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『あるかなしかの町』(エマニュエル・ボーヴ著、昼間賢訳、白水社)

c0077412_17242332.jpg著者は1898年にパリで生まれたユダヤ系フランス人作家で、1945年にパリで病没している。
この作品の原題はBécon-les-Bruyéresで、パリ郊外の町ベコンについて語る文章と、ところどころに挿入された白黒写真からなる。深い赤の布製の表紙に白いカバー、上下左右に余白をたっぷり取った、1ページに11行という贅沢なつくりで、読み捨てるのがはばかられる、あるいは読み捨てを許さない、といった趣の本である。文章も味わい深く、読んでいるうちにパリのサン・ラザール駅から私鉄に乗って10分の、取り立ててどうということもない町が、なにか愛おしく思われてくる。いいものに出会った、と思わせてくれる作品である。
ところで、この本のタイトルがちょっと引っかかっている。原題のベコン=レ=ブリュイエールではわかりにくいのでこうした、と訳者は言っているが、どんな題を付けようとそれだけで中身を推察するのは無理というもの。むしろ原題のままのほうがいろいろ想像を膨らませることができていい場合もあり、この作品もそれに当たるのではないだろうか。(2010.1.23記)
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by nishinayuu | 2010-03-30 17:24 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『Letters From England』(Karel Čapek著)

c0077412_10162921.jpg著者はボヘミア(現チェコ共和国の西部中部地方)生まれの劇作家。ロボットという語を作った人としても知られている。この作品は1924年頃にイングランドを訪れ、イングランド的なものに触れた著者の観察記録である。物や人を見る眼は鋭いけれども辛辣さはなく、ユーモアのある温かい表現に終始している。英国と英国人への敬慕にあふれる記録、と言えようか。特に印象的だった項目は以下の通り。
First Impressions――ドーバー海峡を渡って前方に「白亜の岩壁」を目にしたときの感動は、nishinaも数十年前に味わっている。イングランドの入り口としてはヒースロー空港よりこちらのほうが叙情的でいい。
In the Country――きれいな牧草の広がる広大な土地を見て、チェコで農業をやっている自分のおじさんだったら「なんでここにカブや、小麦や、ジャガイモを植えないんだ。サクランボも作れるしカラスムギや玉蜀黍やアブラナも作れるのに」とあきれるだろう、とあり、両国の経済構造の違いが浮き彫りにされている。
Merry Old England――この国の各種の建物がいかにユニークかをおもしろおかしく描写している。
The Pilgrim Observes the People――無愛想にみえるこの国の人々が、子どもたちにはどんなに優しい笑顔を見せるか、という指摘がある。
A Few Faces――John Galsworthy, G.K.Chesterton, H.G.Wells, Bernard Shawらの外貌と人柄が、著者自筆のスケッチとともに紹介されている。(2010.1.22記)
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by nishinayuu | 2010-03-27 10:16 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

クジャク 「美しい羽に未来を託す」   カブール

☆新聞のコラム(2009.7.18朝日)を韓訳してみました。原文は韓国語の下にあります。

공작새---그 아름다운 날개에 미래를 맡김
아프가니스탄의 수도 카불에서 신기한 풍경을 보았다. 찻길과 보도를 가리는 울타리위에 공작새 30여 마리가 나란히 앉아 있다.
아름다운 긴 날개를 지닌 푸른 수컷들과 흰 암컷들이, 끈으로 매여 있는 것도 아닌데, 얌전히 앉아 있다. 아이들이 흥미진진한 얼굴로 쳐다보고 있다.
“사지 않을래?” 말을 걸어온 이는 이마암 라티프씨(28). 동부 파크티아-주 출신인 그는 국경을 넘어 이웃 나라인 파키스탄의 카슈미르 지방에서 공작새를 사들여오는 장사를 2년전에 시작했다. 전에 파키스탄 여행의 기념품으로 공작새를 사 왔는데, 사고 싶어하는 사람이 많아서 생각한 장사라는 것이다. 길가의 울짱에 옷이나 융단을 걸어 놓고 파는 장사는 카불에서 많이 볼 수 있는데, 공작새 장사는 신기하다.
라티프씨의 말에 의하면 푸른색은 빛나는 미래를, 흰색은 순결을 상징하고 있어서 이슬람교도가 좋아하는 것이며, 정원을 가진 부자들에게 한 쌍을 300미국달러로 파는데, 하루에 두,세 쌍이 팔린다고 한다.
“공작새는 좋아요. 빵을 먹이기만 하면 달아나지도 않고, 소쿠리속에 가득 채워넣고 국경의 봉우리를 넘어도 죽는 새가 하나도 없고.”
그게 밀수지?
“물론. 군에게 들키면 총격을 받아 죽을지도 모르니, (반정부세력)탈레반이 쓰는 비밀의 길로 오가는 거지.” 미래와 순결의 상징은 아프간에서 미군을 습격하고, 파키스탄으로 도주하는 사내들과 같은 길로 운반 되는 것이다.

クジャク 美しい羽に未来を託す   カブール
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by nishinayuu | 2010-03-24 09:57 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『スフィンクスの嘆き』(三宅幸夫著、五柳書院)

c0077412_11142655.jpg「バッハの生涯と作品」というサブタイトルがあるからいいものの、どんな内容の本か見当が付かない不思議なタイトルである。これについて、音楽学者、音楽評論家である著者は「あとがき」で次のように解説している。
「スフィンクスは人々に謎をかけては、解けない者を食い殺していたという。筆者は子どもの頃から現在に至るまでバッハの音楽に深く傾倒してきたが、(中略)いつも謎をかけられているような、ある種の不安感を覚えずにはいられなかった(中略)なぜ謎が解けないのか、あるいはなぜ謎を解こうとしないのかという嘆きの声が、つねにバッハの音楽の行間から聞こえてくる気がしてならないのである」
第一部「度重なる転職」ではバッハの伝記研究をもとに、バッハの近大芸術家としての意識が解明されている。(肖像画に見られる大成した大人物然としたバッハにも、将来の見えない少年時代、血気盛んな青年時代のあったことがわかって興味深かった。)
第二部「音の集積回路」ではバッハの作品が持つ集約性・重奏性に関する論述が繰り広げられる。(かなり専門的な内容なので、難しいところは飛ばして読んだ。)
第三部「鏡像としてのバッハ」には18世紀から20世紀までのバッハ受容の歴史が綴られている。この中の第13章はタイトルと同じく「スフィンクスの嘆き」と題されており、ワグナーがバッハの[フーガ嬰ハ短調]を「スフィンクスの、あるいは消えゆく神々の、あるいは人間が誕生する以前の、自然の優しい嘆き」と形容した、とある。(2010.1.20記)
☆「バッハの音楽に深く傾倒している」著者による「バッハの音楽に深く傾倒している」人のための本でした。とくに「バッハの音楽に深く傾倒している」わけではない私も、思いの外楽しく読みました。
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by nishinayuu | 2010-03-21 11:14 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『失われた遺産』(ロバート・ハインライン著、矢野徹・田中融二訳、ハヤカワ文庫)

c0077412_9502655.jpg1940年代にSF雑誌に発表された作品を1953年に単行本化したもの。 雑誌発表時期も単行本化の時期も「未来史シリーズ」の作品群と重なる。つまり本書は「未来史シリーズ」を除いた代表作を集めた一冊である(解説より)。
収録作品は以下の4編。
『深淵』――「新人類」である超能力集団から潜在能力を認められたギリアドは、選ばれて訓練され、新しい外見も与えられて「新人類」として生まれ変わる。そして指導教官のゲイルとともに、地球の存続をおびやかすケイスリー夫人殺害の使命を帯びて、夫人の住む月に向かう。
『時を越えて』――異次元へ自由に移動できるようになったアーサー・フロスト教授と学生たちの奇妙な冒険。内容も原題(Elsewhen)も愉快。
『失われた遺産』――人間の脳にかつては備わっていたのに退化してしまった能力があることを発見した男女三人。その能力の研究・開発中に、サクラメント近郊にあるシャスタ山で、1913年に行方不明になったアンブローズ・ビアスをはじめとする超能力者たちと出会う。長編の種のような物語。
『猿は歌わない』――労働猿として人工造成されたネオ・チンパンジーのジェリーはどんどん能力を伸ばし、ついに歌も歌えるようになった。それはジェリーが「人間」であることの証だった。(2010.1.19記)
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by nishinayuu | 2010-03-18 09:50 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『不信時代』朴景利

c0077412_22485487.jpg『불신니대』(박경리著)

2008年に世を去った韓国の作家・朴景利が1975年に発表した短編小説。実体験を下敷きにして社会の不条理を告発した作品である。なお、他の作品のタイトルは、右の欄にある「韓国の著名人」→ㅂ→박경리でご覧ください。

主人公・眞英の夫は、「朝鮮戦争」が始まって間もない1950年の9月に爆弾に当たって死んだ。それは夫が、内臓が飛び出して死んでいる少年兵を見た、と眞英に話した翌日だった。次の年、北側の勢力が南側を圧倒したため、眞英は3歳の息子を背に、母親とともにソウルを逃げ出す。爆撃に晒されながらの逃避行だった。
戦争が終わり、荒廃したソウルに戻ってから数年後、9歳になっていた息子が死ぬ。眞英が内臓の飛び出した少年兵の夢を見た翌日のことだった。息子の死は無惨だった。不誠実な医者による不手際な処置のせいだった。
眞英の胸には息子を無惨に殺した医者、薬の量をごまかす医者、2種類の液をよく攪拌せずに注射しようとする看護婦、果ては免許のない偽医者など、医療関係者に対する不信が渦巻く。叔母の勧めで教会に行ってみても違和感しか覚えず、叔母や周りの信者たちの行状を知って、眞英はいよいよ違和感を募らせる。そして今度は母の希望を入れてお寺を訪ねるのだが、そこで眞英の宗教への不信感は決定的なものとなる。(2010.1.15記)
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by nishinayuu | 2010-03-15 10:58 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『心のウイルス除去します』(エカート・フォン・ヒルシュハウゼン著、森田明訳、サンマーク出版)

c0077412_101802.jpg著者は「医師として活躍したのち、医療とお笑いを結びつけようと、トークショー芸人に転身したユニークな人物。目下、ドイツの有名劇場やテレビで大活躍」しているという。「健康」についての常識をばっさりと、ただし笑いに包みながら斬っていく痛快な読み物である。ただし、帯に付いている惹句の「ドイツで200万人がお腹を抱えて大笑い!」というのはいただけない。お笑いブームの今、この惹句を見て大笑いを期待して買った人はがっかりするだろうし、お笑いが嫌いな人は買わないだろうからだ。ニヤリ、あるいはクスリと笑える話がいっぱいあって、医学的な知識にも触れられるすてきな本なのに、惜しい!

特に印象に残ったのは「老齢化に抵抗する」「医者は風邪が嫌い」「星は何でも知っている」「飛ぶのが怖い」などの項目。ほかにもついニヤリとした部分を挙げると……
*女性の足を温めてやり、幸せな気持ちにしてあげること、これが男性に課された、最も大切な努めなのです。(最近伴侶を亡くした友人が「あんか代わりだったのに」と言っていた。)
*現代風ではなくなったマヌエラという名を持つ女性はユーリアよりもドジでブスだ、との印象を与えかねません。(ドイツでの話なので関係ないことだけれど、たまたまうちの娘の名がユリアなので。)
*医師は治療に満足して最新を受けに来る患者にしか会わないので、自分の能力を過大評価する。(再診を受けに来なかった患者は、すぐに健康を回復したか、あるいは医師の見落としがもとで病死したか、のどちらかだ、というわけ。)(2010.1.8記)
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by nishinayuu | 2010-03-12 10:18 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「蛍の光」 韓国版

☆韓国語の「蛍の光」を紹介します。訳者の名前は不明です。ご存じの方は教えてください。
原詩(Robert Burnsの詩)は韓国語訳の下にあります。


석별의 정 (역자 미상. 알고 계시는 분, 알려 주세요)

오랜 친구가 잊혀져
기억조차 나지 않게 되는 것인가?
오랜 친구가 잊혀지고
그리운 옛날도 잊혀져야만 하는 것인가?

그리운 옛날을 위해, 사랑하는 이여
그리운 옛날을 위해
우리 이제 우정의 술잔을 들도록 하세.
그리운 옛날을 위해!
 (리프레인)

우리 둘은 시냇물에서 노를 저었지.
아침 해가 떠서부터 저녁 식사때까지
하지만 우리를 갈라놓은 넓은 바다는
큰 소리로 우르렁거렸네.
그리운 그 옛시절부터
---리프레인

여기 손이 있네, 나의 진실한 친구여.
그리고 내게도 자네의 손을 내밀게.
진정한 우정을 나누는 술 한 모금을 마시도록 하세.
그리운 옛날을 위해!
---리프레인

Should auld acquaintance be forgot
and never brought to mind?
Should auld acquaintance be forgot
and days of Auld Lang Syne.
For Auld Lang Syne, my dear,
for Auld Lang Syne,
we'll take a cup of kindness yet
for Auld Lang Syne.
(Repeat entire verse)
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by nishinayuu | 2010-03-09 12:10 | 覚え書き | Trackback | Comments(0)

『Little Lord Fauntleroy』(Hodgson Burnett著、 Project Gutenberg)

c0077412_12262956.jpg小学生の頃の愛読書。同じ作者の『小公女』よりもずっと好きだった。
『小公女』があまり好きになれなかった理由は二つある。一つは、『小公女』の主人公は年齢のわりに人間ができすぎている「ひねた」少女であること。もう一つは、『小公女』の世界にはいじめや虐待、差別があり、飢えと寒さに震える場面もあって、最後に大きな幸せが訪れるとはいえ、読んでいて決して楽しいものではない。
その点、『小公子』の主人公は、しつけの行き届いたよい子ではあっても、決してひねた子どもではなく、考えることもやることも幼い子どもそのものである。また、こちらの主人公には逆境の中で堪え忍ぶ日々もない。大きな愛に包まれて育った幸せな子どもがより大きな幸福をつかむ、というまさに夢のような物語である。
今回、グーテンベルク・プロジェクトで再読してみて、セドリックの幼さや人々の育ちや階級の違いなどが、文字の綴り間違いや発音のなまりなどをそのまま表記することによって示してあることが新たにわかって、いっそう楽しめた。(2010.1.6記)

☆画像はLibrary Editionのものです。
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by nishinayuu | 2010-03-06 12:27 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『長い日曜日』(セバスチアン・ジャプリゾ著、田部武光訳、東京創元社)

c0077412_957127.jpgミステリーとしても純愛物語としても楽しめる傑作。
1917年1月6日(土曜日)、ドイツ軍と相対するフランス軍の塹壕ビンゴ・クレピュスキルに、5人のフランス兵が連れてこられた。5人は戦場から逃れるために自傷事故を起こしたとして、見せしめのために銃殺されることになっていたのだが、誰もが手を下すことを避けようとした結果、その日の夜、ビンゴ・クレピュスキルと敵の塹壕に挟まれたノーマンズランドに、後ろ手に縛られたまま放り出された。
5人とは家具職人のブーケ(37歳、通称エスキモー)、溶接工のスー・シー(31歳)、農夫のノートルダム(30歳、通称「あの男」)、アンジュ(天使)という名の政治犯(26歳、通称「普通犯」)、そしてマチルドの婚約者マネク(19歳)。
日曜日に両軍の間で激しい撃ち合いがあり、多くの兵士が死んだ。死者の中には5人も含まれていて、戦死の報が後日それぞれの留守宅に届けられた。しかし、彼らの最期を確かに見届けたものは誰もいない。ともかく1月7日(日曜日)の夜明けには5人はまだ生きていたのだ。関係者たちのことばの断片を繋ぎ合わせながら、マチルダは真実を突き止めるための探索を続ける。(2009.12.30記)

☆p.213の14行目。ヴェロニック・パッサヴァンはティナ・ロンバルディの間違い?
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by nishinayuu | 2010-03-03 09:57 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)