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『偶然の音楽』(ポール・オースター著、柴田元幸訳、新潮社)

c0077412_10393621.jpg初めてのポール・オースターで、タイトルに惹かれて手にとった。
妻に出て行かれたナッシュは2歳の娘を姉に預けた。消防士の仕事で時間的な余裕もないし、金銭的にも苦しかったのでそうするしかなかったのだ。そんなある日、彼はいきなり大金を手にする。幼いときに自分たちを捨てたまま30年以上も音沙汰のなかった父親の遺産だった。この大金がもう少し前に手に入っていたら別の暮らしができたのにもう手遅れだ、という思いから、ナッシュはただ大金を使ってしまうために、高級車を買い、仕事を辞めて旅に出る。まる一年のあいだナッシュはひたすら車を走らせ、アメリカ中を行ったり来たりしながら、金がなくなるのを待ったが、そうしているあいだにいつの間にか車の旅の心地よさにはまり、抜けられなくなっていた。そして13ヶ月目、ナッシュはジャックポットという若者と出会った。このときナッシュはこの若者との出会いを、自分をなんとかするための最後のチャンスととらえた。
こうして新しい人生に飛び込んだナッシュを待ち受けていたのは、人里離れた広大な土地に、長大な石の壁を築く、というとてつもない日々だった。誠実に、目標を持って前に進もうとするナッシュと、自分たちの陥った境遇の理不尽さに怒りを抑えられないジャックポット。そんな二人がそれでもなんとか力を合わせて少しずつ石を積んでいく作業を、マークスという男が監督し、見張る。マークスの背後には二人を捕らえて自由を奪った謎多き二人組のフラワーとストーンが控えている。
語られている人物や場面は鮮明でくっきりしており、リアリティーがある。それなのに物語全体は現実離れしている、というか目には見えない強靱な膜を通して異次元の世界を見ているような感じでもどかしい。ある種のフランス映画のように、結末も曖昧模糊としている。というわけで、すっきりとした読後感はないけれども、なにか不思議な魅力のある作品である。この作品は映画化されていて、映画では小説では語られていない続きの部分が描かれているという。おそらく「結末すっきり」のアメリカ映画らしい映画になっているのだろう。(2009.11.24記)
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by nishinayuu | 2010-01-29 10:39 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

映画鑑賞ノート8

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映画鑑賞ノート8 (2010.1.25作成)
1行目:タイトル(原題)制作年・制作国 監督(鑑賞日)2行目:キャスト 3行目:一言メモ

画像は「シービスケット」



First Kiss(키스 할까요?)1998韓国 キム・テギュン(2009.10.4)
    チェ・ジウ、アン・ジェウク、イ・ギョンヨン、ユ・ヘジョン
    アン・ジェウクの演技が自然でとてもいい。
サムサッカー(Thumb-sucker)2005米 マイク・ミルズ(2009.10.6)
    ルー・プッチ,T・スウィントン,V・ドノフリオ,キアヌ・リーヴス
    大人になることの難しさと大人であることの難しさを描いた映画。
愛してる、愛してない(A la folie…pas du tout)2002仏 R・コロンバニ
    (2009.10.9)
    オドレイ・トトゥ、サミュエル・ル・ビアン、イザベル・カレー
    美しく始まり、途中から恐怖映画になり、終わりは無惨。
枢機卿(The Cardinal)1962米 O・プレミンジャー(2009.10.16)
    T・トライオン,J・ヒューストン,R・ヴァローネ,L・シュナイダー
    KKKやナチスの時代を生きる聖職者を描いた人間ドラマ。
My Son(아들)2007韓国 チャン・ジン(2009.10.19)
    チャ・スンウォン、リュ・ドックァン
    息子ができすぎ?見ているうちに本当にできた息子だとわかる。
最強☆彼女(무림 여대생)2007韓国 カク・チェヨン(2009.10.23)
    シン・ミナ、オン・ジュワン、ユ・ゴン、イム・イェジン
    空中飛翔の多用が難だが、嫌みのないストーリーなので合格。
戦う幌馬車(The War Wagon)1967米 B・ケネディ(2009.10.25)
    ジョン・ウエイン、カーク・ダグラス、ハワード・キール
    ダグラスのすばらしい身体能力に拍手。もしかしてスタント?
イン・ハー・シューズ(In Her Shoes)2005米 カーティス・ハンソン
    (2009.11.2)
    キャメロン・ディアス、トニ・コレット、S・マクレーン
    感情がすぐ顔に出る孫娘たち。とぼける祖母。どちらもいい。
クイーン(The Queen)2006米 S・ブリアーズ(2009.11.16)
    H・ミレン、M・シーン、G・クロムウェル、H・マックロリー
    各人の心情が鮮明に伝わってくる。英王室の面々って地味。
街のあかり 2006フィンランド アキ・カウリスマキ(2009.11.17)
    フーティアイネン、ヤンヴェンヘルミ、M・ヘイスカネン
    風景も主人公も、彼を騙す妖婦も、みんな侘びしくて哀れ。
それでも恋するバルセロナ 2008米西合作 ウディ・アレン
    (2009.11.27)
    J・バルデム、R・ホール、S・ヨハンソン、P・クルス
    男女ともスペイン側の圧倒的存在感にアメリカ側は負けている。
マンマ・ミーア(Mamma Mia)2008米 F・ロイド(2009.11.27)
    M・ストリープ、A・セイフライド、P・ブロスナン
    ダンスに向かない体型の男女のパワフルなダンスに感動。
絶対の愛(시간)2006韓国 キム・キドク(2009.12.8)
    ソン・ヒョナ,ハ・ジョンウ,キム・ソンミン,パク・ジヨン
    整形が日常的になっている社会の怖さと、愛の妄執の怖さ。
王になろうとした男(The Man Who Would Be King)1975米 
    J・ヒューストン(2009.12.12)
    ショーン・コネリー、マイケル・ケイン、C・プラマー
    原作者キップリング役は往年の凛々しい面影が残るプラマー。
100万ドルの決闘(Big Jake)1971米 ジョージ・シャーマン
    (2009.12.13)
    ジョン・ウエイン、モーリン・オハラ、ボビー・ビントン
    ウエインの息子と孫も出演。家族の演じる家族の物語。
シービスケット(Seabiscuit)2003米 G・ロス(2009.12.16)
    ジェフ・ブリッジス,クリス・クーパー,トビー・マグワイア
    実在した競馬馬と騎手の物語。前置きの社会文化史が長すぎ。

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by nishinayuu | 2010-01-26 09:54 | 映画・ドラマ | Trackback | Comments(0)

『母の家で過ごした三日間』(フランソワ・ヴェイエルガンス著、渋谷豊訳、白水社)

c0077412_11152884.jpg長く映画界で活動してきた著者が2005年に発表した作品で、その年度のゴンクール賞を受賞している。
母親の最期を看取った三日間の出来事と母親の思い出を綴った作品か、と思わせるタイトルだが、さにあらず。ここに登場する母親は、5人の娘と一人息子の「語り手」と離れて、一人で田舎暮らしをしている元気溌剌とした母親である。夫の死後数年経つと、いくらか年下の男と「新しい生活に踏み出す」ことを考えるような若々しい女性なのだ。母親だけでなく、ここに登場する女性たちは言うこともやることもうじうじしたところのない、颯爽とした女性ばかり。
それに比べると「語り手」は5人姉妹に囲まれた男の子がそのまま年を取ったようなちょっと甘ったれで、根性のなさそうな感じの男性である。なぜなら彼は『母の家で過ごした三日間』というタイトルの本を書くことを出版社と約束していながら、書けない状態を何年も引きずっており、その間に妻以外の女性たちと適当にアヴァンチュールを楽しんだりしているのだ。その悶々とした「書けない」状況が、母の怪我・入院という思いがけない出来事によって一挙に解決する、というなんとも都合の良い、人を食ったようなお話である。
さて、この作品のいちばん際だった特徴は構成のユニークさだ。著者のヴェイエルガンスが「語り手」として登場させた書けない作家のヴェイエルグラッフが、その作中人物として書けない作家グラッフェンベルグを「語り手」として登場させ、その彼がまた自分の作品に書けない作家ヴェイエルスタインを「語り手」として登場させる、という形になっている。ちょっとややこしそうに見えるが、どの「語り手」もフランソワという名前を持ち、溌剌とした母親と颯爽とした女性たちに囲まれた書けない作家であって、つまり一人の作家の悩みが重層的に語られる、という仕組みなのだ。
またこの作品は、メインのストーリーのそこここに、「語り手」の才気あふれる脱線話――なんと永平寺や備前焼などの話も――が挿入されていて、思わずうなったり吹き出したりさせられる。電車の中などで読むときは要注意の作品である。とにかく非常に気持ちよく読める楽しい読み物である。(2009.11.19記)
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by nishinayuu | 2010-01-23 11:15 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『How to Be an Alien』(George Mikes 著、研究社)

c0077412_1094486.jpg著者はハンガリー出身で後にイギリスに帰化したミケシュ。学生時代に教科書として出合った作品で、風刺の効いた愉快な内容が気に入って、他のテキスト類はほとんど処分したあとも、何となく処分できないままになっていた。今度こそはきれいさっぱり処分するつもりで、最後にもう一度、と思って読んでみた。
やはり面白い。同じ外国人によるイギリス観察記でも、『林望のイギリス観察辞典』は明媚な風光の中で優雅に暮らす人びとを描いた、イギリス礼賛的な作品であるが、こちらはイギリス(正確にはイングランド)的な物事がいかに「風変わり」であるかを強調して茶化した作品である。両者の違いは著者の気質や趣向の違いから来るものでもあろうが、時代の違いもあるかも知れない。林望先生が見たイギリスはかつての栄光を失った代償として落ち着きと優美さを獲得したイギリスであり、ミケシュの見たイングランドは第2次大戦ごろの、まだ国力が盛んで尊大だったイングランドだからだ。
さて中身であるが、皮肉が効いていてとにかく面白いのは「自己紹介のしかた」「天気の話題」「賢そうに見せない方法」「バス運転手が楽しむ三つのゲーム」「街作りのプランの建て方」など。ヨーロッパ大陸や日本の常識との違いからくるおもしろさもあれば、日本も似たり寄ったり、ということからくるおもしろさもある。一方、学生時代もたぶん理解できなかったと思われるし、今読んでも理解できているかどうか不安になる項目もたくさんあって、90ページほどの量ながら、なかなか読みでのある作品である。
巻末に岩崎民平による懇切丁寧なnotesが付いている。(2009.11.13記)
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by nishinayuu | 2010-01-19 10:09 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『星の牧場』(庄野英二著、理論社)

c0077412_1027758.jpg宮沢賢治の 『ポラーノの広場』 が時を越えて生き続けていた、という感じのお話。
物語の主人公は牧場で働く「記憶喪失症」の青年モミイチ。彼が覚えているのは自分の名前と、自分の育った牧場、兵隊としてインドシナ半島にいたときのこと、そしてかわいがっていた軍馬「ツキスミ」だけだった。モミイチの耳にはときどきツキスミの蹄の音が聞こえる。
ある日、山の奥に迷い込んだモミイチはクラリネットを吹いている男に出会う。蜜蜂飼いのこの男はモミイチを仲間の芸術家たちに紹介し、ジプシーの市場で一緒に演奏しようと誘う。ジプシーの市場とは、あちこち移動しながら働いている人たちが、それぞれの楽器を抱えて集まって来て合奏を楽しむ「ポラーノの広場」なのだった。
動植物、楽器と音楽、星が全編に散りばめられ、デストゥパーゴのような悪人は一人も出てこない理想郷の物語。長新太の絵はちょっと違うかなと思うが、著者による弦楽器の絵はなかなかいい。(2009.11.11記)
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by nishinayuu | 2010-01-16 10:27 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『人形つかい』(ロバート・A・ハインライン著、福島正実訳、ハヤカワ文庫)

c0077412_10755.gif1951年に発表されたもので、訳者あとがきによると、戦後に書かれた侵略ものSFの最高傑作といわれた作品だという。 確かに、登場人物は魅力的だしストーリー展開も迫力があって、楽しい読み物になっている。ただし、侵略者がナメクジのような姿をしているということになっているので、読んでいる間中、微妙に気持ちが悪い。
侵略者は宇宙船に乗ってやって来て、人間に寄生することによって勢力を広げて行く。侵略者は人間の頭脳活動、精神活動を支配するために人間の脊髄の上部に寄生するので、寄生された人間は猫背の状態になる。国連にもCIAにも知られていない特殊機関の機関員である主人公たちは、猫背の人間に注目し、寄生生物を捕まえてその生態を突き止めようとする。しかしその間に侵略者たちはどんどん勢力範囲を広げ、やがてアメリカの各地が支配下に置かれていく。
物語の時代は第3次世界大戦のあとであり、ソヴィエトとの対立は依然として深刻な状態にあるという設定なので、そういう世界情勢の中で宇宙からの侵略を受けたアメリカをすくために活躍する主人公たちが、実にかっこよく描かれている。(2009.11.11記)

☆愉快なのは寄生されているかいないかを見分けるための方法で、はじめは「上半身裸作戦」がとられ、やがてそれはほぼ全身裸作戦へと発展するのですが、これに関する次のようなくだりにはのけぞってしまいました。
いくつかの国はその国民性によってナメクジの侵略をまぬかれていた。フィンランドでは、毎日か二、三日置きに仲間と一緒にスチーム・バスに入らないとひどく目立ってしまうせいで――日本人は平気で着衣を脱ぐせいで、助かった。
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by nishinayuu | 2010-01-13 10:07 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『シャボン玉ピストル大騒動』(ポール・ギャリコ著、高松二郎訳、早川書房)

c0077412_23133822.jpgポール・ギャリコ(1897~1976)の最後の作品。
科学者を自認する9歳半の少年ジュリアンは、ある朝早く両親に見つからないように家を出る。自分が発明した「シャボン玉ピストル」の特許を取って、自分を無視しているパパを見返してやるつもりなのだ。荷物はスーツケース一つ。その中にはサン・ディエゴからワシントンDCへの長旅に備えて、下着の替え2枚、ソックス2足、ワイシャツ1枚、歯ブラシ、ヘアブラシ、そしてツナ・フィッシュ・サンドウィッチの材料が入れてある。
ジュリアンが旅の出発点であるバス・ターミナルに着くと、すでに大勢の人がバスの出発を待っていた。母親と7人の子どもという大家族の一行、逃走中の殺人犯ウィルクス、ベトナム帰還兵のマーシャル、優しそうな男グレシャム、マージとビルの高校生カップル、アメリカ陸軍軍需局のシソン大佐、KGBと関係のあるスパイ・アロン、不思議な形の楽器ケースを持った色黒の外国人バルザール、などである。これらの人びとと、初めての一人旅という緊張からくるさまざまな困難を切り抜けたジュリアンを乗せて、午前3時10分、バスはサン・ディエゴを出発する。
道中では土砂崩れのためにモーテルで一泊することを余儀なくされたり、ハイジャック事件が起こったりし、そのたびに最初は29名だった乗客が一人また一人とバスを去っていって運転手を嘆かせる。そしてついにジュリアンもバスから逃げ出すことになる。
一人のあどけない少年が、夢と希望と驚きと危険に満ちた旅を通して人びとの善意に触れる一方、悪意や裏切りに出逢いながら成長していく物語で、多彩な登場人物とスピード感のある展開で最後まで一気に読ませる。失望から希望へと転じる結末もいい。(2009.11.7記)
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by nishinayuu | 2010-01-10 23:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「サーラのとりこ」  特派員メモ  サンクトペテルブルク

☆新聞のコラム(2009?月?日、朝日新聞)を韓国語にしました。原文は韓国語の下にある「サーラのとりこ」をクリックすると出てきます。

쌀로에 사로잡히다    특파원메모 상트 페테르부르크

상트 페테르부르크에서 취재를 끝내고 밖으로 나갔더니, 틀림없이 영하 십수도 쯤은 되는 듯한 추위였다. 감기 기운이 있어서 그랬는지, 순간 두통과 오한이 엄습해왔다. 안 돼, 몸을 좀 따뜻하게 해야겠다는 생각이 들어서, 가까운 곳에 있던 작은 식당으로 뛰어들었다.
자리를 잡은 뒤 메뉴를 넘겼는데, 내가 아주 좋아하는 ‘쌀로’ 가 있었다. 쌀로란 돼지고기의 지방을 소금에 절인 러시아나 우크라이나의 전통음식이다. 아무리 생각해도 몸에 좋지 않은 것 같지만, 이 흰 덩어리를 얇게 잘라서 입에 넣으면, 말로 표현할 수 없는 부드러운 맛 때문에 반드시 한 조각 더 먹고 싶어지게 된다. 소박함 때문인지 레스토랑에서는 거의 찾아볼 수 없기 때문에, 한 동안 먹지 않았었다.
러시아에서는 감기에 걸렸을 때, 흑빵에다 쌀로를 얹고 마스터드를 발라, 보드카와 함께 먹는다. 에너지를 섭취함과 동시에 마스터드와 알코올로 몸을 따뜻하게 한다는 것 같다. ‘감기 기운이 있어서’ 라는 변명투의 말을 하면서 당장 주문했다. 오랜만에 러시아식 감기격퇴법을 충분히 즐겼다.
일전, 24년만에 모스크바를 방문한 쿠바의 라울 카스트로 국가평의회의장이, 지난번 방문했을 때 향응을 받은 ‘흑빵과 쌀로’ 를 다시 먹고 싶다고 늘 생각해왔다는 아야기를 했다. 쌀로에 사로잡힌 사람들만의 그 감정. 나는 잘 이해할 수 있었다. (호시이 마키)

「サーラのとりこ」  特派員メモ  サンクトペテルブルク
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by nishinayuu | 2010-01-07 11:04 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『悪い仲間』(アンガス・ウィルソン著、工藤昭雄・鈴木寧訳、白水社)

c0077412_1051429.jpg白水社「新しい世界の短編」シリーズの7(1968年4月20日発行)。12編の作品が収録されている。作者は1913年にイングランドの裕福な中産階級の家に生まれたが、その後家計が逼迫したため苦労してオックスフォードを卒業したという。1949年に出た『悪い仲間』が作者の最初の短編集である。
ここには第1次大戦の名残が色濃い時期の中流階級の人びとの世界が描き出されているが、それは社会的・経済的基盤を失っていてもなお従来の生活意識から抜け出せないでいる人びとの群像である。ナポレオン戦争の頃の社会がテーマになっている『虚栄の市』(Vanity Fair, Thackeray)にも、下の階級の人間を見下しながら彼らに依存せずには暮らせない中産階級の人びとが描かれており、時が流れても変わることのない階級社会の病根の深さを見る思いがする。
『涼風をいれろ』――エルスペスは独善的なミセス・サールに痛快な一発を食らわしたのだが、打撃を受けたのはその一発の余波を受けた夫のサール教授のほうだった。
『一族再会』――人びとは、たとえイングランド人であっても植民地生まれは一段下とみなすのだ。
『底抜けパーティー』――階級差を縮めようとする努力は疲れるだけで報われない。
『悪い仲間』――自由で公平な思想の持ち主として振る舞っていたヴァイも、つまるところは偏見の塊ともいえる夫と大差はなかった。
『変わり者ぞろい』――変わり者を自称する一族の許を訪れた青年は、抵抗虚しく取り込まれてしまう。
『きいちごジャム』――はじめは「かわいい童女」とも見えた二人の老女が、次第に「恐ろしい魔女」の様相を呈していく。(2009.11.5記)
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by nishinayuu | 2010-01-04 10:02 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ウメ子』(阿川佐和子著、小学館)

c0077412_9441954.jpg読書会「かんあおい」2009年12月の課題図書。
語り手は幼稚園児のみよちゃん。お兄ちゃんも同じ幼稚園児なので、たぶん年子の兄妹である。二人が通う幼稚園に、ある日転園生がやってくる。それがこの物語の主人公のウメ子で、初日の服装は真っ赤なブラウスに真っ赤なエプロンドレスだった。次の日もその次の日も、ウメ子は毎日派手で奇抜な服を着てきた。ロビンフッドのように上から下まで緑色のこともあった。またウメ子は、それまでのボスだったユカちゃんのお節介を毅然と振り払って、男の子たちの尊敬を集めた。みよちゃんはそんなウメ子に大いに関心を抱いたが、なかなか近づけないでいた。
ある日、ジャングルジムのてっぺんで遠くを眺めていたウメ子が、見上げているみよちゃんに気がついて声をかけてきた。こうしてみよちゃんはウメ子の友だちになり、ウメ子のお家に行き、ウメ子のお母さんにも会ったが、ウメ子の家にはお父さんがいなかった。ウメ子は、もう少し大きくなったらお父さんを探しに行く、みよちゃんといっしょに、と言った。そしてそのことばどおり、ある日みよちゃんとウメ子は家出をして、ウメ子のお父さんに会いに行くことになった。
幼稚園児とは思えないほどしっかりしていて行動力のあるウメ子の、みよちゃんをまきこんだ「父を訪ねて数百㌔」という、愉快でほろりとさせられる物語。幼稚園児が語り手という不自然な設定なのに語り口に不自然さがなく、素直に物語に入っていける。語り手とウメ子が十数年後に再会して友情を確かめあう場面も周到に付け加えられていて、気持ちよく読み終えることができる。(2009.10.26記)
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by nishinayuu | 2010-01-01 09:44 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)