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『9990個のチーズ』(ヴィレム・エルスホット著、金原瑞人・谷垣暁美訳、ウェッヂ)

c0077412_116597.jpgベルギー人の著者が1933年に発表した作品Kaasを、2002年にイギリスで発行された英語版Cheeseをもとに訳したもの。
主人公は造船所の事務員でもうすぐ50歳になるラールマンス。月給はすでに上限に達していて、いつ月給が下がり始めるかびくびくしている。造船所の賃金システムでは、給料はゼロから出発して百になり、またゼロに戻るのだ。そんな彼に、裕福で社会的地位もあるスホーンベーケ氏から、事業をやらないか、という話がもちかけられる。にわかに起業熱にとりつかれたラールマンスは、造船所には病気休暇を申請して、オランダのチーズ輸出会社の「ベルギー・ルクセンブルク大公国総代理店」経営に乗り出す決心をする。その日から家族も巻き込んだ彼の忙しい日々が始まる。事務所はどこにするか。そこに置く机はどうするか。レターヘッド付きの便箋もいるし、それには社名も考えなくてはならない。何もかも初めてのことなので、時間はどんどん過ぎていく。そしてまだ態勢が整わないうちに、オランダの「全乳から作ったフルファットのエダムチーズ」がどかんと届く。27個入りが370ケースなので全部で9990個。一個あたり約2キロで、総重量は20トン。さて彼はこれをうまく売りさばくことができるだろうか。

柄にもなく上昇志向にとりつかれてあたふたするラールマンス、無責任な「善意」から彼に起業を勧めるスホーンベーケなど、どこにでもいそうな人びとが描かれており、1933年の作品という古さを感じさせない。(2008.12.10記)
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by nishinayuu | 2009-02-28 11:06 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『秋の花』(北村薫著、東京創元社)

c0077412_10125678.jpg落語家の春桜亭円紫が謎解きをするシリーズの3番目に当たる作品。『夜の蝉』と『六の宮の姫君』の間に位置し、語り手の「私」は文学部の3年生である。今回は「私」が円紫さんの助けを借りて、高校の後輩で、小学校の登校班以来の知り合いである津田真理子と和泉利恵に関わる謎を解明する話。
後輩の二人はいわゆる「御神酒徳利」で、文化祭の準備中に津田真理子が高校の屋上から転落して死んだあと、和泉利恵は魂が抜けたようになってしまっていた。転落事件は事故として処理されたが、「私」の許に、事故ではなく殺人だ、とほのめかすような文書が舞い込む。1回目は津田の書き込みのある教科書のコピーで、「見えざる手」という部分が赤い線で囲まれている。そして2回目の紙には「ツダマリコ ハ コロサレタ」と書いてあった。
かけがいのない友を失った衝撃から立ち直れない和泉利恵のために奔走する「私」ではあるが、それだけにかまけてもいられない。卒論の準備もあれば、一度落とした体育の単位を今年こそは取らなければならないし、仲良しのしょうちゃんや江美ちゃんたちとのつき合いもある。というわけで「私」は『フロベールの鸚鵡』を読み、トランポリンの上で跳ね、しょうちゃんたちと『野菊の墓』探訪に出かけたりするのである。謎解きと、賢い大学生の日常とが並行して語られる、悲しいけれど爽快な、しみじみとあわれでありながら溌剌とした楽しい物語。(2008.12.7記)
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by nishinayuu | 2009-02-26 10:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「真実と人権 2つの誤り」

☆新聞のコラム(2008.3?の朝日新聞)を韓訳したものです。原文は韓国語の下にあります。

진실과 인권---두가지의 실수
신문기자로서 한센병문제검증회의 위원이 됐다.
한센병에 관해서는 고대로부터 이어진 우리 나라의 차별의 역사를 끝낸다는 점에서 1947년이 중요한 해였다. 이 해, 신헌법이 시행되고, 신약 프로민(promine)을 사용하는 치료가 우리 나라에서도 시작됐다.
프로민은 극적인 치료효과를 가져왔다. [불치병]은 치료가능한 병으로 바뀌었다. 환자는 균음성이 되어간다. 많은 약제를 병용하는 요법을 사용하면 시작한지 며칠만에 나병균의 감염력은 없어진다. 원래 전염력이 약한 병이라는 것을 이전부터 전문의들은 알고 있었다.
치유되고 전염되지 않게 때문에, 세계 각국은 잇달아 [격리 정책]을 중지했다. 우리 나라는 그런 흐름을 외면한 채, 강제격리하기로 한다는 법률을 1996년까지 시행했다. 그 동안에 만명 이상의 사람들이 가족이나 친구들로부터 강제로 떨어지게 되어, 평생을 고립된 요양소안에서 보내고 말았다.
우리 나라 한센병 정책의 첫번째 실수는 과학적인 [진실]을 무시한 데에 있다고 말할 수 있다.
그런데 실수는 이 것뿐이었을까? [전염되지 않는데도 가두었다]는 것을 강조하는 일의 이면에 [전염된다면 격리는 당연]이라는 의식은 없었던 것일까?
한센병은 그 병때문에 죽는 일이 거의 없는 만성적 감염증이다. 같은 질병은 얼마든지 있다. 우연히 어떤 감염증에 걸렸다가 그 것만으로 강제적 격리를 당하고, 평생 엄격한 관리를 받아야 한다면 어떠할까?
노르웨이에서는, 프로민이 나오기 전에도 자기 집안의 방을 나누어 사용하는 정도로 격리를 한정하려는 노력을 했었다. 인권을 중시해서였다.
많은 사람의 안전을 위해서 필요하더라도 특정한 소수자에게 한도를 넘는 심한 대접을 해서는 안된다. 그것이 일본국헌법에서 정해진 인권이었을 것이다. 그런데 우리는 그것을 실천해오지 않았다. 두번째 실수는 [인권]을 무시한 것이었다.
오해를 살까 봐 걱정되지만 감히 말하면, [전염되지 않는아는 사실에도 불구하고 격리한 것이 잘못]은 아니다. [만일 (자기가) 전염될지라도 격리는 단연코 잘못이다] 라고 해야했다. 그러나 내가 앞으로 같은 상황에 직면할 때, 그렇게 단언할 수 있을까---. 나는 내내 자문하고 있다. (후지모리 켄)

「真実と人権 2つの誤り」
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by nishinayuu | 2009-02-24 10:05 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『ぼくには数字が風景に見える』(ダニエル・タメット著、古谷美登里訳、講談社)

c0077412_925530.jpg原題はBorn on a Blue Day。文字や数字にそれぞれ独自の色が伴って見える、という著者の生まれたのは水曜日で、水曜日の色は青だという。それでBorn on a Blue day。
上記のような特殊な感覚(専門用語では「共感覚」という)を持つ著者には、複雑な数式もさまざまな色や形、動きを伴った風景に見えるため、瞬時に答えが見つかる。著者はまたπの数字を小数点以下22514桁まで暗唱してのけ、語学の習得にも驚くべき才能を発揮する。しかしこうした天才的能力を持つ一方で、彼には人とのコミュニケーションがうまくできないという障害があった。 
ザヴァン症候群とアスペルガー症候群という二つの発達障害を持つが故に、彼は泣きやまない赤ん坊、友だちのできない子どもであったし、靴紐も結べないしすぐに道に迷う手のかかる人間である。しかし彼はそうしたさまざまな困難を乗り切るために力を尽くし、すこしずつ自分の世界を広げていく。
そして彼の、特に財産や教育があるわけでもない両親は、発達障害についての知識もないままに、ひたすら親としての愛の力で彼を育み、見守り続けるのである。著者にもその両親にも心から拍手を送りたくなる、読後感がこのうえなく爽やかな本である。(2008.12.3記)

☆エスペラントについて述べているところで、訳の誤り(あるいは校正ミス)が一ヵ所ありました。rapida「はやく」となっていますが、正しくは「はやい」です。
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by nishinayuu | 2009-02-21 09:03 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『名君の碑』(中村彰彦著、文藝春秋社)

c0077412_952439.jpg読書会「かんあおい」2009年1月の課題図書。担当者は福島県出身のSさん。
副題は「保科正之の生涯」。保科正之は江戸幕府の幕政に身を捧げるとともに会津藩の藩政においても大きな業績を残した人物。母親であるお静の生い立ちから説き起こし、正之の出生から死に至るまでを克明に綴ったもので、600ページを超える大作である。ここまで丹念に調べあげ、精魂を傾けて小説に仕立て上げた著者の根気と筆力に、ただただ驚く。業績については当然資料があり、それに基づいて描いたのであろうが、人物像に関しては著者が愛情を込めて作り上げた部分も多いだろう。とにかくこの小説に描かれた保科正之は、非の打ち所のない、完璧ともいえる人物で、こんな立派な人物を藩主として戴いていた会津藩の人びと、こんな立派な人物がいたという歴史を持つ福島県の人たちの誇らしさがよくわかる。著者が福島県の人でないのが不思議なくらい。(2008.11.30記)
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by nishinayuu | 2009-02-19 09:52 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

韓国の詩「夜」 金東鳴



夜は
蒼い霧に閉ざされた湖、
わたしは
睡りの小舟に乗って
夢を釣る漁夫。


 김동명

밤은
푸른 안개에 싸인 호수,
나는
잠의 쪽배를 타고
꿈을 낚는 어부다.

☆金東鳴についてはマイリンクの「韓国の著名人」김동명をご覧ください。
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by nishinayuu | 2009-02-17 12:02 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『ガラスの鐘の下で』アナイス・ニン作品集(中田耕治・編訳、響文社)

c0077412_10152638.jpg『失われた庭』の中で著者の矢川澄子が何度も言及しているので、気になって読んでみた。第一部の「ガラスの鐘の下で」にアナイス・ニンの短編13編が、第二部の「アナイスについて」にアナイスの魅力を語る文が12編収められている。文字は暗い紫色で統一し、第一部はページの上下に大きくスペースを空けて中央部分だけを使う、というおしゃれで贅沢なつくりの本である。
第一部では冒頭の「ハウスボート」(だじゃれになっている?)とそれに続く「マウス」を面白く読んだ。セーヌに浮かぶハウスボートでの暮らしを描いた作品で、物質的にはともかく、精神的にはこの上なく自由で豊かな世界が繰り広げられている。この2編に比べると他の作品は詩的、幻想的要素が強く、つかみどころがない。これがこの作者の特徴らしいのだが、今回はなんとなく波長が合わなくて読むのがちょっと辛かった。
第二部はアナイスの人と作品をよく知る人たちの文を集めたもので、アナイスを知るための教科書として読める。ただし、この本のために書き下ろしたものではないせいか、内容の重複が多い。(2008.11.26記)
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by nishinayuu | 2009-02-14 10:15 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『幸せではないが、もういい』(ペーター・ハントケ著、元吉瑞枝訳、同学社)

c0077412_9232770.jpg51歳で自死した母親の埋葬のとき、母のことを書きたい、という欲求を感じた作家。埋葬後数週間続いた非現実の感覚が、放心したような失語状態、無力感に陥る前に、作家は奮起して仕事に取りかかる。
1920年にオーストリア南部の村に生まれた少女というものは、すでに予定調和の中に組み込まれた存在だった。短い子ども時代、一時はめを外す娘時代を経て、家庭に入り、子どもができ、やがて疲れ、病気になり死んでいく。しかし事の起こりは、そういう少女の一人だった母が突然、何かを手に入れたいという意欲を持ち始めたことだった。彼女は料理を学び、湖畔のホテルで働き始め、オーストリアがドイツ帝国に併合された時にはお祭りのような興奮を味わった。政治に関心はなかったが、この時代を経て彼女は引っ込み思案ではなくなり、自立して、やがて初恋が始まった。
作家はそのあとも彼女の軌跡をたどり続ける。そして、彼女の生涯を書き終えたあと、作家はさらにことばを続ける。「書くことがわたしの役に立ったというのは、当たっていない。わたしがこの物語に取り組んでいた数週間、この物語の方でもわたしを振り回し続けた……のちに、このすべてについて、もっと正確なことを書くとしよう」と。
「この作品は単なる事実の記録ではなく、事実と言葉の格闘を通して生み出された独自の表現からなる作品」(訳者あとがき)であり、その「独自の表現」に波長が合えばしみじみと心に響いてくる作品である。(2008.11.14記)
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by nishinayuu | 2009-02-12 09:23 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「次はパンク姿で」     特派員メモ     ベルリン

☆新聞のコラム(2008.10.4朝日)を韓訳しました。原文は韓国語の下にあります。

다음에는 펑크 스타일로 특파원메모 베를린
역의 풀랫폼을 양복 차림으로 비틀거리며 걷는 중년 남성. 독일에서는 차안에서 맥주를 마시는 사람이 눈에 띄기는 하지만, 양복을 입은 사람의 갈짓자 걸음은 드물다. 일본을 정겹게 떠올리는 그 광경을 바라보고 있는데, 열차가 들어왔다. 차안에는 사람의 그림자도 뜸한데도, 그 남성은 나의 바로 앞자리를 차지했다.
“어디서 왔니?” 느닷없는 큰 소리에, 놀라서 엉겁결에 독일어로 “일본에서” 라고 대답했다. “맥주 값 좀 줘” 라면서 술주정꾼이 시비를 걸어올 때는, 말 못하는 관광객인 체하는 것이 예사였는데, 그 때는 실패했다.
“젊은이. 세상에는 괴로운 일이 많이 있단다”. 45살은 족히 되어 보였지만, 실제 36살이라고 하는 그는, 이혼한 아내와 살고 있는 딸의 10번째 생일을 축하한 뒤 집으로 가는 길이었다. 그래서 익숙치 않은 양복 차림으로 다니는 것이었다. “벌써 5번이나 일을 바꿨다” 라는 등 그의 푸념은 그치지 않는다.
“언제까지나 빈둥빈둥 놀고 있으면 안 돼. 부모들을 안심시켜라. 그런데, 몇 살이니?” “40살입니다”. 남성의 움직임이 멎었다. 아까부터 옆에서 귀를 기울이고 있던 아줌마도 안간 힘을 다해 웃음을 참고 있다.
밤에 시비를 걸어올 이가 있을 까 봐 젊은이 같은 복장을 택한 것이 도리어 잘못이었다. 그렇지 않아도 동양인은 젊게 보인다. 다음에는 아무도 다가오고 싶어하지 않는 베를린 명물 [펑크 스타일]로 할까.

「次はパンク姿で」     特派員メモ     ベルリン
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by nishinayuu | 2009-02-10 10:44 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『至福の味』(ミュリエル・バルベリ著、高橋利絵子訳、早川書房)

c0077412_1252586.jpg文芸と料理・美食、双方の要素を兼ね備えた文芸作品に贈られる「最優秀料理小説賞」の2000年度受賞作品だという。確かに料理のレシピといってもいいほどに詳しく料理を説明した部分もあるが、断然「文芸」の部分が勝った作品である。
ストーリーはごく単純で、美食の限りを尽くしてきた料理評論家が死の床で、かつて味わった懐かしいある味を思い出そうと辛苦した末、やっとその至福の味に辿り着く、というもので最後は「アーメン。わたしは、もう息絶える」で終わっている。
主人公の料理評論家は「グルネル通り、寝室」に横たわって回想に耽っている。その周りでは、たとえば「グルネル通り、管理人室」では管理人のルネが、「グルネル通り、階段」では娘のローラが、「カフェ・デザミ、18区」では息子のジャンが、というように彼に関わりのある人たち、さらには、猫やら書斎のヴィーナス像までが彼についての思いを語る。彼らの語りによって主人公の人となりが明かされていく仕組みになっているのだ。
ユニークなのは全体の構成で、「グルネル通り、寝室」とそのほかの場所が交互に出てくること、すなわち至福の味を求めて苦悩する主人公と、その彼を憎み、蔑み、怖れ、敬い、愛したりしている人びとが交互に登場することである。このすっきりした構成のおかげで、非常に明快かつ軽快な作品になっている。(2008.11.9記)
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by nishinayuu | 2009-02-07 12:06 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)