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アルバニアの「はい」と「いいえ」

☆かなり前の新聞のコラム(朝日新聞)を韓国語に訳してみました。原文は韓国語の下にあります。

알바니아의 ‘네’ 와 ‘아니오’

알바니아에서 골치를 앓은 적이 하나 있다. 대낮에도 총소리가 난다거나 레스토랑이나 가게 문들이 닫혀 있다거나 하는 일이 아니다. ‘네’ ‘아니오’ 라고 할 때의 고개 움직이는 방법에 관해서이다.
이 나라 사람들은 “네’ 라고 하면서 고개를 좌우로 흔든다. “아니오’ 라고 할 때는 상하로 흔든다. 그렇다고 알아듣고 있었지만, 아무래도 맞장구가 빗나게 된다. “사진을 찍어도 좋습니까?” 라고 물으니, 웃으면서 끄덕인다. 그래서 카메라를 들이대면 상대방은 갑자기 화를 내기도 한다.
알바니아어로 ‘아니오’ 는 ‘여’ 라고 한다. 그만 영어나 독일어의 ‘야(yah, ja)’를 연상하게 하는 말이다. 게다가 고개를 끄덕이기 때문에, 잘못 생각하지 않는 것이 오히려 정상이 아니라고 억지 주장하고 싶은 마음이 일어나기도 한다.
계속 관찰했는데, ‘네’ 하면서 고개를 좌우로 흔드는 사람하고 상하로 흔드는 사람 두 부류가 있는 것을 깨달았다. 여기에서 머리를 감싸고 고민 했다. 말을 잘 할 수 없는 사람에게 있어서 몸짓은 상대방의 의사를 이해하기 위한 중요한 실마리다. 여기 알바니아에서는 고개를 흔드는 방법에서는 판단할 수 없다.
왜 이런 혼란이 생겼을까? 통역자에게 물었더니, 본래는 ‘네’ 라면 좌우로, ‘아니오’ 라면 상하로 흔드는 게 옳다는 것이다. “그러나, 유럽주의 대열에 끼어들기 위하여 몸짓도 바꾸어야 한다. 지금은 그 바뀌는 과정에 있어서 혼란하고 있는 거다” 라고 해석해 주었다.
알바니아에서 취재할 때 느끼는 것은 육년전의 민주화 이후 급격한 유럽화(시장경제화) 때문에 이 나라에서 여러 비뚤어짐이 생겼다는 사실이다. 지금 일어나고 있는 나라의 혼란도 이 부분에 한 원인이 있다.

アルバニアの「はい」と「いいえ」
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by nishinayuu | 2008-09-30 14:10 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『蟹工船』(小林多喜二著、筑摩現代文学大系)

c0077412_21342214.jpg読書会「かんあおい」2008年7月の課題図書。「今、広く若者たちの読むてふ本を熟年の我らも読みてみむ」というわけで読むことになった。
学生時代、一般教養で「プロレタリア文学」という講義を取っていた。講師はかの有名な大江志乃夫先生(だったと記憶しているが間違っているかもしれない)。その当時、プロレタリア文学といわれるものをいくつか読んだが、この作品については、汚くて、猥雑で、なによりも悲惨で、読むのが辛かった、ということしか覚えていなかった。
さて、人生経験を積んだ(?)今になって読み返してみると、汚さと猥雑さだけに目がいったのは自分が未熟だったせいだということがよくわかった。ひどい環境で働かされ、萎縮していた人たちが自分たちの尊厳に目覚めていく過程が、生き生きと力強く描かれた作品であった。読むのが辛いどころか、夢中になって読んでしまった。
ところで、搾取されるばかりで明日への希望を持てない若者たちがこの作品に惹かれるのはよくわかるが、それにしても、若者たちが自力でこの作品を見出したとは考えにくい。なにしろ古い作品ではあるし、どこの家にもある本、というわけでもなさそうだから。今のブームにはだれか仕掛け人がいるのでは?もしかしたら、どこかの出版社の人?(2008.7.9記)
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by nishinayuu | 2008-09-27 21:34 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『予告された殺人の記録』(ガルシア・マルケス著、野谷文昭訳、新潮社)

c0077412_959234.jpg夏に読むのにふさわしい、暑く、ぎらぎらした色彩にあふれた物語。登場人物たちはだれもかれも熱に浮かされたように動き回り、筋道を立てて考えることもなく右往左往しているように見えるが、それは照りつける太陽のせいなのか、外の世界から切り離されたような町のけだるい時間の流れのせいなのか。
その日サンティアゴ・ナサールが殺されることは町中が知っていた。だれが、どんな理由で殺そうとしているのかもみんな知っていた。彼のためになんとかしようとした者もいたが、だれも決定的な行動はとらなかった。みんな、ちょっとしたことで注意がそれてしまうのである。殺人者はだれかが止めてくれるのを期待しているようでもあった。けれどもだれも止めようとしなかった。人びとはことが起こるのを知っていて、ただそれを待っていたのである。
サンティアゴ・ナサールと、彼のことを本気で心配してくれる友人だけが、そのことを知らないでいた。だから、彼らがそのことを知ったときはもう手遅れだったのだ。
何年もあとに彼の友人が当時のことを人びとに聞いて回ってみると、人びとの記憶は実にあいまいだった。記憶があいまいになっていただけでなく、人びとの暮らしも長年の間に変わっていた。サンティアゴ・ナサールが殺される原因を作った女性も、殺人者たちも、心機一転、新しい人生を歩んでいるのだった。
映像は鮮やかでくっきりしているけれどもつかみ所のない人びとが群れている、身近にはなさそうで、実は身近にありそうな気もしてくる、不思議な余韻の残る作品である。(2008.7.6記)
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by nishinayuu | 2008-09-25 09:59 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「飛鳥寺の原型 百済の寺か」 韓国・王興寺

☆新聞記事(2008.4.16朝日新聞)を韓国語にしました。原文は韓国語の下にあります。

아스카사의 원형은 백제의 사찰인가 한국-왕흥사

일본최고의 사찰로 알려진 아스카사(나라현 아스카촌)의 모델이 한국의 왕흥사가 아닌가 하는 견해가 강해지고 있다.
왕흥사는 6~7세기에 백제의 수도-부여에 있던 사찰인데, 조선의 역사책에는 600년 이후의 창건으로 짐작되어 왔다. 그런데 국립부여문화재연구소의 조사로 작년 10월에 금,은,청동의 사리함이 출토, 거기에 새겨진 글씨로 백제왕이 발원 하여 577년 2월에 창건됐다는 사실이 밝혀졌다.
[일본서기(日本書記)]에 따르면, 아스카사는 577년11월에 백제왕이 기술자들을 일본으로 보내어, 588년에는 불사리도 도착해서 축조를 시작한 것이며, 596년에 불탑이 완성됐다는 것이다. 이번 출토로 두 사찰을 잇는 깊은 관련이 떠올았다.
이달 초에 유적을 확인한 오오하시 카즈아키-와세다대학교교수(불교미술사)는 두 사찰의 건축에는 같은 계통의 기술자들이 관여했다고 보고 있다. “왕흥사를 뒤따르듯이 아스카사의 계흭이 진행된 모양이다. 백제는 불상이나 경서를 일본으로 보냈는데도 불교가 보급되지 않자, 절을 세워야한다는 생각이 있었던 것은 아닐까?”
현지를 찾아간 연구자들 중에는 탑의 구조나 출토품, 기와의 무늬등이 아주 닮았다고 보는 소리가 강하다. 아스카사의 별명이 법흥사, 원흥사 라고 하는 데에도 유사성이 보인다는 지적이 있다. (와타나베 노부시)

「飛鳥寺の原型 百済の寺か」 韓国・王興寺
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by nishinayuu | 2008-09-23 13:44 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『ベラスケスの十字の謎』(エリアセル・カンシーノ著、宇野和美訳、徳間書店)

c0077412_2135886.jpgベラスケスの有名な絵『女官たち』には、解明されていない謎がいくつかある。王と王妃が室内にいる姿ではなく、鏡の中の小さな映像として描かれているのはなぜなのか。王の家族の絵の中にベラスケス自身の姿が大きく描かれているのはなぜなのか。ベラスケスがサンティアゴ騎士団に入団したのは絵が完成した後のことなのに、絵の中のベラスケスの胸に騎士団の十字の紋章が描かれているのはなぜなのか。十字の紋章はあとから書き加えられたと考えられているが、ではいったいどんないきさつでだれが書き加えたのか。それらの謎を、史実とフィクションを交えながら解き明かしていくミステリー・ファンタジー。17世紀のスペイン王宮の雰囲気がかいま見え、絵に描かれた一人一人の人物にも親近感が湧いてくる。
語り手は絵の中でマスティフ犬に足を乗せている少年ニコラス・ペルトゥサト。彼の隣にいるのはマリバルボラという名の、大人になっても背が低いままの女性。この女性の後方に立っている輪郭のはっきりしない男が、物語の中では語り手、ベラスケスと並んで重要な役割を果たしている。
なおこの絵は1656-57年に制作されたもので、原題はLas Meninas。この物語では『侍女たち』となっているが、一般に「女官たち」と呼ばれており、マルガリータ王女を中心に数人の女官たちが描かれた集団肖像画である。(2008.7.2記)
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by nishinayuu | 2008-09-20 21:35 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『逃げる』(ジャン=フィリップ・トゥーサン著、野崎 歓訳、集英社)

c0077412_1252910.jpg著者の名前に見覚えがあったので、古い読書記録を調べてみたら、1998年6月に『ムッシュー』を、7月に『ためらい』を読んでいた。どちらも同じ訳者、同じ出版社の本である。『ムッシュー』のほうは何となく記憶に残っているが、『ためらい』のほうは読んだことさえ覚えていない。つまり、あまり感銘を受けなかったということだろう。
さて、『逃げる』はインパクトのある作品である。話は「ぼく」が上海空港の入国審査カウンターを出たところから始まる。恋人のマリーから託された封筒を、空港に迎えに来たマリーの知り合いであるチャン・シャンチーに渡す。彼からは携帯電話を渡される。上海市内を数日歩き回ったあと、今度はリー・チーという女性も含めて三人で夜行列車に乗り北京へ。列車内でリー・チーと深い関係になりかかったところへ、携帯にマリーの声が飛び込んでくる。マリーの父親が亡くなったのだった。心はマリーのもとへ飛んだまま、北京に着くとあちこち連れ回される。マリーから託された封筒はいつの間にか白い粉の入ったSAKURAYAの紙袋に変わっていて、ぼくはチャン・シャンチーにつかまり、リー・チーにつかまられて、バイクに三人乗りしてなにかから逃げるために疾走するはめに。
語り手は暑さに呷られ、なにかに追われながら駆け回る。そもそも語り手はマリーとチャンの関係も、チャンとリーの関係もよく知らなければ、封筒の中身のことも、紙袋の中身のことも知らされていない。携帯を持たされても使い方がわからない。チャンとリーの交わす話の内容も全くわからないのだ。会話がないぶん、語り手は目に入るもののすべてを言葉にしていくことになる。全編、猛スピードで風景が流れ、言葉が流れていく、めまぐるしくて饒舌な物語である。(2008.7.1記)
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by nishinayuu | 2008-09-18 12:05 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「不吉な傘の迷信」     特派員メモ    ニューヨーク

新聞のコラム(2008.3.28朝日新聞)を韓国語に訳しました。原文は韓国語の下にあります。

우산에 관한 불길한 미신
그 순간 주변의 사람들이 일제히 눈을 크게 뜨며 움직임을 멈추었다. 뉴욕지국을 떠나는 조수에게 선물을 보내려고, UN 선물매장에 가서 손에 든 우산을 펴려고 했을 때였다.
“뭘 하는 거야!” 중년의 남자가 손을 쑥 내밀어 막으려고 한다. 놀라서 곁에 서 있던 미국인 기자에게 물었더니, “방안에서 우산을 펼치면 재앙을 초래한다는 말이 있어요”. 서구에서는 널리 알려진 미신인 모양이다.
만일 우산살이 구부러져 있거나 천이 뚫어져 있을 때, 그것은 우산을 펴야 알 수 있다고 생각하는데, 조수들은 “어렸을 때부터 안된다는 말을 항상 들어왔기 때문에 절대로 안 한다” 고 한다. 일본에서는 흔한 일인데, 우산을 말리기 위하여 방안에서 펴 두는 것도 마찬가지로 안된다는 것이다.
[13]라는 숫자나 검은 고양이가 불길하다는 것은 잘 알려져 있는데, 이 [실내에서의 우산]은 미국에서 오래 살아온 일본 사람들 중에서도 모르는 사람이 의외로 많다. 유래에 관해서는 여러가지 설이 있는데, 주로 양산을 쓰고 있던 시절에 햇볕을 막을 필요가 없는 방안에서 우산을 펼치는 것은 해에 대한 모욕으로 생각하여, 그런 짓을 하면 천벌을 받는다고 하는 설이 일반적인 것 같다.
우산에 관한 미신을 알아 내는 과정에서 더 심각한 문제를 발견했다. ‘우산을 선물로 보내는 것은 불길합니다’. 늦었어…… ‘미혼의 여자가 우산을 잃으면 결혼 할 수 없다’. 조심하겠습니다. (마츠시타 카요)

「不吉な傘の迷信」
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by nishinayuu | 2008-09-16 09:47 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『All He Ever Wanted』(Anita Shreve著、 Back Bay Books)

c0077412_10305470.jpgホテルの火事、という衝撃的な場面で始まるが、そのあとは語り手が、生涯を共にしようと決めた女性に近づき、働きかけ、紆余曲折の末やっと結婚にこぎ着ける、という特に変わり映えのしない淡々とした青春小説風に展開する。語り手はアメリカの小さな学園都市で大学教員をしている、それなりの教養のある男性。見た目もやることもあまりぱっとしないが、野心もあればそのための努力もするというごく普通の男である。
しかし、彼が伴侶とした女性は「普通の女性」ではなかった。彼女は、あなたを愛してはいない、と明言した上で結婚を承諾し、よき妻として、またふたりの子供のよき母として過ごしてきたが、語り手には何も知らせずに自分だけの秘密の隠れ家を作っていたのだった。物語はこの辺りから急展開を見せる。彼女はやはり夫に隠れて、ある男性と親しく付き合うようになっていたが、その男性は、語り手も狙っている次期学部長職の候補者として現れた、語り手にとっては恐るべき強力なライバルだった。隠れ家を見つけられた妻は、あなたを愛したことはない、と宣言して家を出る。語り手は、この妻を取り返し、ライバルをけ落とす一石二鳥の方法を考えだして実行する。
ごく平凡な男の抱いたごく当たり前の幸せ――しかしそれはどんどん彼の手から遠ざかっていったのだった。彼が悪かったのか。それとも……。(2008.6.30記)
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by nishinayuu | 2008-09-13 10:31 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ベロニカは死ぬことにした』(パウロ・コエーリョ著、江口研一訳、角川書店)

c0077412_1045498.jpgベロニカは24歳で、公立図書館という安定した職場で働いており、美人なので男たちにももてる。不治の病というわけでもない。それなのにベロニカは死ぬことにした。生きていても何も得ることはなさそうだし、自分にはおかしくなっていく世の中を変える力はない、と感じたからだ。ためこんだ睡眠薬を飲み、薬が効いてくるのを待ちながらふと傍らの雑誌を手にすると、「スロベニアはどこにあるのか?」という文が目に入った。それがベロニカの気に障った。スロベニアはベロニカの住んでいる国だったから。それで彼女は雑誌社宛てにスロベニアのことを説明する手紙を書いた。死後に手紙を見た人は、彼女が国の名誉のために死んだと思うだろう、と考えると笑えてきたが、やがて彼女は吐き気に襲われ、気分が悪くなり、気を失った。
しかしベロニカはこのまますんなり死んだのではなかった。目が覚めると、なぜか精神病院の中だった。苦しくて身動きもできないベロニカに、医者も、看護人も、患者たちもやさしかった。なぜなら、ベロニカは薬のせいで心臓がだめになっており、あと数日で心臓発作が起こって死ぬ、と誰もが知っていたからだ。簡単に死ねるはずだったのに、苦しみながら死を待つ日々が始まったのだ。
死や精神病患者を扱っていながら暗さや惨めさとは無縁の、人間への信頼と希望にあふれた物語である。(2008.6.27記)
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by nishinayuu | 2008-09-11 10:45 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

韓国の詩「出家」 ウォンソン



☆韓国の詩集『風鐸』のなかの一編を日本語にしてみました。原詩は日本語の下にあります。

かあさんはぼくを寺に連れてきた。
かあさんの誓願でぼくは出家したわけで
ぼくの出家はかあさんの強い願いだった。

三人の息子をみんな出家させたかったかあさん
末っ子だけはうまくいった、とただただ喜んだかあさん
出家する、とぼくが言ったとき
すぐさまぼくの手を引いて山にやってきたとき
恨めしかったし薄情だとも思った。
ぼくがどうして出家する決心をしたのか
心の内を知ろうともしないで。

――心を磨くためにここに来たんだよ。
――磨く心ってどこにあるの。

捨てたくて捨てたのではないんだって。
家を出たくて出たのではないんだって。
けれどもぼくは何もかも捨てて、思い残すこともなくここに来た。

――欲にまみれた俗世間はけがれているから、絶対に山を下りて来るんじゃないよ。
――世間ってどこのことなの。

山を下りていくかあさん
欲にまみれた俗世間に戻っていくかあさん
ぼくの心に清らかな思いをいっぱい植え付けておいて……。

原詩(韓国語)
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by nishinayuu | 2008-09-09 11:49 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)