『オリエント急行戦線異状なし』(マグナス・ミルズ、訳=風間賢二、DHC)


All Quiet on the Orient Express』(MagnusMills, 2003

c0077412_10491454.png著者は1954年イギリスに生まれ、イギリスやオーストラリアで様々な臨時雇いを転々とした後、ロンドンでバスの運転手となる。1998年に『フェンス』で文壇デビューし、デビュー後もバスの運転手を続け、後に郵便配達人に転職。現在は執筆に専念しているという(表紙裏にある紹介文より)。本書は上記のような異色の経歴を持つ著者による2作目の長編である。

舞台は避暑地として知られるある村。文中にミルフォードという名が出てくるのでダービシャー州だろうか。あるいは湖の美しい村ということなので湖水地方だろうか。ただし場所の特定はどうでもよく、重要なのは外部の人間にとっては不可解な法則が働いている村だということである。そんな法則に気づかなかったひとりの青年が、村の人々にじわじわと絡め取られていく様子が綴られていく。

ある夏、この村にひとりの青年がやって来る。2週間ほど滞在して、そのあとはトルコを経てさらに東の方へと旅をする予定だった。観光客が去ったあとの村にひとりで残っていた青年は、テントを張っていた土地の所有者トミー・パーカーから声をかけられる。それまでは自分に気づいている様子はなかったのに、と青年はちょっとびっくりするが、どうやら相手はずっと青年を観察していたようなのだ。パーカーだけではなかった。青年がベークドビーンズなどを買う食糧雑貨店の主ホッジも、バーのバーテンたちも、バーに集まる男たちもみんな、なぜか青年の動向に興味津々のようなのだ。

やがてパーカー氏は青年にゲートのペンキ塗りをしないか、と持ちかけてくる。青年は暇つぶしになるからと軽い気持ちで引き受ける。賃金のかわりにキャンプ地の使用量をなしにしてもらうという条件で。それがきっかけで青年はパーカー氏から次々に「雑用」を頼まれ、次々にそれをこなしていく。「宿題」を手伝って、という口実で近づいてきたパーカー氏の16歳の娘は、そのうち宿題を丸投げして寄こすようになる。宿題の作文が賞を取ったりするので、青年も悪い気はしない。バーでもダーツのチームに勧誘されたりして、季節が冬に移る頃には青年はすっかり村人に受け入れられた気分になっていた。

しかし、何となく不可解なことも多かった。パーカー氏は際限なく雑用を回してくるのに賃金の話はしない。パーカー氏がストックしているペンキはほとんどが緑色。バーの常連のブライアンはいつも紙製の王冠をかぶっている、などなどだ。それに、村人たちはなぜか青年を「次の牛乳配達人」と呼んだりする。ディーキンというれっきとした牛乳配達人がいるのに、である。しかしこの人のいい青年もついにある日、村の「悪意」にはっと目が覚めるのである。

これは不条理小説であるけれども、残酷さや不気味さとは無縁で、むしろ主人公の青年のふがいなさと村人たちのたくましさに失笑してしまう、構成も人物描写も見事な作品である。なお、タイトルは見てすぐわかるようにAll Quiet on the Western Front Murder onthe Orient expressの合成である。ということはMurder on the WesternFrontというタイトルもあり得たということになる。(意味深ですね。ところで意味深ってもう古語?)(2017.3.14読了)


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by nishinayuu | 2017-05-28 10:49 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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