『ウクライナ日記』(アンドレイ・クルコフ、訳=吉岡ゆき、集英社)
2018年 04月 26日
『ДневникМайдана』(Андрей Курков、 2014)
副題に「国民的作家が綴った祖国激動の155日」とあり、2013年11月21日(木曜日)から2014年4月24日(木曜日)までの日記によって構成されている。初日は「今日の午前零時半にセヴァストーポリに隕石が落ちた」という記述に続いて、ヤヌコヴィチ政権の首相アザーロフがEUとの連合協定調印の準備作業を停止すると声明したことへの衝撃が綴られている。そして最後の日付には、著者の長編小説『大統領の最後の恋』のロシアへの搬入が禁止されたと出版関係者から連絡があったが、「国内は相対的に落ち着いている、つまりロシア軍はウクライナとの国境を越えていない」という記述がある。続いて前日は客人達を迎えて著者の誕生祝いを行ったこと、この日にキエフで開かれる会議にロシアから作家、批評家をはじめとする知識人達が何十人もやって来たこと、息子達の通う学校の保護者会に出席したことなどが綴られ、最後は「5月25日に予定されている大統領選挙は行われるのだろうか?行われる、そう信じたい。だが確たる自信はない」という言葉で終わっている。(大統領選挙は行われ、チョコレート王として知られる大富豪で親欧派のペトロ・ポロシェンコが当選している。)
著者はウクライナのキエフに住む作家で、1996年に発表した『ペンギンの憂鬱』が国際的ベストセラーになり、2014年にはフランスのレジオンドヌール勲章を受章している。国民的作家であると同時に、著作が25カ国語に翻訳されている国際的な作家でもある。民族的にはロシア民族なので、ウクライナ語話者でもあり、ロシア語話者でもある。キエフの属する西ウクライナの市民の多くがそうであるように親欧派で、その立場と考えを本書で明確に語っている。
本書にはウクライナ争乱の日々の出来事が事細かに記録されているので、遙か遠くの国・ウクライナが現実感をもって迫ってくる。ただし、記述があまりに詳細なので、予備知識がないと消化しきれない。私の予備知識は、2004年の大統領選挙戦でユシチェンコ(ものすごくハンサムだった)が政敵に毒を盛られて顔がぼろぼろに崩れてしまったこと、同じ時期の政治家ティモシェンコ(この人もすごい美人)が贈賄と殺人の罪で起訴され、刑務所病院に監禁されていることくらいだったから、それから後の時期を扱っている本書の内容は実はほとんど消化できなかった。それでも何とか理解できたいくつかの言葉・事項を今後のために書き留めておくことにする。
*ユーロマイダン――EU派市民による親ロシア派大統領ヤヌコヴィチへの抗議デモ。「マイダン」は「広場」という意味だが、広場に集まった人々が繰り広げる市民運動もマイダンと呼ばれる。マイダンはもともと地域の代表的な広場を指し、キエフではマイダンと言えば「独立広場」のこと。この広場を中心にEU派市民による抗議デモが広がっていった。
*ウクライナ内戦――東ウクライナのクリミア・ドネツィク・ルガンスクの各州で激化した「反ウクライナの政府組織+親ロシアの分離派武装勢力+ロシア軍」対「ウクライナ政府軍」の軍事衝突を、「ロシア軍は関与していない」という立場をとるロシアはこう呼んでいる。
*東ウクライナと西ウクライナ――ウクライナはドニエプル川を挟んで東部と西部に分かれている。どちらの市民も大多数は民族的にはロシア人だが、東には親ロシア派が多く、西には親ヨーロッパ(親EU)派が多い。東はウクライナを離れてロシアへ帰属することに抵抗がないが、西は東も含めた一つのウクライナを堅持したい。というのも、資源の豊富な東が分離してしまうと、チェルノブイリという負の資産を抱えた西ウクライナだけでは国として立ちゆかなくなるからだ。EUとしてもウクライナ全体なら歓迎だが、西だけというのは困るのだ。
ウクライナは依然として不穏な情勢が続いている。本書から垣間見える著者一家のちょっと優雅な暮らしが末永く続くことを祈りたい。(2018.2.28読了)
この本も、『ペンギンの憂鬱』もぜひ読んでみてください。