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『あなたを選んでくれるもの』(ミランダ・ジュライ、訳=岸本佐知子、新潮クレストブックス)


c0077412_93257.jpg『It Chooses You』(Miranda July, 2011)
本書は映画制作に行き詰まっていた著者がカメラマンやアシスタントとともにロサンジェルスのあちこちに住む人々を訪ね歩いてまとめたインタビュー集であると同時に、彼らとの出会いを通して新しい展開をみせることになった映画が完成するまでを描いたドキュメンタリーである。収録されている迫力のある写真は、インタビューに同行したカメラマンで本文にも実名で登場しているブリジット・サイアー(Brigitte Sire)によって撮影されたもの。
インタビューをはじめたきっかけは、脚本を書きあぐねてネットの世界へ逃避するのが日常になっていた語り手(著者)が、ネットの呪縛から逃れるために手に取った「ペニーセイバー」という雑誌だった。毎週火曜日に届く「ペニーセイバー」は自分の持ちものを売りたい人々と買いたい人々のための広告雑誌で、「どの広告もうんと短い新聞記事のようだった」。たとえば
LA在住の某さん、ジャケットを売りに出す。革製。黒のLサイズ。10ドル。
この売り手がどんなふうに日々を過ごしているのか、なにを夢見、なにを恐れているのかを知りたいと思った著者は、売り手に電話をかけた。この手の広告では、売りに出ている商品について訊ねる以外の目的では電話をしないのが暗黙のルールだが、ここは自由の国だというもう一つのルールがあったし、語り手はどうしてもその自由を味わいたいと思った。これを逃したら、今日一日自由を感じるチャンスは二度とないかも知れないのだ。
黒革ジャケットの売り手を手始めに、語り手は「ペニーセイバー」の広告主たちへのインタビューにのめり込んでいく。「マイケル/Lサイズの黒革ジャケット/10ドル/ハリウッド在住」「プリミラ/インドの衣裳/各5ドル/アーケーディア在住」「ポーリーンとレイモンド/大きなスーツケース/20ドル/グレンデール在住」「アンドルー/ウシガエルのオタマジャクシ/1匹2ドル50セント/パラマウント在住」「ベバリー/レパード・キャット(ベンガルヤマネコ)の仔/値段 応相談/ヴィスタ在住」「パム/写真アルバム/1冊10ドル/レイクウッド在住」「ロン/67色のカラーペン・セット/65ドル/ウッドランド・ヒルズ」「マチルダとドミンゴ/〈ケア・ベア〉人形/2取る~4ドル/ベル在住」「ダイナ/コンエア社のドライヤー/5ドル/サン・バレー在住」「ジョー/クリスマスカードの表紙部分のみ50枚/1ドル/ロサンジェルス在住」
多くは貧しいか寂しい人たちだった。そしてほとんどがパソコンとは無縁の人たちだった。それぞれ個性的な人たちで、マイケルは性転換を目指して努力中の男性、ダイナは年齢不詳なだけでなく、込み入っていて奥深くて摩訶不思議な女性で、ロンは「誰もがこういう人物のアパートに入るはめにだけは陥るまいと心がけて一生を送るようなタイプの」コワイ人だった。そしてクリスマスカードのジョーの存在感も強烈だったが、それはロンとは全然違う強烈さだった。彼はまるで強迫観念にとりつかれた天使のように、がむしゃらに善をなそうとしていた。このジョーとの出会いが語り手の映画作りに大きな変化をもたらすことになる。
こうして完成した映画『ザ・フューチャー』は2011年7月にアメリカで公開され、2013年には日本でも公開されたという。(2016.8.28読了)
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by nishinayuu | 2016-11-05 09:32 | 読書ノート | Trackback | Comments(1)
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Commented by マリーゴールド at 2016-11-08 20:19 x
映画見てみたいです。
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