『ふたつの海のあいだで』(カルミネ・アバーテ、訳=関口英子、新潮クレストブックス)
2017年 10月 03日
『Tra DueMari』(Carmine Abate, 2002)
著者は1991年に長編デビューし、3冊目の長編である本作によってイタリアをはじめフランス、ドイツで高く評価されて現代イタリアを代表する作家の仲間入りをした。2012年発表の『風の丘』も同じ訳者によってクレストブックスの一冊として紹介されている。
物語の主要舞台はイタリア南端カラブリア州の架空の村ロッカルバ。村は西のティレニア海と東のイオニア海にはさまれた狭い陸地の丘の上に位置しており、夏の間はふたつの海から凄まじい熱風が吹き付ける。
物語はドイツのハンブルクに住むフロリアン少年と両親が夏休みを過ごすために車でロッカルバに向かうところから始まる。フロリアンは自分たちを待つ暑さや馴染みの薄い祖父のことを思ってうんざりしており、2581㎞の道を運転する父のクラウスは息づかいも荒く、苦しげだったが、母のロザンナは幸せいっぱいだった。両親や妹のエルサ、姪のテレーザ、幼なじみ、路地、子豚のいる家畜小屋、オリーヴの木にとまる蝉、教会の裏の崖、バルコニーを彩る斑入りのカーネーション、広大な空を舞う燕に久しぶりに会えるからだ。そしてようやく村に到着すると、母と祖父のジョルジョ・ベッルーシは連れだって平原の真ん中にある「いちじくの館」の跡に行き、うだるような暑さの下で一年分の話をするのだった。
「いちじくの館」は、かつてはカラブリアでいちばん繁盛していた宿だった。1835年10月にはアレクサンドル・デュマも立ち寄り、デュマが文章を書く横で連れの画家ジャダンが主一家をスケッチした。その画面に描かれている当時15歳でのちに「炎のベッルーシ」と呼ばれた息子が「いちじくの館」の最後の主となった。1865年7月のある日、盗賊が逃げ込んだ館に北から来た国家警備隊が火を放って全焼させてしまったのだ。奇跡的に火を免れたデュマの手稿とジャダンのスケッチは「家宝」として代々受け継がれ、「いちじくの館」再建の意思を象徴するものとなった。
フロリアン少年の前から突然消えて長い間不在だった祖父のジョルジョ・ベッルーシが、消えたときと同じように突然またフロリアンの前に現れる。「炎のベッルーシ」の孫であるジョルジョは、一族の当主として、また「家宝」を引き継ぐものとして、あらゆる妨害、挫折をものともせず「いちじくの館」の再建に奮闘しはじめる。そんな祖父をフロリアンは少しずつ理解し始める。祖父の不在のあいだにフロリアンも子ども時代を脱していたのだった。
登場する男たちはみな、妻となる女性を求めて遠くまで旅をした情熱家であり(情熱とは無縁に見えるクラウスも!)、そうして妻となった女性たちは魅力的な美人ばかり(まん丸に肥った祖母も!)。丘には花が咲き乱れて空には燕が舞い飛ぶ暑熱のカラブリアの物語に、時たま寒冷なハンブルクの場面が差し挟まれる。燃えるような夏の日に冷房の効いた部屋で読むのにふさわしい一冊である。
(2017.7.18読了)