『冬の灯台が語るとき』(ヨハン・テオリン、訳=三角和代、早川ポケットミステリー)
2017年 04月 26日
『Nattfåk』(Johan Theorin, 2008)
作者は1963年スウェーデンのイェーテボリで生まれたジャーナリスト・作家。本書はデビュー作『黄昏に眠る秋』で始まるシリーズの第2弾で、舞台はバルト海に浮かぶエーランド島という細長い小島。エーランド橋によって本土のカルマルと繋がっているが、昼はバルト海の絶景、夜は灯台の光が隣人、という辺鄙な所である。
物語は現在と過去、真実と虚構が複雑に絡みあって展開していく。現在の物語はヨアキムを主人公とする1990年代のある年の冬の出来事からなり、過去の物語はミルヤ・ランベがノートに記した「1846年、冬」に始まり「1962年、冬」で終わる語り文からなっている。ヨアキムの物語の合間に挿入されるミルヤ・ランベの語りはすべて「〇〇年、冬」となっており、ヨアキムが直面する現実の寒さに過去の人たちを襲った寒さと冷たさも加わって「冷却効果」満点。とにかく寒くて冷たい物語なのだが、そこがこの作品の真髄でもあるので、真冬のいちばん寒い時期に読むのがお勧めである。(読んでいる間、真底から冷えました。)
北緯55度よりさらに北に位置するエーランド島の情景描写が素晴らしく、ブリザードに襲われた一夜の描写も圧巻である。また、物語には過去にこの島で起こった事故死のエピソードもいくつか挿入されている。たとえば
灯台が火事になって灯台守助手が死んだとき、別の男の妻が死体に取りすがって泣いた話(1884年)、灯台守の兄妹がウナギを捕まえているうちに氷が割れ、兄だけが氷の上に取り残されて帰らぬ人となった話(1900年)など。いずれも独立した小説になりそうなエピソードである。
もちろん本作はミステリーなので、現代の殺人やら行方不明やらもふんだんに出てくるが、謎解きは主眼ではない。最後にはいろいろ明らかになるけれども、それまでは死んだ人たちが「気配」として物語の中を漂い続ける。ヨアキム一家の住むウナギ屋敷も、南北二つの灯台も、様々な登場人物たちも、それぞれの謎を秘めて存在している。中でも際だった存在感を示すのがミルヤ・ランベで、この人物の過去もすごいが、現在の暮らしかたも振るっている。その他の登場人物は以下の通り。
*ヨアキム・ヴェスティン:ウナギ岬の屋敷に住む家族の父親。工芸の教師。
*カトリン:ヨアキムの大切な妻。
*ミルヤ・ランベ:カトリンの母。画家・歌手。1950年代にウナギ屋敷に住んだことがある。ホッケー選手の青年ウルフと同棲。
*トルン:ミルヤの母で画家。晩年にブリザードで視力を失う。
*エテル:ヨアキムの姉。ヘロイン依存症。1年前に溺死。
*リヴィア:ヨアキム夫婦の娘。6歳。毎晩夜中に「ママー」と叫ぶ。
*ガブリエル:ヨアキム夫婦の息子。2歳半。ママを忘れたのかあまり恋しがらない。
*ティルダ・ダーヴィドソン:新人警察官。27歳。
*ヘンリク、セレリウス兄弟:三人で組んで泥棒を働いている若者たち。
*ラグナル:ティルダの祖父。電化された灯台の夜警。実は泥棒だった。ブリザードで凍死。
*イェルロフ:ラグナルの弟。1915年生まれ。マルネスの高齢者住宅に住む「探偵」。
(2017.2.21読了)