『奇跡の自転車』(ロン・マクラーティ、訳=森田義信、新潮社)


c0077412_10385020.png『The Memory of Running』(Ron McLarty, 2004)
「両親のフォード・ワゴンが、メイン州ビッドフォード郊外で、US95号線の中央分離帯のコンクリートに激突したのは、1990年8月のことだった」という文で物語は始まる。主人公のスミシー・アイドは43歳。ヴェトナムの戦場で危うく死にかけたがなんとか無事に帰還。今の仕事はゴダード・トーイズ社の製品検査係。アクション・フィギュアの腕がまともな向きに付いているかどうかをチェックするだけで、知識も技術もいらない仕事だ。夜はジャンクフードと酒とたばこに身を浸し、スポーツ中継を見て過ごした。飲み仲間はいたが友達はなく、もちろんガールフレンドなどはいなかった。体重が126キロもあり、髪は薄くなり始めている。要するに全く冴えない中年男――それがスミシーだった。
ロード・アイランドのイースト・プロビデンスにある実家のピアノの上には写真が並んでいて、その中には22歳の姉ベサニーの美しい顔もあった。ベサニーは世にもまれな美しい娘だったが、頭の中にいる誰かに命令されて服を脱いでポーズをとったり、自傷行為に走ったりしてたびたび「病院」のお世話になっていた。また突然姿を隠してしまうこともあって、その度に父は車で、スミシーは自転車で探し回ったものだった。両親もスミシーもそんなベサニーをとても大切に思い、愛していたのに、あるときついにベサニーは完全に行方不明になってしまった。両親の葬儀を終えて遺品を整理していたとき、スミシーは一通の手紙を見つける。それは20年以上も消息を絶っていたベサニーの死亡通知だった。スミシーは完全に独りぼっちになってしまったのだった。
スミシーは自転車に乗って旅に出る。ベサニーの亡骸を保管しているというカリフォルニアに向かって。もっさりした風貌と鈍くさい言動のせいで、路上生活者やごろつきに間違われたりもすれば、手持ちのお金が尽きそうになったりもする。が、葬儀で久しぶりにことばを交わした幼なじみのノーマと連絡を取ることを思いついてからは、スミシーの旅は少しずつ好転しはじめ、心温まる人たちとの出会いも経験する。節約のために始めたバナナを主食とする食生活が功を奏したのか、旅が終わる頃には劇的に体重が減っている、という愉快なおまけまで付く。実はダイエットはあくまでもおまけで、この自転車の旅はもっと大きなものをスミシーの人生にもたらしたのだった。(2016.10.12読了)
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by nishinayuu | 2016-11-29 10:39 | 読書ノート | Trackback | Comments(2)
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Commented by マリーゴールド at 2016-12-01 13:05 x
ダイエットのところしか覚えていなかったんですが、自転車でアメリカ大陸横断って本当にすごいですよね。もう一度読み返してみたくなりました。
Commented by nishinayuu at 2016-12-01 23:43
そうなんです。バナナダイエットは「おまけ」で、もっといいことがあったのですよね。
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