<   2009年 03月 ( 13 )   > この月の画像一覧

『The Klone and I』(Danielle Steel 著、Delacorte Press)

c0077412_948611.jpg2作目のダニエル・スティール。初めて読んだ『The House on Hope Street』がまあよかったし、230ページほどという手頃な長さだったので楽勝、と思って図書館から借りてきた。確かに楽勝ではあったが、内容があまりにばかばかしくて読んで損をした。
タイトルにkloneとあって、ちょっと引っかかったが、cではなくてkだから、まさかクローンと付き合う話ではないだろうと思ったのが間違いだった。まさにクローンと付き合って、一時はその魅力に虜になってしまうお話だった。それでも、生化学的な存在であるクローンならまだいい。この小説に登場するクローンは、電子工学的に作られた人造人間、いわゆるロボットなのである。見た目は本物の人間そっくりで、独自の思考や好みも持っているごく当たり前の人間で、いらないときは頭と胴体を切り離して置いておけるモノ、という設定で、子どもだましもいいところ。今時は子どももだませないこんなロボットにのぼせてしまう女主人公の浅はかな言動をおもしろおかしく描いているところがこの作品のミソなのかも知れないが、全然笑えない。(2009.1.10記)
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by nishinayuu | 2009-03-31 09:49 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「花といえば桜」


花といえば桜
日本最古の歌集『万葉集』に最も多く出てくる花の名は「梅」である。4516首のうち117首が梅を詠んだ歌だ。一方桜は48首しかない。ところで『万葉集』のなかには単に「花」と書かれている詩歌が84首あり、実はこれらの「花」のすべてが桜だ。というわけで梅より桜の方が多く出てくるのである。日本人は昔の『万葉集』時代から今日まで、花といえば桜だと思っていたわけだ。

桜といえばソメイヨシノ
ソメイヨシノは江戸の北部にあった染井村に由来する名称である。JR巣鴨駅と駒込駅の北側にある地域で、江戸時代にはこの村に植木職人が住んでいた。ここで作られたソメイヨシノは明治時代初期に販売されはじめたが、華やかで生長も早いことから全国に広まった。

日本人はなぜ桜がこれほど好きなのか
桜が咲く時期は入学や就職や転勤など、人生の区切りとなる季節…つまり出会いと別れの季節だ。人びとの胸には出会いや別れの記憶がこのとき目にした桜の姿とともに刻まれる。人びとは昔の思い出とともに新たな感動をかみしめながら桜を眺める。この時期には日本人はだれもが詩人になる。しかも桜の時期はとても短い。だから桜の時期になると人びとは、この特別の花をいっぱい見ようとあちらへこちらへと駆け回る。

☆韓国語を習い始めたころに書いた文をそのまま載せました。

꽃이라면 벚꽃이다
일본의 가장 오래된 와카집[만엽집]중에 제일 많이 나오는 꽃 이름은 ‘매화’다. 4516수 중 117수가 매화를 읊은 노래이다. 한편 벚꽃은 48수밖에 없다. 그런데 [만엽집]중에는 이름이 없고 단지 ‘꽃’ 이라고 씌는 시가가 84수 있는데, 사실은 이런 ‘꽃’의 전부가 벚꽃이다. 그러므로 매화보다 벚꽃이 더 많이 나온다는 것이다. 일본인은 오래전 [만엽집]시대 이래 오늘까지 꽃이라면 벚꽃이다고 생각하는 것이다.

벚꽃이라면 소메이요시노다
소메이요시노는 에도북부에 있었던 소메이마을에서 연유하는 이름이다. JR수가모역과 코마고메역의 북쪽 지역인데, 에도시대에는 이 마을에서 나무를심는 직인들이 살았다. 여기에서 만들어진 소메이요시노는 메이지시대 초기에 발매가 시작됐는데 화려하고 성장도 빨라서 전국에 널리 퍼졌다.

일본인은 왜 벚꽃을 그렇게 사랑하는가?
벚꽃이 피는 시기는 입학이나 취직이나 전근 등 인생의 단락을 짓는 계절…따라서 만남과 이별의 계절이다. 사람들의 가슴에는 만남이나 이별의 기억이 그 때 봤던 벚꽃모습과 함께 새겨넣인다. 사람들은 옛날 추억과 함께 새로운 감동을 맛보면서 벚꽃을 쳐다본다. 이 시절에는 일본인은 모두가 시인이 된다. 게다가 벚꽃의 시절은 너무 짧다. 그래서 벚꽃 시절이 되면 사람들은 이 특별한 꽃을 많이 보려고 해서 여기저기 뛰어다닌다.
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by nishinayuu | 2009-03-28 10:35 | 随想 | Trackback | Comments(0)

『覆面作家の夢の家』(北村薫著、角川書店)

c0077412_9274496.jpg『覆面作家は二人いる』の続編で、「覆面作家と謎の写真」、「覆面作家、目白を呼ぶ、」「覆面作家の夢の家」の三部からなる。なお、覆面作家とは新人作家・新妻千秋のペンネームで、覆面が姓、作家が名ということになっている。
「覆面作家と謎の写真」は、その場にいるはずのない人が写っている写真の謎を、覆面作家の千秋さんが鮮やかに解き明かす話。
「覆面作家、目白を呼ぶ」は、語り手の岡部良介が目撃した車の転落事故が、仕組まれた殺人事件だったことを覆面作家の千秋さんが喝破する話。
「覆面作家の夢の家」はドールハウス愛好家たちの謎解きゲームに覆面作家の千秋さんが一役買う話。堀川百首などをとりこんだ著者お得意の蘊蓄系の推理ものである。 良介と千秋がだんだんいい感じになってきていて、次の作品でもしかしたらもしかする?と期待を抱かせて終わっている。(2009.1.6記)
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by nishinayuu | 2009-03-26 09:27 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『覆面作家は二人いる』(北村薫著、角川書店)

c0077412_921514.jpg1991年に「野生時代」に発表された連作3編をまとめたもの。
この著者の作品としては珍しく語り手が男性になっている。岡部良介という名で、推理雑誌の編集者である。彼には警視庁の刑事である双子の兄がいて、その名はなんと岡部優介。
ある日、先輩の敏腕編集者である左近雪絵が良介に、新妻千秋という人物に会ってくるように、と声をかける。非凡な才能を感じさせるけれどもどこかへんてこりんな作品を編集部に送りつけてきたこの人物は、男なのか女なのか、若いのか年寄りなのか、うぶなのか訳知りなのか、まるで頓珍漢なのだという。良介が訪ねてみると新妻千秋は、目を疑うほどの豪邸に住む、天国的美しさを持つ若い女性だった。内弁慶ならぬ外弁慶、という驚くべき人格を持つ彼女は、常人には見えないものを見抜いてしまうというこれまた驚くべき推理力の持ち主でもあった。こうして二重人格の女の子と、同じ顔を持つ二人の男が絡み合い、ややこしいことになったり、難事件があっけなく解決されたり、という愉快でお気楽なお話。(2009.1.1記)
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by nishinayuu | 2009-03-24 09:02 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳、早川書房)

c0077412_21144961.jpgイギリスのとあるところに、ヘールシャムという施設があった。15、6歳までの子どもたちが宿舎で生活し、教室で学び、体育館や運動場でスポーツを楽しんだ。敷地内には散歩道やアヒルの泳ぐ池もあった。我の強い子やボス風を吹かせる子もいれば、のけ者にされたりからかわれたりする子もいた。才能があって目立つ子もいれば、伸び悩む子もいた。ごくありきたりの全寮制学校という様相の施設だった。
ヘールシャムにはしかし風変わりな点がいろいろあった。教室で授業をしてくれるのは先生ではなく「保護官」たちだった。毎週のように健康診断があった。季節ごとに「交換会」という名の展示即売会があった。「販売会」を除けばこの交換会が自分の持ち物を増やす唯一の機会だった。販売会のときは外から車がやってきたし、「マダム」も時々やってきたが、子どもたちの両親が訪ねてくることはなかった。そして、外の世界を知らないままここで育った子どもたちは、一定の年齢に達するとここを離れていくのだった。
ヘールシャムは、ある特別な子どもたちに「幸せな子ども時代」を与えたいと考えた人たちの「信念と情熱」によって運営されていたたぐいまれな施設だった。特別な子どもの一人だったキャシーが、ヘールシャムの日々と16歳でそこをあとにしてから31歳の今日に至るまでの日々を、淡々と語っていく。キャシーは、無邪気で幸せな子ども時代がもてたこと、「看護人」としてもうすぐ12年になること、その間にかつての友人たちが「使命」を果たすのを見届けたこと、などを感謝するばかりで、疑問を投げかけたり、訴えたり、ということはしない。あきらめでもなく、悟りでもなく、ただありのままに自分たちの「使命」を受け入れているその精神のありようが痛ましい。(2008.12.30記)
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by nishinayuu | 2009-03-21 21:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『The House on Hope Street』(Danielle Steel著、Dell)

c0077412_927451.jpgサンフランシスコ郊外のホープ・ストリートに住むサザーランド家は、ジャック、リズ、長男のピーター、長女ミーガン、次女レイチェル、三女アニー、そして末っ子のジェイミーという家族構成。子どもたちの良き父親・母親であるジャックとリズは、ふたりで法律事務所を経営する有能な弁護士でもある。幸せいっぱいのクリスマスの朝、そんな一家の幸せが突然崩れ去る。前日ふたりは法廷で、依頼人の女性を苦しめていたその夫に徹底的ダメージを与える裁定を勝ち取っていた。その夫が逆恨みをしてジャックを銃で撃ち殺してしまったのだ。愛する夫であり、仕事のパートナーでもあるジャックを失ったリズの、そして大切な父親を失った子どもたちの衝撃……。待ちに待ったクリスマスが一瞬にして恐ろしく忌まわしいものに変わってしまったその時から、リズと子どもたちが歩んだ一年間の物語。
家族の話ではあるが主人公はリズで、彼女の感じること、彼女の目にうつることが綴られている。ハンディャップを持つジェイミーと、長男のピーターについては事細かくひんぱんに取り上げられているのに対して、あとの三人は「女の子たち」で片づけられることが多く、リズの(著者の?)関心はもっぱら男の子たちに向いている。終盤近くになってミーガンがクローズアップされてくるが、あとの二人は最後までひとからげの扱いで、女の子を三人にした意味がない――と、話の本筋には関係ないところにひっかかってしまった。(2008.12.28記)

☆この著者の作品は初めて読みました。裏表紙に美しい女性のポートレートが載っていてびっくり。ずっと男性作家だと思っていましたので。ダニエルではわかりませんが、Danielは男性の名、Danielleは女性の名でDanielaの異形であることが今回調べてわかりました。遅まきながら。
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by nishinayuu | 2009-03-19 09:27 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

韓国の詩「空」 金東鳴


空は
海、
わたしは海に向かって立つ偉大なる浪漫主義者だ。

ここでひとつ、ひらりとダイビングをしたならば
雲はこの足に蹴られて泡と砕けるかもしれぬ。
星がこの手に貝のように掴めるかもしれぬ。

わたしは
蒼茫とした大気の精気を手に握りしめ
目を拭って今「永遠」と向き合っているのだ……


하늘
하늘은
바다,
나는 바다를 향해 선 위대한 낭만주의자다.

예서 한번 후울쩍 다이빙을 한다면
구름는 물거품같이 발길에 채여 부서질지 몰라.
별들이 조개같이 손아귀에 쥐여질지 몰라.


창망한 대기의 정기를 움켜
눈을 씻고 이제 [영원]과 마주섰노니……
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by nishinayuu | 2009-03-16 16:00 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『アインシュタインをトランクに乗せて』(マイケル・パタニティ著、藤井留美訳、ソニー・マガジン)

c0077412_9572638.jpgアインシュタインが1955年4月18日に息を引き取ったとき、遺体の解剖をしたプリンストン大学の病理学者トマス・ハーヴェイはアインシュタインの脳を取りだした。研究して天才の秘密を解明するため、ということだったが、研究の成果が発表されることもなく時は過ぎ、アインシュタインの脳もハーヴェイも姿を消した。
ふとしたことからハーヴェイの消息を知った著者はハーヴェイを訪ねる。そして、アインシュタインの脳を遺族に返したいというハーヴェイの願いを知った著者は、もののはずみで運転手となることを申し出る。こうして20世紀の偉大な天才にして奇人であるアインシュタインの脳と、天才ではないが立派な奇人であるハーヴェイと、始めから終わりまで徹底的にアッシー扱いをされる著者との「三人の旅」が始まる。

ニュージャージー州プリンストンから始まり、州間高速道路を通ってアメリカ大陸を横断しながらカリフォルニア州バークレーをめざすその道中の生き生きした描写は、まるでロード・ムーヴィーを見ているかのようであきさせない。また、ときには突飛でときには微笑ましいハーヴェイや、広島や長崎にも関わりなしとはいえない複雑な人生を送ったアインシュタインをはじめ、さまざまな人物についての描写、人物評も興味深い。(2008.12.25記)
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by nishinayuu | 2009-03-14 09:57 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ジジの贈り物』(ジェラルド・セレンテ著、小沢瑞穂訳、文藝春秋)

c0077412_9544729.jpg離婚の痛手にうちひしがれていた著者が83歳の叔母ジジの家をたびたび訪れ、彼女の手料理を食べながらおしゃべりを楽しんでいるうちに元気を回復していく――というほんわかした物語の形を取りつつ、トレンド分析家としての著者の見解が18章にわたって繰り広げられている。
写真付きでジジの人生を細かく紹介しつつ、強かでもありお茶目でもある現在のジジの人となりを描いている「ほんわか物語」の部分は、これだけで一冊の読み物になる豊かな内容をもっている。一度は脳腫瘍で生死の境をさまよったこともあるジジが、スクラブルでは若い著者を寄せ付けない実力の持ち主、というところが特にいい。
ジジとの会話の中で展開されるトレンド分析では、1999年のアメリカ社会と現在の日本社会の類似に驚かされる。この手の文にややもすれば見られる決めつけや臭みが感じられないのですんなり読めるが、「キッチンでの会話」にしては力が入りすぎ、整然とまとまりすぎで、その点はややリアリティーに欠ける。
訳者のあとがきによると、著者は『トレンド・ジャーナル』というニューズレターの発行人で、テレビや新聞でも活躍している第一線のトレンド・アナリストだという。(2008.12.22記)
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by nishinayuu | 2009-03-12 09:56 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『インド夜想曲』(アントニオ・タブッキ著、須賀敦子訳、白水社)

c0077412_2143284.jpgこの本は図書館の棚で見つけ、装丁が美しかったのと訳者が須賀敦子とあったので読む気になった。「夜想曲」とあるので「悲惨なインド」を主題にしたものではないだろうと期待して。
「夜想曲」であった。人も街もすべてが靄に包まれているような。語り手は行方不明の友人を捜しながら旅をしているのだが、語り手がどんな人物なのか、なんのために友人を捜しているのかはよくわからない。語り手に友人のことを尋ねられた人びとが友人のことを知っているのかどうかもよくわからない。語り手は最終的にはゴアへ行く用事があるということなのだが、それがどんな用事なのかもよくわからない。
それでいて読者はいつの間にか語り手の友人捜しの旅に同行している気分にさせられ、語り手の目にうつる人びとや街を眺めながら、インドをさまよい歩くことになる。そして最後にゴアで、語り手といっしょに旅をしていたつもりの読者をある仕掛けが待ちかまえている。読者を一瞬とまどわせはするが、なるほど、そう来たか、と思わせもするしゃれた結末である。。(2008.12.20記)

☆タブツキは初めてのような気がしていましたが、2003年5月に『供述によるとペレイラは…』を読んでいました。古い読書ノートに「外見もやっていることもさえないように見えた男・ペレイラが、しだいに‘まともな人間’として魅力をもって迫ってくる不思議な小説。翻訳が抜群」とあり、翻訳者の印象が強くて作者名は記憶に残らなかったようです。
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by nishinayuu | 2009-03-10 21:41 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)