『ギリシア人男性、ギリシア人女性を求む』(フリードリヒ・デュレンマット、白水Uブックス)
2017年 11月 16日
『Griechesucht Griechin』(Friedrich Dürrenmatt、1955)
主人公の名前はアルノルフ・アルヒロコス。彼の生きている世界は堅牢で、時間どおりで、道徳的で、上下関係がはっきりしていた。彼の世界秩序のいちばん上、この道徳的世界構造の頂点には大統領が君臨していた。その彼がシェ・オーギュストに初めて現れたのは9ヶ月前の5月のことだった。そのとき彼は「最後から二番目のキリスト者の旧新長老会派」の司教の肖像を小脇に抱えていて、カウンターの上に書けてある大統領の肖像の隣に掛けて欲しい、と言った。3週間後、アルヒロコスはプティ・ペイザン機械工場社長のサイン入り肖像を持ってきて、カウンターの上の3番目の位置に掛けて欲しい、言った。シェ・オーギュストのカウンターの向こうに立っているジョルジェット(オーギュスト・ビーラーの妻)はこれには反対した。プティ・ペイザンはマシンガンを製造しているからと。アルヒロコスが次に持ってきた画家パサップの複製画もジョルジェットに拒否されると、アルヒロコスは気を悪くして、三日間姿を現さなかった。それからまた彼は店にやってくるようになり、マダム・ビーラーはそうこうするうちにムッシュ・アルノルフのあれこれを知るようになった。
すなわち、肉付きがよくて大柄だが青白い顔で内気な、小さな縁なし眼鏡を掛けたアルノルフ・アルヒロコスは、45歳の独り者で、シェ・オーギュストではミルクとミネラルウォーターしか飲まず、ベジタリアンで、女を知らない。プティ・ペイザン機械工場の経理係としてそれなりの収入はあったが、彼の世界秩序の8番目に位置する弟ビビ・アルヒロコス一家のせいで、トイレに囲まれた暗い穴蔵のような屋根裏部屋に住んでいる。そんな状況から彼を救い出すには結婚させるしかないと考えたマダム・ビーラーは、『ル・ソワール』紙に結婚広告を出すようアルヒロコスを説得する。そして彼が文面を考えた広告「ギリシア人男性、ギリシア人女性を求む!」が紙面に掲載されると、翌々日には返事が来た。差出人はクロエ・サロキニ。かくして1月のとある日曜日にシェ・オーギュストで待ち合わせることになり、目印の赤いバラを身に付けて落ち着かない気分で待っていたアルヒロコスの前に現れたのは、とんでもなく魅力的で、あり得ないほど美しくて気品に満ちた女性だった!
アルヒロコスの前に目の眩むような世界が開けていき、やがてどんでん返しに次ぐどんでん返しが展開していく。そしてなんとこの小説には二種類の結末――デュレンマットが本来書きたかった結末「終わりⅠ」と娯楽小説として読み進めてきた読者向けの結末「終わりⅡ」(作品の中では「貸本屋のための結末」となっている)が用意されているのだ(?!)。これについては「訳者あとがき」に専門的な解説が記されていて、たいへんお勉強になりました。(2017.9.25読了)