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『1/4のオレンジ5切れ』(ジョアン・ハリス著、那波かおり訳、角川書店)


c0077412_10104534.jpg『ショコラ』の作家が2001年に発表した作品で、原題は『Five Quarters of the Orange』。ジュリエット・ビノシュとジョニー・デップの共演で映画化された『ショコラ』は、とろりと甘いミルクチョコレートのような幸せいっぱいのお話だった(原作は読んでいないので、あくまでも映画の印象ですが)。それに対して本作品は、オレンジのように刺激的で強烈な味わいの物語である。
物語は「母親は亡くなるとき、兄のカシスに農園を托した。姉のレーヌ=クロードには、地下庫に眠るひと財産はあろうかというワイン。そして末っ子のわたしには、雑記帳一冊とペリゴール産トリュフが一個(中略)富の分配としては明らかに不公平だった」という文で始まる。しかし兄は農園に興味をもたずにパリに住み着いてしまい、村いちばんの美少女だった姉も財産を活かすことができないままに終わってしまう。結局、暗号のようなメモやら料理のレシピやらがびっしり書き込まれた雑記帳こそが、母親がすべての思いを込めて語り手に托し、その思いが活かされることになった最も価値のある遺産だったのだ。
64歳になった語り手のフランボワーズ・ダルティジャンは、兄から農園を買い取って55年ぶりに故郷に戻ってくる。その際変名を使ったのは、ダルティジャンの名が過去の忌まわしい事件と結びついており、村人に身元を見破られるのを恐れたからだった。過去の忌まわしい事件とは何なのか、そしてその事件に語り手はどんな関わりがあるのか。農園を経営しながら、やがて小さなクレープ屋を開店した語り手の現在進行中の日々と、雑記帳を繙きながら思い起こされていく過去の日々が並行して語られていく中で、過去の事件と語り手が抱える秘密が解き明かされていく。
フランスがドイツの占領下におかれていた1942年、ロワール川のほとりの小さな村にもドイツ兵達が現れた。語り手は9歳で、母親に愛されていないと思いこんでいた。まだ学校にも行けず、満たされない心をもてあましていた語り手は、目の前に現れたドイツ兵のトーマス・ライプニッツの笑顔と優しさの虜となる。トーマスに惹かれたのは語り手だけではなかった。兄も姉も、そしてどうやら母親も……。(2010.10.1読了)
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by nishinayuu | 2011-01-29 10:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『The Iliad 』(Homer著, Lang, Leaf, Myers英訳、Gutenberg Project)

c0077412_10295365.jpg紀元前1182年の出来事と推定されるトロイア戦争を詠ったホメロスの叙事詩の英訳である。
ホメロスの叙事詩は、戦争のきっかけとなった事件については語らず、ギリシア軍がトロイア攻撃を始めてから9年目の出来事――アキレウスとアガメムノーンの仲違い、アキレウスが戦闘から身をひいたことによるギリシア軍の苦戦、アキレウスの親友パトロクロスの戦死とアキレウスの悲しみ、復讐のために立ち上がったアキレウスとトロイアの英雄ヘクトールの対決、ヘクトールの死によるアキレウスの復讐の終結――を物語っている。
興味深かったのは、神や人間が特有の形容語とともに語られることで、たとえばゼウスはaegis-bearing Zeus、ゼウスの妻ヘラはox-eyed Hera 、その娘のアテーナーはbright-eyed Athene、アポロはfar-darterという具合である。神につく形容語はほぼ固定的であるのに対して、人間につく形容語は流動的で、一人の人間に複数の形容語がついたり、同じ形容語が複数の人間に使われたりする。たとえばアキレウスはfleet-footedだったりgodlyだったりし、アケイア人はflowing-hairedであったりmail-cladだったりする一方、wide-rulingのアガメムノーンもgolden-hairedのメネラオスもときにはnobleと形容される。すなわちこれらの形容語は、そのときどきにその人間の置かれている状況を一言で示すはたらきをしているのだ。ほとんど常にnobleで、ときにはdear to Zeusと形容されるオデッセウスは、そうとうdear to Homerだったと思われる。
内容に関して特に興味深かったのは次の2点である。
1.戦って相手を倒した者は必ず相手の鎧甲を引き剥がすこと。こうして相手を侮辱するのであるが、首を刎ねるのに比べると重くて大変そう。
2.人間同士の闘いなのに、神々がやたらに介入すること。そもそもトロイア戦争の原因を作ったのも神であるが、闘っている人間の前に姿を変えてたち現れ、耳元で何か囁いて惑わしたり、あわやこれまでという人間を霧に包んで逃したり、致命傷を与えるはずの槍方向を逸らしたり、とお節介なことこの上ない。それでも、トロイア側についたアポロ、アーレス、アフロディテや、ギリシア側についたヘラ、アテネーのやることは一貫していて理解できなくもないが、納得できないのはゼウスである。始めはアキレウスに同情してアガメムノーンを憎み、トロイアに勝利を与えようとしたのに、アガメムノーンの祈りを聞くとアガメムノーンを哀れんでギリシア軍の味方をする。ヘクトールの英雄的な闘いもその死も、すべてゼウスが意のままに決定したものである。ともかく、人間は神々の前ではチェスの駒のような哀れな存在である。第24章にある次のことばのように。
This is the lot the gods have spun for miserable men, that they should live in pain; yet themselves are sorrow-less. For two urns stand upon the floor of Zeus filled with his evil gifts, and one with blessings.
(2010.9.30読了)

☆画像はUniversity of Michigan Pr. のものです。
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by nishinayuu | 2011-01-26 10:31 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『パンプルムース氏の秘密任務』(マイケル・ボンド著、木村博江訳、東京創元社)

c0077412_1050265.jpgイギリス人作家によるフランス人のパンプルムース氏を主人公とした作品。『パンプルムース氏のおすすめ料理』に次ぐ第2作で、現在第5作まで書かれているという。第1作によるとパンプルムース氏は、1928年生まれで元パリ警視庁の刑事。陥穽にはまって辞職に追い込まれたが、グルメの素質を活かして「ル・ギード」というグルメ雑誌の記者になり、レストランの採点も担当している。相棒は元警察犬のポムフリット。犬種はブラッドハウンドで、嗅覚が優れているのはもちろん、料理やワインに関してはパンプルムース氏も一目置くほどの見識を持つ、ということになっている。
本作は1984年に書かれているので、パンプルムース氏は56歳ということになる。ある日、「ル・ギード」の編集長に呼び出され、秘密の任務を申し渡される。任務を達成するまでは出社禁止、つまり任務が達成できなければクビ、と宣告されたパンプルムース氏は、愛車に7つ道具を積み込み、ポムフリットを後部座席に乗せてパリをあとにする。行く先はロワール地方のサン・ジョルジュ・シュル・リーという小さな村。秘密の任務というのはそこにある「オテル・デュ・パラディ(天国ホテル)」のひどい料理をなんとかし、傾きかけている経営をたてなおす、というものなのだが、そこでは奇妙きてれつな出来事が一人と一匹を待ち受けていたのだった。
編集長の家での食事、ミセス・パンプルムースが夫にもたせたお弁当、パンプルムース氏がオテル・デュ・パラディの主であるルイーズおばさんに作ってみせる料理などが丁寧に描写されており、ワインの銘柄や年代などもふんだんに出てくる。ストーリーはミステリー風になっているけれども、グルメ本の要素のほうが強いかもしれない。(2010.9.27読了)
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by nishinayuu | 2011-01-23 10:50 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『時計を巻きに来た少女』(アン・タイラー著、中野恵津子訳、文藝春秋)

c0077412_9431562.jpg著者の第4作目の小説で、発表は1972年。ボルティモアに住む一族と、偶然その一族と関わるようになった一人の少女の、1960年から1970年にかけての10年間の出来事が綴られている。
「その家はすでに実用にそぐわなくなっていた。茶色いこけら板に覆われ、ひっそりとうずくまる怪物のように大きな建物で、道路のすぐそばに立っていたが、裏には林があり……」という家の主・エマーソン夫人は、25年間この家で便利屋として働いてきたリチャードを薔薇に「立ち小便」をしたかどで首にする。何でも頼っていた夫を3ヶ月前に亡くしたエマーソン夫人は、たちまち不安になる。家中のあちこちに時計があって、そのねじを巻く日はまちまちなのだが、それを手順通りに巻いていたのは夫だったからだ。憂鬱で侘びしい気分を振り払おうと、とりあえず庭の椅子を物置に閉まる作業に取りかかったエマーソン夫人が、椅子と確答していると、通りから「お手伝いしましょうか」と声がかかる。声の主はダンガリーの服を着た背の高い娘で、大学を休学して学資稼ぎの仕事を探しているという。それでは、とエマーソン夫人はエリザベスというこの少女を住み込みの便利屋として雇う。
エマーソン夫人は、あれこれ修繕するのが好きで身軽に雑用を片づけるエリザベスをすっかり頼りにするようになる。そして長男のマシューと次男のティモシーは、以前よりも頻繁に母親の顔を見に来るようになる。どちらもお目当てはエリザベスだ。そしてある日、エリザベスの気持ちがマシューにあることをティモシーが知ったとき、取り返しのつかない事故が起こり、エリザベスはエマーソン家を立ち去ってしまう。

エマーソン夫人と息子たち、娘たちからなる一族は、自他共に認めるかなりおかしい一族であるが、それについて1961年6月12日付けのエリザベス宛の手紙でマシューは興味深い言葉を述べている。「僕らは事件を起こしやすい血筋なのです。どこの家族でも事件はあるでしょうが、ぼくの一家は少々度が過ぎるというだけです。バカ騒ぎ、喧嘩、興奮――でも、それはわざとしているもので、僕らをつないでおくための演出なのです。」
その通りなのだ。彼らは常軌を逸した変な人たちに見えるが、表現方法がずれているだけで、ごくまともな愛すべき人びとである。彼らよりも、一見まともに見えるエリザベスのほうが、つかみ所のない不可解な人物に思える。(2010.9.23読了)

☆エリザベスが投票(ヴォート)と言ったのを、エマーソン家の娘のマーガレットが舟(ボート)と聞き間違える場面があります。ネイティヴ・スピ-カーでもこんなことがあるのかと思うとちょっと嬉しくなります。
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by nishinayuu | 2011-01-20 09:43 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

映画鑑賞ノート11 (2011.1.13作成)

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1行目:タイトル(原題)制作年・制作国 監督(鑑賞日)
2行目:キャスト 
3行目:一言メモ


ICE AGE 2002米 クリス・ウエッジ(2010.7)
    (アニメーション)
    見る気はなかったのに、色彩に魅せられて最後まで見てしまった。
華麗なる一族 1974日本 山本薩夫(2010.8.5)
    佐分利信、仲代達也、京マチ子、田宮二郎、月丘夢路
    息子を父親の子かどうか疑う話は昔からよくありますねえ。
ナショナル・トレジャー 2007米 J・タートルトープ(’10.8.14)
    ニコラス・ケージ、ヘレン・ミレン、レゾリュート・デスク
    副題「リンカーン暗殺者の日記」。米国版インディ・ジョーンズ。
僕のピアノコンチェルト 2006スイス フレディ・ムーラー(’10.8.24)
    B・ガンツ、テオ・ゲオルギュー、ファブリツィオ・ボルサーニ
    天才少年が天才少年を演じているのでピアノの指使いが本物。
ザ・デイ・アフター・トゥモロー 2004米 ローランド・エメリッヒ
    (2010.9.12)
    D・クエイド、J・ギレンホール、A・ロッサム、S・ウォード
    頑迷な副大統領が生き残って大統領に昇格。こんな制度は問題。
理想の恋人 2005米 ゲイリー・D・ゴールドバーグ(2010.9.13)
    ダイアン・レイン,J・キューザック,クリストファー・プラマー
    洒脱な父親役のプラマーがいい。気楽に楽しめる。
アンドロメダ(The Andromeda Strain)1971米 ロバート・ワイズ
    (2010.10.13)
    アーサー・ヒル、ジェームズ・オルソン
    研究施設の物々しさや機器の精巧さを見せるための作品。
ロング・エンゲ-ジメント(Un long dimanche de fiançailles)
    2004フランス(2010.10.25)
    オドレイ・トトゥ、G・ウリエル、ジョディ・フォスター
    監督ジャン・P・ジュネ。複雑な原作をうまくまとめている。
アナライズ・ユー 2002米 ハロルド・レイミス(2010.10.26)
    R・デニーロ、B・クリスタル、L・クドロー、C・モリアティ
    コメディタッチのギャングもので、最後はほのぼのムード。
暴走特急(Trans Siberian)英・西・独・リトアニア 
    ブラッド・アンダーソン(2010.11.14)
    ウディ・ハレルソン、E・モーティマー、ケイト・マーラ
    タイトルは?だが俳優陣の演技と風景の美しさで見せる。
マレーナ(Malena)2001米伊 ジュゼッペ・トルナトーレ
    (2010.11.15)
    M・ベルッチ、ジュゼッペ・スルファーロ、L・フェデリコ
    シチリアを舞台に、少年の視点で描いた美しい女性の運命。
オーケストラ(Le Concert)2009仏 ラデュ・ミヘイルアニュ
    (2010.11.22)
    A・グシュコブ、ドミトリー・ナザロフ、メラニー・ロラン
    どたばた風の展開から一気に感動のクライマックスへ。
ドン・ジョバンニ(IO,DON GIOVANNI)2009伊西 
    カルロス・サウラ(2010.11.22)
    L・バルドゥッチ,リノ・グアンチャーレ,E・ヴェルジネッリ
    ダ・ポンテ、カサノヴァ、モーツァルトの人生がオペラを作る。
クロッシング(크로싱)2008韓国 キム・テギュン(2010.11.28)
    チャ・インピョ,S・ミンチョル,S・ヨンファ,チョン・インギ
    薬と食料を求めて豆満江を越えた父親。父を求めて彷徨う息子。
鳥 1963アメリカ ヒッチコック(2010.12.14)
    T・ヘドレン、ロッド・テイラー、S・プレシェット
    原作は『レベッカ』のデュ・モーリア。J・タンディが若い!

☆画像は「オーケストラ」のものです。
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by nishinayuu | 2011-01-17 10:02 | 映画・ドラマ | Trackback | Comments(0)

『ザーヒル』(パウロ・コエーリョ著、旦敬介訳、角川書店)

c0077412_8594061.jpg『アルケミスト』の著者が、名声も富も手にした60歳近い作家、という自己と重なる人物を語り手として描いたドキュメンタリー的な小説。
タイトルの「ザーヒル」とは何なのか。
*アラビア語で、目に見える、そこにある、気づかずにすますことができない、という意味である。何か、あるいは誰か、ひとたび接触をもってしまうと、徐々に私たちの考えを支配していくことになって、ついには他の何にも意識を集中できなくさせてしまうもののことである。それは聖なる状態とみなすこともできるが、狂気ともみなすことができる。
*世代から世代へと受け渡されてきたものすべてに対する執着のことであり、すべての質問に答えを用意してしまうもの、すべてのスペースを埋め尽くしてしまって物事が変化する可能性を考慮するのを禁じてしまうものに、盲従してしまうこと。
語り手はある日、警察に拘留される。10年以上連れ添った妻・エステル(30歳)が、23~25歳くらいの身元不明の男と失踪したため、関わりを疑われたのだ。エステルの失踪した時間に語り手がいっしょにいた恋人がアリバイ証言をしてくれたおかげで、語り手はすぐに自由の身になる。しかし、失踪によってザーヒルと化したエステルにがんじがらめにされた語り手に、もはや自由はない。ジャーナリストで侵攻が間近に迫ったイラクから戻ったばかりのエステルは、いっしょに失踪した男のことを、以前からの知り合いでとても大切な人だ、と語り手に言っていた。 語り手はこのミハイルという偽名を使っている男の所在を突き止め、彼に導かれるようにしてエステルを探し求める旅に出る。パリを出て、遠くカザフスタンのアルマトイへ、そしてさらにステップへ。それは語り手があらゆるザーヒルから解放される旅となったのだった。
(2010.9.21読了)
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by nishinayuu | 2011-01-14 08:59 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『マン嬢は死にました。彼女からよろしくとのこと』(H・ツェンカー著、上松美和子訳、水声社)

c0077412_10481659.jpg「現代ウィーン・ミステリーズ・シリーズ全9巻」の第3巻。著者のヘルムート・ツェンカーは1979年生まれで、ウィーン在住。さまざまな職を転転としたあと、小学校や特別養護学校の臨時教員も経験しているという。そんな経歴のためだろうか、本作品は身体に障害のある若い女性探偵を主人公に据えたユニークなミステリーである。
ウィーンのシュテファン大聖堂に近い小路に探偵事務所を構えるミニー・マンは、身長が1㍍20㌢しかなく、歩行には松葉杖が必要な22歳の女性で、明晰な頭脳と辛辣な弁舌の持ち主。ある日、幾つものゲームセンターのオーナーであるエヴァ・シュネラーから、仕事の依頼が舞い込む。「失踪していた夫を見つけたので、最後の話し合いのために夫を自分のところへ連れてきてほしい」という。ミニー・マンはヨゼフ・クラップと名告っているその夫をうまく騙してエヴァのもとへ向かわせることに成功するが、彼はエヴァの家に着く直前に何者かに襲われて殺されてしまう。ミニー・マンは自分の身にも危険が迫るなか、身障者であることをフルに活用して相手を油断させ、ときには松葉杖を武器に戦って、犯人を追い詰めていく。
強盗、殺人、少女売春などの凄絶で陰湿な犯罪の世界が描かれていながら、ハードボイルド・ミステリーにはなっていない。愛車のキャデラックが人目を引くことを嬉しがっている主人公をはじめ、見当外れのことしかできない大食漢の助手、土壇場になっても格好を付けたがる殺し屋たち、「自発的な敗北を好む」警視など、登場人物たちにどこかかわいげがあるからだ。それでもとにかく犯罪小説なので、観光客の目に映る美しいウィーンの裏にある、暗くて怪しいウィーンが浮かび上がってくる。
各章のタイトルはKissing’ On the Phoneのようになぜか英語になっており、本文にもときどきIt’s Now Or Neverといった歌のタイトルが英語で出てくる。訳者によると、これらは主に70年代のポップミュージックのタイトルで、ほとんどが英語のまま日本に紹介されていることから、敢えて和訳しなかったという。(2010.9.20読了)
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by nishinayuu | 2011-01-11 10:48 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『失われた時を求めて 6』 (マルセル・プルースト著、鈴木道彦訳、集英社)

c0077412_103927100.jpg第3編「ゲルマントの方」のⅡが収められた巻である。
祖母の病気と死の話で始まり、アルベルチーヌの訪れ、ヴィルパリジ夫人邸での夜会、ステルマリア夫人との行き違い、サン・ルーとの友情の一夜、ゲルマント公爵邸での晩餐会、シャルリュス邸訪問などが語られたあと、死の病に冒されたスワンと死の床にあるオスモン公爵の話題で締めくくられる。
最も多くのページを割いて語られているのが、ゲルマント公爵邸訪問の部分で、すでに公爵夫人への恋から覚めている語り手は、貴族とその代表としてのゲルマント公爵夫人を徹底的に観察し、分析している。
たとえば、レストランの主人といったレベルの人間は、回転ドアの所でとまどっている語り手をあからさまにぞんざいに扱うのだが、ゲルマント夫人のような貴族の場合は語り手が食堂の席に着くときに間違った側に身を置いたのを見て取ると「実にうまく私の周囲をぐるりとまわってくれたので、いつの間にか私は自分の腕の上に彼女の腕が乗せられているのを見出し、こうしてごく自然に、的確で貴族的な動作のリズムの中に組み込まれてしまった」という具合に、他人に気後れを感じさせない動作が自然に身についていることに感嘆する。
しかし一方で語り手は、ゲルマント家の人びとが自分たちと違う人種である語り手のメリットに羨望をかき立てられているらしいこと、そして彼らが表明する尊敬や羨望が、軽蔑ないし驚きと同居していることに気づく。さらに語り手は、「夫人の知性と感受性はくだらない社交生活にすっかり毒されて、たえず右に左にと揺れているので、なにかに夢中になっていてもたちまちそれが嫌悪に早変わりする」と指摘し、甥であるサン・ルーがより安全な部署に移れるよう働きかけることを拒否したばかりか、親切にも将軍に話してみると言いだしたパルム大公夫人を思いとどまらせようとあらゆる手を尽くすゲルマント夫人を見て、「私はゲルマント夫人が正真正銘の意地の悪い女性であるのを見てとって、かっとしたのであった」とまで言う。
ゲルマント公爵夫人をめぐって展開するこの巻で、もう一人特に注目すべき人物が、終わりのほうに登場するシャルリュス男爵である。夫人の貴族的流儀はかなりわかりやすいが、シャルリュス氏のそれは複雑でわかりにくい。 そのわかりにくい流儀でぶつかってくるシャルリュス氏に語り手がついにかんしゃくを起こして、シャルリュス氏のシルクハットを踏みつけてずたずたにする場面があるが、この後のシャルリュス氏の態度がまた興味深い。(2010.9.10記)
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by nishinayuu | 2011-01-08 10:39 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『92Pacific Boulevard』(Debbie Macomber著、 MIRA)

c0077412_1705891.jpgワシントン州のシーダー・コウヴという町を舞台として、そこに住むさまざまな人びとの日常を描いた小説。タイトルになっているのは町のシェリフであるトロイの住居の番地である。トロイは物語の全体にわたって活躍する人物であり、主要人物であることは確かだが、主人公と言っていいかどうか。というのはこの作品には主役級の人物が大勢登場して、章ごとにそれらの中の一人、あるいは一組が主人公になったり、副主人公になったり、端役を務めたりしているからだ。たとえば判事のオリヴィアとその一族、図書館員のグレイスとその一族、ヘア・スタイリストのテリーとその一族、消防士のマックとその一族、などなどとにかく大勢の人が入れ替わり立ち替わり現れて動き回るので、なんともめまぐるしい。しかも彼らの多くが配偶者と死別したり離婚したりしていて、再婚している例も多い、という具合なので、子どもや孫を含めて人名が数え切れないほど出てきて、ややこしいことこの上ない。
ストーリーのほうはごく単純で、始めのほうで二つの事件が起こり、そのことでひとしきり町が騒然とするのだが、事件の解決は遅々として進まない。事件のことはさておいてとでもいうように、人びとはときには悩みや苦しみを、ときには喜びを分かち合いながら、そして老いも若きも恋をしながら日々を送っていく。事件のひとつが解明されるのは、全部で36章のこの作品の27章目で、もう一つは33章目であり、しかもずっと引っ張ってきた割にはあっけなく解決してしまう。というわけでミステリーを期待すると裏切られるが、ミステリー風の味付けをした風俗小説と思えば、それなりに楽しめる。(2010.9.10読了)
☆読み始めてすぐ、これは人物関係が複雑そうだと予想できたので、人物の相関関係を一枚の紙に書きながら読み進めました。登場人物の数が多いうえに、彼らの多くがありきたりの名前をもっているので、一覧表を作って正解でした。
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by nishinayuu | 2011-01-05 17:01 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

私の10冊(2010年)

c0077412_855678.jpg☆この1年に読んだ本の中から、特に気に入った本を選んでみました。むりやり10冊にしぼったため選外になってしまった本を、【次点】として下に挙げておきます(次点が多すぎますが)。
☆画像は昨年最後に読んだ水村美苗の『本格小説』のものです。




  第三の嘘(アゴタ・クリストフ、訳:堀茂樹、早川書房)
  チューリップ熱(デボラ・モガー、訳:立石光子、白水社)
  とげ抜き(伊藤比呂美、講談社)
  リリアン(エイミー・ブルーム、訳:小竹由美子、新潮クレストブックス)
  あなたを探して(マルク・レヴィ、訳:藤本優子、PHP)
  The Iliad of Homer (英訳:Lang, Leaf, Myers、 Project Gutenberg)
  1/4のオレンジ5切れ(ジョアン・ハリス、訳:那波かおり、角川書店)
  日曜日の空は(アイラ・モーリー、訳:古屋美登里、早川書房)
  エトルリアの微笑み(ホセ・ルイス・サンペドロ、訳:渡辺マキ、NHK出版)
  The Memory Keeper’s Daughter (Kim Edwards、 Penguin)

【次点】
  フィリップス氏の普通の一日(ジョン・ランチェスター、訳:髙儀進、白水社)
  パラダイス・モーテル(エリック・マコーマック、訳:増田まもる、東京創元社)
  失われた時を求めて1~6(プルースト、訳:鈴木道彦、集英社)
  1Q84 1~3(村上春樹、新潮社)
  本格小説(水村美苗、新潮社)
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by nishinayuu | 2011-01-02 08:56 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)