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『最後の場所で』(チャンネ・リー著、高橋茅香子訳、新潮クレストブックス)

c0077412_1733848.jpg舞台はニューヨーク郊外の小さな町。主人公である通称ドクター・ハタは、広壮な高級住宅で暮らす日系アメリカ人。長年この町で医療器具を扱う店を営みながら、親しみやすくて立派な市民として周囲に受け入れられることを喜びとして暮らしてきた。しかし彼は、在日コリアンとして生まれ、日本人の養子となって日本人として従軍したという過去を持ち、その折に同胞の慰安婦を愛したがために彼女を死に追いやっている。また、よい父親になることを願って迎えた養女・サリーは、彼を受け入れないまま大人になり、彼のもとを去ってしまうし、結婚相手として考えていた女性も「あなたは本当にはかり知れない人ね」ということばを残して去っていく。人々に受け入れられたい、人々を心地よくさせたいという思いから重ねる彼の「ジェスチャー」が、人を裏切ったり、あるいは人から裏切られたり、という結果を招くのだ。そして老年に至った彼の、表面的には平穏な日々が、この数週間でひっくり返ってしまう。それで彼は「悪い出来事の渦にあまりに頻繁にまきこまれるので、家の正面や車のバンパーを花づなで飾り、肩には無数の黒い旗を巻き、すべての人々に、この男から離れているように(中略)この感じのよい優しい顔をした傲慢な男の手を刺激しないように警告するべきだと真剣に思う」のである。こうしてドク・ハタは、冷静に自己を見つめながら、果敢にこの危機に立ち向かっていく。(2007.2.5記)

☆原題はA Gesture Life。チャンネ・リーは1962年生まれのコリアン・アメリカン作家。99年『ニューヨーカー』誌の「21世紀期待の若手作家20人」に選出されているそうです。
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by nishinayuu | 2007-02-27 14:59 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『お鳥見女房』 (諸田玲子著、新潮社)

c0077412_17322268.jpg読書会「かんあおい」2007年2月の課題図書。
主人公の珠世は、鬼子母神の社近くにある「お鳥見役」矢島家の女房。えくぼがかわいい珠世は、年齢より若く見えるが40歳で、5歳の孫もいる(江戸時代の話なので、この設定は別に問題なし)。この珠世が、転がり込んできた浪人とその子ども5人、プラス若い娘の計7人を家に置いてやり、食べさせ、着せ、やっかいな問題をことごとく解決してしまうスーパー・ウーマンなのである。小禄で家も手狭なので、家族6人だけで手一杯という設定なのに、かなり無理があるが、この大人数がなんとか1年を過ごしてしまう、という壮快なお話。(2007.2.1記)

☆著者は新感覚の時代物作家だとか。時代物をほとんど読まない私には、どこが新感覚なのかはよくわかりませんでした。
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by nishinayuu | 2007-02-25 11:12 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

花粉症 「人生も10年分の損失?」

☆新聞のコラム(2006.3.23朝日新聞)を韓国語に訳したものです。

길거리 경제산책    화분증    에가미 츠여시
봄의 계절에 내가 아내한테 자랑할 수 있는 것이 단 한가지 있다. 그것은 내가 화분증환자가 아니라는 것이다. 아내는 화분증에 걸리지 않는 나에게 분한 모양이어서 “당신 같은 사람은 일년 동안 항상 멍해 있기에 화분증에 걸리지 않는 거에요” 라고 입에 한 마스크 너머로 비아냥거린다.
이제 일본인의 국민병으로 불릴 만한 화분증. 듣건대 전국에서 10명 중 1명, 도쿄에서는 5명 중 1명이 화분증에 시달리는 것 같다. 이 정도로 만연하면, 화분증에 걸리지 않는 것이야말로 병이라는 느낌마저 든다.
전후 목재부족을 채우기 위하여 삼목이나 노송나무가 많이 식림됐다. 그 나무들이 성장해서 똧가루를 흩뿌리는 것이 화분증의 원인이다. 앞으로 50년 정도는 참아야 하는 모양이다.
화분증이 들면 코나 눈이 가려워져서 짜증이 난다. 그것을 억제하기 위하여 약을 먹으면 멍해지고 근로의욕이 감퇴한다고 한다. 어떤 생명보험회사의 조사에 의하면 근로의욕의 감퇴 같은 것때문에 국내총생산(GDP-연율환산)이 0.6%나 떨어진다라고 한다. 단지 개인소비로 보면 GDP의 1%나 감소되어버리는 것이라고 한다. 금액으로 말하자면 5조 엔. 심한 영향이다.
GDP뿐만 아니라 인생에게도 대단한 영향을 미친다. 화분증에 걸린 사람이 일년 동안에 3월부터 5월까지 멍하게 지내면, 한창 일할 나이인 20세부터 60세까지의 40년간에 3개월 곱하기 40년은 120개월, 즉 10년간이나 멍하게 지내게 되는 것이다. 이 10년을 되찾기 위해서는 30년동안에 40년분의 일을 해야하기 때문에 1.33배나 더 힘내야 한다. 그렇지만 멍한 채 지내도 좋다며 강경하게 나오면 30년만 일하면서도 40년의 소득을 얻을 수 있게 되어서 아주 효율이 좋은 인생이라고 할 수도 있다. 화분증이 들지 않는 내 입장에서 신바람을 내며 쓸데없는 것을 생각해서 미안해요.
또 한편, 화분증 관련상품은 대단한 시장으로 성장했다. 치료약 관련된 것만으로 올해에는 340억 엔에 이른다는 예상도 있다. 식품들도 함께 쳐서 셈하면 수천억 엔이 아닌가라는 추계도 있다. 개인소비를 5조 엔이나 밀어내리기 때문에, 그 금액에 걸맞는 정도까지는 시장이 확대될지도 모른다. 이처럼 마켓이 확대된 상태에서는 화분증이 없어지면 곤란할 사람들이 있다고 할 수 있다.
세상은 [바람이 불면 통제조업자가 돈번다] 식으로 짜여져 있는 것이다.

原文
街かど経済散歩  花粉症  江上剛
この春の季節、私が女房に自慢できることが一つだけある。それは花粉症でないことだ。
女房は、私が花粉症でないのが悔しいらしく、「あなたなんか一年中ぼんやりしているから花粉症にならないのよ」とマスク越しに嫌みを言う。
今や日本人の国民病と称すべき花粉症。何でも全国では10人に1人、東京では5人に1人が花粉症で苦しんでいるらしい。ここまで蔓延すると花粉症でないのが病気だという気さえしてくる。
戦後の木材不足を補うために杉やヒノキを大量に植林した。それらが成長して花粉をまき散らしているのが原因だ。この先50年くらい我慢しなければならないらしい。
花粉症になると、鼻や目がかゆくなりイライラする。それを抑制するために薬を飲む。するとぼんやりしてきて労働意欲が減退するらしい。ある生命保険会社の調査によると労働意欲の減退などで国内総生産(GDP・年率換算)を0・6%も押し下げるという。個人消費だけで見るとGDPの1%もマイナスしてしまうそうだ。金額にして5兆円。すごい影響だ。
GDPばかりでなく人生にも大きな影響がある。花粉症の人が1年のうち、3月から5月までぼんやりして暮らすとすると、20歳から60歳までの働き盛りの40年で、3ヶ月×40年=120ヶ月。すなわち10年間もぼんやりすることになる。これを取り戻すためには30年で40年分を働かねばならないから1・33倍もがんばらないといけない。最もぼんやりしたままでいいのだ、と居直れば30年働いて40年分の所得をもらえるのだからとても効率がいい人生だとも言える。花粉症でないのをよいことにバカなことを考えてゴメンナサイ。
また一方で花粉症関連商品はものすごいマーケットに成長している。治療薬関係だけで今年は340億円ともいわれる。食品なども入れると数千億円ではないかとも推計されている。5兆円も個人消費を押し下げてしまうのだからそれに見合うまでは市場が拡大するのかも知れない。ここまでマーケットが拡大すると花粉症がなくなると困る人たちがいるということになる。
世の中「風が吹けば桶屋が儲かる」式に仕組まれているわけだ。
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by nishinayuu | 2007-02-23 12:31 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『ノリーのおわらない物語』(ニコルソン・ベイカー著、岸本佐知子訳、白水社)

c0077412_17312534.jpg『中二階』に続いて2冊目のニコルソン・ベイカー。著者の5冊目の小説である。
第1章でまず主人公ノリーの概要が紹介される。――9歳の女の子。おかっぱで髪も目も茶色。将来は歯科医か、飛び出す絵本のデザイナーになるのが夢。少し前にアメリカからイギリスのスレルという町に引っ越してきて、スレル校の小学部に通っている。2歳の弟がいる。
そんなノリーが感じたこと、考えたこと、体験したことを、ノリーのことばのままに文字化したという形の小説で、この「ノリーのことばのままに文字化する」というところがこの作品の眼目である。空想好きで、お話を作るのが好きで、友達思いで、考えることが山ほどあるノリーのおしゃべりを目の前で聞いているような、楽しい楽しい作品である。(2007.1.29記)

☆難しい言い回しを使ってみるけれども、うろ覚えのせいで頻繁にやってしまうノリーの言い間違いを、「(家族とどこかへ行くときは)車の中で必ずやいなやお話をつくって遊んだ」「おぞけのよだつ毛むくじゃらの足」「そうは問屋が許さない」といったいかにもそれらしい日本語に移し替えた翻訳者の努力と筆力に拍手。
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by nishinayuu | 2007-02-21 13:12 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『The Railway Children』(E.Nesbit著)

c0077412_17303841.jpgロバータ(物語の始まりの時点では11歳)、ピーター、フィリスの三人は両親とともにロンドンで幸せに暮らしていたが、ある日、家にやってきた見知らぬ男たちと出かけていった父親は、それきり家に戻ってこなかった。間もなく母と三人の子供たちは田舎に引っ越し、「三本煙突」という家で暮らし始める。それまでは子供たちのために詩を書いたり物語を聞かせてくれていた母だったが、今は生活のための原稿書きで忙しい。遊ぶものも、遊び相手もいない子供たちが引きつけられたのは、近くを走る鉄道だった。
ある日、父がいるはずのロンドンへ向かう上り列車に、父の無事を祈って手を振った三人に、列車の中から一人の老紳士が手を振り返してくれる。そして物語の終番で三人が列車に向かって手を振ったときは、列車中の人たちがいっせいに手を振り返してくれるのである。ハッピーエンディングの心温まる内容で、「児童文学はかくあるべし」といいたい作品であると同時に、母親の心情をはじめとして、大人たちが実によく描けているので、大人が読んでも楽しめる、すばらしい作品である。(2007.1.23記)

☆この本はグーテンベルク・プロジェクトからダウンロードして読みました。上の画像はChronicle Books(2005.7.15)の表紙です。
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by nishinayuu | 2007-02-19 16:52 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

キムチの話 その2

☆2年ほど前に書いたエッセイを少し手直ししたものです。韓国語はこちら

大学生時代、私は生まれて初めてキムチに出会った。彼(現在の夫)とデーとしたときだった。彼が朝鮮料理(当時は韓国料理という名前は一般的ではなかった)が食べたいというので、彼が行ったことのあった朝鮮食堂に入り、定食を注文した。私にとっては、キムチだけでなく朝鮮料理自体が初めてだった。私はキムチがとても辛い食べ物だということは知っていたが、他の食べ物も辛いとは思いもよらなかった。おかずがあまりに辛いので、あわててご飯を食べたらご飯も辛いし、ひりひりする舌を冷やそうと思っておつゆを飲むと、おつゆもものすごく辛くて、本当にびっくりした。こんなにやたらに辛くてまずい食べ物を食べる朝鮮の人たちは味音痴に違いない、と私は思ったのだった。
1990年に私は日本語学校で教え始めた。学生は韓国から来た若者たちだった。彼らはアルバイトをしながら勉強しているので、毎日とても忙しかったが、キムチは自分で作らないと、と言っていた。当時はキムチを置いているスーパーは少なかったし、たまに置いてあっても味が韓国のキムチとは違うというのだった。学生たちは手作りのキムチや、母親が送ってくれたキムチを、おりおり教師たちにプレゼントしてくれた。はじめは、教室中がキムチ臭くて閉口していた私も、次第にキムチをおいしいと感じるようになり、10年後に日本語学校を辞めたときには大のキムチファンになっていた。
その後私は短大で日本語の授業を担当したが、残念ながら大学生たちからキムチをもらうことはなかったので、自分でキムチを買った。ただ、幸いなことにその頃は、すでにキムチは日本でも日常の食品になっていたので、いつでもどこでもキムチを買うことができた。
夫は昔からキムチ好きだし、私もキムチがないともの足りないので、今、我が家では毎日のようにキムチが食卓に上る。家中がキムチ臭くなっていないか気にはなるけれど。
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by nishinayuu | 2007-02-17 15:40 | 随想 | Trackback | Comments(0)

キムチの話 その1

☆2年ほど前に書いたエッセイを、少し手直ししたものです。日本語はこちら

김치의 이야기  

대학생 시절에 나는 난생 처음으로 김치를 만났다. 남자친구(지금의 남편) 하고 데이트를 했을 때였다. 그가 조선요리 (그 시절에는 한국요리라는 이름은 일반적이 아니었다) 를 먹고 싶다고 해서 우리는 그가 간 적이 있던 조선식당에 들어가서 정식을 시켰다. 나에게는 김치뿐만 아니라 조선요리자체가 처음으로 먹는 것이었다. 나는 김치가 너무 매운 음식이라는 것은 알았지만 다른 음식도 매울 줄 몰랐다. 반찬이 너무 매워서 얼른 밥을 먹었더니 밥도 매웠고, 따끔따끔 해진 혀를 진정시키려고 국을 마시면 국도 너무나 매워서 정말 놀랐다. 나는 이렇게 매운 맛만 강하고 맛없는 음식을 먹는 조선 사람들은 맛음치가 틀림없다고 생각한 것이었다.
1990년 나는 일본어학교에서 가르치기 시작했다. 학생들은 한국에서 온 젊은이들이었다. 그들은 아르바이트를 하면서 공부하고 있어서 아주 바쁜 매일이였지만 김치는 자기 손으로 만들어야 한다고 했다. 그 당시는 김치를 진열하고 있는 수퍼마켓은 많지 않았고 드물게 진열돼어 있는 것은 그 맛이 한국의 김치와는 다르다는 것이었다. 학생들은 손으로 만든 김치나 어머님이 보내주신 김치를 그때그때 교사들에게 선물로 주었다. 처음에는 교실안에 가득 차고 있는 김치 냄새에 쩔쩔매고 있었던 나도 차츰차츰 김치를 맛있다고 느끼기 시작했고 10년 후 일본어학교를 사직했을 때에는 큰 김치팬이 되고 있었다.
그 후 나는 단기대학에서 일본어 수업을 담당했는데, 유감스럽게도 대학생들한테서는 김치를 받을 기회가 없기 때문에 나는 김치를 스스로 사야했다. 다만 다행스럽게도 그 무렵에는 이미 김치는 일본에서도 일상적 음식이 돼어 있어서 언제든지 어디서든지 맛있는 김치를 살 수 있었다.
남편은 옛날부터 김치를 좋아하는 사람이고 나도 김치가 없으면 좀 아쉬워서 지금 우리 집에서는 김치가 매일같이 식탁에 오른다. 집안에 김치 냄새가 가득 차고 있지 않을까 염려가 되지만.
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by nishinayuu | 2007-02-17 15:35 | 随想 | Trackback | Comments(0)

『天使の記憶』(ナンシー・ヒューストン著、横川晶子訳、新潮クレストブックス)

c0077412_17293774.jpg訳者のあとがきによると、原題L’empreinte de l’angeは「天使の刻印」という意味で、生まれる直前の赤ん坊の鼻と唇の間に天使が指を置いて天国の記憶を消し去るため、赤ん坊は純粋で無垢なまま地上に生まれ落ちるのだ、というユダヤの伝承に基づいているという。
こうして無垢なまま生まれた人間は、最後には慈悲深い神が人間の記憶を曖昧にして、人生が与えた辛い教訓の一つ一つを消し去るので、なにもかも忘れる。だから老人はだれもが無垢な表情をしているのだと作者はいう。老人となった作中人物のうちのふたりが、偶然ある場所で出会い、黙って互いを見つめ合う、という印象的な場面で物語は終わっている。
この作品は、裕福で天分に恵まれたフルート奏者ラファエル、その妻サフィーと息子エミール、楽器修理職人アンドラーシュの間に起こった数年間の出来事を描いたものである。ラファエルにとっては世界的な名声を得て活躍の場を広げる一方で穏やかな家庭を持っていた数年間。サフィーとエミールにとっては二重生活の楽しい秘密を分かち合った数年間。アンドラーシュにとっては正義のための闘いの日々のなかで降って湧いたような妻子と充実した時間を過ごした数年間だった。(2007.1.12記)
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by nishinayuu | 2007-02-15 09:41 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『カイト・ランナー』(カレード・ホッセイニ著、佐藤耕二訳、アーティストハウス)

c0077412_1728347.jpg舞台はアフガニスタン。主人公のアミールは、裕福で慈悲深く、人々の尊敬を集めているババのひとり息子。ババの使用人アリのひとり息子であるハッサンとは同じ乳を飲んで育った。ハッサンにとってはアミールが唯一の「友だち」で、アミールにとってハッサンは「きみのためなら千回でも」といって、落ちた凧を取りに駆けていってくれる「忠実な遊び相手」である。そんなハッサンの友情を、アミールは1975年のある日、裏切ってしまい、その時点からアミールの心の苦しみと、ハッサンの苦難の日々が始まる。そしてふたりが少年期を過ごした「美しいアフガニスタン」は、ソ連軍の侵攻、その後の民族・宗派抗争によって跡形もなく消えてしまう。25年後、アミールに贖罪の機会がもたらされ、精神的・肉体的な闘いを経て、アミールの心は25年ぶりに解放されるのである。
この本は内容も文体もすばらしいが、装幀もじつに美しくて見事である。輝くような黄金色の空が画面いっぱいに広がり、オレンジやグリーンの雲が流れている。かつてアミールとハッサンの揚げた凧が、そして今、アミールとソーラブの揚げている凧が、目に見えるような気がする。(2007.1.9記)

☆絵本『世界一美しいぼくの村』でも昔の平和なアフガニスタンが紹介されており、描かれている村の情景は確かに夢のような美しさです。けれどもそこには、ババに従順でなければ生きられなかったアリや、アミールに従順であることになんの疑問も抱かなかったハッサンのような、被支配層の人々が存在していたのです。民族・宗派による差別の他に女性差別も深刻です。『カイト・ランナー』は贖罪と再生の感動的な物語ですが、真に「美しい村」とはなんだろうと考えさせられる作品でした。
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by nishinayuu | 2007-02-13 12:23 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

韓国の詩「今日もすっかり夜が明けた」

☆鄭澈の時調(定型詩)を訳したものです。原詩は3音節と4音節からなっています。訳詞は5音と7音で統一してみました。

今日もすっかり 夜が明けた
手鍬かついで 行こうじゃないか

うちの田んぼの 草刈って
おまえのとこも 刈ろうじゃないか

帰りに桑を 摘んできて
お蚕さんに やろうじゃないか


原詩
오늘도 다 새거다. 호미 메고 가자스라.
내 논 다 매거든 네 논 좀 매어 주마.
올 길에 뽕 따다가 누에 먹여 보자스라.
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by nishinayuu | 2007-02-11 11:22 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)