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『弟の戦争』(ロバート・ウェストール著、原田勝訳、徳間書店)

c0077412_15364250.jpg読書会「かんあおい」2007年6月の課題図書。ウェストール作品は読書会としても私個人としても『海の王国』に次いで2冊目。
物語の語り手である「ぼく」のとうさんは、建設工事の仕事をばりばりやり、休日はラグビーチームで活躍する、エネルギッシュな大男だった。州会議員の母さんは、人の世話を焼くのが大好きで、町のだれも彼もと知り合いだった。ぼくが3歳の時に弟のアンディが生まれ、ぼくはアンディに夢中になり、家中が笑いに満ちていた。けれども、アンディはときたま、なにかにとりつかれてしまう子どもで、親とはぐれた子リス事件、エチオピアの飢えた子どもボサ事件などで、家族を混乱させた。そして1990年に湾岸戦争が起こった時、12歳のアンディとイラクで戦う少年の魂が交錯し、アンディはぼくたち家族からどんどん遠ざかっていく。
以上のように、繊細な少年が、地球上の遠いところで起きていることを自分の身に引き受けてしまい、家族も巻き込んで苦しむ姿が描かれている。人種問題にも踏み込んでいて、児童文学としてはかなり重い作品であるが、結末は明るい。それが救いでもあり、やや安易な印象も残る。(2007.5.19記)

☆「訳者あとがき」によると、登場するアラビア人の人名には意味があって、サダム・フセインのサダムは「突き進む、打つ、叩く」、アンディと魂が交錯したイラクの少年兵の名前ラティーフは「優しい、繊細な」、魅力的なアラブ人医師の名前ラシードは「正しい道を行く」という意味だそうです。また、アンディが見せた「非習得外国語の発話」も、『国際共通語の夢』(二木紘三著、筑摩書房)によると、各地に報告例があるとか。この2点だけを見ても、著者の目配りが細部まで行き届いていることがわかります。
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by nishinayuu | 2007-06-29 10:09 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「三輪山伝説」

☆『古事記』の再話とその韓国語訳です。

미와-산 전설
수에츠미미-미코토의 딸, 이쿠타마여리-공주는 정말로 아름다운 처녀였어. 어느 날 아주 잘생기고 멋진 젊은이가 한밤중에 느닷없이 공주를 찾아왔어. 두 사람은 사랑에 빠졌고, 젊은이는 밤마다 공주네를 다녔는데, 얼마 안 있어 공주는 임신했단다.
공주의 부모들은 딸이 임신한 것을 의아하게 생각했거든, “남편도 없는데 어떻게 된거야” 라고 물었어. 공주는 “이름은 모르지만 아주 잘 생긴 젊은이가 매일 밤에 찾아왔고, 이럭저럭 하는 동안에 임신했습니다” 라고 대답했다.
부모들은 상대방 남자가 어떤 집안 사람인지 알고 싶어서 딸에게 “ 바닥에 황토를 뿌리고, 바늘에 삼실을 꿴 것을 그 남자의 옷자락에 찔러 놓아라” 고 시켰거든. 딸은 부모가 시키는 대로 했단다.
이튿날 아침에 보았더니, 바늘에 꿴 삼실은 방문의 열쇠 구멍에서 빠져 밖으로 나가고, 실패에 남아있는 실은 세 겹밖에 없었어. 열쇠 구멍 에서 빠져 나간 삼실을 따라갔더니, 미와-산에 이르렀고, 삼실의 종점은 미와-산의 신을 모신 건물이었어. 그 젊은이는 미와-산의 위대한 신, 오오모노누시-신이었단다.
(주)삼실이 세겹(세=미, 겹=와) 만 남아있었기 때문에 그 땅을 이름하여 三輪(三=미, 輪=와)라고 하는 것이다.

三輪山(ミワヤマ)伝説
陶津耳命(スエツミミノミコト)の娘、活玉依毘売(イクタマヨリビメ)はとても美しい乙女だった。ある日、姿も身なりも立派な若者が、夜中にとつぜん姫の許にやってきた。ふたりは愛し合って、若者が毎晩、姫の許に通ってきているうちに、姫はみごもったのだよ。姫の親たちは娘が妊娠したのを不審に思って「夫もいないのにどうなっているんだ」と姫に尋ねた。姫は「姓名はわかりませんが、美しい若者が毎晩通ってきているうちにみごもったのです」と答えたのだよ。両親は相手の男の素性を知りたいと思って、娘に「赤土を床に散らし、麻糸を針に通して男の衣の裾に刺しておきなさい」と言ったので、娘は言われたとおりにしたのだよ。翌朝見ると、針につけた糸はとの鍵穴を通って外に出ていて、糸巻きには三巻しか残っていなかった。鍵穴から出ている糸をたどっていくと、三輪山に至って、神の社のところで終わっていた。若者は三輪山の大物主大神(オオモノヌシノオオカミ)だったのだね。
(注)糸が三巻(三輪)残っていたことから、その地を名付けて三輪というのである。
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by nishinayuu | 2007-06-27 23:46 | 再話 | Trackback | Comments(0)

『莓畑』(申京淑著)

c0077412_13342960.gif『딸기밭』(신경숙著、문학과 지성사)
2000年2月28日に刊行された短編集で、6つの作品が収められている。
特に印象に残ったのは以下の二ぱるての三つ。
「今、私たちの傍らにだれがいるのか」――子どもを亡くした若い夫婦。悲しみの表現方法がちがっていたために心まで離れてしまっていた。子どもの死から一年後、二人は同時に死んだ子どもの気配を感じ、初めて心をひとつにして子どもを悼み、互いの心情を理解する。子どもの魂が二人の心をほぐしに訪れたのだ。(最後についている説明的な部分はないほうがいい。)
「あの人が知らない場所」――湖畔にテントを張って釣りをしながら語り合う、自分の子どもをもてなかった母親と、子どもを妻に託して離婚した息子。(しみじみとした、味わい深い作品。)
「別れの挨拶」――豪雨による土砂崩れに呑み込まれて死んだ「わたし」の魂が、友人たちのもとを訪れて、ひとりひとりに最後の別れの挨拶をする。(「わたし」の切実な思いが胸に迫る。)
(2007.5.16記)
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by nishinayuu | 2007-06-25 13:34 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『The Secret Garden』 (F.H.Burnett)

c0077412_1743542.jpg邦題は『秘密の花園』。昔翻訳で読んだ児童文学の古典を、グーテンベルク・プロジェクトでダウンロードして読んだ。
イギリスの植民地インドで育ったメアリーは、暑さのせいでいつも気分が悪く、召使いに当たり散らす不機嫌で尊大な子どもだった。疫病の大流行で両親が死に、召使いに置き去りにされても、悲しむということも知らなかった。そんないびつな育ち方をした、見た目もかわいくないメアリーが、叔父に引き取られることになってイギリスのヨークシャーにやってくる。そこでメアリーを待ち受けていたのは、滅多に家にいない叔父、開かずの部屋だらけの広大な屋敷、そして相変わらず退屈な毎日だった。けれども、気だてのいい小間使いマーサ、ちょっと気むずかしい庭師のウエザースタッフ、おしゃべりな駒鳥、そして「秘密の花園」との出会いが、メアリーを少しずつ変えていく。やがて美しい春の訪れとともに「秘密の花園」には花があふれ咲く。(2007.5.15記)

☆メアリーと、いとこのコリン少年の成長物語であると同時に、緑の木々、色とりどりの花にあふれるヨークシャーの美しさを綴った物語です。また、花園という秘密、叔父という秘密、コリンという秘密、など秘密がいっぱいあって、推理小説のような雰囲気もあります。
☆マーサはメアリーと話すときに tha’ とか、tha’rtという言葉を使っています。これは古い英語の thou, thou artの名残ですね。マーサはヨークシャーなまり丸出し、ということですが、ずいぶん格調の高いなまりだなあ、と思いました。
☆上の画像は日本語版(西村書店)のものです。
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by nishinayuu | 2007-06-23 09:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

韓国の詩「弥勒寺を通りかかりて」

☆韓国の詩を日本語にしてみました。原詩はほとんどの行が母音数15になっています。訳詞は5・7調でまとめてみました。

弥勒寺を通りかかりて      蘇東鳴
古の大いなる寺 荒れ果てにけり
寂しげに咲き出でし花 可憐に見ゆ
箕準王の南に下り 遊び興ぜし跡なれど
夕陽(セキヨウ)のもと 芳草のみがはびこれり
懐旧の思いは深く 馬しばし此処に止めて
憂い鳴く杜鵑(ホトトギス) 追い散らしたり
幢竿(ドウカン)支柱 望柱(ボウチュウ)のごと空しく立ちて
夕雲のもと 暮れゆくことも忘れけり

(注)幢竿支柱:旗を立てるための石柱
 望柱:墓の前に立てる対の石柱
なお、弥勒寺についてはマイリンクの「韓国の地名」のを、箕準王についてはマイリンクの「韓国の著名人」の、作者の蘇東鳴については同じく「韓国の著名人」のをご覧ください。

原詩
미륵사를 지나며 소동명
옛날의 크나큰 절 이제는 황폐했네
위로이 피어난 꽃 가련하게 보이도다
기준왕 남하하여 즐겨 놀던 옛터건만
석양에 방초만 무성하구나
옛일이 감회 깊어 가던 걸음 멈추고
서러워 우는 두견 쫓아버렸네
당간지주 망주인 양 헛되이 솟아 있고
석양의 구름 아래 저물음도 잊었어라
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by nishinayuu | 2007-06-21 09:47 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『宙の家』(大島真寿美著、集英社)

c0077412_15345014.jpgまたまた大島真寿美。登場人物がちょっととげとげしく、ぎすぎすしているところが、これまで読んできたこの著者の作品とは異質な感じ。それでも、主人公が眠ってばかりいる女子高校生で、眠りがとても重要な要素になっているところは他の作品と共通している。また、全体に宙に浮かんでいるようなふわふわ感があるのも同じで、このふわふわ感の魅力にとりつかれてしまうと、大島真寿美から足が洗えなく?なる。
登場人物のひとり、冷房をがんがんかけた寒い部屋に閉じこもり、ビデオを見続けている青年は、『チョコリエッタ』の正岡正宗の「その後」、と考えることができる。正岡正宗にはここで再会できるわけだが、今度は家を出たこの青年、波貴のその後が気にかかる。(2007.5.12記)

☆気になる言葉を発見しました。P.89の「おぶられた」、p.91の「おぶるんだもん」です。後者は小学生の男の子の言葉なので、まあいいのですが、前者は地の文なのでちょっと引っかかりました。当分はカクレ大島ファンのままでいることにします。
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by nishinayuu | 2007-06-18 10:31 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『チョコリエッタ』(大島真寿美著、角川書店)

c0077412_15341094.jpg「チョコリエッタ」というのは主人公の女の子(高校生)のニックネーム。映画好きの両親が飼い犬を、イタリアの女優ジュリエッタ・マシーナにちなんで、ジュリエッタと呼んだ。幼かった主人公が、そのジュリエッタと同じレベルだというので、母親が主人公をチョコリエッタと呼んだのである。物語は犬のジュリエッタが死んだ、というところから始まる。女優のジュリエッタもとうに死んでいるし、実は母親も十年前に死んでいる。父の運転する車に、三人で乗っていて事故にあったのだ。かろうじて助かった主人公はそれ以来、わけのわからない影にすっぽりと覆われたような気分のまま、自分の居場所がわからないまま生きてきたのだった。そんな主人公が、映画クラブの先輩正岡正宗との出会いによって、少し前向きに生き始める、というお話。(2007.4.8記)

☆初期の作品だからでしょうか、大島真寿美作品の特徴である、ふわふわ漂うような気持ちよさは味わえませんでした。人物もあまりくっきりと浮かび上がってきませんでした。残念!
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by nishinayuu | 2007-06-17 10:37 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「小野篁、隠岐国に流さるる時、和歌を読みし語」

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☆『今昔物語』巻第二十四第四十五の再話と、その韓国語訳です。



今は昔、小野篁という人がいたという。事情があって隠岐の国に流されたのだが、船で出発するときに京の知人に次のような和歌を送った。

わたの原やそ島かけて漕ぎ出でぬと人にはつげよあまの釣舟

明石というところに着いてその夜はそこで泊まった。九月頃だったが、よく眠れずに明け方、辺りを眺めていたところ、海を行く船が島の陰に隠れるのが見えた。深く感じるところがあって、彼は次のように詠んだという。

ほのぼのとあかしの浦の朝霧に島がくれ行く舟をしぞ思ふ

と詠んで泣いたそうだ。これは、篁が帰京したあとで語った話を聞いた人が語り伝えたということだ。


오노노타카무라(小野篁)가 오키-지방으로 귀양갈 때 와카를 지은 아야기

옛날 옛날에 오노노타카무라라고하는 사람이 있었단다. 정치적 사유 때문에 오키-지방으로 귀양가게 됐는데 배로 출발했을 때 수도에서 사는 아는 사람한테 이러한 와카를 보냈단다.

고기잡이배의 어민들이여 내가 지금 수많은 섬을 지그시 보며 바다로 저어 나갔다고 수도 사람들에게 전해주시오

아카시라는 곳에 당도하고 그날 밤은 거기서 묵었어. 구월 무렵이었는데 잠 못 이루는 새벽에 물끄러미 바라보고 있었더니 지나가는 배가 섬 뒤쪽에 숨는 것이 눈에 띄었지. 감개에 잠긴 그는 이렇게 와카를 지었단다.

어렴풋이 날이 새어가는 아카시-포의 아침 안개속에서 섬 뒤쪽으로 가버린 배를 그리워하네

그렇게 지은 뒤 울었단다. 이것은 타카무라(篁)가 수도로 돌아온 뒤 이야기한 것을 들은 사람들이 전했다고 한다.
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by nishinayuu | 2007-06-15 10:42 | 再話 | Trackback | Comments(0)

『越境の時 一九六〇年代と在日』(鈴木道彦著、集英社新書)

プルーストの長編小説『失われた時を求めて』の個人全訳(全十三巻、集英社)で名高いフランス文学者による回想記。1960年代から70年代にかけて、在日の人権運動に深く関わった著者が、当時よりさらに悪化している日本の「無反省史観」の作ろうとする醜悪な「美しい国」の陰で、それに同意しないであろう人々に伝えるために記した歴史的証言である。
各章のタイトルは以下の通り。
第一章:なぜ一九六〇年代か――アルジェリア戦争をめぐって
第二章:李珍宇と小松川事件
第三章:日韓条約とヴェトナム戦争
第四章:金嬉老事件
第五章:金嬉老裁判
(2007.5.6記)

☆フランス文学の研究者であると同時に「アンガージュマン」の人である著者のすばらしさに圧倒されました。脳みそも、実践力もない私としては、せめて著者のメッセージをしっかり受け止めなくては、と思ったのでした。
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by nishinayuu | 2007-06-13 10:25 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『星を継ぐもの』(ジェイムズ・P・ホーガン著、池央耿訳、創元SF文庫)

c0077412_1533532.jpg現代ハードSFの騎手ホーガンの処女作。
プロローグは……荒涼とした世界をさまよう赤い宇宙服の男と、相棒である青い宇宙服の巨人。赤い服の男は力尽きて今まさに息を引き取ろうとしている。青い服の巨人は相棒に別れを告げたあと、目の前に立ちはだかる尾根を上りはじめる。
2027年のある日、月面調査隊が赤い宇宙服を着た死体を発見する。C14法による年代測定で、その死体は5万年前のものと判明する。しかし、人間が5万年前に月に行ったはずはないし、異星人なら人間とそっくり同じであるはずはない。月で発見されたことからルナリアンと名付けられたこの男の正体を解明するために、様々な分野の学者たちがヒューストンの国連宇宙軍本部に集められる。ひとつの疑問が解決されると、それによってさらに新たな疑問が生じる、という具合で、謎は深まるばかり。さらに、木星の衛星ガニメデで、明らかに地球のものではない巨大な宇宙船と、その巨大な乗組員ガニメアンが発見されるに至って、事態はさらに混乱する。
この作品には現在4編の続編があり、邦訳『ガニメデの優しい巨人』『巨人たちの星』『内なる宇宙上・下』がいずれも創元社から出版されている。(2007.5.2記)

☆終盤で、事態が驚くべき展開を見せてひとまずの解決を見るまで、どきどきワクワク、と興奮のしっぱなしでした。サイエンスに詳しくなくても充分に楽しめる内容です。ところで、プロローグに出てきた巨人のコリエルはガニメアン?それともただのLサイズのルナリアン? どうしても続きを読まないと。
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by nishinayuu | 2007-06-11 14:35 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)