『茶の本』(岡倉覚三、訳=村岡博、岩波文庫)


c0077412_9544990.jpg本書は1906年にニューヨークで出版された『The Book or Tea』の翻訳本で、昭和4年に第1刷が出ている。著者の弟で英文学者の岡倉由三郎が「はしがき」を記しており、昭和36年の版から巻末につけられた「解説」は英文学者の福原麟太郎が記している。岡倉由三郎は生涯のほとんどを東京高等師範学校の教授として過ごした人物で、訳者の村岡博と福原麟太郎は東京高等師範学校における由三郎の弟子である。

本書は7章からなり、各章のタイトルと概要は以下の通り。
*第1章「人情の碗」――茶は日常生活の中に美を崇拝する一種の審美的宗教すなわち茶道の域に達す
*第2章「茶の諸流」――茶道の鼻祖・陸羽、日本において茶は生の術に関する宗教である
*第3章「道教と禅堂」――道教は茶道に審美的理想の基礎を与え、禅道はこれを実際的なものとした、人生の些事の中にも偉大を考える禅の考え方が茶道の理想
*第4章「茶室」――茶室の構造における象徴主義、外界の煩わしさを遠ざかった聖堂
*第5章「芸術鑑賞」――美術鑑賞に必要な同情ある心の交通、現今の美術に対する表面的熱狂は真の感じに根拠をおいていない
*第6章「花」――茶の宗匠と生花の法則、生花の流派
*第7章「茶の宗匠」――茶の宗匠の芸術に対する貢献と処世術上に及ぼした影響、利休の最後の茶の湯

『The Book of Tea』はボストン美術博物館の日本およびシナ部の首脳として毎年の半ばを過ごすようになった著者が、その地に多くの知己を得ながらも故郷への感傷につき動かされて著したもので、親友のジョン・ラファージ画伯に奉献したものだという。すなわち西欧人相手に英文で「文学的に」書いたものなので、当時一般の日本人には馴染みがなかったと思われる西欧人の名前がたくさん出てくる。たとえば数寄屋の狭さを表すのに「5人しか入れない」といえばすむのに「グレイスの神よりは多く、ミューズの神よりは少ない数」となっていたり、「能の『鉢の木』の旅の僧とは実はわが物語のハルンアルラシッドともいうべき北条時頼に他ならなかった」となっていたりする。おもしろいけれどもちょっとやり過ぎではないだろうか。一方、漢文の引用(訳文では書き下し文になっている)や和歌、俳句などの引用もある。たとえば第4章には露地を作る奥義として藤原定家の「見渡せば花ももみじもなかりけり 浦のとまやの秋の夕暮れ」が出てくる。漢文は意味をとって英訳すればすむかも知れないが、和歌は原書ではどのように扱われているのだろうか。とにかく英文で読むにしても日本訳で読むにしても、簡単に読める作品ではないことは確かだ。
先頃読み終えた「京都踏査記」で著者の兪弘濬氏が本書を引用しながら茶室や茶道について解説していた。兪弘濬氏が読んだ『茶の本』を読んでいないのは日本人としてまずいと思い、我が家の書棚に長い間眠っていた『茶の本』を引っ張り出した。まず英文の原書を読んでから日本語訳を読もう、と思っているうちに時が経ってしまっていたのだが、今回読んでみて、原文で読むのはムリ、と思った。それに日本人が日本文化についてのあれこれをわざわざ漢字表記のない言語で読む必要もない、とも思ったのだった。(2016.7.9読了)
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by nishinayuu | 2016-09-02 09:55 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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