『オリエント急行戦線異状なし』(マグナス・ミルズ、訳=風間賢二、DHC)


All Quiet on the Orient Express』(MagnusMills, 2003

c0077412_10491454.png著者は1954年イギリスに生まれ、イギリスやオーストラリアで様々な臨時雇いを転々とした後、ロンドンでバスの運転手となる。1998年に『フェンス』で文壇デビューし、デビュー後もバスの運転手を続け、後に郵便配達人に転職。現在は執筆に専念しているという(表紙裏にある紹介文より)。本書は上記のような異色の経歴を持つ著者による2作目の長編である。

舞台は避暑地として知られるある村。文中にミルフォードという名が出てくるのでダービシャー州だろうか。あるいは湖の美しい村ということなので湖水地方だろうか。ただし場所の特定はどうでもよく、重要なのは外部の人間にとっては不可解な法則が働いている村だということである。そんな法則に気づかなかったひとりの青年が、村の人々にじわじわと絡め取られていく様子が綴られていく。

ある夏、この村にひとりの青年がやって来る。2週間ほど滞在して、そのあとはトルコを経てさらに東の方へと旅をする予定だった。観光客が去ったあとの村にひとりで残っていた青年は、テントを張っていた土地の所有者トミー・パーカーから声をかけられる。それまでは自分に気づいている様子はなかったのに、と青年はちょっとびっくりするが、どうやら相手はずっと青年を観察していたようなのだ。パーカーだけではなかった。青年がベークドビーンズなどを買う食糧雑貨店の主ホッジも、バーのバーテンたちも、バーに集まる男たちもみんな、なぜか青年の動向に興味津々のようなのだ。

やがてパーカー氏は青年にゲートのペンキ塗りをしないか、と持ちかけてくる。青年は暇つぶしになるからと軽い気持ちで引き受ける。賃金のかわりにキャンプ地の使用量をなしにしてもらうという条件で。それがきっかけで青年はパーカー氏から次々に「雑用」を頼まれ、次々にそれをこなしていく。「宿題」を手伝って、という口実で近づいてきたパーカー氏の16歳の娘は、そのうち宿題を丸投げして寄こすようになる。宿題の作文が賞を取ったりするので、青年も悪い気はしない。バーでもダーツのチームに勧誘されたりして、季節が冬に移る頃には青年はすっかり村人に受け入れられた気分になっていた。

しかし、何となく不可解なことも多かった。パーカー氏は際限なく雑用を回してくるのに賃金の話はしない。パーカー氏がストックしているペンキはほとんどが緑色。バーの常連のブライアンはいつも紙製の王冠をかぶっている、などなどだ。それに、村人たちはなぜか青年を「次の牛乳配達人」と呼んだりする。ディーキンというれっきとした牛乳配達人がいるのに、である。しかしこの人のいい青年もついにある日、村の「悪意」にはっと目が覚めるのである。

これは不条理小説であるけれども、残酷さや不気味さとは無縁で、むしろ主人公の青年のふがいなさと村人たちのたくましさに失笑してしまう、構成も人物描写も見事な作品である。なお、タイトルは見てすぐわかるようにAll Quiet on the Western Front Murder onthe Orient expressの合成である。ということはMurder on the WesternFrontというタイトルもあり得たということになる。(意味深ですね。ところで意味深ってもう古語?)(2017.3.14読了)


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# by nishinayuu | 2017-05-28 10:49 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『회색 문헌』(강영숙, 문학과지성사)


c0077412_09354818.jpg『灰色文献』(カン・ヨンスク、文学と知性社、2016

「灰色文献」とは、書物が完成したあとには破棄されることになる資料類のこと。著者は1967年生まれ。1998年に『八月の食事』で文壇デビューしたあと、短編、長編を次々に発表し、各種の文学賞を受賞している中堅作家である。

短編小説集である本書には8つの作品が収録されている。各作品のタイトルと概要は以下の通り。

*帰郷(2013)――寛げる相手だった男が急に姿を消す。男の行方を探しあぐねた主人公は、やがて探すのをやめて自分の生まれ故郷を目指す。

*ポロック(2013)――語り手のJがインタビュー記事を書くために環境運動家のK理事の許を訪れる。老いのために絶え間なく睡魔に襲われるK理事を相手にJは、ともかく「灰色文献」を作成することにする。ポロックはアメリカのアクション・ペインターJackson Pollock

*不治(2014)――銀行員のジヌク。ある日銀行に現れた女スヨンに目を引かれて銀行を辞めてしまう。買い物依存症のスヨンとジヌクの破滅的生活。手相見の女はスヨンの手相を見て「悪くはない。何も無い手相を見たこともある」という。何も無い手相の持ち主はジヌクだった。

*盲地(2015)――語り手は会社員。会社の部品倉庫がある工業団地にバスで出向くが、つきまとってくる老女や老人の世話をするはめになる。とうとううんざりした彼は……。

*海鳴(2011)――大地震のあと不眠症に陥っていた日本人のリリ。「眠りに来た」韓国で、大女のユジンや人形劇団の人たちと出会って不眠症から解放される。

*黒い水たまり(2015)――25年勤めた会社を辞めたジョンヨン。たまたまやって来た家事代行会社のウルサン・おばさん、モルモン教の宣教師、運転代行をしているおじいさんといっしょに飲む。正体なく酔ったおばさんを家に送って行ったのが間違いで、気がついたら地下鉄の車両に閉じ込められていた。トイレを我慢しながら朝を迎え、その辺で用を足してから歩き始めたとたん、転んで田圃の泥水にうつぶせに倒れた。このままでは死ぬ、と思いながらもなぜか笑いがとまらないのだった。

*鋏と糊(2012)――「あらゆるおかしなことが同時に起こる」中で、重病の母親のめんどうをひとりで見ている語り手は、借金で身動きできない状態に陥っている。そこへ貸金業者から、いい方法がある、というおいしい誘いの電話がある。

*クフル(2013)――語り手は二人の子どもを持つ母親。恵まれた立場の人間「甲」だけがいいところを持っていき、「乙」である自分がないがしろにされている職場に対しても、子どもの担任教師に対しても、そもそもこの世の中を作った神に対しても怒りをぶつけずにはいられない。クフルはその怒りの合間に発する笑い声なのだ。しかし語り手は最後にふと気づく。壊れていくめちゃくちゃな世界を作ったのは自分なのだ、壊れているのは自分の内部なのだ、と。

知人・友人は離れていき、奇妙な人たちばかり近づいてきて、混沌とした状況がエスカレートしていく。それらの状況は悲惨というよりシュールであり、登場人物たちは、そんな状況に陥った自分を笑いながら、ひょいと立ち上がる。突き抜けた軽さと生命力を感じさせる短編集である。(2017.3.11読了)


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# by nishinayuu | 2017-05-24 09:36 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『椅子取りゲーム』(孔枝泳、訳=加納健次・金松伊、新幹社、2012)


의자놀이』(공지영

本書の前書きで著者は「初めて文学ではない本を書いた」と言っている。すなわち本書は、は韓国で影響力のある作家の一人である著者によるルポルタージュであり、残酷な「椅子取りゲーム」の犠牲者たちと痛みを共にした著者の「史実エッセー」である。

c0077412_09231507.jpgきっかけは2011年にツイッターで知ったある出来事だった。226日の朝、サンヨン自動車無給休職者の父親(44歳)が死んでいるのを17歳の息子と16歳の娘が見つけた。二人の母親は前の年の冬に飛び降り自殺していたため、二人は1年のうち相次いで両親を亡くして孤児になってしまったのだった。サンヨン自動車の整理解雇が始まって以来、母親は12番目、父親は13番目の死だった。そしてその後も自殺者は続き、サンヨン自動車から追い出された2646人のうち22人の労働者と家族が犠牲になったのだった。労働者の解雇は他の企業でもよくあることだが、サンヨン自動車の場合、被解雇者の自殺率の高さは尋常ではない。

13番目の死をきっかけにサンヨン自動車事件について調べ初めた著者は、あらためてことの異様さとおぞましさに気づかされる。国際的な基準に合う車を生産し、韓国の経済発展に貢献してきたサンヨン自動車という大企業にいったい何が起こったのか、サンヨン自動車の工場のある平澤で安定した生活を享受していた労働者たちがなぜストライキをしなければならなかったのか、そのストライキの参加者たちを国家権力がどのように無残に蹴散らしたか、会社側がどのように労働者たちを分断していったか、会社から追われた労働者たちがどのように孤立していったか、そして孤立していった労働者たちがどれほど精神的に追い詰められていったか。

21世紀の出来事とは思えない忌まわしいこの事件は、韓国内でもあまり報道されなかったのではないだろうか。だからこそ著者も詳しいことは知らないまま過ごしてきたのだろう。それに、小説家の自分が取り組むべき問題だろうかというためらいが最初はあった、と著者は正直に述べている。しかし、今や韓国を代表する作家の一人である著者だからこそ、この問題を取り上げて世に問うた意義は大きい。残酷な「椅子取りゲーム」の犠牲になった人々、実体のない幽霊のような者たちと戦い続けている人々に、慈しみのメッセージと共に連帯の意志を送る、と言う著者に大きな拍手を送りたい。(2017.3.4読了)


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# by nishinayuu | 2017-05-20 09:24 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

『八月の日曜日』(パトリック・モディアノ、訳=堀江敏幸、水声社)


Dimanches  daoût』(Patrick Modiano, 1986

物語はこんなふうに始まる。

c0077412_09215011.png「とうとう彼がこちらに目をやった。ニースのガンベッタ大通りに足を踏み入れた辺りだった。彼は革のジャケットやコートを売る露天の前の、お立ち台に立っていた。私はその売り口上に耳を傾けている人だかりの、最前列に滑り込んでいた。私を見ると、口調はあの露天商特有のなめらかさを失って、ずっと淡泊な話しぶりになった。(中略)現在の境遇が、本来の自分からするといかにも釣り合わないことを、私にわからせようとするみたいに。」 すっと物語世界に引き込まれる書き出しではないか。「私」は男の目に留まるようにわざと最前列に立ったのだ。

男はヴィルクールといい、7年ぶりの出会いだった。7年前「私」とシルヴィアは、ヴィルクールを避けるために行きずりの男女との出会いを利用した。とらえどころのないふわふわした感じの男女はニール夫妻となのり、外交官ナンバーの車に乗り、大きな屋敷に住んでいた。私たちはこのニール夫妻を「自分たちが張りめぐらした蜘蛛の巣にとらえた」つもりだったが……。

「私」とシルヴィアがなぜニースにやってきたのか、なぜ二人がヴィルクールを避けたのか、彼らは互いにどんな関係にあるのか、ニールがなぜ「私」とシルヴィアに近づいてきたのか、そもそもニールは何者なのか、などなどが時間軸をずらして明かされていく。すなわちこの作品は、徐々に謎が明かされていくミステリーとして読めるのだが、「私」は最後まで謎を突き止めることができないままで終わる。すべてを零からやりなおせると信じてシルヴィアと落ち合い、八月の日曜日に至福の時を過ごしたニースの街を、今「私」は亡霊となってひとり彷徨っているのだ。

この物語は私がよく見る悪夢に似ている。大切な人(あるいは人たち)を見失って、懸命に探し回る夢、いくら探しても見つけられずに、独り取り残された焦燥感と侘しさにさいなまれる夢に。

なお、訳者あとがきによると、この作品で重要な役割を果たしている巨大で不吉なダイアモンド「南十字星」はジュール・ヴェルヌの小説『南十字星』への目配せになっており、また作中に描かれたマルヌ河の不吉な空気はレイモン・ラディゲの『肉体の悪魔』に描かれた第一次大戦中のマルヌ河岸ときわどく接しているという。(2017.3.2読了)


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# by nishinayuu | 2017-05-16 09:22 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)

「能について」

「韓国語講座」で2017春休みに「日本文化について」という宿題が出たので、能について紹介する文を書いてみました。


[노] 일본의 전통 예능의 하나로 2008년에 [유네스코 무형문화재] 등재되었다.

[노악] 가면음악극인 [] 대사 중심의 희극인 [교겐] 합해서 하는 말인데, 이번에는 주제를 좁혀서 오로지 [] 다룬다.

[] 주로 초자연적이고 신령스러운 일을 주제로 일본식 오페라라고 있다. [] 상연하기 위해 필요한 것은 [노무대], [노배우(연기자)], [하야시카타(악기 연주자)], 그리고 [지우타이(합창대)]이다. [노무대] 네모난 바닥의 귀퉁이에 기둥을 세우고, 바닥 쪽에 연기자들이 출입하는 통로인 [하시가카리] 설치한 아주 간소한 구조이다. 특별한 무대 장치나 (커튼) 같은 것이 없다는 점에서 셰익스피어의 무대와 비슷하다. 연기자 모두가 남자인 것도 셰익스피어 시대의 연극과 마찬가지다. 현재 활동하고 있는 주요 []유파는 간제, 호쇼, 곤고, 곤팔, 기타 (観世、宝生、金剛、金春、喜多) 5유파인데, 외에도 야마가타현의 구로카와(黑川), 니이가타현의 사도(佐渡) 전국 각지에 고장에 뿌리를 내려 활동하고 있는 극단이 있다.c0077412_16024396.jpg

[] 즐기는 방법은 상연을 감상하는 이외에도 여러 가지 있다. 가장 인기가 있는 것은 아마 [] 악보를 공부하면서 합창을 배우는 [우타이()]. [] 스토리는 전설, 설화, 역사, 시가, 소설 여러 분야에서 수집한 이야기들로 구성되어 있다. 악보는 주로 무로마치시대의 말로 스토리가 행서체로 적혀 있고, 글자 옆에 합창용 부호가 적혀 있다. 스토리를 음미하면서 독특한 가락과 발성으로 악보를 읊어가는 것이 바로 [우타이].

(이와 관련하여 말하면, 돌아가신 우리 아버지가 남긴 수많은 []악보를 계승한 우리 언니는 지금 [우타이] 열심히 배우고 있다.)

[] 소재로 장소를 [요세키(謡蹟)]라고 하는데 그런 장소를 답사하는 것도 [] 즐기는 방법의 하나다. [요세키] 도쿄의 스미다강, 교토의 청수사, 구라마 도처에 있는데, 장소가 [] 관계가 있다는 사실을 모르면 그냥 지나가버릴 수도 있다. 그런 요세키를 [] 사랑하는 사람들은 [] 깊이 이해하기 위해 찾아간다. 사랑하는 만큼 보이며, 보이는 만큼 사랑하게 되는 법이다.

[ 우치(가면 만들기)] [] 즐기는 다른 방법이다. 프로의 연기자가 쓰는 가면은 프로의 가면조각사가 만드는데, 취미로 가면을 만드는 사람도 많다. (하늘로 우리 동생은 젊은 여자를 나타내는 아름다운 가면과 여자 귀신을 나타내는 괴기한 가면을 가지 남겼다.)


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# by nishinayuu | 2017-05-12 16:07 | 随想 | Trackback | Comments(0)

『鳥たちが聞いている』(バリー・ロペス、訳=池央耿・神保睦、角川書店)

c0077412_09495147.png

Field Notes』(Barry Lopez)サブタイトルにThe Grace Note of the CanyonWren(ミソサザイの装飾音)とある。

本書には深く豊かな自然、自然に身をゆだねれば聞こえてくる音、そこから生まれる様々な思索が綴られた12の短編が収録されている。


*鳥たちが聞いている――モハヴェ沙漠東部から海に向かった旅人。無謀な旅だったと絶望しかけたとき、水辺の鳥であるミソサザイの装飾音が耳に入る。

*ティールの川――マグダレナ山中のベネット川地方に1954年の4月に住みついた隠者のティールは19715月の穏やかな午後、静かに世を去った。

*エンパイラのタペストリー――自分だけの生き方を持っていたエンパイラは、自分で織ったタペストリーに身を包んで濁流に身を投じる

*空き地――博物館の研究員ジェーン・ウェデルは、空き地で見つけた石を家に持ち帰る。カンブリア紀の海に棲息した生物を取り出したいと思って。

*ある会話――アカケアシノスリをめぐる、政府の魚類野生動物部長と環境活動家エシーの攻防。

*ピアリーランド――悪天候のために足止めを食った空港で若き研究者が語ったところによると、グリーンランドの北端に動物たちの魂が肉体を求めに来る「死者の国」があるという。

*台所の黒人――ある朝、いきなり立ち現れた黒人とのひとときの交流とその余韻。

*ウィディーマの願い――研究者である語り手が、オーストラリアの狩猟民族ウィディーマと過ごした日々を振り返る。

*我が家へ――若くして名声を勝ち取った植物学者のコールター。気がつけば親しかった森からも家族からも遠い存在になっていた。

*ソノーラ……沙漠の響き――「『アル・ハリジャにおける三日月型砂丘の双曲線』と題した論文で、オアシスが直線上に点在するエジプト南部の沙漠について書いたウィクリフの文章は、化学者の発表としては不謹慎なほど官能的だった。」

*クズリの教え――クズリとは哺乳類肉食目イヌ亜目クマ下目イタチ上科イタチ科イタチ亜科クズリ属の小型のクマのような姿をした肉食動物で、英名は「ウルヴァリン(wolverine)」。山好きの整備士がルビー山脈に住むクズリによって自然との関わり方を教えられる。

*ランナー――ある女性がグランドキャニオン公園内でアナサジ時代の大きな壷を発見した、という新聞記事を見てその女性は姉のミラーラだと確信した語り手。「これは姉さん?」と書き込んでコピーを送ると、その質問に感嘆符を書き添えたものが返送されてくる(ヴィクトル・ユゴーと出版社のやりとりを真似たわけですね)。

2017.2.26読了)


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# by nishinayuu | 2017-05-08 09:50 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『停電の夜に』(ジュンパ・ラヒリ、訳=小川孝義、新潮クレストブックス)


c0077412_08370070.pngInterpreter of Maladies』(Jhumpa Lahiri, 1999

著者は1967年ロンドン生まれのベガル系インド人。3歳で家族とともにアメリカに移住しており、実質的にはアメリカ人である(見た目は無敵のベンガル美人)。主要な作品として次のものがある。

『その名にちなんで』(The Namesake, 2003)、『低地』(The Lowland, 2013)、『べつの言葉で』(In Altre Parole, 2015

9編の短編が収録された本作品集は著者のデビュー作であり、その年の数々の新人賞を独占しているだけでなく、2000年にはピュリッツァー賞も受賞している。

*停電の夜に――すれ違い始めていたショーバとシュクマール夫婦。彼らの住居のある一郭が工事のために停電したとき、ふたりはローソクを灯した夜のキッチンでそれぞれの秘密を打ち明けていく。

*ピルザダさんが食事に来たころ――パキスタンに内乱のあった1971年の秋、ダッカに家族を残してアメリカに来ていたビルザダさんがわたし(10歳)の家にやって来ては夕食をともにし、夜のニュースを見るようになった。国費留学生のビルザダさんの所にはテレビがなかったからだ。

*病気の通訳――金曜と土曜に観光客を車で案内しているカパーシーの本業は、病院にやってくるグジャラート語しか話せない患者のための通訳。語学力を生かしてもっと世界を広げたいと考えている彼に、アメリカ人観光客夫婦の奥さんのほうが特別の親しみを見せてくれて……。

他の6編のタイトルは以下の通り。

『本物の門番』『セクシー』『セン夫人の家』『神の恵みの家』『ビビ・ハルダーの治療』『三度目で最後の大陸』。

2017.2.25再読)


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# by nishinayuu | 2017-05-04 08:37 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『賢者の贈り物』(O・ヘンリー、訳=小川高義、新潮社)

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The Gift of Magi』(O. Henry

読書会「かんあおい」20174月の課題図書。

本書はO・ヘンリーの381の短編から数十編を選んで3冊にまとめた「O・ヘンリー傑作選」の第1集で、16の短編が収録されている。O・ヘンリー作品の舞台は主にニューヨークのハドソン川とイースト川に挟まれたマンハッタン、時代は20世紀初頭である。作品の特徴はどんでん返し(twist ending)と滑稽味で、本題に入る前の前置きがしつこい傾向があるのが難だが、人情味のある温かい作品が多い。特におもしろく読んだ作品は以下の通り。

*二十年後――西部で一旗揚げ、20年後の再会を約束した友人ジミー・ウェルズに会うためにニューヨークにやってきたシルキー・ボブ。お尋ね者のため人目を避けて暗がりに立つ彼に、一人の警官が近づいてきて話しかけ、また去って行く。

*水車のある教会――カンバーランド山地レイクランズ村にある宿屋に毎年秋に現れる上客のエイブラハムさん。昔レイクランズで粉屋をやっていたとき、4歳になったばかりの娘アグライアが行方不明になるという悲しい経験をしている彼は、アグライア銘の小麦を災害地に無料で供給している。また、昔の水車小屋を改装して教会にし、オルガニストや牧師の年俸も出している。一方、アトランタでデパートの店員をしているローズ・チェスターは幼い頃の記憶がなく……。

*緑のドア――ピアノ店の販売員のルドルフ・スタイナーは、ある建物の前で、アフリカ系の男から「緑のドア」とだけ書かれたチラシを渡される。他の通行人の受け取ったチラシには2階の歯科医の宣伝文句がある。スタイナーが2階を通過して3階に行き、緑色のドアをノックすると、極貧の部屋に二十歳前と思われる蒼白の顔の娘が横たわっていた。3日も食べていないという娘のために食料を調達してきて食べさせた彼が帰りがけに4階に行ってみると、すべてのドアが緑色だった。建物から出てチラシ配りの男を問い詰めると、「緑のドア」は街路の先でやっている芝居の演目で、歯科医のチラシを配るついでに時折混ぜて配っていたという。

「二十年後」と「水車のある教会」にはドラマチックな物語性があり、「緑のドア」には一幅の絵画のような趣がある。

2017.2.18読了)


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# by nishinayuu | 2017-04-30 14:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

『冬の灯台が語るとき』(ヨハン・テオリン、訳=三角和代、早川ポケットミステリー)


Nattfåk』(Johan Theorin, 2008

c0077412_22055993.png原題の意味は「夜のブリザード」。

作者は1963年スウェーデンのイェーテボリで生まれたジャーナリスト・作家。本書はデビュー作『黄昏に眠る秋』で始まるシリーズの第2弾で、舞台はバルト海に浮かぶエーランド島という細長い小島。エーランド橋によって本土のカルマルと繋がっているが、昼はバルト海の絶景、夜は灯台の光が隣人、という辺鄙な所である。

物語は現在と過去、真実と虚構が複雑に絡みあって展開していく。現在の物語はヨアキムを主人公とする1990年代のある年の冬の出来事からなり、過去の物語はミルヤ・ランベがノートに記した「1846年、冬」に始まり「1962年、冬」で終わる語り文からなっている。ヨアキムの物語の合間に挿入されるミルヤ・ランベの語りはすべて「〇〇年、冬」となっており、ヨアキムが直面する現実の寒さに過去の人たちを襲った寒さと冷たさも加わって「冷却効果」満点。とにかく寒くて冷たい物語なのだが、そこがこの作品の真髄でもあるので、真冬のいちばん寒い時期に読むのがお勧めである。(読んでいる間、真底から冷えました。)

北緯55度よりさらに北に位置するエーランド島の情景描写が素晴らしく、ブリザードに襲われた一夜の描写も圧巻である。また、物語には過去にこの島で起こった事故死のエピソードもいくつか挿入されている。たとえば

灯台が火事になって灯台守助手が死んだとき、別の男の妻が死体に取りすがって泣いた話(1884年)、灯台守の兄妹がウナギを捕まえているうちに氷が割れ、兄だけが氷の上に取り残されて帰らぬ人となった話(1900年)など。いずれも独立した小説になりそうなエピソードである。

もちろん本作はミステリーなので、現代の殺人やら行方不明やらもふんだんに出てくるが、謎解きは主眼ではない。最後にはいろいろ明らかになるけれども、それまでは死んだ人たちが「気配」として物語の中を漂い続ける。ヨアキム一家の住むウナギ屋敷も、南北二つの灯台も、様々な登場人物たちも、それぞれの謎を秘めて存在している。中でも際だった存在感を示すのがミルヤ・ランベで、この人物の過去もすごいが、現在の暮らしかたも振るっている。その他の登場人物は以下の通り。

*ヨアキム・ヴェスティン:ウナギ岬の屋敷に住む家族の父親。工芸の教師。

*カトリン:ヨアキムの大切な妻。

*ミルヤ・ランベ:カトリンの母。画家・歌手。1950年代にウナギ屋敷に住んだことがある。ホッケー選手の青年ウルフと同棲。

*トルン:ミルヤの母で画家。晩年にブリザードで視力を失う。

*エテル:ヨアキムの姉。ヘロイン依存症。1年前に溺死。

*リヴィア:ヨアキム夫婦の娘。6歳。毎晩夜中に「ママー」と叫ぶ。

*ガブリエル:ヨアキム夫婦の息子。2歳半。ママを忘れたのかあまり恋しがらない。

*ティルダ・ダーヴィドソン:新人警察官。27歳。

*ヘンリク、セレリウス兄弟:三人で組んで泥棒を働いている若者たち。

*ラグナル:ティルダの祖父。電化された灯台の夜警。実は泥棒だった。ブリザードで凍死。

*イェルロフ:ラグナルの弟。1915年生まれ。マルネスの高齢者住宅に住む「探偵」。

2017.2.21読了)



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# by nishinayuu | 2017-04-26 22:12 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)

映画鑑賞ノート26 (2017.3.31作成)

c0077412_10124250.jpg2017年1月~3月に見た映画とドラマの記録
1(~2)行目:鑑賞した月/日 タイトル(原題)制作年・制作国 監督
(2or3)行目以下:キャスト、一言メモ
☆画像は刑事ジョーに出てくるヴォージュ広場。

1/2 宿命の大統領(Survivor)米の連続ドラマ
   キーファー・サザーランド、マギー・Q、カル・ペン
   これからどうなるかというところで途切れてしまった(!?)
1/15 サイダーハウス・ルール(The Cider House Rules)1999米
   ラッセル・ハルストレム
   トビー・マグワイア、シャーリーズ・セロン、マイケル・ケイン
   孤児院生まれのホーマーの成長物語。医師業のルールもサイダー
   ハウスと同様に当事者が決めるべき、というメッセージ。
1/19 パーマネント野ばら 2010日本 吉田大八
   菅野美穂、江口洋介、小池栄子、池脇千鶴、夏木マリ
   愛し愛されていると思い込むことで寂しさを押さえ込んでいる
   ヒロインをトンデモ女たちが支えている。感動的秀作。
1/20 The Greatest 2009米 シャナ・フェステ
   ピアーズ・ブロスナン、S・サランドン、キャリー・マリガン
   息子を事故で失って崩壊しかけた家族が、息子の恋人を受け入れ
   て再生していく。
1/22 刑事ジョー(Jo)2013 仏・英の連続ドラマ
   ジャン・レノ、ジル・ヘネシー、トム・オースティン
   各回の事件現場はヴォージュ広場、ロダン美術館などの名所。
1/25 オデッサ・ファイル(The Odessa File)1974英独 
   ロナルド・ニーム
   ジョン・ボイド、マクシミリアン・シェル
   フォーサイス原作。主人公が元ナチの将校を追い詰めていくのは
   ユダヤ人の怨念を晴らすためだと思っていたのに……。
1/27 オチョ・アペリードス・カタラネス(Ocho apellidos)2015
   マルティネス・ラサロ
   ダニ・ロビラ、クララ・ラゴ、カラ・エレハルデ
   タイトルは「カタルニア語の八つの姓」の意。互いにいがみあっ
   ている地方の男女による結婚をめぐるドタバタ喜劇。
2/15 失踪(The Vanishing)1993米 ジョルジュ・シュルイツァー
   ジェフ・ブリッジス、K・サザーランド、N・トラヴィス
   「妄想は究極の凶器」を副題とするサイコサスペンス。
2/25 パリ3区の遺産相続人 2014 BBC・仏・米 
   イスラエル・ホロビッツ
   ケヴィン・クライン、マギースミス、クリスティン・トーマス
   味わいのある作品。キャストに犬のフェルナンドの名も。
2/26 Extremely Loud and Incredibly Close 2012米 S・ダルドリー
   トム・ハンクス、サンドラ・ブロック、M・F・シドー
   「ものすごく辛くてあり得ないほど優しい」作品。少年の家族も少
   年が訪ね歩いた人々も現実にはあり得ないほど温かく優しい。
2/27 悲しみを乗り越えて(Lift Me Up)2015米 マーク・カルティエ
   トッド・カフーン、S・フランゲンバーグ、シェーン・ハーパー
   母を亡くした女子高生と、妻を亡くした義理の父が本物の親子に
   なるまで。
3/1 天国の日々 1978米 テレンス・マリック
   リチャード・ギア、ブルック・アダムス、サム・シェパード
   貧しい季節労働者と恋人が青年農場主にしかけた偽りの愛の
   顛末。大自然の描写がとにかく美しい。
3/7 オリエント急行殺人事件 1974英 シドニー・ルメット
   アルバート・フィニー、ローレン・バコール、バーグマン
   パーキンスなどのスターが勢揃いする豪華な娯楽作品。
3/11 向かい風(Des Vents Contraires)2011仏 ジャリル・レスペール
   オドレイ・トトゥ、ブノワ・マジメル、イザベル・カレ
   誰かになにかを言うときはそれが最後の言葉になるかも知れな
   いので、感情をコントロールして慎重に言わないと。
3/12 ミッション・インポッシブル④ 2011米 ブラッド・バード
   トム・クルーズ、ポーラ・パットン、サイモン・ペグ
   あり得ないシーンの連続で笑ってしまうが、ブルジュ・ハリファ
   の外壁を登るシーンはスタントなしだったと知ってちょっと感動。
3/14 テレマークの要塞(The Heroes of Telemark)1965英米
   アンソニー・マン
   カーク・ダグラス、リチャード・ハリス、ウーラ・ヤコブソン
   ナチスによる原爆制作を阻止したノルウェーのレジスタンスを
   史実に基づいて描いた作品。ハリスは昔はこんな顔だったのね。
3/16 ボディ・スナッチャー(Invasion of the Body Snatchers)1956
   米 ドン・シーゲル
   ケビン・マッカーシー、ダナ・ウインター、サム・ペキンパー
   侵略FSの古典(原作J・フィニー)で見応えがある。このあと
   何度もリメイクされているだけのことはある。
3/19 8月の家族たち(Last Mile Home)2013米 ジョン・ウェルズ
   メリル・ストリープ、ジュリア・ロバーツ、アビゲイル
   「家族は遺伝子で繋がるだけの無作為に選ばれた細胞」に納得。
3/23 二人のトマ旅に出る(Le Voyage au Groenland)S・ベベデル
   トマ・ブランジャール、トマ・シメカ、フランソワ・シャト
   フランス人のふたりがイヌイットの村を訪ねる。人々は伝統の
   狩猟文化を守りながらインターネットも使いこなしていた。
3/23 Best Friend’s Wedding 1997米 P・J・ホーガン
   ジュリア・ロバーツ、D・マローニー、キャメロン・ディアス
   ストーリーはばかばかしいが、女優陣が若くて美しいので許せる。
3/28 マラソンマン(Marathon Man)1976米 J・シュレジンジャー
   ダスティン・ホフマン、ローレンス・オリヴィエ
   スポコン映画ではない。オリヴィエは若い頃より柔らかくなった
   感じがするが、眼にすごみがある。
3/28 グレース&フランキー(Grace & Frankie)③米のテレビドラマ
   ジェーン・フォンダ、リリー・トムリン、マーティン・シーン
   内容はイマイチだが、インテリアやファッションは魅力的。
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# by nishinayuu | 2017-04-22 10:14 | 映画・ドラマ | Trackback | Comments(1)