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『べつの言葉で』(ジュンパ・ラヒリ、訳=仲嶋浩郎、新潮クレストブックス)

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『In Altre Parole』(Jhumpa Lahiri、2015)
アメリカの作家として『停電の夜に』『その名にちなんで』などで知られる著者が、初めてイタリア語で書いた作品集。21編のエッセイと2編の短編小説で構成されている。


冒頭のエッセイ『横断』で著者は、自身のイタリア語との関係を湖での泳ぎの練習にたとえて語っている。すなわち、20年の間、湖の岸辺に沿って泳ぐような感じでイタリア語を学んできた著者は、イタリア語をよく知り、どっぷり浸かるために、湖の岸を離れて向こう岸へ渡らなければならないと考え、湖の向こう岸よりずっと遠く、大西洋を越えてイタリアへ渡った。イタリアで暮らすために。
『横断』に続く各編には著者がイタリア語に習熟していく過程が綴られている。著者が手こずっているイタリア語がアルファベットとカタカナのルビで表記されている部分も随所にあって、決して読みやすいとはいえないが、たまに類推できる単語もあるので楽しく読める。たとえば、「英語に同義語のない美しい単語」の一つとしてformicolare(うようよ群がる)が挙げられているが、エスペラントで蟻のことをformikoというので、「蟻のように群れる」ということだろう。
カルカッタ(現コルカタ)で生まれ、幼くして両親と共にアメリカに渡った著者は、家ではベンガル語、外では英語という複雑な言語環境の中で生きてきた。イタリア語を習得することは著者にとって、ベンガル語と英語の対立という関係を崩し、三角形の関係にすることだった。これについて著者は次のように言う。
「図を描くとしたら、英語の辺はペン、他の二辺は鉛筆で描くだろう。英語は底辺、いちばん安定して動かない辺だ。ベンガル語とイタリア語はどちらももっと弱く、あいまいだ。(中略)ベンガル語は私の過去、イタリア語は将来の新しい細道で会って欲しい。最初の言語は私の原点、最後のはゴールだ。」
ローマで1年暮らしたあと、1ヶ月だけアメリカに帰った著者は、英語との乖離も感じるようになる。それを通じて読んだり書いたりすることを学んだ言語が、自分を慰めてくれないことに心がかき乱され、動揺するのだ。「自分が決定的な言語もなく、原点もなく、明確な輪郭もない作家だとこれほどまでに感じたことはない」、あるいは「ある特定の場所に属していない者は実はどこにも帰ることができない。亡命と帰還という概念は、当然その原点となる祖国を必要とする。祖国も真の母国語も持たない私は、世界を、そして机の上をさまよっている。(中略)私は亡命という定義からも遠ざけられている」ということばが心に残る。
英語圏の作家として揺るぎない地位を獲得しているように見える著者が、自分の立つ足場を不安定なものと感じているとは。祖国を離れた人、祖国を失った人は大勢いるが、これほどの作家がその心情を率直に吐露していることに衝撃的を受けると同時に、大いに好感も覚える。不安定さを克服するために新しい言語の世界に飛び込むという発想と言語習得にかける情熱は、やはりただ者ではないというしかない。(2016.11.8読了)
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by nishinayuu | 2017-01-04 10:37 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2017-01-09 17:18 x
母語しか流暢に使いこなせないので、トリプルリンガルはレベルの高い羨望の世界。
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