『予告された殺人の記録』(ガルシア・マルケス著、野谷文昭訳、新潮社)
2008年 09月 25日
その日サンティアゴ・ナサールが殺されることは町中が知っていた。だれが、どんな理由で殺そうとしているのかもみんな知っていた。彼のためになんとかしようとした者もいたが、だれも決定的な行動はとらなかった。みんな、ちょっとしたことで注意がそれてしまうのである。殺人者はだれかが止めてくれるのを期待しているようでもあった。けれどもだれも止めようとしなかった。人びとはことが起こるのを知っていて、ただそれを待っていたのである。
サンティアゴ・ナサールと、彼のことを本気で心配してくれる友人だけが、そのことを知らないでいた。だから、彼らがそのことを知ったときはもう手遅れだったのだ。
何年もあとに彼の友人が当時のことを人びとに聞いて回ってみると、人びとの記憶は実にあいまいだった。記憶があいまいになっていただけでなく、人びとの暮らしも長年の間に変わっていた。サンティアゴ・ナサールが殺される原因を作った女性も、殺人者たちも、心機一転、新しい人生を歩んでいるのだった。
映像は鮮やかでくっきりしているけれどもつかみ所のない人びとが群れている、身近にはなさそうで、実は身近にありそうな気もしてくる、不思議な余韻の残る作品である。(2008.7.6記)