『能よ 古典よ!』(林望、檜書店、2009)
2017年 09月 21日
本書は作家・書誌学者で『イギリスはおいしい』などで知られる著者による能楽論と新作能を一書にまとめたものである。
第1章「古典文学と能」では『志賀』という曲を取り上げて、能とは、古典文学を縦横自在に取り込むことによってごく少ない字数で千万言にも当たる内容を表現する「恐るべき芸能」である、と説く。
第2章には著者による創作能『黄金桜』と『仲麻呂』が収められている。前者は小金井薪能の創立30周年記念の委嘱作品で自然との共生をテーマにした作品であり、後者は阿倍仲麻呂と唐の大詩人王維との厚い友情と別離という史実をもとに、若い人たちが将来への希望を持てるように作劇したものだという。いずれも著者の古典文学の造詣と能への愛が結集した魅力的な作品となっている。
第3章では25の曲を取り上げて、それぞれの曲の成り立ち、盛り込まれている古典文学作品、聞き逃したり見落としたりしてはいけない部分、などなどが細かく説かれている。読んでいるうちに実際に舞台を見ているような気もしてくる臨場感のある解説書となっている。その中で特に印象に残ったのは『藤戸』の項。この曲は源平の戦の折にあった次のような話に基づいている。
源氏方の侍大将佐々木盛綱が敵陣のある児島へ渡る浅瀬を浦の男に案内させたあと、男の喉をかききって殺した。敵陣に先駆けする功を自分のものにするためだった。そして戦に勝った後に盛綱は児島を領地に賜る。
さて、能の『藤戸』では冒頭、「波静かなる島廻り、松吹く風も長閑にて、げに春めける朝ぼらけ」に盛綱が領地にお国入りする。と、そこへ老女(浦の男の母親)が登場し、曲が進むと浦の男の亡霊も登場して、という展開になる。
平家物語巻十、元暦元年九月二十五日の夜のこととして出てくる話をもとにしており、『吾妻鏡』には盛綱が藤戸の海路を渡ったのは元禄元年12月7日とあって、とにかく晩秋か晩冬の出来事である。これについて著者は言う。「明から暗へ、朝から夜へ、とすべてベクトルはマイナス方向を指しているのがこの曲である。されば、冒頭は秋であってはならないことも、これによって領得せられるであろう。このドラマツルギーのためには、季節を反転させることなど、本説に逆らうことにはならない、卓抜なる作者(確証はないが世阿弥であろうか)は、そのように思って季節を三月に設定したに違いないのである。」
というわけで、手元に置いて何度も読み返したくなる本だが、知人から借りたものなので、そろそろお返ししないと……。(2017.6.15読了)