カテゴリ:読書ノート( 1058 )

『冬の灯台が語るとき』(ヨハン・テオリン、訳=三角和代、早川ポケットミステリー)


Nattfåk』(Johan Theorin, 2008

c0077412_22055993.png原題の意味は「夜のブリザード」。

作者は1963年スウェーデンのイェーテボリで生まれたジャーナリスト・作家。本書はデビュー作『黄昏に眠る秋』で始まるシリーズの第2弾で、舞台はバルト海に浮かぶエーランド島という細長い小島。エーランド橋によって本土のカルマルと繋がっているが、昼はバルト海の絶景、夜は灯台の光が隣人、という辺鄙な所である。

物語は現在と過去、真実と虚構が複雑に絡みあって展開していく。現在の物語はヨアキムを主人公とする1990年代のある年の冬の出来事からなり、過去の物語はミルヤ・ランベがノートに記した「1846年、冬」に始まり「1962年、冬」で終わる語り文からなっている。ヨアキムの物語の合間に挿入されるミルヤ・ランベの語りはすべて「〇〇年、冬」となっており、ヨアキムが直面する現実の寒さに過去の人たちを襲った寒さと冷たさも加わって「冷却効果」満点。とにかく寒くて冷たい物語なのだが、そこがこの作品の真髄でもあるので、真冬のいちばん寒い時期に読むのがお勧めである。(読んでいる間、真底から冷えました。)

北緯55度よりさらに北に位置するエーランド島の情景描写が素晴らしく、ブリザードに襲われた一夜の描写も圧巻である。また、物語には過去にこの島で起こった事故死のエピソードもいくつか挿入されている。たとえば

灯台が火事になって灯台守助手が死んだとき、別の男の妻が死体に取りすがって泣いた話(1884年)、灯台守の兄妹がウナギを捕まえているうちに氷が割れ、兄だけが氷の上に取り残されて帰らぬ人となった話(1900年)など。いずれも独立した小説になりそうなエピソードである。

もちろん本作はミステリーなので、現代の殺人やら行方不明やらもふんだんに出てくるが、謎解きは主眼ではない。最後にはいろいろ明らかになるけれども、それまでは死んだ人たちが「気配」として物語の中を漂い続ける。ヨアキム一家の住むウナギ屋敷も、南北二つの灯台も、様々な登場人物たちも、それぞれの謎を秘めて存在している。中でも際だった存在感を示すのがミルヤ・ランベで、この人物の過去もすごいが、現在の暮らしかたも振るっている。その他の登場人物は以下の通り。

*ヨアキム・ヴェスティン:ウナギ岬の屋敷に住む家族の父親。工芸の教師。

*カトリン:ヨアキムの大切な妻。

*ミルヤ・ランベ:カトリンの母。画家・歌手。1950年代にウナギ屋敷に住んだことがある。ホッケー選手の青年ウルフと同棲。

*トルン:ミルヤの母で画家。晩年にブリザードで視力を失う。

*エテル:ヨアキムの姉。ヘロイン依存症。1年前に溺死。

*リヴィア:ヨアキム夫婦の娘。6歳。毎晩夜中に「ママー」と叫ぶ。

*ガブリエル:ヨアキム夫婦の息子。2歳半。ママを忘れたのかあまり恋しがらない。

*ティルダ・ダーヴィドソン:新人警察官。27歳。

*ヘンリク、セレリウス兄弟:三人で組んで泥棒を働いている若者たち。

*ラグナル:ティルダの祖父。電化された灯台の夜警。実は泥棒だった。ブリザードで凍死。

*イェルロフ:ラグナルの弟。1915年生まれ。マルネスの高齢者住宅に住む「探偵」。

2017.2.21読了)



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by nishinayuu | 2017-04-26 22:12 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『アーサー王最後の戦い』(ローズマリ・サトクリフ、訳=山本史郎、原書房)

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『The Road to Camlann』(Rosemary Sutcliff)
本書は児童向け歴史小説で知られるサトクリフによる大人向けの歴史小説「サトクリフ三部作」の三巻目である。第一巻『アーサー王と円卓の騎士』と第二巻『アーサー王と聖杯の物語』も同じ原書房から出版されている。

ところでこの本を読んだのは、『忘れられた巨人』の主要キャラクターの一人であるガウェインについて知るためだった。さてそのガウェインは――アーサーの姉モルゴースとオークニー国のロト王の長男で、邪悪な母親の許を去ってアーサーの麾下に入り、円卓の騎士の一人として終生アーサー王に仕えた人物である。アーサー王が最も愛した二人の騎士のうちの一人でもある。本書では「炎のような髪と炎のような気象を持った型破りな男、アーサー王の腹心」と紹介されている。アーサー王に愛されたもう一人の騎士ランスロットとは親友だったが、ある不幸な出来事のせいで対立して一対一の真剣勝負をするはめになる。二度にわたったこの勝負でガウェインは頭部の古傷にさらに深手を受けたが、アーサー王に敵対するモルドレッドとの戦いを前に、ランスロットにアーサー王への救援を請う手紙を書いて、アーサー王に看取られながらこの世を去る。
死後もアーサー王の夢枕に立って、ランスロットが駆けつけるまでモルドレッドとは戦わないように、と作戦を進言したりする。『忘れられた巨人』でアーサー王の龍クエリグを守っていたガウェインとはこういう人物だったのだ。
特筆すべき人物と事物を以下にまとめておく。
*アーサー王:ブリテン島ログレス国の王。理想のキリスト教君主とされる。
*グウィネヴィア:アーサー王の妃。輿入れの際に大きな円卓を持参した。
*ランスロット:アーサーの信頼が篤く「キリスト教を奉じる世で最高の騎士」として描かれる。湖のランスロットと呼ばれる。
*オークニー国の兄弟:ガウェイン(長男)、アグラヴェイン(次男、モルドレッドの右腕)、ガヘリス(三男)、ガレス(四男)。
*モルドレッド:オークニー国兄弟の末弟。父親はアーサー王、母親はアーサーの異母姉であるモルゴース。母親から受け継いだ邪悪な心と「ダマスク織の絹のような滑らかな声」の持ち主。円卓の騎士でありながら王を憎んでおり、王位を簒奪しようとする。
*ベディヴィエール:円卓の騎士の中でアーサーの最後の戦いであるカムランの戦の唯一の生存者。王の頼みによってエクスカリバーを湖に返す。
*エクトル:またの名を沼のエクトルという。ランスロットの異母弟。
*トリスタン:容姿端麗な竪琴の名手。コーンウォールの王妃イズー/イゾルデとの恋物語で知られる。
*聖杯の冒険の仲間:ランスロット、ボールス(ランスロットの従兄弟)、ガラハッド(ランスロットの息子、聖杯の神秘に触れたため死亡)、パーシヴァル(ガラハッドの死後1年で死亡)。
*エクスカリバー:アーサーが湖の妖精から授けられた聖剣。
*キャメロット:アーサー王の都。円卓はここにある。
*アヴァロン島:「リンゴの木の茂るアヴァロン」と呼ばれる。アーサー王の終焉の地。

(2017.2.12読了)
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by nishinayuu | 2017-04-18 09:59 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『The Buried Giant』(Kazuo Ishiguro, Vintage)

c0077412_142961.jpg『忘れられた巨人』(カズオ・イシグロ)
物語の舞台はイングランドの辺鄙な地方。イングランドの他の地域には城や修道院などもあったが、このあたりはまだ「Iron Age」にあってogre(オーグル=人食い鬼、怪物)もいる。
主人公はアクセルとベアトリスというブリトン人の老夫婦で、網目状に繋がった住居群の外れに住んでいる。外部からの危険はより大きく、夜みんなで集まる大広間の火の恩恵にあずかることはより少ない場所である。二人は夜、ろうそくを灯すことも許されていない。そのように集落の中で疎外され、ないがしろにされていている二人は、それだけにいっそう互いを思いやる強い気持ちで結ばれている。
そんな二人には大きな気がかりがある。周りの人々が過去を語らず、思い出すこともなさそうなことだ。以前、赤毛の女がやって来て人々の病気を治したことがあったが、人々は(ベアトリスも)その女のことをおぼえていない。行方不明になった少女が戻ってきたときも、人々は別に喜ばなかった。みんなで懸命に探したことを忘れていたからだ。そしてアクセルも、つい3週間前の「ろうそく事件」を今朝思い出すまですっかり忘れていたことに愕然とする。ノラという少女が二人のために持ってきてくれたろうそくを鍛冶屋の女房たちに取り上げられてしまったあの事件を忘れていたとは。人々を覆いつつある「忘却」が自分たち夫婦にもじわじわと迫ってきているのだ。
ここを出よう、という話を二人でしたのは前の年の11月頃だったろうか。灰色の朝、村を通ったサクソン人らしき女とことばを交わしたあとベアトリスが、息子のところに行こう、と言いだした。息子の住む村はグレート・プレインの東の方にあって、2~3日で行けるから、と。アクセルは覚えていないがベアトリスによると、そのときはアクセルが反対したらしい。
春のある朝アクセルは、今こそ息子を訪ねる旅に出よう、とベアトリスに告げる。息子はなぜ出て行ったのか、息子はどんな顔でどんな声だったのか、息子にも子どもがいるだろうか……。二人にはなにもわからない。それでもベアトリスは、何度かグレート・プレインを通ってサクソン人の村へいったことがあるのでサクソン村への道はわかるし、息子のいる村はその少し先だと思うから見つけるのは難しくないはずだという。
杖をつき、荷物を背に負った二人は、最初の晩を過ごす予定のサクソン人の村を目指す。グレート・プレインには「ジャイアントが埋められている所」があるので、そこをよけて大回りをしなければならない、とベアトリスがアクセルに教える。ベアトリスが道を探しながら前を行き、アクセルが後ろを歩く。襲われるのは列の後ろの人間と決まっているからだ。


ここまでが第1章と第2章の最初の序奏部分で、ここから物語は壮大な展開を見せていく。二人は息子に会えるのか。そもそも二人の過去に何があったのか。忘却の霧は二人にとって、またブリトン人やサクソン人にとってどんな意味があったのか。記憶することの意義、忘却することの意義について考えさせられる物語である。
主要な登場人物は以下の通り。
渡し船の船頭/ウィスタン(サクソンの戦士)/エドウィン(サクソン村の少年)/ガウェイン(龍の守護者)/クエリグ(龍。彼女の息が「忘却」の元凶)
(2017.2.10読了)
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by nishinayuu | 2017-04-14 14:02 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)

『チェンジ・ザ・ネーム』(アンナ・カヴァン、訳=細美遥子、文遊社)


『Change the Name』(Anna Kavan, 1941)
物語の始まりは1912年のイングランド中部。主人公は女学校卒業を控えた17歳の少女。
c0077412_1004587.jpg本書の主人公は、多くの女性たちが家に縛られて生きるしかなかった時代に、そういう生き方を拒否して特異な生き方を選んだ女性である。あるいは、彼女は特異な生き方を「選んだ」わけではなく、そんな生き方しかできなかった、といったほうが正確かも知れない。というのも彼女は親の愛を実感できないまま大人になっていき、自分が親になっても子どもを愛すことができなかった女性なのだ。「母性神話」を突き破る人物設定のこの主人公は、周囲の思惑は意に介さずにひたすら自分の道を突き進む。

[主な登場人物]
*シーリア――主人公。輝く金髪と冷ややかな魅力で男たちを惹きつける。
*フレデリック・ヘンゼル――シーリアの父。彼女のオックスフォード進学を許さない。
*マリオン・ヘンゼル――シーリアの病弱な母。長男の夭逝から立ち直れないでいる。
*クレア――シーリアが家を出るために利用した青年。技師として出向いた東洋で死亡。
*少女クレア――シーリアとクレア青年の間に生まれた娘。
*アンソニー・ボナム――イギリスへ戻る船でシーリアが恋に落ちた青年。間もなく戦死。
*イザベル・ボナム――アンソニーの死後、シーリア母娘を同居させ、愛情を注ぐ。
*フランシス・テンプル――ボナム家の古い知り合い。バツイチの中年。シーリアに求婚。
*ジョン・サザーランド――出版社の社主。名声と富と風貌でシーリアの心を捉える。
*ヒュー・バーリントン――医師。シーリアに惹かれていたが、打算からクレアに求婚。

作者のアンナ・カヴァン(1901~1968)は裕福なイギリス人の両親のもとに生まれたが、幼い頃から不安定な精神状態にあって、結婚生活が破綻した頃からヘロインを常用していたという。文遊社から『鷲の巣』『あなたは誰?』『愛の渇き』などが出版されている。『鷲の巣』の紹介文には「旅の果てにたどり着いた〈管理者〉の邸宅。不意に空に現れる白い瀑布、非現実世界のサンクチュアリ――強烈なヴィジョンが読む者を圧倒する、傑作長編、本邦初訳」とある。(2017.2.3読了)
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by nishinayuu | 2017-04-10 10:02 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『ミラード』(ラフィク・シャミ、訳=池上弘子、西村書店)

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『Milad』(Rafik Schami, 1997)




物語はダマスカスの大学生が行き倒れの老人ミラードから聞いた「ミラードの身の上話」という形になっている。夏になると山の中にあるマルーラ村に現れては子どもたちの人気をさらっていたミラード。男たちは笑いものにし、女たちは彼が腹を立てることを妙に怖れていたミラード。そのミラードの嘘か誠か、夢か現か見紛う奇想天外な物語が、「千夜一夜」ならぬ八夜にわたって語られていく。八夜のタイトルは以下のようになっている。
第一夜「ミラードはなぜ見知らぬ土地に行ったのか」/第二夜「ミラードは信心深い男の家で経験を積んだ」/第三夜「ミラードは心ならずもロシア革命に巻き込まれた」/第四夜「なぜミラードは自分の評判を聞き流したのか」/第五夜「ミラードは墓荒らしの男と気心が通じ合うことに気づいた」/第六夜「ミラードは売春宿でモラルを学んだ」/第七夜「村の長老は馬糞を食べるはめになった」/第八夜「ミラードは試練に耐えて宝物を手にした」
飢えと暴力にさいなまれながらも決してへこたれることのないミラードは、まるで絢爛豪華な生涯であるかのように誇らしげに身の上話を展開していく。

作者が『蠅の乳しぼり』『空とぶ木』のラフィク・シャミであり、出版社が西村書店であればこの作品も青少年向けの内容だろう、と勝手に思い込んでいた。それがとんでもない間違いだということに途中で気がついたが、それはそれとして一風変わった面白い作品だった。読後に、西村書店について調べたところ、児童書だけでなく医学専門書や一般書なども扱う出版社だった。ラフィク・シャミ(1946~ )もまた、大人向けの作品もいろいろ出していて、代表作は『愛の裏側は闇』(2004、東京創元社)だという。「ダマスカスを舞台に、それぞれカトリックとギリシア正教の二つの家の100年にわたる確執を描いた作品」ということで、機会があったら(近くの図書館にあったら、と同義語)読んでみたい。
因みにラフィク・シャミは筆名で、ラフィクは「仲間/友人」、シャミは「ダマスカス人」の意だという。ダマスカスのキリスト教地区に生まれた彼は、家ではアラム語、学校ではアラビア語という環境で育ち、1971年にドイツに亡命したあとドイツ語で作家活動をしている。(2017.1.31読了)
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by nishinayuu | 2017-04-06 10:22 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『마상에서』(박완서)

『馬上にて』(朴婉緒)
韓国語講座テキスト。短編集『黄色い家』に収録されている作品。
韓国では旧暦で正月を祝う。正月休みを利用して故郷に帰省する人も多い。最近は海外に出かける人も増えたという話を他人事のように聞いていた著者だったが、ある年、旧暦の正月にネパール旅行をすることになった。旅行団は70代から10代までの老若男女によって構成されていたが、トレッキングのコースは20代の若者向けになっていて、日程表を見ただけでも相当きつい旅行になりそうだった。その旅行に著者は大学に入ったばかりの孫を連れて行くことにした。勉強さえできればいい、という感じで甘やかしてきた孫に、少しは肉体的にきついこともさせてみようと考えたのだった。
c0077412_1061852.jpgさて旅行先では、トレッキングで最初に音を上げたのは最年長者の著者だったが、年長者のために数頭の馬が用意されていたので、きつい上りにさしかかるたびに馬に乗せてもらった。著者は馬に乗るのが初めてなので怖くてたまらなかったのだが、孫が手綱を取ってくれたので、安心して乗っていられた。そしてその日が正月だったからか、ふと、祖父と過ごした正月のことが思い浮かんだのだった。
著者は祖父に特別にかわいがられて育ったが、教育熱心な母の計らいでソウルの学校に入れられたため、8歳で祖父の許を離れた。そんな孫娘のために、祖父は正月を新暦で祝うことにした。新暦の正月には学校が長い間休みになるからだ。時は日帝強占期。正月を新暦で祝うことが強制され、旧暦の正月の時は学校も役所も休みにはならなかった。けれども人々はこっそりと旧暦の正月を祝い、旧暦の正月を守ることをまるで独立運動のように感じていた。そんな中で村の精神的な支えでもある祖父が孫娘のために新暦の正月に、つまり「日本式に転向」してしまったのだ。正月は子どものための行事だという信念を持って祖父は、人々の陰口をものともせず、孫娘のために正月気分を盛り上げることに力を注いだ。こんな祖父のおかげで著者は、小学校時代の冬休みは半月の間ずっとゆったりとした豊かな祝祭の期間だった、と記憶することになる。
祖父にかわいがられ、大事にされた記憶がその後の人生でも自分を支えてくれた、と著者はしみじみ思う。そして今回のきつい旅は孫にどんな記憶として残るのだろうか、と想像してみる。かわいがられ、大事にされた記憶として残ることを祈りつつ。

大学受験生の事情、海外旅行事情、トレッキングと馬の関係、著者の祖父の人柄、日帝強占期のあれこれ、正月行事のあれこれなどなど、盛りだくさんな内容で読みでがありました。(2017.1.23読了)
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by nishinayuu | 2017-04-02 22:30 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『美しい子ども』(編=松家仁之、新潮クレストブックス)

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「新潮クレストブックス創刊15周年企画」と銘打ち、11の短編集から選んだ12作品を収録したアンソロジー。


収録作品は以下の通り。
『非武装地帯』(アンソニー・ドーア『メモリー・ウォール』より、訳=岩本正恵)
『天国/地獄』(ジュンパ・ラヒリ『見知らぬ場所』より、訳=小川高義)
『エリーゼに会う』(ナム・リー『ボート』より、訳=小川高義)
『自然現象』(リュドミラ・ウリツカヤ『女が嘘をつくとき』より、訳=沼野恭子)
『水泳チーム』『階段の男』(ミランダ・ジュライ『いちばんここに似合う人』より、訳=岸本佐知子)
『老人が動物たちを葬る』(クレメンス・マイヤー『夜と灯りと』より、訳=杵渕博樹)
『美しい子ども』(ディミトリ・フェルフルスト『残念な日々』より、訳=長山さき)
『ヒョウ』(ウェルズ・タワー『奪い尽くされ、焼き尽くされ』より、訳=藤井光)
『若い寡婦たちには果物をただで』(ネイサン・イングランダー『アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること』より、訳=小竹由美子)
『リューゲン島のヨハン・セバスティアン・バッハ』(ベルンハルト・シュリンク『夏の嘘』より、訳=松永美穂)
『女たち』(アリス・マンロー『小説のように』より、訳=小竹由美子)

まるで長編小説のような重い内容の作品(『エリーゼに会う』『若い寡婦たちには果物をただで』)もあれば、短編小説ならではの余韻が魅力の作品(『ヒョウ』『リューゲン島のヨハン・セバスティアン・バッハ』)などもあり、それぞれ雰囲気の全く異なる作品が一度に楽しめる1冊である。(2017.1.26読了)
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by nishinayuu | 2017-03-29 09:44 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『宿題』(足立喜美子、現代俳句協会)

c0077412_1020127.jpg読書会「かんあおい」2017年3月の課題図書。
著者は地元で句会の指導もしている現役の俳人。読書会のメンバーの一人でもあるので、3月の読書会では本書を取り上げ、著者の解説つきで俳句を鑑賞した。


まず、著者の自選十句を紹介する。
*栗剝くや丹波に生まれ離れても
*雲の峰かの世この世の鬼の貌
*われからの声か土偶のこゑか暑し
*紫式部へ手鞠ころげてゆきさうな
*狐火や母の死風化するばかり
*花野まで来て宿題があるといふ
*空蝉をのせて新聞さざなみす
*ドーバー海峡夢見て水着試着かな
*ぽっぺんを吹いて他人のやうな音
*風来て風がはづかしげなり冬桜

次にnishinaが気に入った十句を記しておく。
*片眼より鱗の落ちし去年今年
*大空のあるを頼みの辛夷咲く
*雪女ときどき梁のきしみをり
*きつね雨トトロの森の月夜茸
*泉川術後の兄に会ひに行く
*旱星鄙に形見のチェロを弾く
*笙の音や青葉の闇を押しひらき
*揚雲雀つばさの軽き日もありて
*冬紅葉恋する人にどっと降る
*石鹼玉たましひに触れ爆ぜにけり

(2017.1.22読了)
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by nishinayuu | 2017-03-25 10:20 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『植物たちの私生活』(李承雨、訳=金順姫、藤原書店)

c0077412_9444041.jpg『식물들의 사생활』(이승우、1999)/『Private life of plants』(lee Seung-U)
語り手のキヒョンが車で移動しながら街の女を物色する場面から物語は始まる。母が兄のウヒョンを背負って娼婦のところに連れて行くのを見かねて、語り手が自分でやることにしたのだった。というのも語り手には、兄が足を失い、生きがいであった写真を失い、恋人のスンミまで失う、というすべての不幸の原因を作ったのは自分だという思いがあったからだ。語り手は自分の残りの人生が兄に対して負っている借りを返すためにあるように感じていた。
物語ははじめのうち、まるで暴力的韓国映画のように展開していく。この本に出会ったとき、渋い緑色の地にアンリ・ルソーの「エデンの園のエヴァ」が嵌め込まれた表紙、学術研究書のようなタイトル、さらには著者名に入っている「雨」という文字、それらすべてから何か深くて静かな世界との出会いを期待したのだが。しかし、とんでもない本を選んでしまったかも知れない、と思い始めたころに、物語の雰囲気は大きく変わり始める。
語り手は兄がもう一度カメラを手に取ることを願い、その手助けをしてもらうためにスンミを探す。兄のために自作の歌「溶けてしまう前に私の心を写して、写真屋さん……」と歌っていたスンミを。そんなある日、母がいきなり南川に旅立ち、あとをつけた語り手は遠くから、丘の上の椰子の木陰で母が衰弱した一人の男と一本の木になるのを見た。呆然としている語り手に母が電話をかけてきて「兄さんを連れてすぐ南川に来なさい」と言うので、語り手は急いでソウルに戻る。南川行きを渋る兄に、それまで存在感の薄かった父が「行ってきなさい。待っているだろうに……」と言う。語り手は父の断固とした積極的な態度に驚くと同時に推察する。父は母が南川に兄を呼んだ理由も、母が南川に行った理由も知っているのだと、そして南川の人物が何者で、母とどういう関係なのかも知っているのだと。物語はこのあと、「植物の私生活」を解き明かしながら進行し、最後には表紙やタイトル、著者名の印象のままの、心を洗われるような清々しい物語として幕を閉じる。

=蛇足=
その1:語り手の兄はノートに「すべての木は挫折した愛の化身だ……」と書き、自分を松の木に、スンミをエゴノキに変身させる物語を書いていた、というくだりがある。これはギリシア神話などに多く見られる片思いや誤解から植物に変身する(あるいはさせられる)話とは異なり、愛を遂げるために自ら植物に変身する話という点で、式子内親王の墓にテイカカズラ(定家の化身)が巻き付いたという話と同様の発想で興味深い。
その2:南川の丘の上の椰子の木に関して「ブラジルかインドネシアのようなところから太平洋を越えてきた」云々(デンデンではありません)というくだりがある。藤村の「椰子の実」やそのもととなった柳田国男の言のように「南の島」から流れ着くのならわかるが、ブラジルからというのはどうだろうか、とふと疑問に思った。(2017.1.19読了)
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by nishinayuu | 2017-03-21 09:45 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『The Seven Cream Jugs』(H. H. Munro)

[The Complete Works of SAKI ]Part1 ‘The Toys of Peace’の1編。

c0077412_9432057.jpgピーター・ピジンコウト夫妻が親戚のウィルフリッド・ピジンコウトについて、先だって准男爵の地位と莫大な財産を得たけれど、この家に来ることはないだろう、とうわさしている。というのも夫妻はこのウィルフリッドは将来の見込みはないと思ってとうの昔に見放してしまったからだ。一族には、名誉ある事績をあげた先祖に因んだウィルフリッドという名の者が多く、それぞれの領地や職業の名称で区別されていたが、今話題にしているウィルフリッドはなんと「ひったくりのウィルフリッド」と呼ばれていた。なぜなら彼には盗癖があって、サイドボードより小さくて運びやすく、9ペンスより値のはる「他人の持ちもの」は盗まずにはいられない子どもだったからだ。地位と財産を得た今は盗癖も治ったかも知れない、と彼との交際を期待する夫人に対して、夫のほうは今でも盗癖はもとのままだろう、とつきはなす。
そんな話をした30分ほど後に電報が来る。ウィルフリッドからで、車で近くを通るので表敬訪問したい、できれば一晩泊まりたいのでよろしく、という内容である。さて、二人は大慌てに慌てる。折しも応接間には、二人の銀婚を祝ってあちこちから贈られた品物がたくさん飾ってあったからだ。
ウィルフリッドが到着。夫妻は礼儀として、飾ってある贈り物を見せる。そして「クリームのジャグが7つも重なっちゃって」とか言いながらも、ウィルフリッドが何かに手を触れるたびにすぐにもとの位置に戻させる。それでも彼がゲスト・ルームに引き上げたあとで調べてみると、何かがなくなっているような気がしてくる。それで夫妻は翌朝、前もって相談していたことを実行する。ウィルフリッドがバスルームに入った隙に夫がゲスト・ルームに侵入し、ウィルフリッドの旅行鞄の中を探ったのだ。すると案の定、旅行鞄には銀製のクリーム・ジャグが入っているではないか。夫は急いでそれを手にしてゲスト・ルームを出る。
ところが、朝食に遅れてやって来たウィルフリッドが、この家には盗人がいるのでは?実はカイロに滞在中の母と相談して二人に贈り物を持ってきたのだが、それが旅行鞄から消えてしまった、と言い出す。「ひったくりのウィルフリッド」は母なし子のはず、と慌てた夫妻が聞きただすと、目の前の相手は「大使館のウィルフリッド」だと判明する。彼が夫妻のために持ってきた贈り物は銀製のクリーム・ジャグだったが、応接間にクリーム・ジャグがすでに7つもあったので、夕べはとり出し損ねた、と言うではないか。夫妻は真っ青になる。しかし夫人は立ち直りが早かった。そして手際よく問題を処理してのけたのである。

夫人はとんでもなく機転が利く女性で、夫の方は妻の機転のおかげで救われたと思ってほっとしている人のよい男性、という図である。サキの作品にはこの手の女性がよく出てきて、話としては愉快だが、身近にはいて欲しくない女性ではある。(2017.1.9読了)
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by nishinayuu | 2017-03-17 09:46 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)