『陽気なお葬式』(リュドミラ・ウリツカヤ、訳=奈倉有里、新潮クレストブックス)

c0077412_10121358.jpgBecёлыепохороны』(Людмила Улицкая1997

舞台はマンハッタンのチェルシー地区にあるアトリエ。1991年の猛暑の夏、亡命ロシア人で画家のアーリクは重病の床にあり、今や彼の素質のすべてが意味をなくしていこうとしていた。優れた記憶力も、絶対音感も、芸術家としての才能も。チロル民謡を歌うひょうきんな声も、超一流のビリヤードの腕前も、なにもかもを引き連れて、彼はいなくなろうとしていた。

アトリエには5人の女たち――エキセントリックな妻のニーナ、軽業師から弁護士に転身した元恋人のイリーナ、その娘で15歳のマイカ、ロシア語教師をしている現役の愛人ワレンチーナ、ロシア語を勉強中のイタリア人ジョイカ――が集まっていて、友人たち――医者だがアメリカでは無資格のフィーマ、民間療法師のマリアおばさん、新参亡命者のファイーナ、フィーマの友人で医者のベルマン、フィーマの幼なじみのリービンなどが次々に訪れる。彼らはみんな、なんらかの事情でロシアを出てきた人々だった。

「彼らはアーリクとともに歩んだ、喜びと悲しみに満ち、決して平坦ではなかった人生の道のりを追想する。ウオッカを飲み、テレビで報道される祖国のクーデターの様子を見ながら。そして、みなに渡されたアーリクの最期の贈り物が、生きることに疲れたみなの虚無感を埋めていく……。不思議な祝祭感と幸福感に包まれる中編小説。」(見返しの紹介文より抜粋。)

以下は目にとまった言葉や事柄の覚え書き。

*アントーノフ種のりんご――「ワレンチーナが1981年にアメリカに来たとき、チェックの布張り鞄には、持ち込んではいけないはずのアントーノフ種のりんごが三つ、詰め込まれていた。」

*マンハッタンのチェルシー地区――「アーリクが大好きなオー・ヘンリーが描いた街。かつては工場労働者が多い雑多な印象の所だったが、ここ数年でめざましく変わってファッショナブルな街へと変貌を遂げた。」

*ルビャンカ広場のジェルジンスキー像――秘密警察の父でレーニンの側近であるこの人物の銅像は、ソ連崩壊の折に撤去された。あるブログ(2013)に、プーチン政権下で銅像を復活させる動きがある、という記事があったが……

*ヤエザキオオハンゴンソウ――八重咲き大反魂草。ルドベキア(Rudbeckia)の仲間。訳者による注に「黄色い大きな花をつける菊科の改良種。第二次大戦後、ソヴィエトで好んで植えられた」とある。

*絵に描いたようなユダヤ人の一団が墓地に押しかけたときのワレンチーナの反応――「この人たちはひょっとしてブライトンビーチあたりの小劇場の役者なんじゃないの、アーリクに聞いてみなきゃ……と考えた瞬間に、たくさん、ほんとうにたくさん訊きたいことがあるのに、もはや訊く相手がいないのだ、と思い知る。」このくだりを読んだとき、ある人から聞いたを思い出した。高校生のとき、同級の女の子が母親を亡くした。彼女の許に駆けつけて慰めの言葉を掛けたりしているうちに、翌日のお葬式になにを着ればいいかという話になった。学校の制服でいいかな、それとも、と迷っていた彼女が「そうだ、お母さんに訊いてみよう」と言った。そのとたんにはっと顔を見合わせたふたりは、改めて涙にくれてしまったという。

この作品は今まで読んだウリツカヤ作品の中でいちばん好きかも知れない。(2017.7.28読了)


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by nishinayuu | 2017-10-11 10:13 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2017-10-14 12:43 x
見かけたことのある花ですが、ロシアで人気があるなんて楽しいですね。
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