「ほっ」と。キャンペーン

<   2009年 01月 ( 14 )   > この月の画像一覧

『失われた庭』(矢川澄子著、青土社)

物語の主人公である50代の女流画家は――ただしこの「女流」というくくり方に彼女は大いに違和感を覚えている――若い頃『LOST・GARDEN』という作品をグループ展に出品した。それは、最近発見されたラファエル前派の影響が見られるある画家の遺作を紹介する画集という体裁で、画家の残した絵の図版と、その絵を見た評伝作家の解説文からなっており、彼女は解説文の翻訳者ということになっていた。つまり彼女は、自分で作りだした架空の画家の絵を描き、架空の評伝作家の解説文を書いて、真の作り手である自分はただの翻訳者のふりをする、という手の込んだやり方で『LOST・GARDEN』という作品を作り上げたのだった。
『LOST・GARDEN』は当時、辛口の批評で知られた美術評論家に賞賛されたが、作者はそのまま姿を消してしまった。その美術評論家が、大学で自分の講義を聞いている女子学生の姓に目をとめ、それが『LOST・GARDEN』の作者の姓と同じであることに気がついたことから、美術評論家と『LOST・GARDEN』の作者が顔を合わせる機会が訪れ、そこから作者である50代の画家の『LOST・GARDEN』以降が明らかにされていく。
主人公である女流画家が語る半生とその声の響きは、著者である矢川澄子の半生であり声であろうことは容易に想像がつく。しかし著者は女流画家があくまでも架空の人物であることを証明しようとするかのように、物語の途中で「作者」なる人物を登場させたりする。『LOST・GARDEN』の作者と同じく『失われた庭』の著者も、とにかく自分ではないと思わせるために手の込んだことをやってくれているのだ。(2008.11.4記)

☆矢川澄子は翻訳家として知っていただけで、この作品の中で“『LOST・GARDEN』の受取り手”という呼称で言及されている人物との関係は知りませんでした。知らないままでも(あるいは知らなかったからこそ)充分に楽しめました。
[PR]
by nishinayuu | 2009-01-31 11:03 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『18年めの奇跡』(D・L・スミス著、宇佐川晶子訳、光文社)

c0077412_15134271.jpgアメリカは南オレゴン大学演劇科教授で劇作家という著者の最初の小説作品だという。本を手にした時、アメリカ人がなぜイタリアの田舎を舞台にした話を書いたのか、と思ったが、読み始めたら作者の国籍はたちまち念頭から消えてしまった。イタリアの田舎ならこんなことがあってもおかしくないのではないか、思わせる(といってもイタリアには行ったことがないのだが)、奇想天外ながら細かいところは実にリアリスティックな、読み出したら止まらない魅力的なお話。なお、上記の疑問の答えは「訳者あとがき」にあって、いちおう納得したが、どうでもいい内容だった。

舞台はイタリア・トスカーナ地方の架空の村、サント・フィーコ(聖なるイチジク!)。主な登場人物は、幹線から外れたこの辺鄙な村でホテルを営むマルタ。その幼なじみで後に夫となり、二人の娘を残して世を去ったフランコ。同じく幼なじみで、マルタとフランコの結婚式の前の晩にマルタの許を訪れたあとアメリカに渡ってしまったレオ。同じく幼なじみで気の小さいトポ。そして村の古い教会の神父エリオ。
このサント・フィーコにレオが18年ぶりにやってくる。父親の残した土地を処分してさっさとアメリカに戻るつもりだった。村に愛着のないレオは、迷い込んできた観光バスの乗客たちを騙したり、地震で崩れた教会から壁画を盗んだりして、自堕落な日々を送っていた。しかし、そうこうしているうちにしだいに身動きができない状況に追い込まれていき、ついに、避けていたマルタとの対決のときが……。(2008.11.2記)
[PR]
by nishinayuu | 2009-01-29 15:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

倭建命   その8   一つ松

☆『古事記』の再話とその韓国語訳です。

倭建命が尾津の岬にある一つ松のところに着いて座ると、前に忘れていった刀がそのままそこにあった。それで和歌を作った。

尾張に ただにむかへる 尾津の崎なる 一つ松 あせを
一つ松 人にありせば 大刀佩けましを 衣着せましを
一つ松 あせを

(尾張に向かい合っている尾津の崎に立っている一本松、我が友よ。一本松、おまえが人間なら大刀を佩かせるだろうに。衣装を着けさせるだろうに。一本松、我が友よ。)


야마토타케루-미코토가 오츠의 갑에 있는 외소나무에 다달아 앉았더니, 전에잊고 두고 간 칼이 그대로 거기에 남아 있었다. 그래서 야마토타케루-미코토는 와카를 지었다.

오와리를 마주보는/ 오츠의 갑에 서 있는/ 외소나무, 내 친구여.
당신이 사람이라면/ 칼을 차게 해줄테다./ 장한 옷을 입힐테다.
외소나무, 내 친구여.

[PR]
by nishinayuu | 2009-01-27 09:43 | 再話 | Trackback | Comments(0)

『となり町戦争』(三崎亜紀著、集英社)

c0077412_10371147.jpgなんの予備知識もないまま、タイトルを見た時に感じたのは「隣の町と何かいざこざがあって、紛糾し、やがて収束するという、どこにでもありそうな状況を描いた小説」かな、ということだった。ただ、どこかの書評に取り上げられていたという記憶があったので、それなりに読みではあるに違いないと予想して読んでみた。確かに読みでがあった。ただし、現実にはない状況をどこにでもありそうに描いた小説だった。
僕(北原修司)はある日、町の広報でとなり町との戦争が始まったことを知るが、どこにも戦争の気配は見られない。戦争といっても人びとが殺し合う戦争ではなく、抽象的な意味での戦争なのかも知れない、と僕が思い始めた時、広報に戦死者12人の数字を発見する。それでも日常生活に特に変化はないまま1ヶ月が過ぎたとき、僕のもとに「戦時特別偵察業務従業者」の任命書が役所から届く。それからも僕のところには役所からの指示が次々に届き、僕はそれにしたがって行動することになる。
なぜとなりの町と戦争をするのか。だれがどうやって戦っているのか、僕にはまったく見えてこない。けれども見えないところで戦争は確実に進行していくのだった。やがて僕は自覚のないままに戦争に巻き込まれたと思っていた自分が、実は戦争に荷担していたことを知ることになる。

マニュアル通りに思考し、マニュアル通りに行動するサイボーグのような女性、空に浮かぶクィア座という天体などSF的なところがあると思えば、役所の上意下達、形式主義を徹底的にちゃかしている風刺小説的なところもあり、恋愛小説的なところもあって盛りだくさん。(2008.1029記)

☆完璧で優秀な公務員である香西さんという女性、形が決まっていてどうでもいいことも書き込まなくてはならない文書、という世間の人のイメージするお役人やお役所が詳細に描き込んである点が、いちばん愉快でした。著者は役所勤めの経験者ですね、きっと。
[PR]
by nishinayuu | 2009-01-24 10:37 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『霧と雪』(マイケル・イネス箸、白須清美訳、原書房)

c0077412_10423036.jpg舞台はヨークシャーの谷間の町ベルライヴにあるかつては修道院だった屋敷。語り手のアーサー・フェリーマンが一族の会合のためにこの屋敷を訪れるところから話は始まる――のではあるが、まず修道院を取り囲む工業都市の情景が描写される。修道院は紡績工場、巨大なネオンサイン広告で夜空を汚すビール工場、路面電車やバスの騒音を撒き散らす幹線道路のただ中に取り残された12世紀の遺物なのである。
次に修道院の一族の一人一人について、ストーリーに関係のない人間を含めて、詳しく紹介されていくのであるが、「ここで家系図を出さないことをお許し願いたい。散文にこだわるのは作家の本能であり、単純な散文でも、全体をはっきりさせることができると信じている」という著者の決して単純とは言えない散文のせいで、家族関係をすんなり頭に入れるのが難しい。読者としては、著者に代わって家系図を書くことが後々の話の展開を理解するためにも必要不可欠である。
こうして文学的な(つまり、ややこしくてくどい)導入が全体の3分の1ほど続いた時点で、やっと事件が起こると同時に名探偵の登場となる。といっても、名探偵が鮮やかに事件を解決する、という展開にはならず、相変わらず大勢の登場人物たちの言動がこと細かに語られていき、語り手を含めて登場人物たちが次々に自説を披露して犯人を名指ししたり、あげくには自分が犯人だと言い出したり、と文学的で芸術的な人びとの言動で話が進んでいく。

「アプルビイ警部」シリーズのミステリーとうたわれているが、戦慄や恐怖とは無縁。読み進むうちに、謎解きそのものよりも登場人物たちの一人一人とじっくり付き合うことが楽しくなってくる作品である。(2008.10.27記)
[PR]
by nishinayuu | 2009-01-22 10:41 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「万葉かるた」


数年前、「万葉かるた」が発行されて話題になったことがあった。ある万葉集愛好家が作ったものだった。買おうかどうしようか迷ったが、ちょっと高価だったし、歌の選択に少々不満もあったので、買うのはやめて、どうせなら「わたしの万葉かるた」を自分で作ろうと思いついた。
音調が美しくて詠み上げやすいもの、イメージが鮮明なものあるいはイメージをふくらませる余地のあるもの、などいちおうの選択基準は前もって決めたが、結局は自分の好きな歌を選ぶことになったのだった。
この3月にやっと完成。人様にはお見せできない「門外不出」のこのかるたを、家族だけでけっこう楽しんでいる。すでにそれぞれお気に入りの札があって、次女はなぜかヤマブキ一辺倒。
蛙鳴く甘奈備川に影見えて今か咲くらむ山吹の花(厚見王)
山振の立ち儀(よそ)ひたる山清水酌みに行かめど道の知らなく(高市皇子)


長女は悲劇の皇子たちに肩入れしきりだ。
あしひきの山のしづくに妹待つとわが立ち濡れし山のしづくに(大津皇子)
磐代の浜松が枝を引き結び真幸(まさき)くあらばまた還り見む(有馬皇子)


わが家においでの節はぜひぜひお手合わせを。(1987.5記)


만엽 트럼프
몇년 전에, [만엽 트럼프]가 발행되어 화제가 된 적이 있었다. 어느 만엽집 애호자가 만든 것이었다. 살까 말까 하고 망설였는데, 좀 비싼 것 같기도 하고, 화가의 선택방식에 대하여 좀 불만도 있었기 때문에, 사지 않고 차라리 [나의 만엽 트럼프]를 직접 만드는 것이 좋겠다는 생각이 들었다.
음조가 아름다워 낭송하기 쉬운 화가들, 그리고 이미지가 선명한 것이나 이미지를 부풀릴 여지가 있는 화가들 등, 대충 선택기준은 미리 정했지만, 결국은 내가 좋아하는 화가를 고르게 된 것이었다.
올해 삼월에 겨우 완성. 남에게는 보일 수 없는 [문외불출]인 이 트럼프를 가지고 우리 식구들끼리 꽤 즐기고 있다. 제각기 마음에 드는 카드가 있는데, 둘째 딸은 왜 그런지 황매화 일변도이다.
개구리 우는 캄나비강에서는 물에 비치며 황매화꽃들이 막 피어있으리라 (아츠미-오오키미)
황매화꽃이 피어있다고 들은 맑은 산샘물 뜨러 가고 싶지만 길을 알지 못하네 (타케치-미꼬)


맏딸은 비극적인 황자들을 강하게 편든다.
아시히키노(주) 산이슬속에서 너를 기다리며 차가운 산이슬로 옷도 몸도 적셨네 (오오츠-미꼬)
이와시로의 해송의 두 가지를 굳게 매놓고 무사히 돌아올때 꼭 다시 만나리라 (아리마-미꼬)


우리 집에 오실 때에는 반드시 시합 한판 해주시기 바랍니다.

(注) [산]를 수식하는 말
[PR]
by nishinayuu | 2009-01-20 13:32 | 随想 | Trackback | Comments(0)

『洞窟』(ティム・クラベー箸、西村由美訳、アーティストハウス)

c0077412_11265788.jpgラタナキリ国(カンボジアを思わせる国)の飛行場に降り立ったオランダの地質学者エイホン・ヴァフターは、その夜11時にとある駐車場に行くことになっていた。それまでの時間をつぶすために町を見物し、カフェで一休みする。通りを隔てた反対側のカフェに目をやると西洋人の女がいて、向こうもこちらを見ているようだった。「エイホンはそのおんながそこにいてくれて、なぐさめられるきがした」。
エイホンは麻薬密売人アクセルから預けられた麻薬入りトランクを駐車場に運ぶことになっていた。少年時代、夏のキャンプで初めて出合ったアクセルは、反抗と悪意の塊であり、それでいてだれもがつい惹きつけられてしまうカリスマ性を有していた。そんなアクセルに魅入られ、長い間アクセルから自由になれなかったエイホンだが、やがて少年時代からの夢を実現して地質学者になることができた。その立場をさらに堅固なものにするために渡米したいと考えたエイホンは、その費用を工面するためにアクセルの誘いに乗ってしまったのだった。

アクセルという悪魔的人物の存在が物語全体を暗い陰で覆っている。しかし最後の最後に、少年時代のキャンプで訪れたアルデンヌの洞窟で自分の運命を決めることになったのはエイホンだけではなかった、という感動的な秘密が明らかになり、アクセルの影を吹き飛ばしてしまう。(2008.8.22記)
[PR]
by nishinayuu | 2009-01-17 11:28 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『Five Children and It 』(E・Nesbit著、 Gutenberg)

c0077412_10232687.jpgロンドンから遠く離れた町に引っ越してきた5人兄弟が「妖精」と出合って、奇想天外な冒険の日々を送るお話。
5人のうち一番下はまだ赤ちゃんで、そのまま「ベイビー」とか「ラム(子羊ちゃん)」と呼ばれている。上の四人――シリル(男)、アンシア(女)、ロバート(男)、ジェイン(女)はある日、近くの砂利堀場で、カタツムリのような目、蝙蝠のような耳をもった全身毛むくじゃらの生き物を見つける。気むずかしいこの生き物は、「サミアッド、平たくいえば砂の妖精だよ」となのる。サミアッドが、一日に一つだけ子どもたちの願いを叶えてやる、というので子どもたちは張り切って願い事をする。「美男美女になりたい」「金持ちになりたい」「翼がほしい」「お城に住みたい」……。思いついたときはすばらしい願い事だと思ったのに、実際に願いが叶ってみるととんでもないことになって、子どもたちは大あわて。それでも懲りずに新しい願い事を思いついてはサミアッドのもとへ。

妖精というとティンカーベルのような姿を思い浮かべる人が多いだろうが、サミアッドのようなへんてこりんなのも立派な妖精なのだ。シングの『アラン島』に出てくる妖精もそうだが、妖精の条件は姿形の美しさではなく、人間には不可解でときには恐ろしい力を持っていること、なのだ。(2008.10.22記)

☆インターネット・図書館のGutenbergで読みました。日本語版は『砂の妖精』(石井桃子訳、福音館文庫)があります。
[PR]
by nishinayuu | 2009-01-15 10:24 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ガブリエル・アンジェリコの恋』(クリスティン・ヴァラ著、中川あゆみ訳、ポプラ社)

c0077412_10131616.jpg「彼の名はガブリエル・アンジェリコ。生まれつき心臓が右の胸にあった。一生を、同じ町の同じ家で過ごした。世界地図を広げても見つからないほどちっぽけな地点で。」という文で始まるこの小説の主人公アンジェリコは、ひ弱で病気がちの少年期を過ごし、やがて背の高いやさしげな若者になり、大学に職を得て、学生に好かれかつ尊敬されるために自分で自分を笑いものにするのがいちばんと思い定めて笑いに満ちた授業を繰り広げる。そんな彼がある日、教室に現れた一人の女子学生を見て、「教師生活で初めて、大事な最初の台詞を忘れてしまった。」
アンジェリコの「運命の人」であるその女子学生、クララ・ヨルゲンセンは子どもの頃は両親の仕事の関係で、長じてからは自分の意思で世界中を旅してきた。そんな彼女もまた、アンジェリコ教授を見た瞬間、「顔は火でも付いたように熱くなり、目はかすみがかかったようになった。」
こうして二人の恋が始まる。が、クララにはアンジェリコの知らない別の世界があった。そしてクララにとって「好きな人が必ずしもいっしょに暮らすのにふさわしい人とは限らなかった」のだった。(2008.10.19記)

☆話全体に占める比重と視点からすると、「アンジェリコの恋」というより「クララの恋」というタイトルにしたほうがいいようです。 クララという人物は作者が若き日の自分を投影したものではないだろうか、と思いながら読みました。
[PR]
by nishinayuu | 2009-01-13 10:12 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『奇妙な季節』(ジャン=マルク・ロベール箸、平岡敦訳、東京創元社)

c0077412_1233182.jpg主人公ルイ・コリーヌは17、8頃まで、母、祖母のイェット、犬のフィレモンといっしょに住んでいた。あまりぱっとしない女優の母はルイに「おまえだけが私の成功作よ」と言っていた。ルイはバカロレアのあと、大学へは行かず、祖父の残した切手を切り売りして暮らしていたが、25の時に結婚したニナの両親の紹介で、デパートに就職した。宣伝部に配属されたが、上司のためにスパイのようなことをやる以外は決まった仕事がなく、適当に時間をつぶす毎日だった。そんなある日、デパートに新しい社長ベルトランがやってくる。一介の教師からデパートの社長にまでなったベルトランは謎めいた人物だった。このカリスマ的な人物にルイはすっかり魅せられてしまい、彼に抜擢されたことで舞い上がってしまう。いつもベルトランの傍らにいるポールとフランソワが羨ましくてたまらないルイは、自分も彼らのようになりたいと願う。ルイがベルトランの方ばかりむいている間に、友人たちは去り、やがて妻のニナも去っていく。

訳者によれば「確たるアイデンティティーを持ち得ないまま、カリスマ的な力に引きつけられて自己を見失っていく若者の不安を描いた現代の寓話」だという。ベルトランは別にカリスマでもなければ謎の人物でもない。ポールはそれに気がついたからこそ早いうちに彼から離れていったのだろう。若いルイが惑わされたのはわかるが、長年ベルトランにぴったりくっついていたフランソワが、あっさり捨てられるまで何も気づかないとは。謎が多いのはベルトランよりフランソワのほうである。(2008.10.14記)
[PR]
by nishinayuu | 2009-01-10 12:03 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)