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『シズコさん』(佐野洋子著、新潮社)

c0077412_953030.jpg読書会「かんあおい」2010年9月の課題図書。
互いの強い個性のせいで長い間そりが合わなかった母と娘の、葛藤と和解の日々の物語。新潮社の「波」2006年1月号~2007年12月号に連載されたものをそのまま一つにしたためか、記述に重複があるのが難だが、赤裸々で辛辣な語り口ながら、ブラックなユーモア感覚とさっぱりとしたおおらかさがあって、重苦しさや凄まじさが突出することなく、読後感は意外に爽やかである。
語り手の私は洋子さんで、その母親がシズコさんである。若い頃はモガで、当時流行の丸顔の美人だったシズコさんは、貧しい時代も老人ホームに入ってからもお化粧を欠かさなかった。おしゃれで派手好きで、見栄っ張りでもあった。夫について大陸に渡り、一家で「ワルモン」の生活をしたあと、終戦の年に31歳で5人の子どもをつれて引き上げてきた。シズコさんは主婦としては有能だったが、議論好きの夫とは口論が絶えず、子どもたちをこづき回した。特に私とは相性が悪かったらしく、四歳位の私がつなごうとした手をシズコさんが舌打ちとともに振り払ったときから、私とシズコさんのきつい関係が始まる。さらにシズコさんがかわいがっていた兄が病死すると、シズコさんは私を「虐待」し始める。しかし私もしぶとい子どもで、決して泣くことはせずに虐待に耐え、執拗に反抗し、19歳で父が亡くなったあとは完全に家を出てしまうのである。
その後シズコさんにも私にもいろいろな事があって、弟の嫁に追い出されたシズコさんが私の家に転がり込み、そこから老人ホームへと移っていく。私が50年以上苦しんできた、母親を愛せないという自責の念から解放されるのが、母親がすっかり呆けたあとだった、というのがなんとも切ない。(2010.7.3読了)
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by nishinayuu | 2010-10-29 09:53 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ピアノ・サンド』(平田俊子著、講談社)

c0077412_9582747.jpg『ピアノ・サンド』(「群像」2001年4月号)と『ブラック・ジャム』(「群像」2001年10月号)の2編のほかに、「かなり長めのあとがき」というサブタイトルのある『方南町の空』が収録されている。
『ピアノ・サンド』――離婚したあと一人暮らしをしている「わたし」のところへ、昔の職場の後輩から「ピアノを預からないか」という話が舞い込む。100年前のフランス製のアップライト、と聞いて乗り気になり、置き場を確保するために、離婚後もそのまま使っている大きなベッドとテーブルをリサイクル店に売ることにする。恋人の槙野にピアノの話をしてみると、槙野はやけにピアノに詳しい。「あなたのうちにはピアノがある?」と訊くと「あるよ。娘が習っているから」とあっさり答える。ピアノが来たら毎日練習しよう、これから先はピアノと生きよう、ピアノは終電でどこかに帰って行くことはない、と思う「わたし」。ピアノが運ばれてくるときのことを空想していて、異次元空間にあるかつて夫と暮らしていた部屋に迷い込んだりもする。しかしピアノの持ち主の気が変わって、ピアノを預かる話は立ち消えになる。「わたし」はある日、電車を乗り継いで、海辺にあるレストランに問題のピアノを見に行く……という具合に、かなり気ままで、ちょっと侘びしいひとり暮らしの女性の日常が、さらりとしたタッチで綴られている。(2010.6.30読了)
☆ファミレスはドレミファに似ている、(作曲家の)スッペは名前からして威厳がない、ピアノの前でサンドイッチを食べたら、嫌でもジョルジュ・サンドを思い出すだろう、ピアノ・リサイタルとピアノ・リサイクルはよく似ているなあ、などなど、愉快なことば遊びもあります。この人の詩も読んでみたくなりました。
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by nishinayuu | 2010-10-26 09:58 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『パラダイス・モーテル』(エリック・マコーマック著、増田まもる訳、東京創元社)

c0077412_10511229.jpgエピローグは「パラダイス・モーテルのバルコニーの枝編み細工の椅子に坐って、彼はうつらうつらとうたたねをしている。地面にうずくまるような羽目板の建物は、浜辺のかなたの北大西洋に面している。灰色の空のしたに灰色の海が広がっている。男は厚いツイードのオーバーと手袋を身につけている。(以下略)」という9行の文で始まる。ここに出てくる「彼」もしくは「男」はエズラ・スティーヴンソンという名前で、「わたし」として以下の物語を語っていく。
「わたし」が12歳のとき、30年間失踪していた祖父ダニエル・スティーヴンソンが戻ってきて、「わたし」に異様な話を語り聞かせたあとあの世に旅立った。祖父が帆船の甲板員としてパタゴニアに行ったときに、機関士のザカリー・マッケンジーという若い男から聞いたというその話は――ある外科医が妻を殺害し、ばらばらにした死体の一部を四人の子どもたちの腹部に埋め込んだ。子どもたちは異常を察知した人々の手で病院に運ばれて命をとりとめ、父親の外科医は処刑された。子どもたちの一人がザカリーで、彼の腹部には真横に走る長い傷跡があった――というもの。話を聞いたのは「わたし」だけで、その「わたし」も誰にも話さないまま時が経った。中年になった「わたし」が、ふと妻のヘレンにその話を聞かせたのがきっかけになって、「わたし」による「4人の子どもたちのその後」の探索が始まる。4人はそれぞれ数奇な人生を送っていた。異様で奇怪なエピソードに辟易させられる頃に、物語は急展開を見せて終息し、最後に冒頭の9行がそっくりそのまま繰り返される。
とんでもない物に手を出してしまったと思いながらも、この荒唐無稽な話にどんな結末がつくのだろうかという興味で、最後まで読まされてしまい、最後のほうになるまでこの物語のしかけに全く気づかなかった素直な読者として、著者に心から賞賛の拍手を送りたい。巻末の解説によると「ポストモダンな冗談小説」なのだそうだ。(2010.6.28読了)
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by nishinayuu | 2010-10-23 10:51 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『夜道』 申京淑

c0077412_9391039.jpg『밤길』(신경숙著)
韓国語講座のテキスト。1985年に文壇に登場した著者が1990年に発表した短編である。なお、著者の申京淑については「韓国の著名人」のㅅのページにある신경숙をごらんください。
ある冬の日、雑誌社で仕事に没頭していた語り手のもとに、親しい友人グループの一人・イスクの訃報がもたらされる。訃報を聞いた仲間たちが寄り集まり、互いに顔を背けたまま哀しみ、互いに充血した目を隠すようにしてそれぞれ別の道を選んで帰途につく。そして語り手は、衝動的に駅に向かい、出発間際の夜行列車に飛び乗る。列車は語り手の故郷であるJ市方面行きであるが、ソウルを離れたかっただけで、行き先はどこでもよかったのだ。列車の中で語り手は、イスクがソウルを離れる直前に雑誌社に訪ねてきたときのことを回想する。そのときのイスクは、脚が異様に腫れていて、拒食症の症状もあり、変に気が高ぶっていて、語り手とできるだけ長く一緒にいようとしていた。仕事に追われていた語り手は、そんなイスクを追い帰してしまったのだった。イスクが雉岳山の麓に籠もり、仲間たちの名を呼びながら孤独の中で死んでいったのは半年も前の6月(1987年)、語り手たちが民主化闘争のデモに参加し、連帯意識に燃えていた時期だとわかり、語り手は愕然とする。
申京淑には珍しく、技巧の勝った難解な文で始まるが、それは最初の数段落だけで、あとはいつもの平明で簡潔な文で綴られている。夜行列車に乗り、乳飲み子を連れた若い母親とことばを交わし、J市に降り立って雪道を歩き、風呂屋で昔の同級生・ミョンシルと偶然出会い、ひととき童心に返って戯れ、修道院に戻る彼女を送っていき、また列車に乗ってソウルに向かう――という現在の場面と回想の場面が交互に語られていくうちに、語り手の動揺と混乱は少しずつ沈静化していく。
この作品から8年後の1998年に著者は、死んだ女性が霊魂となって仲間の一人一人に挨拶をしていく、という内容の作品『別れの挨拶』(原題は작별 인사)を発表している。イスクをむざむざと死なせてしまった自分たちではあるけれども、そんな自分たちのところにイスクの方から声を掛けてくれたら、という切実な願いが『別れの挨拶』には込められているのではないだろうか。(2010.6.25読了)
☆韓国語講座の先生によると「イスクの脚が異様に腫れていたのは、デモか集会の時に警察に捕まって拷問されたから」で、「イスクが死んだとき、語り手たちは民主化闘争の熱気の中にいたが、果たしてそれは一人の友人を見殺しにするほどの価値があったのだろうか、という反省が込められた作品」だということです。
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by nishinayuu | 2010-10-20 09:40 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

息長帯(オキナガタラシ)ひめ


c0077412_11562685.jpg
☆『古事記』の再話と韓国語訳です。

帯中日子(タラシナカツヒコ)の天皇は筑紫の訶志比(カシヒ)の宮で天下を治めていらっしゃった。皇后の息長帯ひめは時たま神懸かりになられることがあったのだよ。ある日、熊曾の国を討とうと思った天皇は神託を聞くために祭祀を行った。神託を受け伝える建内の宿祢の大臣を庭に坐らせて、ご自分は霊の寄りつく琴を弾きながら神のお言葉を待っていた。やがて皇后が神懸かりになってこう言われた。
「西の方に国あり。金銀をはじめ輝く種々の珍宝が数多あり。今その国を汝に賜わむ。」すると天皇がお応えになった。
「高き地に登りて西の方を見れば、陸地は見えず、ただ大海原があるばかり。偽りを言う神なり。」
そう言うと琴を押しやって弾くのを止めてしまうと、黙って坐っていらっしゃった。それで神がひどく怒ってこうおっしゃった。
「およそこの天下において、汝は国を治むべきに非ず。汝は別の道を行かねばならぬ。」
このとき建内の宿祢が言った。
「恐れながら陛下、それでもやはり琴をお弾きなさいませ。」
そこで天皇は琴を引き寄せて、いいかげんに弾いていらっしゃったところ、いくらも経たないうちに琴の音が聞こえなくなった。灯りを掲げて見てみると、天皇はすでに亡くなっていたのだよ。

타라시나카츠히꼬(帶中日子)-천황은 츠크시의 카시히-궁에서 천하를 다스리고 계셨다. 황후 오키나가타라시히메(息長帶공주)는 가끔 신들리는 분이셨단다. 어느날, 크마소-국을 토벌하려고 마음먹은 천황은 신탁을 듣기 위하여 제사를 마련하셨다. 신탁을 받고 전달할 역할을 하는 타케우치의스크네-대신을 제사 마당에 앉게 하고, 신이 다가올 수 있게 좋아하는 거문고를 천황 자신이 반주하면서, 신이 황후를 통하여 신탁을 내리기를 기다렸다. 이윽고, 황후가 신들어 말하시기를,
“서쪽에 나라가 있다. 그 나라에는 금,은을 비롯하여 여러가지 빛나는 진귀한 보물이 허다하다. 나는 이제 그 나라를 너에게 내려주리라.”
그때 천황이 응답하시기를,
“높은 곳으로 올라가서 서쪽을 바라보아도 육지는 보이지 않아, 오직 넓은 바다가 있을 뿐이지. 헛소리를 하는 신이라고 해야겠어.”
그렇게 말하면서 거문고를 물리쳐 탄주를 그만두고, 말없이 앉아 계셨다. 그러자 신은 무척 화를 내셔서 말하기를,
“대저 이 천하에서 너는 나라를 다스릴 자격이 없다. 너는 다른 외 줄기의 길을 가야하네.”
그때 타케우치의스크네-대신이 말하기를,
“아뢰옵기 송구하오나 폐하, 그대도 거문고를 연주하시옵소서.”
그레서 천황은 거문고를 끌어당겨 건성으로 탄주하시고 있었는데, 얼마 안되어 거문고 소리가 끊어졌어. 사람들이 불을 들어올려 살펴보았더니, 천황은 이미 돌아가신 후 였단다.
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by nishinayuu | 2010-10-17 11:58 | 再話 | Trackback | Comments(0)

『ラ・ニーニャ』(伊藤比呂美著、新潮社)

c0077412_1114967.jpg1999年9月発行のこの本には『ハウス・プラント』(新潮1998年5月号)と『ラ・ニーニャ』(新潮1999年3月号)の2編が収録されている。
『ハウス・プラント』――二人の子どもを連れてカリフォルニアに住むパートナーのもとにやってきた「あたし」が異文化の世界で奮闘する日々が綴られている。カリフォルニアには風景をぼやけさせるユーカリがはびこっている、パートナーのアーロンの人口股関節がかっくんかっくんと音を立てる、ぱちぱちという音が聞こえるので見回したら子どもの瞬きだった(日本語の通じない環境に放り込まれた子どもがチックになっている)などといった憂鬱で深刻な状況も、この著者の手にかかるとおもしろおかしいことのようになってしまう。だから、憂鬱でも深刻でもない状況を語っている所では、まるでユーモア小説のように笑わせてくれる。冒頭の「外に出てくると日ざしがまぬけにもカリフォルニアなので……」に始まり、「受話器を取ったアーロンが、思わずうめきました。ジーザス。ユダヤ系のいうことばかなとあたしはつい思いましたが」という具合に快調に飛ばし、果ては赤ん坊の喃語は文字化けなり、とばかりに赤ん坊のおしゃべりを記号や符号、あれこれの文字を組み合わせて表記してしまう。行動もエネルギッシュならことばもエネルギッシュな「あたし」に圧倒される。
『ラ・ニーニャ』――エル・ニーニョによる異常気象の話から始まり、今度はラ・ニーニャが来るらしいという話になり、さらに「ラ・ニーニャ」たち、すなわち娘たちの話へと移っていく。『ハウス・プラント』より状況は一段と深刻になっている。アーロンの股関節の具合がさらに悪くなっているし、あい子(多分『ハウス・プラント』で目をぱちぱちさせていた子ども)はかなりひどい摂食障害になっている。そして母と娘たちは、自分たちが前夫であり父親である蔵井を置いて家を出てしまったことに関して、気持ちの整理がつかないでいるのだ。そんな状況を「あたし」は客観的に眺め、諧謔を交えて綴りながら乗り切っていく。蔵井がポロネーズを「たあんたたあんた、たらららたあんたたあん、たらららららららった」(第6番「英雄」ですね)と弾いた、蔵井と住んでいた家のドアががたがたになって風が「どっどどどどうどどどうどどどう」とふきこんだ(風の又三郎!)、「しんかいる、ぱっきっいいんん、ばい、あ、ぴっかっぷ」(英語の歌詞を聞こえた通りにカタカナ表記している)と声を張り上げて歌いながらフリーウェイを飛ばす、といったひらがな表記の多様が視覚的にも面白い効果を生んでいる。(2010.6.22読了)
☆( )内はnishinaのひとりごとです。
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by nishinayuu | 2010-10-13 11:14 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ぼくの国、パパの国』(アユーブ・カーン=ディン著、鈴木小百合訳、白水社)

c0077412_9293752.jpg舞台劇のシナリオで、登場するのはイングランドのソルフォードでフィッシュ・アンド・チップスの店を営む夫婦とその子どもたち。夫のジョージ(55歳、別名ジンギス)はパキスタン出身で、故郷には第一夫人と家族がいる。イギリス人の妻エラとの間に6人の男の子と1人の女の子をもうけたが、長男は万事パキスタン流を押しつける父親に反発して家を出てしまった。それ以来、夫婦の間で息子の数が違っている。ジョージにとって息子は5人で、エラにとっては6人なのだ。
時は1970年。第3次印パ戦争の前夜である。ジョージはパキスタン人としてのアイデンティティーを堅持しようと、また子どもたちにもそれを自覚させようと必死になっている。末っ子・サジット(12歳)が割礼をすませていないことに気づくと、妻を責め立ててすぐさま受けさせ、長男の時の失敗に懲りずに次男と三男の結婚相手を勝手に決めてしまう。子どもは父親に従うのが当たり前、というわけだ。次男のアブドゥル(23歳)、三男のタリク(21歳)、五男のサリーム(18歳)、そして娘のミーナはそんな父親が煩わしいばかり。ただひとり、四男のマニーア(19歳、別名ガンジー)だけは父親と同じくパキスタン人として、ムスリムとして生きようとしている。
「多勢に無勢」であることと「地の利のなさ」でパキスタンの男としての誇りが保てなくなると暴力に走ったりするジョージ。パキスタン人の子どもらしく従順に両親の店を手伝いながらも、イギリス社会に適応して生きようとしている子どもたち。そんな夫と子どもたちの絆が切れないようにと心を砕くエラ。そんな一家を、エラの長年の友人であるアニーが温かく見守る。
取り上げ方によっては深刻で悲惨なものになりそうな話が、明るいタッチで軽快に描かれているこの戯曲は、1996年にバーミンガムで初演された後イギリス各地で人気を博し、1999年にはニューヨークでも大絶賛されたという。なお、舞台となっているソルフォードはイングランド中西部、グレーター・マンチェスター特別市に属する工業都市である。(2010.6.18読了)
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by nishinayuu | 2010-10-10 09:29 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『対岸の彼女』(角田光代著、文藝春秋社)

c0077412_1038873.jpg読書会「かんあおい」2010年7月の課題図書。
1967年生まれの著者と同世代と思われる女性たちを主人公とする、世代的特徴の顕著な小説である。すなわち、学校時代は「仲間はずれ」を怖れて周りに合わせることに戦々兢々として過ごし、社会人になると今度は勝ち組、負け組という粗雑な流行語に翻弄される――大まかに言えばそんな世代である。主人公の一人である小夜子は、人付き合いが苦手な自分と、その点で自分にそっくりな娘をなんとかするために、外の世界に踏み出していく。プラチナ・プラネットという会社に採用され、清掃部門要員として働き始めた小夜子は、清掃業のプロである中里典子に鍛えられ、働くことの厳しさと喜びを知っていく。保育園に入った娘も徐々に社会性を身につけていく。
もう一人の主人公である葵は、同じ大学の出身と聞いて小夜子を採用するほどに、おおらかで溌剌としている――と見えて実は誰かと繋がっていたいという切実な願望に突き動かされている寂しい女性である。経営の才も人を見る目もあるとは言いがたく、経営は次第に行き詰まり、社員たちには逃げられてしまう。一人残された葵に手をさしのべたのは、同世代の苦悩を共有し、葵に友情を感じ始めた小夜子だった。
物語は小夜子と葵を中心とする現在と、葵とナナ子との交友を中心とする葵の過去が交互に語られる形で進んでいく。「専業主婦」で人付き合いが苦手な小夜子と、「ばりばり働くタイプ」の闊達で明るい葵――そんな対岸に立っているかのようだった彼女たちが、暗い過去も克服して互いに相手に駆け寄っていく姿を象徴する文で物語は締めくくられている。(2010.6.17読了)
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by nishinayuu | 2010-10-07 10:38 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『お皿監視人』(ハンス・ツィッパート著、ミヒャエル・ゾーヴァ絵、三修社)

c0077412_1012422.jpgドイツには「お皿に食べ物を残すと雨になる」「お皿をきれいにカラにすると晴れになる」ということばがあるという。カントシュタイナー家のサラ(13歳)とマーク(11歳)がひきわり麦のおかゆを残したとき、お母さんはふとこのことばを思いついて口にする。もちろん言った本人も子どもたちもそんなことばは信じていない。ところが、お母さんが席を外して子どもたちだけが食卓にいたとき、空色の制服を着た二人の男が現れて、「君たちが147日間もお皿のものを間食しなかったせいで、バングラデシュが雨続きで洪水が起こっている」と告げる。男たちは「お皿監視センター」の職員だった。
有限会社「お皿監視センター」は、世界の各地の天気を左右するお皿を突き止めて、お皿をカラにさせたり食べ物を残させたりして天気をコントロールすることをビジネスとしている。食の進まないブロートハーゲン老人には無理やり食べさせて町の商業地区に雨が降らないようにし、トビアス少年を「保温プレート」に坐らせてぐるぐる回し、食欲を減退させてチロルのスキー場に雪が降るようにする、という具合。この会社のねらいがお皿を監視することによって地球の温暖化を促進し、それによって世界を支配することだと気づいた子どもたちは、彼らを排除しようと立ち上がる。
現代の科学技術を織り込みながらも非科学的で奇想天外な、子どもも大人も楽しめるお話。ミヒャエル・ゾーヴァによる油彩の挿絵は色彩がすばらしく、この本の魅力を大いに高めている。(2010.6.16読了)
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by nishinayuu | 2010-10-04 10:02 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「海辺にて」  テオフィル・ゴーティエ

c0077412_1122466.jpg☆テオフィル・ゴーティエの詩の韓国語訳が見つかりましたので紹介します。原詩と日本語訳をつけ加えました。日本語の訳者は内藤濯、韓国語の訳者は不明です。




바닷가에서 테오필 고티에

드높은 창공에서 달님이
손에 든 오색 찬란한 큰 부채를
잠시 방심한 사이
바다의 푸른 융단위에 떨어뜨렸소.

건지려고 달님은 몸을 숫여
은빛 고운 팔을 내밀었으나
부채는 흰 손을 빠져나갔가
지나는 파도에 실려나갔소.

그대에게 부채를 돌리기 위해,
달님이시여, 천 길 물 속에라도 뛰어들리다
그대가 하늘에서 내려오신다면
이 몸이 하늘로 올라갈 수만 있다면.

Au bord de la mer  Théophile GAUTIER (1811-1872)

La lune de ses mains distraites
A laissé choir, du haut de l'air,
Son grand éventail à paillettes
Sur le bleu tapis de la mer.

Pour le ravoir elle se penche
Et tend son beau bras argenté ;
Mais l'éventail fuit sa main blanche,
Par le flot qui passe emporté.

Au gouffre amer pour te le rendre,
Lune, j'irais bien me jeter,
Si tu voulais du ciel descendre,
Au ciel si je pouvais monter !


「海辺にて」  テオフィル・ゴーティエ

高き空より照る月は
手に持つ金の絵扇を
うかと落としぬわたつみの
青くたたえし敷物に

拾いあげんとうつむきて
銀のかいなをのばせども
白きてもとをくぐり抜け扇は流る寄る波に

千尋の底に身を投げて
扇返さん照る月よ
汝れ大空を降り来なば
われ大空に昇り得ば
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by nishinayuu | 2010-10-01 11:25 | 覚え書き | Trackback | Comments(0)