『逆さまゲーム』(アントニオ・タブッキ、訳=須賀敦子、白水社)


c0077412_9344542.png『Il gioco del rovescio』(Antonio Tabucchi,1988)
11編の短編からなる本書はタブッキの第三作で、「反対側からものを見ようとして、そのために現実から脱落してしまう人たちや出来事が描かれた作品集(訳者あとがきによる)」である。どの作品も、いつかどこかで見たことがあるような、体験したわけではないのに胸が締め付けられるほど懐かしい、そんな会話や情景から成り立っている。たとえば

「土曜日の午後」――母、息子、幼い娘の三人で暮らす一家。父親は訳あってどこかに身を隠している。ある土曜日の午後、自転車に乗って通り過ぎる父親を娘が目撃して……。
名作映画の一場面、最初と最後を見損なったためこの場面に至ったいきさつも、その後の展開もわからないけれどもなぜか忘れられない、そんな場面を見ているような作品。
「小さなギャッツビイ」――語り手は少年の頃、名作の出だしの暗誦が得意だったから、将来は小説家になろうと思っていた。つまり「小さなギャッツビイ」だったのだ。『グレート・ギャッツビイ』の細部、言及されているミュージシャンや曲はくっきりとは思い出せないけれども、懐かしさがこみ上げてくる。(「あしたお天気がよければね、ラムゼイ夫人は言った。でも、おまえ、ニワトリが鳴くころに起きるのよ」という部分だけはヴァージニア・ウルフの『燈台へ』からとったものだとすぐにわかりました。ただし原文はニワトリではなくlark,すなわち雲雀。)
「ドローレス・イバルーリは苦い涙を流して」――レジスタンスにも参加し、スペイン戦争でも闘ったロドルフォは、同志だったドローレスが「ロシアに身を売った」ため大喧嘩してしまった。彼女がロドルフォを罵ったので、ロドルフォは「きみだってやがて、自分の犯した過ちのためにいつか苦い涙を流すだろう」と答えた。数年後、ロドルフォのもとにモスクワから一通の手紙が来た。差出人はドローレスで、「ドローレスは苦い涙を流しています」とあった。ロドルフォは世界情勢、特にロシアの動向に心を痛めながら61年12月に世を去った。その頃まだ15歳だった息子が「残虐行為をしたという理由で虐殺された」という報道があったが、母親は信じられない。ロドルフォは穏健な社会主義者だったし、父親が死んだとき息子はまだ15歳だったのだから。
この作品も、最初と最後を見損なった映画のような印象が残る。
「チェシャ猫」――長い歳月の後でいきなりアリスから会いたいという連絡がくる。アリスから「チェシャ猫」と呼ばれていた男は列車に乗って出かけていく。列車は彼女が待っているはずのグローセットの駅に着いたが……。
続きがとても気になる作品。
「行き先のない旅」――アルティスタ・ディーノ(芸術家のディーノ)と名のる21歳の若者。列車で乗り合わせた仲買人とモデナへ。糸売りのレゴロの荷馬車でレッジョヘ、カソーラヘ、そしてカノッサへ。そこからはひとりで、ポー河の平野を走るエミリア街道を北に向かって。
訳者によるとこの作品は、ランボーを思わせる特異な詩を書いたにもかかわらず、人生の大半を精神病院に幽閉されて過ごした詩人、ディーノ・カンパーナ(1885~1932)の生涯をタブッキ風にアレンジしたものだという。

全作品を通じて印象に残るのは作者の並外れた描写力だ。もちろんこれは達人翻訳家のおかげでもあるが、文章表現なのに一つ一つの場面が音と色彩と動きをもって鮮やかに浮かび上がってくる。非常に充実した読書体験だった。(2016.6.6読了)
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by nishinayuu | 2016-08-09 09:35 | 読書ノート | Trackback | Comments(0)
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