『聖ペテロの雪』(レオ・ペルッツ、訳=垂野創一郎、国書刊行会)

c0077412_1028263.jpg『ST. PETRI-SCHNEE』(Leo Perutz, 1933)
物語の語り手の名はアムベルク。1932年1月25日にヴェストファーレンの小さな村モルヴェーデに村医として赴任した。語り手を出迎えた元ロシア侯爵で今は領地管理人のアルカジイ・プラクサティンは、語り手をまず林務官の家に案内する。そこには語り手を村医として採用したフォン・マルヒン男爵の娘エルジーが預けられていて、少し前から病に伏せっていた。語り手が病室に入る直前まで、病室からはタルティーニの「悪魔のトリル」が聞こえていた。演奏していたのは男爵がシュタウフェン家再興の夢を託して手元に置いている少年フェデリコだった。そのフェデリコに語り手は、エルジーは猩紅熱なのでしばらく会いに来てはいけない、と申し渡す。
それから語り手は部屋をあてがわれた仕立屋で家主の夫婦、学校教師と顔を合わせたあと、男爵に会いに行く。語り手の父と交流があったという男爵は、語り手の父を高く評価していて、亡くなったことを残念がったが、男爵の目下の関心事は細菌学だった。男爵は研究の助手を務める若い女性科学者を昨日ベルリンへ遣ったという。彼女が男爵の所有するキャデラックに乗っていったと聞くや語り手は、それはビビッシェかも知れないという思いに襲われて、気を失いかける。語り手はベルリンからモルヴェーデに来る途上、乗り継ぎ駅オスナブリュックの駅前広場でキャデラックに乗ったビビッシェを見かけたのだった。バクテリア研究所の同僚でみんなの憧れの的だったビビッシェ、1年のあいだベルリン中を探し回ったビビッシェを。
1週間後、ベルリンから戻ってきた女性科学者はやはりビビッシェだった。バクテリア研究所時代、語り手はまる半年のあいだ朝から午後遅くまで彼女と同じ部屋で仕事をしていながら、朝晩の挨拶を除けば十語と言葉をかわさなかった。そんな彼女がなぜか急激に語り手に心を許すようになり、二人は恋人として一夜を過ごす。その間に男爵とビビッシェの研究は着々と進み、男爵は自分の洗礼名の日を祝って村中の人々を館に招待し、研究の成果を村人たちで実験しようとする。ところが男爵のもくろみは思わぬ方向に逸れていく。
オスナブリュックの病院で昏睡から覚めた語り手は、すでに5週間、意識を失っていたと告げられる。語り手の記憶では事件に巻き込まれて大怪我をした日から5日しか経っていないはずなのに。看護人に日にちを聞くと3月2日だというから、確かに事件から5日しか経っていない。しかし医者によると語り手は5週間前にオスナブリュックの駅前広場で車にひかれて担ぎ込まれたのだという。それでは、モルヴェーデで過ごした5週間の出来事もビビッシェとの出会いも、すべて語り手の妄想だったのだろうか。あるいは何かの大きな力がモルヴェーデの出来事をなかったことにしようとしているのだろうか。

「多人数によるもみ消し」の物語なのか、語り手の妄想の物語なのか、読み終わってもはっきりしないが、それこそがこの作品の魅力であり、読みどころだと言えよう。なお、作品に盛り込まれている歴史的事項や「聖ペテロの雪」の意味などは巻末の「解説」に詳しい。(2017.1.5読了)
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by nishinayuu | 2017-03-05 10:29 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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