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『記憶の中の一番美しいもの』(カレル・ファン・ローン著、長山さき訳、講談社)

c0077412_21175896.jpg主人公のアーミンが医者から「あなたには生殖能力がない」と告げられる場面から話は始まる。とっさに彼は反論する。「そんなはずはありません。子どもがいるんです。13歳の男の子が」と。しかし結局、彼はxxyという染色体を持つクラインフェルター症候群であって、精子がない体であることが判明する。
ここからアーミンによる「子どもの父親探し」が始まる。子どものボウと、幼いボウを残して急逝したモニカを愛する気持ちに揺らぎはない。けれどもボウの父親を突き止めずにはいられないのだ。モニカのかつての仕事仲間、かかりつけの医者にまで、アーミンは疑いの目を向ける。そんなアーミンを、モニカの親友で、今は一緒に暮らしているヘレンは静かに見守っているが……。
ドーキンズの『利己的な遺伝子』をはじめ最新の研究や情報を下敷きにして物語は軽快に、時には刺激的に展開していき、最後に衝撃的ではあるけれども完璧ともいえる結末を迎える。こうした巧みなストーリー展開に加えて、オランダという国の風光や人々の暮らしぶりの丹念な描写がこの作品を味わい深いものにしている。
原題はDe Passievrucht。英語でPassion fruitという果物のことである。英名はこの花の雌蘂を十字架に、雄蘂を打たれた釘に、副花冠を茨の冠に見立てて命名したものだという。「キリストの受難」という意味のpassionである。けれどもpassionには「恋の情熱」という意味もある。タイトルの意味するものは「受難の果実」なのだろうか「情熱の果実」なのだろうか。

☆パッションフルーツ(和名:クダモノトケイソウ)のことを調べようと、webを検索していたら、「カレル・ファン・ローンが7月に亡くなった」という文に行き当たりました。なんと、この作品の訳者のサイトでした。http://www.geocities.jp/orandanikki/index.html。オランダに住んで21年目という訳者の「オランダ日記」で、楽しい読み物になっています。
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by nishinayuu | 2008-06-28 21:18 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

多胡碑

多胡碑
群馬県吉井町に多胡碑という石碑がある。奈良時代初期(711年)に上毛国(群馬県)で14番目の郡として新たに多胡郡が設置されることになったことを漢文で記した石碑である。当時上毛国には韓半島から渡ってきたいわゆる渡来人が大勢住んでおり、その人たちが自分たちの郡ができることを喜んで立てたもので、7-8世紀に立てられた多くの石碑の中で那須国造碑(群馬県)、多賀城碑(宮城県)と共に奈良時代三大石碑に挙げられる、歴史的に重要な石碑である。
5月6日、私は友人たちと共にこの石碑を見に吉井町を訪れた。保護閣の中に収まっているこの石碑は、普段はガラス扉の外からしか見られないが、私たちは前もって申し込んでおいたので、幸い保護閣の中に入って石碑の姿と、どことなく拙い感じのする文字を直接見ることができた。そのあと、多胡碑記念館に入って、多胡碑の碑文や昔の人々の暮らしについて学芸員の説明を聞いたり、いろいろな展示品を見たりした。展示品の中で、いちばん興味深かったのは書に関するものだった。多胡碑を見たとき、あまり上手ではないのでは、と感じた書は、中国から伝わった昔の貴重な書体だということだった。18世紀に澤田東江が多胡碑の拓本を採取したことからその書体が広く知られるようになり、その書体が失われて久しい中国にも拓本のレプリカが伝えられて、葉志詵の「平安館金石文」に収録されたという。また、日本ばかりでなく中国や韓国でも、多胡碑の文字は多くの書家に影響を与えたということである。その影響が及んだ経路を示す図には韓国の金正喜と中国の翁方綱の名前もあり、兪弘濬の『我が文化遺産踏査記』を読んで彼らの名前を知っている私は、まるでよく知っている人にあったかのように嬉しかった。
そのほかに、多胡記念館には陶器制作や養蚕、紡績といった韓半島から渡来した人々によって伝えられた技術に関する展示品、多胡碑と同じ文字で書かれた公開土王碑の拓本、韓国のサランバン(主人の居室兼客間)の模型など興味深いものがたくさんあって、なかなかその場を立ち去ることができなかった。

타고비
군마-현 요시이-마치에 타고비라는 비석이 있다. 나라시대 초기(711년)에 나라조정이 군마-현에서는 14번째의 군으로 타고-군을 신설하기로 했다는 사실을 한자문으로 새긴 비석이다. 그 무렵 군마-현에는 한반도에서 건너온 이른바 도래인이 많이 살고 있었는데, 그들이 자기자신의 군을 가지게된 것을 기뻐하여 세운 것으로, 7-8세기에 세워진 여러 비석들 가운데 那須國造비(군마-현), 多賀城비(미야기-현)와 함께 나라시대 삼대비로 꼽히는 역사적으로 중요한 비석이다.
5월16일 나는 친구들과 함께 이 비석을 보러 요시이-마치를 찾아갔다. 보호각 건물속에 간직되고 있는 이 비석은 보통때는 유리문밖에서 유리를 넘어서야 볼 수 있는데, 우리는 미리 신청해서 찾아갔기 때문에 다행히 건물안으로 들어가서 직접 비석돌의 생김새, 그리고 어쩐지 서투른 느낌이 있는 글씨를 살펴볼 수 있었다. 그 다음에 타고비-기념관에 들어가서 타고비의 비문이나 옛날 사람들의 삶에 대하여 학예원의 설명도 듣고, 여러 전시품도 보았다.
전시품 중 내가 가장 흥미롭게 본 것은 글씨에 관한 것들이었다. 타고비를 보았을 때 좀 서틀지 않을까 라고 느낀 그 글씨는 중국에서 전해진 낡디낡은 희귀한 글씨체라는 것이었다. 18세기에 서예가 澤田東江이 타고비의 탁본을 떠서 그 글씨체를 널리 알리게 했는데, 그 글씨체가 사라진 지 많은 세월이 흘러간 중국으로도 탁본의 레플리카가 전해지고 葉志詵의 [平安館金石文]에 수록되었다고 한다. 또 일본만 아니라 중국이나 한국에서도 타고비 글씨의 영향을 받은 사람이 많았다는 것이다. 그 영향이 이어진 경로를 그린 경로도에는 한국의 김정희(金正喜)와 중국의 옹방강(翁方綱)의 이름도 있어서, 유홍준의 [나의 문화유산 답사기]를 읽으면서 그들의 이름을 알게 된 나는 마치 낯익은 사람들을 만난 것처럼 기뻤다.
그 밖에 타고-기념관에는 도기 제작이나 양잠, 방적같은 한반도에서 온 사람들이 전해준 기술에 관한 전시품들, 타고비와 비숫한 글씨로 쓰여진 광개토왕비의 탁본, 그리고 한국의 사랑방 모형 등 흥미로운 볼거리가 많이 있어서 나는 좀처럼 떠날 줄 몰랐다.
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by nishinayuu | 2008-06-26 10:34 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『夜の蝉』(北村薫著、東京創元社)

c0077412_10301985.jpg「創元ミステリ」とうたった1990年1月発行、996年3月14版の作品で、噺家・円紫師匠と女子大生コンビが謎解きをするシリーズものの第2弾。「朧夜の底」「六月の花嫁」「夜の蝉」の三章から成り、それぞれ独立した作品として読めるが、「朧夜の底」の冒頭にちょっと顔を出す姉の真っ赤な服や長いまつげが「夜の蝉」の伏線になっていて、一つのまとまった作品として構成されていることがわかる。
「朧夜の底」は主人公の女子大生と友人たちの物知りぶり(作者のペダントリー)を楽しむための章。「六月の花嫁」は円紫師匠の推理の冴えを楽しむための章。「夜の蝉」は姉と妹という「微妙で難しくてやがて美しい」関係を楽しむための章、といったところ。
この作品がシリーズものの第2弾であるということは後書きで知った。以前読んだ『朝霧』は第何弾なのかわからないが、そこではすでに大学を卒業していた主人公が、この作品ではまだ現役の女子大生で、当人も友人たちも初々しい。第1弾から順番に読んでいけば、彼女たちの成長物語としても楽しめそう。(2008.4.2記)
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by nishinayuu | 2008-06-24 10:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『わたしの声を聞いて』(スザンナ・タマーロ著、泉 典子訳、草思社)

c0077412_10502639.jpg著者が37歳のときに発表した『心のおもむくままに』の続編で、2006年、著者49歳のときに発表されたもの。
「プレリュード」の章は、祖母への反発から家を飛び出していた語り手のマルタが、祖母の住む家に戻ったところから始まる。祖母とマルタのぎすぎすした関係は修復されないまま、やがて祖母に痴呆が現れて関係を修復するどころではなくなる。そして祖母はある日、庭で倒れたまま他界してしまう。
「母と父」の章で、一人ぼっちになったマルタは、物心ついたときにはすでにいなかった父と母のことをしきりに思うようになる。そんなある日、屋根裏で母の遺品の入った書類鞄が見つかり、この日からマルタの母を知るための心の旅が、そして実際に父を探し求める旅が始まる。この章が本書の核の部分で、マルタとその背後にいる著者の「私の声を聞いて」という叫びが響きわたる。また、母の残した詩からは、子供を持ってしまったのについに母親になれなかった若い女性の、苦悶の声も聞こえてくる。
最後の「ルーツを求めて」の章で、マルタは自分のルーツを求めて、母方の唯一の身内、祖母のいとこが住むイスラエルのキブツに向かうのである。(2008.4.2記)
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by nishinayuu | 2008-06-21 10:50 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

倭建命 その6 酒折(サカオリ)の宮

☆『古事記』の再話と韓国語訳です。なお、文中の歌はいわゆる「歌謡」ですが、便宜上タグは「和歌」としてあります。

倭建命(ヤマトタケルノミコト)は、山河の荒神たちを平らげて都に向かっている途中で、足柄山の麓にやってきた。命が干し飯で食事をしていると、白い鹿に化身したその峠の神が前に立った。
命が食べ残した野蒜で殴ったら、それが目に当たって鹿は死んでしまったんだ。
そのとき倭建命は峠に立って、何度もため息をついてこう言ったのだよ。「ああ!我妻よ!」それでこの土地を吾妻と名付けたわけだ。
そこをあとにして甲斐の国に入って、酒折(サカオリ)の宮にいたとき、命は次のように詠った。
新治(ニイバリ)筑波を過ぎて幾夜か寝つる
すると御火焼(ミヒタキ)の老人(オキナ)がその歌の続きを詠ったのさ。
かがなべて夜には九夜(ココノヨ)日には十日(トオカ)を
これを聞いた命は老人を褒めて、東(アヅマ)の国の造(ミヤツコ)という称号を与えたのだよ。

사카오리-궁
야마토타케루-미꼬토는 산천의 사나운 신들을 다 평정하고나서 수도로 향하는 길에 아시가라-고개의 산기슭에 다달았다. 그가 휴대식인 말린 쌀로 식사하고 있었는데, 흰 사슴으로 변신한 그 고개의 신이 그앞에 다가섰어. 그가 먹고 남긴 산달래로 그 사슴을 때렸는데, 그 산달래 끝이 눈에 맞아 사슴은 죽어버렸단다.
그 때 야마토타케루-미꼬토는 그 고개에 서서, 몇 번이나 한탄하면서 말했단다. “아! 아즈마(내 아내)여!” 그래서 그 땅을 아즈마라고 이름 지었거든.
그 땅을 떠나, 카히-지방에 들어가 사카오리-궁에 머물러 있었을 때, 그는 이렇게 노래했다.
니이바리, 츠쿠바를 지나가서, 몇밤을 지냈던가
그러자 불지기 노인이 그 후반부를 노래했어.
모든 일수는, 밤으로 치면 아홉, 날로 치면 열
그 노래를 들은 미꼬토는 그 노인을 칭찬하며, ‘아즈마-지방의 수장’ 이라는 칭호를 내렸단다.
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by nishinayuu | 2008-06-19 09:40 | 再話 | Trackback | Comments(0)

『レムラインさんの超能力』(ティルデ・ミヒェルス著、上田真而子訳、岩波少年文庫)

c0077412_1017329.jpg児童書なのに主人公は独りもののさえない中年男。その生真面目な帳簿係のレムラインさんに、次々と事件が起こる。はじめは交通事故がきっかけで、壁抜けの術という超能力の持ち主になったこと。次はある日ドアの前に赤ん坊が置かれていて、いきなり男の子の父親になってしまったこと。こんな具合に始まる、奇想天外でほのぼのとした物語で、レムラインさんの他に男の子たちが大勢出てくるけれど、女性はおばさんたちしか出てこないところも面白い。細かい線画で描かれたユーモラスな挿し絵がたくさん入っていて、レムラインさんと少年テオはかわいい顔をしているが、他の少年たちの顔は全然かわいくないところにリアリティがある。
作者は1920年生まれのドイツの作家で、多くの作品がテレビ化・映画化されていて、子どもたちに大人気だという。(2008.3.26記)
☆雑用に追われて図書館に行く時間がなかったので天袋を漁ってみたら、買った覚えも読んだ覚えもない(たぶんどこかから舞い込んだ)本が何冊か見つかりました。これはその中の一冊です。
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by nishinayuu | 2008-06-17 10:17 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ペイチェック』(フィリップ・K・ディック著、浅倉久志・他訳、早川書房)

c0077412_9314443.jpg表題作の映画公開に合わせて編集された作品集で、2004年1月に発行されたもの。収録作品は以下の通り。
初期(50年代)の作品8編――ペイチェック、ナニー、ジョンの世界、たそがれの朝食、小さな町、父さんもどき、傍観者、自動工場
中期(60年代)の作品2編――パーキー・パットの日々、待機員
後期(70年代)の作品2編――時間飛行士へのささやかな贈り物、まだ人間じゃない
さて、表題作の『ペイチェック』であるが、読み終わったすぐ後にたまたまTVで映画をやったので見てみたが、原作とはまったく違うものになっていた。原作と同じなのは、主人公が極秘プロジェクトに技能を提供し、プロジェクトに参加した3年間の記憶を消される代償として受け取るはずだった莫大な報奨金の代わりに、がらくたばかりが入った封筒を渡された、という大筋だけ。原作はユーモアのある軽快なストーリーなのに、映画は派手な(あいまいな表現!)パニックものになっていて、ヒロインも原作とは別物。原作だけ読むか、映画だけ見るか、どちらか一方にすべきだった。
『きみがいた時間 ぼくのいく時間』の巻末対談で梶尾真治が「ディックの初期の作品が好き」と言っていたが、『ジョンの世界』などを指しているのだろうか。グロテスクなところ、後味の悪いところがなくていい。ただし、2051年にまだ「ソ連」が存在している!近未来ものはこれだからやっかい。不条理世界が繰り広げられていて「怖い」のは『小さな町』『傍観者』『まだ人間じゃない』など。(2008.3.25記)
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by nishinayuu | 2008-06-14 09:31 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「露天商の風呂敷」   特派員メモ   バルセロナ

☆新聞のコラム(2008.3.6朝日新聞)を韓国語に訳しました。原文は韓国語の下にあります。

노점 상인의 보자기 특파원메모 바르셀로나
잠시 쉬려고 호텔의 현관으로 나가 흥청거리기 시작한 바르셀로나의 밤거리를 바라보고 있으니, 보자기에 싼 물건을 진 남자들이 눈에 들었다.
인도 모퉁이에서 보자기를 풀었는데, 명품 가방이 열두 개쯤 나타났다. “가짜에요” 라고 하는 호텔 경비원. “경찰이 오면 잽싸게 도망가요. 봐요, 잘 되어 있죠?” 라며 가리키는 쪽의 노점 상인의 손에는 보자기의 네귀퉁이에 달려져 있다. 끈을 들어올리면 순식간에 가방은 보자기안으로 들어가서 장사를 끝낼 수 있다는 것 이다.
나에게 말을 건네온 노점 상인은 나이지리아에 자식 8명을 남겨두고 왔다고 했다. “사실은 50유로(약 7800엔)이지만 특별히 15유로로 깎아 줄게.” 내가 거절하자 다른 통행인에게 말을 건네기 시작했다. 그런식으로 하룻 밤에 200유로 만큼이나 버는 경우도 있다는 것이었다.
“이제 슬슬 시작해야지” 라고 하는 경비원. 눈을 들자, 노점 상인은 다른 숙박객을 접객중. “우리 호텔의 숙박객들이 그 놈들의 이용물이 되는 것만은 그냥 묵과할 수 없다. 뭐, 그들은 내일도 또 올 테지만”
“자, 시간이 됐어” 라는 말을 걸고나서, 그 불가리아인 경비원은 경찰을 부르기 위해 호텔안으로 가버렸고, 노점 상인들도 장사를 끝내기 시작했다. 마치 미리 의논해 둔 것 같은 이민자들의 [연계플레이]를 보고, 엉겁결에 웃음이 터져 나왔다. (카나이 카즈유키)

「露天商の風呂敷」   特派員メモ   バルセロナ
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by nishinayuu | 2008-06-12 10:54 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『The Shop on Blossom Street』(Debbie Macomber 著、 Mira)

c0077412_9594288.jpgタイトルから受ける印象通りの、温かくて優しい物語。「編み物教室」で出会った年齢も性格も立場もばらばらな四人の女性が、入れ替わり立ち替わり各章の主人公になって物語は進行していく。女性たちは皆それぞれの動機や事情から編み物にとりくむのであるが、それぞれ大きな悩みを抱えているせいで、四人ともにかなり情緒不安定である。そのためはじめのうちはいがみ合いや諍いもあったが、互いの事情がわかるにつれて互いを気遣うようになり、いつの間にか友情が育っていく……と、途中まではちょっと安易な感じで話が進んでいく。しかし、誰もがとんとん拍子にうまくいきそうになったところで、四人が四人とも絶望の淵に立たされ、そこから必死に這い上がる、という場面展開になっており、お気楽なだけのお話しにはなっていない。それでも全体としてどぎつさや悲惨さがないので、リラックスしたいときにお薦めの本、と言える。難を言えば、登場する男性がみんないい人過ぎることと、キャロルのかかえていた問題が、本人の努力や精神的な成長とは関係ナシに解決されてしまったこと。他の三人は物語の最初と最後では別人のように精神的な成長を遂げているのに。(2008.3.20記)
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by nishinayuu | 2008-06-10 09:59 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『エンジェル エンジェル エンジェル』(梨木香歩著、新潮文庫)

c0077412_1021054.jpgこの著者の作品には「おばあさん」が重要な役で登場することが多いが、この作品にはなんと「おばあさん」がふたりも登場する。コウコたちと暮らしている「ばあちゃん」と、田舎からときどきさわこたちを訪ねてくる「ばばちゃま」である。「ばあちゃん」が出てくる場面の語り手はコウコ。ほぼ寝たきりの「ばあちゃん」が夜中にトイレに行くのを手伝っているうちに、少女の声で語る「ばあちゃん」と不思議な時間を共有するようになる。「ばばちゃま」が出てくる場面の語り手はさわこ。お手伝いのツネにもさわことおそろいのおみやげを持ってきてくれる優しい「ばばちゃま」の唯一の趣味は木彫りの観音様を彫ること。「ばばちゃま」から木彫りを習ったツネに、さわこは天使を彫ってほしいと頼む。その日、学校で、憧れの翠川先生(この名前、決まりすぎ!)と美少女の山本コウコの特別な親しさを目撃したさわこは、自分の中に天使ならぬ悪魔が潜んでいることを自覚したのだった。
「ばばちゃま」の出てくる場面は旧仮名遣いになっていて、言葉づかいも古めなので、こちらはずっと昔の話だとわかる。この過去の時代に講堂に鳴り響いた天井扇のモーター音と、「ばあちゃん」の出てくる現代に鳴り響いている水槽のモーター音、過去のコウコと現代のコウコ、天使とエンゼルフィッシュ、などなど謎と仕掛けがいっぱい隠されていて、短い話なのになかなか読みでがある。(2008.3.21記)
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by nishinayuu | 2008-06-07 10:21 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)