2017年 07月 07日 ( 1 )

『いないも同然だった男』(パトリス・ルコント、訳=桑原隆行、春風社)

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Le garçonqui nexistait pas』(Patrice Leconte

本作は『髪結いの亭主』などで知られるフランスの映画監督ルコントによる4作目の小説である。「本は本、映画は映画だ」と言う作者は「日本語版に寄せて」という文で次のように読者に語りかけている。

読者の皆さんが手にされているのは私の最新の小説です。常識はずれで、突拍子もない恋愛物語、決して映画にはなり得なかったような物語。好都合です。小説なのですから。どうかお楽しみください。

主人公は「三十歳そこそこの銀行員」のジェラルド。人からは場合によって40歳に見られたり25歳に見られたりする年齢不詳の男で、自分でも誕生日がいつなのか忘れてしまっている。でもそれはたいした問題ではない。誰ひとり彼の誕生日を祝おうなんて人はいないのだから。なぜなら彼は家族の中でもいつもその存在を忘れられていて、いないも同然だったからだ。家族はアルゼンチンに移住するに当たって、彼を私立中学校に送り込み、彼を除いた自分たちだけの人生を再編成するために飛び立っていった。(なんと哀れなジェラルド!ルナールの「にんじん」のように露骨にいじめられるわけではないが、家族の中でいないも同然の扱いを受けるとは。)

救いはジェラルドがそんな自分を哀れだとは思っていないことだ。いないも同然なのを利用して、子どもの頃は「まんびき」をして欲しいものを手に入れることもしたし、銀行員になってからは勤務時間中に抜け出して私立探偵事務所の職員として尾行やしのび込みをやったこともある。長年勤めている銀行なのに、顧客はもちろん銀行員たちも彼がいてもいなくても気がつかないのだ。

私立探偵として働いた数ヶ月、ジェラルドは自分が役に立ち、有能で、たぐいまれで欠かせない存在だと感じることができた。つまり彼は初めて、存在している、と感じたのだった。

自分が優秀な尾行者であることに気づいたジェラルドは、銀行でただひとり自分の存在を認めてくれているように思われるヴィクトワール(上司の若い女性)の後をつけた。アラゴ大通り支店から地下鉄の駅へ、そして地下鉄で最寄り駅に着くと地上へと続く階段を4段ずつ一気に駆け上がるヴィクトワール。ドアの解錠コードを押そうとしたところで振り返り「あら、まあ、ジェラルド、すごい偶然ね…こんなところでなにしているの?」と快活な口調で言うヴィクトワール。透明人間のはずが見つかってしまったジェラルドがまともな返事もできずにもごもご言って彼女を笑わせたあと、彼女はドアのビーッという音とともに姿を消す。尾行には失敗したがジェラルドは、彼女にとって自分は透明ではない、つまり彼女は自分を影の薄い人間とは見なしていない、と確信する。そこから、彼女を虜にすることも可能なのだ、という考えに飛躍したジェラルドは、彼女をあっと言わせて自分に惹きつけるために「英仏海峡を泳いで」渡ろうと思い立つ。さて、その首尾やいかに。

気楽に読めて、めちゃくちゃ愉快な小説でした。(2017.4.8読了)


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by nishinayuu | 2017-07-07 09:02 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)