげなく「笑い」も埋め込んであって楽しく読めました。というより、あまりに滑らかに話が進んでいくため、伏線を見落とし、推理することも忘れて、普通の小説のように読んでしまったのでした。
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by nishinayuu | 2011-04-23 10:31 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ヴァン・ゴッホ・カフェ』(シンシア・ライラント著、中村妙子訳、偕成社)


c0077412_106783.jpg「ヴァン・ゴッホ・カフェはカンザス州フランソワーズの町のメイン・ストリートにありました。むかし、劇場だった建物のかたすみにあったのです。むかしの劇場のなかにあったので、このカフェには魔法がつきまとうことになったのかもしれません。」という文で始まる、ほのぼのとした児童文学作品。
ヴァン・ゴッホ・カフェは若い父親のマークが10歳の娘・クララといっしょにやっていて、いなびかりが光ったあとで料理がひとりでにできあがるようになったり、マークが将来を予言する詩を書くようになったり……と、いろいろふしぎなことがおこる。お客さんは町の人たちが主だが、オポッサムやカモメもやってくれば、すてきな女性も、かつての映画スターも、作家志望の青年もやってくる。こうしたお客たちをめぐるエピソードはいずれもふんわりと温かいものばかりで、たとえば「まよいカモメ」の章には、カフェの屋根に最初の一羽のカモメが止まってから1時間のうちに、カモメの数が50羽に増えた、というエピソードが出てくるが、ヒッチコックの「鳥」のような怖いお話には決してならないのだ。大人が読んでも楽しく、なにかほっとさせられる作品である。(2011.1.11読了)
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by nishinayuu | 2011-04-20 10:06 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

宇遲(うぢ)のわき郎子(いらつこ)-その1

c0077412_10311944.jpg☆『古事記』の再話と韓国語訳の「宇遲(うぢ)のわき郎子(いらつこ)」を、2回にわけてupします。



천황 (応神天皇 15대) 이 치카츠오오미-고을로 건너가실 때, 우지노의 언덕에 서서 카도노-벌판을 바라보면서 노래하시기를,

넓디넓은 카도노를 바라보면 집들 많고 이 지방의 넉넉함이 다 보이네

이윽고 코하타-마을에 도달하셨는데, 아주 예쁜 처녀가 길거리를 지나갔단다. 그때 천황이 그 처녀에게 이름이 무어냐고 물었다. 그 처녀가 대답하기를 “와니씨의 히후레-오오미의 딸. 이름은 미야누시야가와에-히메라고 하옵니다.” 천황이 그처녀에게 말하시기를 “과인은 내일 돌아가는 길에서 당신의 집을 찾아가겠소.” 그래서 야가와-히메는 아버지에게 자초지종을 보고했단다. 아버지가 말하기를 “그 분은 천황이시다. 황송하다. 아가야, 잘 시중들거라.” 곧 집을 엄숙하게 장식하고 기다리고 있더니, 이튿날 그 분이 들어오셨어. 음식 대접을 할 때, 그 야가와에-히메로 하여금 술잔을 가지고 들어가게 했단다. 이에 천황은 그녀로 하여금 술잔을 들게 한 채 노래하시기를,

天皇(応神天皇 第15代)が近淡海(ちかつあふみ)の国に越えていらした時、宇遲野(うぢの)の丘の葛野(かどの)を望んでお歌いになった。

ちばの 葛野(かづの)を見れば 百千(ももち)足る 家庭(やには)も見ゆ 国秀(くにのほ)も見ゆ 
(広く開けた葛野を見渡すと、数限りない家屋敷が見え、国中で最高のすばらしさも見える。)

やがて木幡(こはた)の村に着いたとき、麗しい娘が通ったのだよ。すると天皇が娘に名をたずねた。娘が応えて言うには「丸迩(わに)の、ひふれのおほみの娘で、名は宮主矢河枝(みやぬしやがわえ)ひめでございます。」 天皇がその娘におっしゃった。「私は明日、帰る途中でそなたの家に訪ねて行こう。」 そこで矢河ひめは父に一部始終を告げたのだ。父が言うには「そのお方は天皇でいらっしゃる。畏れ多いことだ。娘よ、きちんとお仕えするのだぞ。」そうして家をきちんと整え飾って、お待ちしていると、翌日、天皇がおいでになった。食事をさし上げる時、矢河枝ひめに盃を持って行かせたのだよ。すると天皇は、娘に盃を持たせたまま歌をお詠みになった。
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by nishinayuu | 2011-04-17 10:32 | 再話 | Trackback | Comments(0)

『Bungalow2』(Danielle Steel 著、Dell)


c0077412_10224841.jpg家事育児の傍ら趣味的に文筆活動もしていた中年女性・タニアに訪れた波瀾万丈の数年間を描いた小説である。ある日、タニアのもとにハリウッド映画のシナリオを書かないか、という話が飛び込んでくる。シナリオの仕事をするには数ヶ月の間家を離れてハリウッドで暮らす必要がある。平凡で平穏な家庭生活に満足していて、はじめはまったくその気がなかったタニアも、チャンスを逃すな、という夫の熱心な勧めもあって、ついにハリウッド行きを決意する。ビバリーヒルズの豪華ホテルにある「バンガロー2」に住むことになったタニアは、「シンデレラ」気分を味わう。華やかな映画人たちとのつきあいも始まる。
一方、残してきた家族のほうにも新しい生活が始まろうとしていた。隣の家に住んでいたタニアの親友が、いつの間にかタニアの後釜に収まってしまったのだ。夫とは強い信頼関係で結ばれ、3人の子どもたち(といってもすでに大学生と高校生なのだが)のよき母親であると自負していたタニアが、夫には裏切られ、子どもとの関係はこじれる、という試練にさらされる。しかしタニアは絶望のなかから立ち上がり、やがてシナリオ作家として大成功を収め、新しい家族とも出会うことになる。
波瀾万丈といっても、ハッピー・エンディングが待っていることが予想できる気楽なエンターテインメントである。ただし、同じ内容が何度も繰り返し語られて話の進展があきれるほど遅いのが難点。全体のページ数は413ページだが、200ページあれば充分なのでは?といらいらさせられるので、精神衛生にはあまりよくないかもしれない。(2011.1.9読了)
☆Chapter24の終わりのほうに次のような文が出てきます。let one’s hair downは「気を許す」、「うち解ける」という意味ですが、いくら慣用句でも男性に使うとなにか変、と思ってしまいました。
The only time he let his hair down with her was when he saw her with his children.
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by nishinayuu | 2011-04-14 10:18 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ペネロピアド』(マーガレット・アトウッド著、鴻巣友希子訳、角川書店)


c0077412_1031710.jpgオデュッセウス(ユリシーズ)の妻であるペネロペイアの物語。トロイ戦役のあと長い彷徨を経て故郷に帰還したオデュッセウスについてはホーマーの『オデュッセイア』などで詳しく語られている。では、そのオデュッセウスを20年もの間待ち続けた妻のペネロペイアとは、いったいどんな女性だったのだろうか――という疑問に対する一つの答えを提示した作品である。圧倒的な力を持つオデュッセウスの言い分だけでなく、陰に押しやられてしまったペネロペイアの言い分に耳を傾けてみよう、というわけだ。語り手はペネロペイアと12人の女中たち。この12人の若い娘たちは、ペネロペイアの意を汲んで彼女のために働いたつもりだったのに、そうとは受け取らなかったオデュッセウスと息子のテレマコスによって惨殺されてしまったのである。
愉快なのは、女神アテネに愛される「奸智に長けた」英雄オデュッセウスは短足の醜男として、またトロイ戦争の原因を作ったヘレンは美しさを鼻にかけた実に嫌みな女として描かれていること。ヘレンの場合は、絶世の美女が性格もよかったりしたら許せない、というペネロペイアの(著者の?)思いが結晶したのかもしれない。
周辺に追いやられた人たち、声を消された人たちの物語としては、アメリカの南北戦争をいわば敗者の側から描いた『風と共に去りぬ』がすぐに思い浮かぶが、「語り手や視点を変えて、女性側の言い分を展開した作品」の例を訳者の鴻巣友希子がいくつか挙げている。それらのなかでは
『ウェイクフィールド』を妻の側から語った『ウェイクフィールドの妻』(E・ベルティ)
『ユリシーズ』を妻のモリーの視点から描いた架空の小説(クッツェーの作品に出てくるという)
に惹かれるが、そもそも原作をまず読まないと……。(2011.1.8読了)
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by nishinayuu | 2011-04-11 10:03 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『木のぼり男爵』(イタロ・カルヴィーノ著、米川良夫訳、白水社)


c0077412_10112560.jpg12歳のある日、食卓に出されたカタツムリ料理を拒否して木に登って以来、一度も地面に足を下ろすことなく一生を終えた、コジモ・ビオヴァスイオ・ディ・ロンドー男爵の物語。コジモの樹上生活は、オーストリア継承戦争からほぼ20年後の1768年に始まり、ナポレオン軍敗退後まで50年余り続いたという設定になっている。
大筋としては奇想天外、荒唐無稽な物語であるが、コジモが樹上生活に適応していく過程がこと細かに描写されており、また当時のヨーロッパ社会の政治・文化にまつわるエピソードがふんだんに盛り込まれていて細部にはリアリティーがある。話の流れがスムーズなので、ぼんやり読んでいると虚実が曖昧になりそうになるが、作者に騙されないように気を引き締めて読むより、物語の世界にどっぷりつかって「本当の話」だと思って読んだほうが楽しめる。そうすれば最後の方でコジモに名前を聞かれたロシア軍の将校が「わたしは公爵、アンドレイ」と名のっても、素直に感動できる。この例のように、架空の人物や実在の人物との交流がさらっと語られているのもよい。
この作品の特徴の一つは登場人物たちがさまざまな言語で語り合っていることである。例えばコジモの家族は主としてイタリア語を使っているが、オーストリア軍人の娘である母親はドイツ語で通し、教育係の老師はフランス語でつぶやく、という具合。他にもスペイン語、英語、ロシア語が入り乱れているにもかかわらず、登場人物たちは少しの混乱もなく交流している。そうした状況を日本語で伝えるのは容易なことではないと思われるが、翻訳者はイタリア語以外の言語をアルファベットで表記してその脇にカタカナで読みを付け、その下に( )に入れて意味を付ける、という形で処理している。見た目には煩わしい翻訳文になっているが、諸言語に関心のある読者には親切な訳かもしれない。
なお、訳者は名翻訳者として知られる米川正夫を父とする現代イタリア文学の研究者だそうで、巻末にカルヴィーノ文学についてのいかにも学者らしい懇切丁寧な解説がついている。(2011.1.2読了)
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by nishinayuu | 2011-04-08 10:11 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

『本格小説』(水村美苗、新潮社)


c0077412_10114938.jpg荒涼としたヒースの丘ならぬ、しっとりとして優雅な軽井沢で繰り広げられる日本版『嵐が丘』の世界である。著者の日本語に対する思い、『本格小説』というタイトルの意味、一時代前の人びとの暮らしなども盛り込まれた、読みどころ満載の作品でもある。
この作品の大きな特徴のひとつは、語り手が次々に移っていくことである。
最初に登場する語り手は水村美苗本人で、アメリカで過ごした少女期の話を中心とするこの私小説的部分が上巻の半分近くを占めている。この時期に作者一家の前に東太郎という青年が現れ、父親が目をかけて引き立ててやったこの青年がやがて企業家として成功し、伝説的な大富豪になったあと、忽然と姿を消したことなどが語られる。
次に登場する語り手は元編集者の加藤祐介という青年で、スタンフォードで日本文学の講座を担当していた作者のもとに、東太郎にまつわる数奇な物語をもたらして『本格小説』誕生のきっかけを作る。
三番目に登場する語り手は土屋冨美子という女性で、東太郎と宇田川ようこを、二人の幼年時代からずっと見守り続けてきた、二人のことをだれよりも深く理解している人物である。二人の狂おしい恋物語の語り手として『嵐が丘』の家政婦ネリーの役割を担うと同時に、しなやに、かつ逞しく生きていく女性として物語のもう一人の主人公の役割を担っている。(2010.12.26読了)
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by nishinayuu | 2011-04-05 10:11 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「夢みるカサビアンカ」

c0077412_13473199.jpg☆カンツォーネ「Casa Bianca」は、1968年のサンレモ音楽祭でMaria Sanniaが歌って2位に入賞し、大ヒットしました。この原曲のメロディーはそのまま生かして歌詞を大幅に変えた「夢みるカサビアンカ」は、韓国ドラマ「黄金のリンゴ」のOSTとして使われています。参考までにイタリア語の原詩を載せておきますので、日本語訳の下にある「Casa Bianca」をクリックしてご覧ください。Maria Sanniaの歌はこちら
なお、日本語訳は5、7調に整えることに主眼をおいているため、メロディーに合わせて歌えるようにはなっていません。



꿈꾸는 카사비앙카 바다와 맞닿은 그곳에
붉은빛에 부겐빌레아 그대를 기다리네

잊지못할 그이름 그댈찾아 길을 나서면
와인빛에 그날의 바다 나처럼 울고있네

석양은 물드는데 그댄 어디쯤 있나
늦은아침이오면 그대 내일은 오시려나

추억의 카사비앙카 눈물의 언덕이되어
그리움을 간직한채로 아련한 꿈을꾸네

석양은 물드는데 그댄 어디쯤 있나
늦은아침이오면 그대 내일은 오시려나

꿈꾸는 카사비앙카 바다와 맞닿은 그곳에
붉은빛에 부겐빌레아 그대를 기다리네
오늘도 기다리네...


夢みるカサビアンカ  海と触れ合うあの場所で
赤いブーゲンビレア  あなたを待ってる
恋しくて恋しくて  たまらず外に出てみれば
ワイン色したあの日の海も  一緒になって泣いている

赤く染まったあの空の  どこにあなたはいるのだろうか
遅い朝(あした)が訪れるとき  きっとあなたは戻ってくるわ
恋しいカサビアンカ  涙の丘となって
あなたを思いながら  おぼろな夢を見続ける

赤く染まったあの空の  どこにあなたはいるのだろうか
遅い朝が訪れるとき  きっとあなたは戻ってくるわ
夢みるカサビアンカ  海と触れ合うあの場所で
赤いブーゲンビレア  あなたを待ってる
今日も待ってる

「Casa Bianca」
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by nishinayuu | 2011-04-02 13:50 | 翻訳 | Trackback | Comments(3)