『ゼラニウムの庭』(大島真寿美、2012 ポプラ社)


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ストレスがたまったのでゆったりしたくてまた大島真寿美を読んだ。本書の語り手は幼名「るるちゃん」という小説家。ただし、これは小説ではなく「記録」であると最初に断り書きがある。彼女はこの記録を書き残したいと思ったのがきっかけでまとまった文章を書くようになり、やがて小説家になったのだという。

さて、この記録に登場するのは
語り手の曾祖父母、祖母の豊世と婿養子の祖父、母の静子と婿養子の父・亮といった一族の人々と、女中のお駒とその後を継いだ深澤さん、かかりつけ医の桂先生と息子の冬馬先生(と孫の亮=語り手の父)という一族といってもいい人々。そして語り手の別れた恋人であり後に夫になった倉科さん、という面々。そしてもう一人、祖母の豊世と双子として生まれた嘉栄さん。
この一族には世にはばかる秘密があって、その中心人物が嘉栄だった。祖母の豊世が平成2年に80歳で世を去ったとき、双子の姉妹である嘉栄は豊世の娘である静子よりもかなり年下に見えた。すなわち嘉栄は他の人とは異なる時間を生きるように生まれついたため、他の人よりずっと長い幼児期と子ども時代を過ごし、豊世がおばさんになった頃にやっと少女となったのだった。その後も豊世は普通に年老いていき、嘉栄はいつまでも若さと美しさに輝いていた。
語り手は死を前にした祖母からこの一族の秘密を詳しく聞かされ、数奇な運命を生きなければならない嘉栄さんの庇護を託される。それで語り手は一族が守り通してきた秘密を「記録」として書き留めることになったのだが、話はここでは終わらない。なんと、というかやはり、というか、最後に「嘉栄附記」という章があって嘉栄さんが自分の言い分を記しているのだ。「るるちゃん」のお葬式で嘉栄さんに出くわした倉科が驚きのあまり声を失っていた、など「るるちゃん」が知ったら声を失うに違いない暴露話もあって、なかなかおもしろい。140歳を超えたという嘉栄さんはこんなことも言っている。「不自由な人生でしたが、おそらく皆、そんなものなのでしょう。自由な人生などありはしません。そんなものがあると思っているのなら、それは大きな勘違い。私はそう思います。孤独な人生でしたが、それもまた、皆、同じです。孤独でない人間など、どこにいますか。」
(2016.8.30読了)
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by nishinayuu | 2016-11-17 10:10 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2016-11-18 23:30 x
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