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『フェルメールの音』(梅津時比古著、東京書籍)

c0077412_2026221.jpg副題「音楽の彼方にあるものに」。毎日新聞のコラム「クラシックふぁんたじい」(1993.1~2001.10)をまとめたもの。
絵画や彫刻、文章とは違って、音楽から得る感動は形がなくて捉えにくく、永く自分のものにしておくのは難しい。それらを少しでも留めておこうという意図で記された文章である。読んでいると紙面から実際に音が立ち上ってくるように感じられる章もあり、どんな音なのか聞いてみたくてたまらなくなる章もある。また、作曲家や演奏家たちの姿が過去から、あるいは遠い国から立ち現れてくる章もある。これは、と思う章に付箋を付けながら読んでいたら、付箋だらけになってしまった。優れた鑑賞者による、押しつけがましさの全くない鑑賞の手引きとなっている。
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by nishinayuu | 2006-10-31 14:14 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

クリスティナ・ロセッティ

☆クリスティナ・ロセッティの詩を韓国語に訳してみました。

原詩
SONG
CHRISTINA ROSSETTI

When I am dead, my dearest,
Sing no sad songs for me;
Plant thou no roses at my head,
Nor shady cypress tree:
Be the green grass above me
With showers and dewdrops wet;
And if thou wilt, remember,
And if thou wilt, forget.

I shall not see the shadows,
I shall not feel the rain;
I shall not hear the nightingale
Sing on, as if in pain;
And dreaming through the twilight
That doth not rise nor set,
Haply I may remember,
And haply may forget.


韓国語訳
노래
크리스티나 로세티

내가 혹시 숨지면, 사랑하는 그대여,
나를 위해 슬픈 노래를 부르지마오;
묘끝에 장미꽃들을 심지마오,
그늘지는 사이프레스도 심지마오:
내 유체를 푸른빛 잔디로 덮어주오
빗물이나 이슬방울로 젖어가도록;
그대가 그리 하려면, 기억하오,
또 그대가 그리 하려면, 잊어버리오.

나는 그늘을 깨닫지 않으리라,
나는 빗물을 느끼지 않으리라;
나는 밤꾀꼬리를 듣지 않으리라
슬퍼하듯이 울어대는 그 소리를;
그리고 밝아지지도 저물지도
않는 박명속에서 꿈을 꾸면서,
혹 몰라 생각이 날 수도 있으리라,
혹 몰라 잊어버릴 수도 있으리라.

☆各行の行末の音と、各行の母音の数がほぼ規則的になるようにしてみました。各行の母音の数は以下の通りです。
14・14・12・14 / 14・14・12・14 // 12・12・13・13 / 12・12・13・13
☆マイリンクの「Ten Thousand Leaves」にこの詩の日本語訳があります。
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by nishinayuu | 2006-10-29 17:31 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『緋色の研究』(コナン・ドイル著、大久保康夫訳、早川書房)

c0077412_167686.jpg読書会「かんあおい」2006年8月の課題図書。ホームズ・シリーズ第一作目の作品で、世評はあまり高くないらしいが、私にとっては中学生の時に読んでホームズ・ファン(シャーロッキアンの域にはほど遠いが)になった思い出深い作品である。
第1部にホームズとワトスンの出会いと、事件の捜査状況が描かれ、第2部に事件に至るまでのいきさつが描かれている。推理小説としては第1部とエピローグにある事件のまとめだけで充分なのだが、この作品の最大の魅力は第2部の壮大な物語にある。一方、初登場のホームズが、何となく青臭いような軽いような感じがするのもおもしろい。後の作品に出てくるホームズや、ドラマでジェレミー・ブレットが演じた渋いホームズの姿が焼き付いてしまったせいだろうか。

☆画像は創元社文庫のものです。
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by nishinayuu | 2006-10-28 21:23 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『黒い塔』(P.D.ジェイムズ著、小泉喜美子訳、早川書房)

舞台はイギリスはドーセットの海岸にある身体障害者用療養所。そこの付属施設で暮らす古い知り合いの神父から、相談したいことがある、という手紙を受け取ったダルグリッシュ警視がそこを訪れてみると、神父は直前に死亡しており、ほかにも一人、神父と前後して変死している。その後も変死や、忌まわしい歴史を持つ黒い塔での火事騒ぎがあったりする中で、入寮者たちのルルドへの巡礼計画はいつも通り進められていく。
ダルグリッシュはホームズのような何でもお見通しの名探偵ではなく、すらすらと問題を解決するどころか、問題点もなかなかつかめずにいる。そこがダルグリッシュの魅力でもあるのだということが、シリーズの何冊かを読んでやっとわかってきた。この本は訳がこなれていて読みやすい。
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by nishinayuu | 2006-10-27 23:23 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「八雲立つ」 その2

☆昨日の記事―『古事記』の韓国語による再話―の日本語版です。

 高天原から追われた素戔嗚の命は、出雲の国は肥河の上流、鳥髪というところに降りてきた。そのとき、川上から箸が流れてきた。素戔嗚の命が、川上に人が住んでいると思って尋ねていったところ、老夫婦が女の子を間において泣いていたんだ。
 「おまえたちは誰なのだ、どうして泣いているのだ?」と問うと、老人は「我はこの国の神、大山津見の子だ。我が名は足名椎、妻の名は手名椎、娘の名は櫛名田比売と言う。高志の八俣大蛇がやってきて、一年に一人ずつ我が娘を食らってしまった。八人いた娘が一人だけになってしまったが、今日はその八俣大蛇が現れる日なのだ」と言って泣き続けた。八俣大蛇というのは頭と尾が八つずつある大蛇なんだと。
 八俣大蛇を退治したら櫛名田比売との結婚を許すという約束を老夫婦から取り付けた素戔嗚の命は、櫛名田比売を櫛に変えて自分の髪に挿し、老夫婦に強い酒を八樽作らせた。このように準備を整えて待っていると、はたして八俣大蛇が現れた。八俣大蛇は八つの頭をそれぞれ八つの樽に垂れて酒を飲んだ。飲み終わると酔っぱらって、その場で横になり、眠ってしまった。
 そのとき素戔嗚の命が大きな剣で大蛇を斬り殺したんだ。肥河は血河となって流れ下った。ところで、素戔嗚の命が八俣大蛇の真ん中の尾を切ったとき、そこから一振りの大刀が出てきたんだ。この大刀こそ、後に草薙の大刀と呼ばれたその大刀だ。
 こうして素戔嗚の命は櫛名田比売を妻とし、出雲地方の須賀に二人で住む宮を立てた。そのとき、そこから雲が立ちのぼった。そこで素戔嗚の命は次のような歌を詠んだ。

 八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を
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by nishinayuu | 2006-10-25 16:39 | 再話 | Trackback | Comments(0)

「八雲立つ」 その1

☆『古事記』の韓国語による再話です。日本語は明日upします。

여덟 구름 솟아나는

  하늘 나라에서 몰린 수사노오-신은 이즈모지방 히-천 상류에 있는 토리카미라는 땅으로 내려왔다. 마침 그때 젓가락이 강을 흘러내려왔어. 수사노오-신이 상류에 사람이 살고 있을 줄 알고 찾아갔더니, 늙은 부부가 여자아이를 사이에 두고 울고 있었거든.
  “너희들은 누구며, 왜 울고 있냐” 고 물었더니, 노인은 “ 나는 이 나라의 신인 오오야마츠미의 아들이다. 나는 아시나즈치, 아내는 테나즈치, 딸은 쿠시나다공주 라고 한다. 코시의 야마타노오로치가 와서 일년에 하나씩 우리 딸들을 먹어버렸어. 딸 8명중 단 하나 남았는데 오늘이 야마타노오로치가 나올 날이야” 하며 울어댔다. 야마타노오로치는 머리와 꼬리가 각각 여덟 개나 달린 큰 뱀이란다.
  노부부에게서 야마타노오로치를 퇴치하면 쿠시나다공주와의 결혼을 허락하겠다는 약속을 받은 수사노오-신은 공주의 모습을 빗으로 바꾸어 그 빗을 자기 머리에 꽂은 뒤, 노부부에게 독한 술 8통을 만들게 했다. 이렇게 챙겨놓고 기다렸더니 노인이 말했던대로 야마타노오로치가 나타났다. 야마타노오로치는 8개의 머리를 8개의 통에 숙이고 술을 마셨어. 다 마시고나서 취했고, 거기에 누워서 잠들었지.
  그때야 수사노오-신이 큰 양날칼로 야마타노오로치를 잘라죽였거든. 히-천은 혈-천이 되어 흘러갔어. 그런데 수사노오-신이 야마타노오로치의 중추 꼬리를 잘랐을 때 거기에서 큰 칼이 하나 나타났거든. 이 칼이야말로 나중에 ‘쿠사나기의 칼’ 이라고 부르게 된 그 칼이다.
  이리하여 수사노오-신은 쿠시나다공주와 결혼하고 그녀와 함께 살기 위해 이즈모지방의 수가에 집을 세웠다. 그때 땅에서 구름이 솟아났다. 그래 수사노오-신은 이렇게 와카를 지었다.

여덟 구름이 솟아나는 이즈모에 여덟 겹으로 담을 둘러쌓았네
아내를 간직하도록 여덟 겹 담을

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by nishinayuu | 2006-10-24 14:13 | 再話 | Trackback | Comments(0)

『Pygmalion 』(Bernard Shaw著、英潮社)

c0077412_1644233.jpg映画「マイ・フェア・レディ」の原作なので、映画の画面を思い浮かべながら読めば、楽しさ倍増。ただし、当然のことながら、かの有名な「スペインの雨」「踊り明かしたい」「君住む街」などの歌は聞こえてこない。それに、そもそもこれらが歌われる場面に相当する部分が原作にはないのだ。また、物語の結末も映画とは違っており、どたばた調の皮肉な終わり方になっている。なるほどこれがバーナード・ショウか、という感慨を覚えると同時に、この原作をすてきなミュージカルに仕立てた映画製作者の手並みに感嘆してしまう。
英潮社のこの本はPenguin bookと注釈書を組み合わせたもの。注釈書は語句の注解やエピローグの解説が懇切丁寧で大いに役立つ。

☆画像はDover Thrift Editionのものです。
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by nishinayuu | 2006-10-23 15:26 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『ナイチンゲールの屍衣』(P.D.ジェイムズ著、隅田たけ子訳、早川書房)

看護婦養成所「ナイチンゲール・ハウス」で起きた変死事件。おなじみの(私の場合は、3冊目にしてやっとおなじみになった)ダルグリッシュ警視が、所内の複雑な人間関係のひだに分け入り、入念な聞き込みと思索によって真相を解明する。
冒頭と締めくくりがなかなかいい雰囲気で、ジェイムズの作品では、初めておもしろく読めた。ただ、訳文は読みにくい部分が随所にあって、少々疲れる。
この作品は、英国推理作家協会賞(シルヴァー・ダガー賞)を受賞している。
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by nishinayuu | 2006-10-22 14:53 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

左官のいる風景

☆朝日新聞のコラムを翻訳したもの。韓国語の下にある「原文」というピンクの文字をクリックすると原文の日本語が出てきます。なお、カタカナ語の韓国語訳については、マイリンクの「韓国語外来語辞典」を参考にしてください。

코바야시 수미오의 미장이가 있는 풍경---7

진흙투성이가 되는 젊은이들

  요즈음 젊은이들 중에서 진흙을 다루는 워크숍이 은근히 붐이다.
  주최자는 미술계 대학교나 건축디자인계 대학교, 타일회사 등 여러가지다. 참가자들은 벽을 칠하는 프로미장이를 지망하는 사람이 아니라, 모두 다 순수하게 벽을 칠하기를 즐기자고 하는 사람들이다. 시민농원을 즐기는 것과 같은 기분이다.
  모두가 진흙투성이가 되면서 벽을 칠하는 재료인 흙을 다져서 완자를 만들거나, 대나무로 만든 진흙벽의 뼈대(대나무 욋가지)에다 흙을 빈틈없이 칠해서 초벌칠벽 만들거나, 햇볕에 말린 벽돌 등으로 오두막집을 만드는 작업을 하고 있다.
  미장이가 벽을 칠하는 일은 목수들의 일과 달리 건물의 구조에 관계되는 일이 아니라 디자인이나 마무리에 관계되는 일이다. 그래서 그 일은 전문적인 장인의 일이면서도 비전문가에게도 열린 폭이 넓은 일이다.
  예컨대, 옛날에 흙벽광을 만들때에는 건축주와 건축주의 친척과 관계있는 이들이 모두가 나와서 초벽칠하기를 하곤 했다. 시골주택들도 흙벽의 기초적 작업은 건축주가 자기들만의 힘으로 했다. 미장이에 부탁하는 일은 그 후의 작업인 [중간칠]이나 [마무리칠]이었다.
  벽을 칠하는 작업의 그 저럼 열려있는 점, [어바웃](대략적임) [랜덤](자연소재를 다루기 때문에 들쭉날쭉이 있음) [노 프러블렘](현장에서 되어가는 경과에 맡김)인 점이 관리사회에서 잃어버린 자유의 대가로 젊은이들의 마음을 끌고 있는 지도 모른다.

原文
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by nishinayuu | 2006-10-20 14:18 | 翻訳 | Trackback | Comments(0)

『ある殺意』(P.D.ジェイムズ著、青木久恵訳、早川書房)

1963年に刊行された、ダルグリッシュ警視シリーズの初期の作品。ジェイムズが得意とする病院もの、看護婦もののひとつで、ロンドンの診療所で起きた密室殺人事件を扱っている。被害者は、死の直前に病院内のなにかの不正をつかんでいたらしいボーラム事務長で、人に好かれるタイプの女性ではなかったようなのだが、怪しい人物はなかなか浮かび上がらず、捜査は難航する――という具合。
あらゆることが同じような比重で語られていて、推理に役立ちそうなヒントや伏線らしきものが見あたらない(読み方が悪い?)。読者としては推理の楽しみを奪われたままつきあわされる感じがする。
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by nishinayuu | 2006-10-19 10:58 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)