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『東京タワー』(リリー・フランキー著、扶桑社)

c0077412_20181561.jpg読書会「かんあおい」2008年10月の課題図書。
副題に「オカンとボクと、時々、オトン」とあるように、オカンとボクの濃密で温かい関わりと、一年に何度か顔を合わせるだけのオトンとの淡いながらも緊張感のある関係が描かれている。

話はボクの子どもの頃から始まり、高校進学とともにオカンの家を離れ、大学進学とともにふるさとを離れて東京に出て、卒業しても職や家を転転とするさまが、話し言葉を基調にした文体で軽快に綴られていく。多くの場合、小さい頃は絶対的な存在であった母親も、やがてただの普通の人になり、時には面倒な存在になったりするものだが、ボクにとってのオカンはいつまでも何物にも代え難い大切な存在であり続ける。オカンがひたすらボクのために生きた人であったから、ということもあるが、ボクがオカンを思う気持ちも並たいていのものではない。実に感動的な母と息子の関係ではある。
それに比べるとオトンは分が悪い。はじめに母と子の暮らしの外にいる得体の知れない男として登場したオトンは、ボクにとってはいつまで経っても得体の知れない男のままなのだ。ただし、オカンにとっては得体の知れない男ではなかったことが、ずっと後のほうになって種明かしされる。それで副題には、時々という条件付きながら、オトンもチャンと家族の一員として扱われているわけだ。(2008.10.4記)
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by nishinayuu | 2008-12-30 20:18 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ラヴェル』(ジャン・エシュノーズ著、関口涼子訳、みすず書房)

c0077412_10512738.jpgフランスの作曲家モーリス・ラヴェル(1875~1937)の最後の10年間を、伝記、書簡、回想記などからの引用を取り入れつつ描いた伝記風小説。
著者はあの愉快な小説『ピアノ・ソロ』のジャン・エシュノーズ。訳者のあとがきによると著者は――作品の中でラヴェルが「話している」部分はすべて、ラヴェルの書簡、講演会、身近な人たちの証言などからの抜粋であるようにした――と語っているという。つまり、小説ではあるけれどもかなり忠実にラヴェルの生の声を伝えているということになる。 
写真で見ると端正な感じのするラヴェルが、端正というよりは見ていて面白い人だったことがわかる。ラヴェルのピアノの腕はひどいものだったとか、ラヴェルがボレロには音楽が欠如していると言ったというような、がっくりくるようなエピソードもあれば、事故のあとだんだん脳の働きが衰えていくもの悲しいエピソードもあるけれど、とにかく人間ラヴェルの魅力がぎっしり詰まった小説である。もちろん音楽関係のエピソードもいっぱいあり、独特の流れるようなリズムと相まって、音楽の世界に浸らせてくれる。(2008.9.29記)

☆なにを隠そう、ボレロのエピソードにがっくり来たのはこのわたし。それでもやっぱりボレロはいいですね。特に生演奏を「見ながら」聞くと、一つ一つの楽器と、一人一人の演奏者が順番に紹介されていくので、耳でも目でも楽しめます。
☆揚げ足取りのようですが、26ページ3行目「世界中の大型客船上では一日千秋そうであるように、十一時にはデッキでコンソメスープが供される。」の「一日千秋そうであるように」は「十年一日のように」の間違いでしょう。
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by nishinayuu | 2008-12-27 10:51 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『あねのねちゃん』(梶尾真治著、新潮社)

c0077412_2158354.jpg主人公・玲香は幼稚園の頃いつもひとりぼっちだった。両親は店をやっていて家にはあまりいられなかったし、引っ込み思案のため友だちもできなかった。そんな玲香の前にある日突然小さな女の子・あねのねちゃんが現れて、玲香の友だちになった。あねのねちゃんはいつも玲香のそばにいて、いっしょに遊んだり、困っているときに助けてくれたりした。けれどもなぜか、そんなあねのねちゃんの姿は玲香にしか見えないようなのだった。あねのねちゃんのおかげで玲香は寂しくなくなったし、幼稚園の友だちとも話せるようになっていった。そうして小学校に上がる頃には、あねのねちゃんはいつの間にかいなくなった。
ところが、いなくなったはずのあねのねちゃんが、十数年後、神経がずたずたになった玲香の前にまた現れる。最初は昔と同じ姿だったが、だんだん自在に姿を変えるようになり、やることも大胆不敵になっていく。

「イマジナリー・コンパニオン」をテーマにした、はじめは童話風、やがてスプラッター風に展開していって、最後は梶尾真治らしくほんわかとまとまるお話。軽いものが読みたいときにお勧め。初出は2006.12.1~2007.6.18配信の「新潮ケータイ文庫」だそうだ。(2008.9.25記)
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by nishinayuu | 2008-12-25 21:58 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「祭主大中臣輔親、ほととぎすを和歌に読みし語」  『今昔物語』巻二十四第五十三

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☆『今昔物語』の再話とその韓国語訳です。

今は昔、大納言藤原道長が一条殿に住んでおられた時のことだ。四月の初め、暮れ方になって頃道長が男どもを呼んで「格子戸を閉めよ」とおっしゃった。そこで輔親が進み出て、中に入って格子戸を閉め始めた。そのとき、珍しくほととぎすが一声鳴いて南面の梢を通りすぎた。これを聞いた道長が「輔親は今の鳴き声を聞いたか」とお尋ねになった。輔親が格子を閉めていた手を止めて「はい、聞きました」と答えると、道長は「聞いたのなら(歌を詠むのが)遅いじゃないか」とおっしゃったので、輔親は答える代わりに次のような和歌を詠んだのだよ。

あしひきの山ほととぎす里なれてたそがれどきに名のりすらしも

これを聞いた道長は大いにお褒めになって、着ておられた衣を脱いで輔親にお与えになった。伏し拝んで衣を戴いた輔親は格子を最後まで閉めると、衣を肩に掛けて侍所に入って行った。それを見た侍どもが「どういうことなのだ」と尋ねるので、輔親はいきさつを話してやった。侍どもはこれを聞いてみんなですごい、すごいと褒めそやしたそうだ。


오오나카토미-수케치카가 두견에 대한 와카를 지은 이야기
옛날 옛날에, 大納言(증앙최고관청의 차관) 후지와라-미치나가가 이치조-전에 살고 계시던 시절의 일이다. 사월 초순, 해가 서녘으로 기울 무렵 미치나가가 부하들을 불러 “미닫이를 닫아라” 라고 시켰다.
그래서 수케치카가 나아가서, 방안으로 들어가 미닫이를 닫기 시작했다. 그 때 드믈게도 두견이 한 울음소리를 내며 남쪽 나무끝을 지나갔다. 그 소리를 들은 미치나가가 “수케치카는 그 소리를 들었니?” 라고 물었다. 수케치카가 미닫이를 듣다가 “예, 들었습니다” 라고 대답했더니, 미치나가가 “그럼, (와카 짓기가) 더디구나” 라고 하셨기 때문에, 수케치카는 대답대신에 이런 와카를 지었단다.

아시히키너 산두견도 사람에 익숙해서 그런지 해 지는 무렵에야 소리 내는가 보네
그 와카를 들은 미치나가는 매우 칭찬하시고, 당신이 입던 홍색 옷을 벗어 수케치카에게 주셨다. 그 옷을 엎드려 받은 수케치카는 미닫이를 마지막까지 닫고, 받은 옷을 어깨에 걸친 채 무사-대기소로 들어갔다. 그 것을 본 무사들이 “이게 어떻게 된 거야” 라고 물어왔기 때문에, 수케치카는 있었던 일을 말해주었다. 그것을 들은 무사들은 모두 잘됐다고 야단이었다는 것이다.
(주)아시히키너------‘산’앞에 붙여 어조를 고르는 수식어
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by nishinayuu | 2008-12-23 09:28 | 再話 | Trackback | Comments(0)

『柔らかな頬』(桐野夏生著、講談社)

c0077412_108342.jpg読書会「かんあおい」2008年11月の課題図書。
1994年8月11日の朝、北海道は支笏湖の別荘地で幼い女の子が失踪するという事件が起こる。いなくなったのは5歳の保育園児、有香。父親の森脇道弘がほんのしばらく目を離した隙の出来事だった。別荘の主である石山洋平とその妻典子。別荘地のオーナーである和泉昌義。管理人の水島。近所の住人である豊川家の夫婦と息子。だれも失踪事件に関わりはなさそうだったし、別荘地に外から人が入り込んだ様子もなかった。それなのに有香が消えてしまったのだ。
有香の母親であるカスミのなりふり構わぬ必死の有香探しが始まる。カスミは別荘の主である石山洋平と夜中に密会していたため、その朝は子どもの顔を見ていなかったのだ。

幼い子どもの失踪事件は、当の子どもにも子どもの親にも惨すぎることであり、その心情を思うと新聞やテレビの報道を見るのも辛い。だからそんな話が出てくるとわかっている本ははじめから読まないようにしているのだが、読書会の本だったのでやむなく読んだ。読んでいるうちにやがて光が見えてくるのかも知れない、と期待しながら読み進めたが、残念ながらそうはならなかった。こんなテーマで最後まで書き通した著者の強靱な神経にただただ驚く。(2008.9.22記)
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by nishinayuu | 2008-12-20 10:22 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『盤上の敵』(北村薫著、講談社)

c0077412_1032023.jpg目次を見ると、第1部「駒の配置」、第1章黒のキングが盤上に置かれる、とあるので一瞬、チェスの話かな、と思うが、第2章白のクイーンが話す、第3章白のキングが話す、と続くので、チェスの駒は人間を指していることがわかる。

さて、最初の登場人物は銃を手に入れてこれから鴨撃ちに行こうという章一郎。これが黒のキングかと思いながら読んでいくと、章一郎がひどく凶悪な男に捕まってしまう。ここであとから登場したのが本物の黒のキングだとわかる。
次に白のクイーンとして登場するのはとても傷つきやすい感じの女性。いかにも白という感じ。そして白のキングとして登場するのはテレビ・ディレクターの末永純一。純一という名前もいかにも白っぽい。この末永が書店員をしていた友貴子と出会い、結婚して白のキングとクイーンとなっている。このふたりが交互に話をする形で友貴子の生い立ちと、今ふたりに降りかかった事件が明かされていく。
しかし盤上にはなかなか黒のクイーンが現れない。300ページあまりの本書の147ページのところでやっと登場するのである。それからがとにかく凄まじい。凶悪な黒のキングより遙かに恐ろしいこの黒のクイーンの攻撃を、はたして白のキングとクイーンは無事にかわすことができるのだろうか。

☆構成はとてもうまいと思いますが、こんな恐ろしいキャラクターを持ってこなくても、と思ったことでした。ちょっと寂しいけれどもほんわかした印象の『月の砂漠をさばさばと』を読書会(2008年9月、担当nishina)のために読み直した直後だったので、なおさらそう感じたのかも知れません。(2008.9.17記)
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by nishinayuu | 2008-12-18 10:03 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

韓国の詩「木の葉のお舟」 パクホングン

☆韓国の童謡「나무잎배」を日本語に訳してみました。原詩は7・5調になっていますが、訳詞の方は8・7調になっています。

나무잎배 박홍근
낮에 놀다 두고 온 나뭇잎배는
엄마 곁에 누워도 생각이 나요
푸른 달과 흰 구름 동실 떠가는
연못에서 사알살 떠다니겠지

연못에다 띄워 논 나뭇잎배는
엄마 곁에 누워도 생각이 나요
살랑살랑 바람에 소곤거리는
갈잎 새를 혼자서 떠다니겠지

木の葉のお舟     パクホングン
いちにち遊んだ 木の葉のお舟
寝ているときにも 目に見えるよう
お月さまと雲 ふんわり浮かぶ
お池をすいすい めぐっているよ

お池で遊んだ 木の葉のお舟
寝ているときにも 目に見えるよう
そよ風のなかで ささやいている
落ち葉のあいだで ゆられているよ
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by nishinayuu | 2008-12-16 11:10 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『海の上のピアニスト』(アレッサンドロ・バリッコ著、草皆伸子訳、白水社)

c0077412_1153351.jpgイタリアの超人気作家(だそうです)の作品で、原題はNovecento (Un Monologo) 『ノヴェチェント、ある独白』である。『海の上のピアニスト』というタイトルで公開された映画の原作として知られるが、著者によるともともとは、俳優エウジェニオ・アッレグリと演出家ガブリエレ・ヴァチスのために書いたもので、1994年7月に初演されている。

主人公ノヴェチェントの正式な名はダニー・ブードマンT・D・レモン・ノヴェチェント。ダニー・ブードマンは主人公を発見して親代わりになった船乗りの名前、T・D・レモンは発見されたとき主人公が入っていた段ボール箱に印刷されていた文字、ノヴェチェントは発見された年1900の900(ノヴェ9+チェント100)からとったもの。
大西洋を横断する豪華客船に生後間もなく置き去りにされたノヴェチェントはそのまま船の上で大きくなり、親代わりだったダニーが死んだときは8歳になっていた。このとき船長は彼を船から降ろそうとするが、彼は姿をくらまし、22日後に船が海に出たときに、とつぜん名ピアニストとして姿を現わしたのだった。

船の上しか知らない天才的なピアニストという、華やかにして悲壮な人生を生きた男の数奇な物語。(2008.9.16記)
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by nishinayuu | 2008-12-13 11:53 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ファティマの幸運』(ジョーン&ジェリー・ドリアンスキー著、岸本葉子訳、小学館)

c0077412_8532775.jpgプロローグは「八月二十七日。パリは数日前から雨だった」という文で始まり、まずラシダという女性が登場する。「浅黒い肌をしたチュニジア生まれの三十代半ばの女性で」(ワードでこの文を書くと《修飾語の連続》と指摘される---笑)すらりとした人目を引く美人である。当然彼女が主人公かと思って読んでいくと、プロローグの終わりのところで彼女は消えてしまう。ラシダはまさにプロローグでしかなかったのだった。

本文の主人公ファティマはラシダの姉である。四十歳、夫に逃げられてひとり暮らし、背が低くぽっちゃりというかでっぷりした体型、おまけに字も読めない。そんなファティマのところにフランスから電報が届く。差出人はラシダの雇い主だったプレ・デュ・ロック伯爵夫人。ラシダが気に入っていて、ラシダなしでは暮らせなくなっていた夫人が、ラシダの後釜にとその姉に白羽の矢を立てたのだった。ファティマがラシダとは似ても似つかない人間だとは思いも寄らずに。
こうしてチュニジアのジェルバ島から一歩も出たことのなかったファティマが、パリの高級住宅街ヴィクトル・ユゴー通りにやってくるのである。はたしてファティマは右も左もわからないパリで、しかも気むずかしい伯爵夫人のもとでうまくやっていけるのだろうか。

もちろんうまくやっていけることはタイトルを見れば一目瞭然。安心して楽しめる、大人のファンタジー。(2008.9.15記)
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by nishinayuu | 2008-12-11 08:53 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「灯台守」の歌

c0077412_23483574.jpg「灯台守」の歌(勝承夫作詞)の韓国語訳「등대지기」が見つかりましたので紹介します。訳者コウンというのは高名な詩人・高銀ではないかと思うのですが、確かなことはわかりません。
(韓国語訳は 정목스님 동요집 [따뜻한 그리움] より)
メロディーはこちら

こおれる月かげ 空にさえて
얼어붙은 달 그림자 물결위에 차고
ま冬のあら波 寄する小島(おじま)
한 겨울에 거센 파도 모으는 작은 섬
思えよ灯台 守る人の
생각하라 저 등대를 지키는 사람의
尊きやさしき 愛の心
거룩하고 아름다운 사랑의 마음을

はげしき雨風 北の海に
모질게도 비바람이 저 바다를 덮어
山なす荒波 たけりくるう
산을 이룬 거센 파도 천지를 흔든다
その夜も灯台 守る人の
이 밤에도 저 등대를 지키는 사람의
尊きまことよ 海を照らす
거룩한 손 정성 이어 바다를 비친다
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by nishinayuu | 2008-12-09 09:29 | 覚え書き | Trackback | Comments(3)