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『アメリカ 非道の大陸』(多和田葉子著、青土社)

c0077412_9101490.jpg目次の次のページに「さあ、出発しましょう。」とあって、旅立ちの気持ちが高まる。そして第1章の「あなたは飛行機の中で……」という書き出しを目にすれば、「あなた」の語る『容疑者の夜行列車』に魅せられた読者なら、今回の旅もきっとおもしろいものになる、と確信できる。
13章からなる物語は、「あなた」がアメリカのあちこちを旅して遭遇する出来事を綴っている。各章で「あなた」が関わりを持つのは、知人だったり、知人の知人だったり、行きずりの人だったりするが、いずれも短期間の、あるいは一瞬の関わりである。また「あなた」は常に観察者であり、聞き役であって、決して自分を語ることはない。その点では確かに「私」という呼称とは馴染まない。しかし、自分を語ることはなくても、語り手が個人的な用事でアメリカを旅していて、微妙なニュアンスがわかる程に英語が達者で、人の気持ちの動きに敏感な人物だということははっきりと見えてくる。そんな「あなた」が語る、現実と幻想の綯い交ぜになった物語。(2007.8.28記)

☆第4章「駐車場」は私の数少ないアメリカ体験と重なる部分があり、この章に限っていえば「あなた」は読者である私のことなのかもしれない、と思いました。
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by nishinayuu | 2007-10-29 09:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『サクランボの性は』(ジャネット・ウィンターソン著、岸本佐知子訳、白水Uブックス)

c0077412_10273111.jpg2冊目のジャネット・ウィンターソン、7冊目の岸本佐知子である。
物語の大部分はピューリタン革命のまっただ中の17世紀のイギリスが舞台である。主人公のひとりはその体重で象を空に吹き飛ばすほど巨大で怪力の女。もうひとりは彼女がテームズ川の泥の中から拾い上げた捨て子のジョーダン。この設定からもわかるように、寓話的で神話的な、あるいは奇想天外で荒唐無稽な物語である。
女の通称は「犬女」で、たくさんの犬を飼ってドッグレースで生計を立てている。恋や結婚には関心もなく、したがって縁もないが、偉大な母性愛の持ち主である。一方、チャールズ王を処刑したピューリタンたちを、人形の手足をもぐように殺してしまう殺人鬼でもある。こんな母に大切に育てられたジョーダンは、やがて母のもとを離れて幻の女フォーチュナータを探す旅に出て行く。この旅の物語にはラプンツェルなども登場して一見童話的だが、もともと不気味なラプンツェルの話がさらにグロテスクに変形されていて、あきれながらも感嘆してしまう。そして、この母と息子が時空を超えて1990年の世界にも生きる、という壮大で愉快な結末になっている。史実に忠実な部分と現実離れした物語が複雑に絡まり合った、なんとも迫力のある作品である。(2007.8.27記)
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by nishinayuu | 2007-10-27 10:27 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

倭建命(ヤマトタケルノミコト)その2 熊曾建(クマソタケル)

☆『古事記』の再話と、その韓国語訳です。

쿠마소-타케루
오우수-미꼬토가 쿠마소-타케루의 집에 이르러서 보았더니, 군세가 집 주변을 삼중으로 돌러싸고, 새로운 방의 완성을 축하하는 연회 준비를 하고 있었다. 축연 당일, 오우수-미꼬토는 머리칼을 소녀처럼 길게 늘어뜨리고, 숙모에게서 받은 옷을 입고, 소녀로 가장해서 여자들 사이에 섞여 방안에 들어갔단다. 그 모습이 눈에 든 쿠마소-타케루 형제는 그를 옆으로 오게 하고 술잔치를 베풀었다. 잔치가 한창일 때 기회를 보아서 오우수-미꼬토는 품속에서 양날검을 꺼내어 형-쿠마소-타케루의 가슴을 꿰뚫었어. 도망치려고 한 동생을 사다리 아래로 몰아넣고 궁둥이에 양날검을 찔러 꿰뚫었단다.
그때 동생-쿠마소-타케루가 “ 당신은 누구세요? ” 라고 물었기 때문에 오우수-미꼬토는 “나야 말로 천황의 아들이며 조정에 따르지 않는 쿠마소-타케루들을 토벌하기 위해서 천황이 파견한 사자다” 라고 대답했다. 그러자 쿠마소-타케루가 말했다. “서쪽 땅에서 가장 힘이 센 우리 둘보다 더 센 분이 야마토의 땅에 계셨다니! 이제 제가 당신에게 이름을 바치지요. 앞으로는 야마토타케루 라고 칭하시오.” 이 말을 듣고 나자 오우수-미꼬토는 익은 박을 깨듯이 쿠마소-타케루를 갈기갈기 찢어 죽이고 말았단다.

小碓命(オウスノミコト)が熊曾建(クマソタケル)のところに着いてみると、家の周りを軍勢が三重に取り囲み、新しい室の完成を祝う宴の準備をしていた。祝宴当日、小碓命は髪を少女のように垂らして、叔母にもらった衣装を着た。そうやって少女になりすまして、女たちにまぎれ込んで室に入っていったんだ。その姿に目をとめた熊曾建兄弟は、少女の姿をした小碓命を傍らに呼び寄せて酒盛りをしていた。宴もたけなわの時を見計らって、小碓命は懐から剣を取りだして兄の熊曾建の胸を刺し通した。そして、逃げ出した弟を梯子の下に追い詰めて、剣を尻から刺し通したんだって。
そのとき弟の熊曾建が「あなたはどなたですか」と聞いたので、小碓命は「我こそは天皇の子であり、朝廷に従わぬ熊曾建を討ち取るために天皇が使わしたものぞ」と答えた。すると熊曾建が言った。「西の地でいちばん強い我々ふたりより強いお方が大和の国にいらしたとは。だから私はあなたに名前をさし上げましょう。今から後は倭建命と名乗りなさいませ。」この言葉を聞き終えると小碓命は熊曾建を熟した瓜を切り裂くようにずたずたに斬って殺したんだ。
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by nishinayuu | 2007-10-25 09:23 | 再話 | Trackback | Comments(0)

『完全演技者 トータル・パフォーマー』(山之口洋著、角川書店)

c0077412_9453245.jpg主人公の井野修は工学部の大学生。勉強よりもロック・ミュージックに入れ込んでいるが、そりの合う仲間が見つからず、鬱々とした毎日を送っている。そんなときに知ったのがクラウス・ネモというロック歌手。素顔も素性を隠し、仮面と仮装で全身を覆ったゲテモノであるが、修はネモの不思議な高音に魅せられる。バイト先の店長のつてやら、恋人の沙羅の後押しやら、いろいろな幸運が重なって、修は自分の目でネモを見、ネモの声を聞くためにニューヨークに行くことになる。そこで出会ったネモとネモ・バンドに修はますますひきつけられるが、なぜかネモのほうも修に急接近してくる。やがてネモ・バンドの一員に迎えられた修に、夢のような甘美な日々が訪れるが、トータル・パフォーマーとしてのネモには、修の思いも寄らないある計画があったのである。(2007.8.23記)

☆デビッド・ボウイが登場するので、クラウス・ネモというのももしかして実在の人物?と思ってネットで調べてみました。クラウス・ノミというミュージシャンがモデルだと言うことですが、何しろこの方面に暗いので、それがどんな人物なのか、モデルとネモがどの程度重なるのかなどは、全くわかりません。ある書評に「クラウス・ノミを知らない人が読んでもわかるかどうか」とありました。確かに、彼を知っていて読んだらもっと楽しめるのでしょうね。
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by nishinayuu | 2007-10-23 09:45 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『巡礼者たち』(エリザベス・ギルバート著、岩本正恵訳、新潮クレストブックス)

c0077412_1145840.jpg広大なアメリカの片隅で生きる人々に焦点を当てた、12の物語からなる短編集。
大都市で繰り広げられる近代的な生活とは無縁の、片田舎で少し前の時代を生きているような人々が登場し、彼らの日常の出来事や彼らの交わす言葉が淡々と、乾いた文章で綴られている。が、そんな文章とつきあっているうちに、その中に潜む独特のユーモアと情感の虜になってしまう。
いちばん気に入ったのは8章目の作品――「デニー・ブラウン(十五歳)の知らなかったこと」。やけど治療が専門の看護士である母と、訪問看護士の父。いじめっ子だったけれど、いつの間にか遊び友だちになったラッセル。ラッセルの姉で、胸が大きいのを悩んでいるポーレット。そんな人たちに囲まれて暮らしているデニーが、少しずつ成長していく様子がほほえましい。また、段落の切れ目ごとに「……をデニーは知らなかった」という言葉が繰り返される、リズム感のある語り口が快い。(2007.8.19記)
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by nishinayuu | 2007-10-21 11:45 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

韓国の詩「閏四月」 朴木月

☆韓国の詩「閏四月」を日本語にしてみました。
陰暦の閏四月は麦の端境期で、貧しい人々には苦しい季節です。松の花粉が黄色い霧となって舞う山の中の一軒家、目の見えない少女、長い一日……そんなもの悲しい情景を歌ったものです。
作者については右側マイリンクにある「韓国の著名人」のに、簡単な説明があります。

閏四月 朴木月

松の花粉が 舞い飛んでいる
人里離れた 山の峰

閏四月の けだるい昼に
鶯の声が 聞こえると

ひっそりとした 山番小屋で
娘は見えない 目を上げて

戸口の脇に 耳寄せながら
鶯の声を 聴いている


윤사월 박목월

송화가루 날니는
외딴 봉우리

윤사월 해 길다
꾀꼬리 울면

산지기 외딴 집
눈 먼 처녀가

문설주에 귀 대고
엿듣고 있다
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by nishinayuu | 2007-10-19 10:01 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『The Picture of Dorian Gray』(Oscar Wilde著)

c0077412_944173.jpgオスカー・ワイルドが描いた耽美的な怪奇と幻想の物語。
美貌の青年ドリアン・グレイは、画家バジル・ホールウォードの描いた自分の肖像画を前にして「この絵が自分の代わりに老いていき、自分はいつまでも若く美しいままでいられるなら」とつぶやく。そんなドリアン・グレイに興味を持ったバジルの友人である快楽主義の権化、ヘンリー・ウォットン卿は、彼を快楽の世界、悪の世界へと導いていく。彼が冷たく捨ててしまった場末の女優シビル・ヴェインが自殺したとき、肖像に醜い翳りが現れる。そして彼の魂はとめどなく汚れていき、肖像はとめどなく老いと醜さを増していくが、生身の彼は純真無垢だったときと同じ若さと美貌を保ち続けるのである。だからその肖像画は決して人の目に触れてはならないもので、彼は長年にわたってそれを隠し続けてきたのであるが、描いた当人であるバジル・ホールウォードが訪ねてきて……。(2007.8.15記)

☆衝撃的な結末が印象的な小説です。が、それ以上に印象的なのがヘンリー・ウォットン卿という、おそらく作者ワイルドとかなり重なる、教養と才知にあふれる人物。バジル・ホールウォードが大切にしていた(というか愛していた)ドリアン・グレイを、バジルから奪い取るようにして自分のほうに引きつけておいて、言葉巧みに彼を美しい悪の世界へと誘導し、彼が破滅に向かっていくのをおもしろがっている悪魔的な人物なのです。
この本はグーテンベルク・プロジェクトからダウンロードして読みました。画像はBantam Classicsのものです。
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by nishinayuu | 2007-10-17 09:45 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『狐狸の恋』(諸田玲子著、新潮社)

c0077412_10523876.jpg『お鳥見女房』シリーズ第4弾。この巻では矢島家の子ども世代のめざましい成長ぶり、活躍ぶりが描かれる。長男・久太郎と鷹姫さまこと恵以、次男の久之助と綾、次女・幸恵と夫・隼人。各人各様の悩みを抱え、それを克服していく様子を、珠世はいつでも手助けをする心の用意をしつつ、そっと見守っている。珠世が見守っているのは子どもたちだけではない。過酷な任務によって心の傷を負った夫・伴之助と同じく、父の久右衛門もお鳥見役時代に過酷な経験をしていた。久右衛門が心の底に封じ込んでいた過去が、久之助の恋人・綾の出現によってよみがえり、久右衛門を苦しめる。夫や父の苦しみを和らげるために、珠世は努めて明るく、てきぱきとたち働く。そんな珠世の周りには、珠世を慕う人々が寄り集まってくるのである。(2007.8.12記)

☆このシリーズはもともと雑誌に掲載されたものをまとめたものなので、新しい章に入るたびに、簡単な人物紹介、状況紹介があったりします。雑誌で読む読者にはとても親切な書き方だと思いますが、こうして一冊にまとまったものを読む読者にとっては煩わしく、感興をそがれます。この巻ではさほどひどくはありませんでしたが、『鷹姫さま』は説明的な繰り返しが多くて目障りでした。
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by nishinayuu | 2007-10-15 10:52 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

大村彦次郎の文士のいる風景 久生十蘭 その2

☆「久生十蘭 その1」 の原文です。

久生十蘭(ヒサオジュウラン)は本名阿部正雄。北海道函館市の生まれ。昭和の初期、パリに遊学。フランス新劇界の重鎮シャルル・デユランに演出を学んだ。それで彼の筆名の由来は師の名前のもじりかともいわれたが、そうではなく、彼自身が姓名判断の書を仔細に研究した結果の命名であった。それにもかかわらず、周囲には「食うとらん」とか「ひさしく生きとらん」のだじゃれか、と受け取られ、本人はくさった。
久生は、若いころは才気にまかせて、いろんなタイプの原稿を書き分けたが、戦後は文章に凝り、表現上の苦心を重ねた。そのため久生の遅筆は有名で、約束した時間に編集者が現れると、原稿は今朝速達便で送った、などとうそをついた。
ある時、新聞社の学芸部記者が連載の締め切りで、今日はもらえぬ限り、ここは動かぬ、と居直ったら、久生は血相を変え、妻に命じて、「おい、そこの戸棚に機関銃が入っている、出せ、撃ち殺してやる」と言い放った。いろいろなゴシップがおもしろおかしく捏造され、奇人文士の印象を世間に与えた。
久生は時代小説「鈴木主水(もんど)」で昭和26年下半期の直木賞を受賞したが、このときすでに49歳。「牧場の馬だよ。烙印を押されて不便になった」とこぼした。昭和32年の10月、彼は食道がんで死去したが、なくなる前、妻に向かい、「サラリーマンでなくてよかったよ。文士はペン1本あれば、仕事ができる。手がなくても口述、足がなくても、失明しても――」と言い、執筆への意欲を燃やした。
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by nishinayuu | 2007-10-13 10:34 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

大村彦次郎の文士のいる風景 久生十蘭 その1

☆新聞のコラム(朝日新聞2006年2月)を韓国語に訳したものです。原文はこちら

오오무라 히꼬지로오 문사가 있는 풍경 4 久生十蘭

히사오 주우란 (久生十蘭)은 본명 아베 마사오. 홋카이도오의 하코다테시에서 태어났다. 그는 쇼오와시대(1926---1989) 초기에 파리에 유학해서 프랑스 근대극의 중진이던 샬르-듀랑에게서 연출을 배웠다. 그래서 그의 필명의 유래는 스승의 이름을 비틀어 만든 것일까라는 이야기도 있었지만 그게 아니라 그 필명은 그가 스스로 성명판단의 책을 자세히 연구한 후에 명명한 것이었다.  그럼에도 불구하고 주위 사람들은 ‘쿠-우-토-란 (먹기도 바쁘다)’ 나 ‘히사시쿠-이키-토-란 (오래 살지 않는다)’ 의 서투른 익살인 줄 알았기 때문에 그는 기가 죽었다.

히사오는 젊었을 때에는 재기에 의지하여 형식을 가려서 여러가지 원고를 썼지만, 제1차 세계대전 이후에는 문장에 공들여 표현상에서 고심을 거듭했다. 그래서 히사오의 글을 쓰는 것이 느린 것은 소문이 났고, 약속한 시간에 찾아온 편집원에게 그는 ‘원고는 아침에 속달우편으로 보냈다’ 는 거짓말을 하기도 했다.

어떤때는 신문사 학예부기자가 오늘은 연재소설의 마감이니까 원고를 받을 수 있을 때까지 여기서 버티고 앉아 움직이지 않겠다며 위협적인 태도로 돌변한 적이 있었다. 그러자 히사오는 안색을 바꾸고 아내에게 “여보, 저 장안에 기관총이 있으니까 꺼내라. 이 놈을 쏘아 죽여버릴테야” 라는 말을 내뱉었다. 그에 대하여 흥미 있게 날조된 뜬소문이 여러가지 있어서 그것들 때문에 세상 사람들은 그가 기인문사라는 인상을 받았다.

히사오는 시대소설 [수즈키 몬도]로 쇼오와26(1951)년 하반기 나오키상을 얻었다. 그때 이미 49 살이었던 그는 “목장의 말이란말야. 낙인이 찍혀서 불편해졌다” 며 푸념했다. 쇼오와32(1957)년 10월, 그는 식도암 때문에 죽었는데, 죽기 전에 아내에게 “난 월급쟁이가 아니어서 좋았어. 문사는 펜 한 자루만 있으면 일할 수 있잖아. 손이 없어도 구술으로 일할 수 있고, 발이 없어도 실명하더라도------” 라며 집필하려는 의욕에 불탔다.
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by nishinayuu | 2007-10-13 10:14 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)