『チャーミング・ビリー』(アリス・マクダーモット、訳=鴻巣友季子、早川書房)


c0077412_9563919.jpg『Charming Billy』(Alice McDermott, 1998)
物語は葬儀後の昼食会の描写から始まる。ブロンクスの町なかのグリル・バーに49人分の席が用意されていて、ビリーの友人や親族が続々と入ってくる。テーブルの上座に着いたのは30年ビリーと連れ添ったメイヴ。この店を見つけ、あらゆる手はずを一人で整えた健気で気丈なメイヴだった。けれどもウェイトレスたちが話しかけ、店主が注文を訊きにいき、最後に店の勘定を払い、従業員等にチップを渡し、メイヴを自宅に向かうリムジンまで送り、客たち一人一人と握手して礼を言ったのは「わたし」の父のデニスだった。
客たちはてんでにビリーのことを話す。手紙魔だった、碧眼でとびきりの二枚目だった、だれもがビリーを愛していた、ロングアイランドの海辺で出逢ったエヴァに恋をした、アイルランドに戻った彼女に500ドル送金した、こっちへ来る準備をしているという手紙がエヴァから来た、エヴァの姉からエヴァが肺炎で死んだと聞かされた、靴屋での仕事はそのまま続けた、靴屋でメイヴと出会って1953年に結婚した、60年代末にアル中更正会に入った、75年にアイルランド旅行をした、帰るとすぐにロングアイランドを再訪した、亡くなった初恋の人を30年も思い続けて最後は酒におぼれて死んだ、などなど。発言者とビリーとの関係、発言者同士の関係は曖昧なまま、彼らの断片的な発言を順不同で拾っていく形で展開していき、なにか魅力的な世界が展開していく予感を与える。
客たちが帰って「わたし」と父だけになったとき、父が言う。「エヴァは死んではいない。あれは嘘、ふたり(ビリーと父)だけの嘘だった。エヴァは生きていたんだよ」。そして次の章から少しずつ詳細が解き明かされていくのは、アイルランド系カトリックの人々の穏やかで温かくどこか懐かしい世界である。特に印象的な人物は「わたし」の祖父で電車の車掌だったダニエル。『チャーミング・ダニエル』という物語の主人公になってもいい人物である。

ビリーがそらんじていたというイェーツの詩「意を決して出かけよう、出かけよう、イニスフリーへ」の原詩を記しておく。

I will arise and go now, and go to Innisfree,
And a small cabin build there, of clay and wattles made;
Nine bean-rows will I have there, a hive for the honey-bee,
And live alone in the bee-loud glade.

And I shall have some peace there, for peace comes dropping slow,
Dropping from the veils of the morning to where the cricket sings;
There midnight's all a glimmer, and noon a purple glow,
And evening full of the linnet's wings.

I will arise and go now, for always night and day
I hear lake water lapping with low sounds by the shore;
While I stand on the roadway, or one the pavements grey,
I hear it in the deep core of the heart.
(2016.8.6読了)
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by nishinayuu | 2016-10-20 09:57 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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