『小さな本の数奇な運命』(アンドレーア・ケルバーケル著、望月紀子訳、晶文社)

c0077412_14575432.jpg「愛書・探書・蔵書シリーズ」と銘うたれたシリーズ中の一冊。著者は1960年ミラノ生まれ、ミラノ在住の古書コレクターだという。
著者が一万冊目の蔵書を手に入れたとき、一冊の本が発言を求めて自分の来し方を語った、という設定。60年前に新刊書店に並んだ「ぼく」を買ったのは、17歳の若者で、熱心に読んでくれた。最初の持ち主であるこの若者が、ギリシャ戦争に召集され、帰還して結婚し、子供をもうけ、やがて病で世を去るまでの39年間を「ぼく」は彼のもとで過ごした。その後は持ち主が転転と変わり、最後にたどり着いた大都市の古書店で、夏前に売れなければ廃棄処分、というところまで追い詰められた。物語は、この古書店で買い手を待つ「ぼく」が、店内の客の動きを目で追い、声にならない声で必死に客に語りかけるところから始まっている。それから「ぼく」はかつての持ち主の書棚や古書店の棚で隣り合わせた本たちのこと、60年の間に見てきた世の中のことを語り始める。(2007.2.20記)

☆様々の本や作者について「ぼく」が寸評めいたことばを発していて、ちょっとした読書案内になっています。読者としては肝心の「ぼく」の正体が気になるところですが、これについては「訳者あとがき」をどうそ。ちなみにイタリア語で本は男性名詞だそうです。それで「ぼく」なのでしょうが、「僕」や「私」ではなく「ぼく」となっているところをみると、あまり堅い本ではなさそうですね。装幀とタイトルに惹かれてふと手に取った本ですが、大当たりでした。
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by nishinayuu | 2007-03-11 10:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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